エピローグ

 ハイゲントヒルに鐘の音が響き渡る。正午の鐘が鳴るロンドンの街を眺めながら、スザンナはここで過ごした日々に想いを馳せていた。

 ジャイルズがエドマンド監禁の疑いで逮捕されてから、まだ数週間しかたっていない。それでもスザンナにとってこの数か月間の出来事は長く、夢のように様々なことがあった。ここに来た時のように、スザンナは帽子の中に長い髪を隠し、少年の格好をして荷馬車に乗っている。

 その隣にはケンプではなく父ウィリアムが乗っていた。これから一行は、ケンプのジグダンスに付き合いながらストラスフォード・アポォン・エヴィンを目指すのだ。

「ロンドンに来た時も、こうやってこの丘から鐘の音を聴いたの。あそこにお父さんがいるんだって胸が熱くなった」

「今はこうやって側にいるだろう」

 そっとウィリアムが手を握り返してくれる。スザンナもまたその手を握り返していた。これから自分は故郷に帰る。そこで、一人の少年を待ち続けるために。

 自分にジュリエットになってほしいといった彼は、どんな風に成長して自分のもとに来てくれるのだろうか。それはまだ先の話だろうけれど。

 彼に会えなくなってしまう寂しさを感じながら、スザンナは丘の下に広がるロンドンを見つめていた。

「スザンナっ!」

 そのときだ。彼の声がしたのは。スザンナは思わず声のした丘の下方へと顔を向けていた。少年の格好をしたエドマンドがこちらへと駆けてくる。その姿を見て、スザンナは大きく眼を見開いていた。

「エドマンドっ!」

「スザンナっ」

 父の手を振りほどき、スザンナはエドマンドのもとへと駆けていく。丘の中腹で二人は抱き合い、お互いに顔を見合わせた。

「エドマンドっ! どうしてここにっ!」

「だって、まだスザンナの気持ちを聴いてないっ! スザンナが――」

 声をあげるエドマンドの唇を、スザンナは己のそれで塞ぐ。唇を放したスザンナはそっとエドマンドに微笑んでいた。

「ストラトフォードに来て。まってるから。ずっと」

 スザンナの言葉にエドマンドは大きく眼を見開く。彼は優しい微笑みを顔に浮かべ、小さく頷いていた。

 そっと二人は手をとり合い、鐘の鳴るロンドンの街を見下ろす。この街で出会った人たちのことをスザンナは生涯忘れないだろう。そして、かけがえのない一人の少年と出会ったことも。彼のために舞台に立ったことも。

「絶対に会いに行くよ」

 エドマンドが笑みを深める。その笑みをみてスザンナは微笑んでいた。


                                 END

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シェイクスピアと二人の娘たち 猫目 青 @namakemono

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