告白

「もう、無茶ばっかりするから……」

 寝台枠で眠るエドマンドの顔を見つめながら、スザンナはひとりごちる。グローブ座で女王に謁見した後、彼は倒れてしまったのだ。父のウィリアムは重度の緊張と疲労によるものだろうと言っていたが、昨日の夕方から彼は丸一日眠り続けている。

 身の潔白を証明するためとはいえ、彼が舞台で全裸になるとは思いもよらなかった。しかもその格好で女王陛下の前に立ったのだ。その緊張は並外れたものだったに違いない。

「本当にエドマンドは凄いよ……」

 スザンナは苦笑しながら彼の頬をなでる。うんとエドマンドは口を開き、そっと眼を開けた。

「あれ、スザンナ……」

「起きた。もうお昼だよ」

 外から聞こえてくる鐘の音が正午の訪れを知らせてくれる。エドマンドはぎょっと眼を見開き、体を起こしていた。

「やばいっ! 遅刻した」

「今日は祝日。働いたりしたら捕まっちゃうわよ」

「あ……」

 頬を赤らめるエドマンドを寝台枠に寝かしつけ、スザンナは彼に苦笑してみせる。そんなスザンナからエドマンドは視線を逸らしていた。

「変なもの見せちゃってごめん……」

「あれは私のためにしてくれたんでしょ? どうしてエドマンドが謝るの」

 女王陛下の眼前で服を脱いだエドマンドの姿を思い出しながら、スザンナは口を開く。エドマンドは恥ずかしそうに眼を潤め、口を開いていた。

「本当、あの場の乗りというか勢いというか。スザンナを悪く言ったあのおっさんが許せなくて……。スザンナは悪いことなんて何もしてないのに……」

「女が舞台にあがるのは、はしたないことだもの。本当、バレなくてよかった」

「バレてたまるか……」

 ぎゅっとエドマンドがスザンナの手を握りしめてくる。スザンナは大きく眼を見開いて、彼に声をかけていた。

「エドマンド……」

「スザンナは帰っちゃうんだよね、ストラスフォードに。ウィルと一緒に……」

「ケンプさんと一緒に地方巡業を回りながらストラスフォードに帰ろうと思ってる。といっても、ケンプさんのジグ踊りのお供だけど」

「ケンプの旦那、手始めにイングランド中をジグ踊りで巡るつもりなのかな?」

 寂しげな笑顔がエドマンドの顔に広がった。スザンナはそんな彼の手を優しく握り返してみせる。

「後任の劇作家の人も宮内大臣一座に入ってきてるし、ウィルも故郷に落ち着くつもりなのかな? その方が俺も嬉しい」

「エドマンドは一緒に行かないの?」

「俺は劇団の仕事があるから、ロンドンから離れるつもりはないよ」

 そっと眼を伏せて彼は言葉を紡ぐ。寂しげな彼の微笑みは、いつのまにか落ち着いたそれをへと変わっていた。

「離れ離れだった恩人と家族がやっと会えるんだ。それってすごく嬉しいじゃん。俺が言ったら邪魔しちゃうし」

 にっと口角をあげて、エドマンドは満面の笑みをスザンナに見せる。

「でも、エドマンドだって家族だよ。私はエドマンドも一緒がいい」

「うん、追いかけるよ。俺もストラスフォードに行く」

「じゃあっ」

「ちゃんと一人前の男になって、スザンナを下さいってウィルに挨拶しに行くんだ。そしたらちゃんと家族になれる。スザンナともウィルとも……」

「エドマンド……」

 エドマンドが起き上がり、驚くスザンナを抱きしめる。スザンナは大きく眼を見開き、彼のぬくもりを感じていた。

「スザンナ、俺のジュリエットになって。ただし心中はごめんだよ。ハッピーエンドでしわくちゃになるまで二人で暮らすんだ」

「私が死んでも後を追ったりしない?」

「しないよ。スザンナは俺より長生きするんだ。だから、俺が死んでもスザンナは俺の後を追ったりしちゃだめだよ」

「私はまだ、エドマンドの気持ちが分からない……。だって、エドマンドはお父さんのことが好きなんでしょ? なんで、私なの?」

 困惑に眼をゆらし、スザンナはエドマンドの顔を覗き込む。エドマンドは優しく微笑んでそんなスザンナに言葉を返していた。

「スザンナが、俺が男だって教えてくれたから。だから俺は、スザンナがいい。スザンナじゃなきゃ駄目だんだ」

「でも……」

「ウィルのことはもういんだ。もう、側にいてくれるだけでいい」

 エドマンドが悲しげな表情を顔に浮かべる。彼はそっとスザンナを放し、言葉を続けた。

「返事はすぐじゃなくてもいい。ただ今は、君に俺の想いを伝えたかった。俺の本当の気持ちを。それと、もう一つやってほしいことがあるんだ」

「なに?」

「俺の髪、切ってくれないかな?」

 自分の髪をなでながらエドマンドが口を開く。大きく眼を見開くスザンナに、彼は苦笑してみせた。


 


ジャイルズが逮捕され、取り調べやその他の所用でウィリアムが下宿先の戻ってきたのは夕方になってからだった。眩いオレンジ色の夕陽がロンドンの街を黄昏色に染め上げる。

 ウィリアムは馬小屋の併設された中庭を抜け、階段を駆けあがる。一刻も早くウィリアムは同じ下宿先に住むエドマンドに会いたかった。

 劇が終わってから、エドマンドはずっと眠り続けている。このままジュリエットのように目覚めないのかと思ってしまうほどに。回廊を走り、ウィリアムは下宿先の扉を思いっきり開けていた。

「ウィル、お帰り」

 愛しい少年の呼び声がする。よかった。起きていた。ウィリアムは喜びに笑みを浮かべ、そして彼の姿を見て瞠目した。

 髪を切り、男物の服を着たエドマンドが目の前にいたからだ。シャツとブリーチを着た彼の髪は、肩口で綺麗に切りそろえられていた。

「エドマンド……」

「変、かな?」

 驚くウィリアムにエドマンドはぎこちなく話しかける。ウィリアムはそっと首を振り、エドマンドへと近づいていた。

「可愛いよ。私のエドマンド。むしろ君が男の格好をしなかった方がおかしいんだ」

「うん、そうだよね。これが俺の本当の姿……」

 ウィリアムが微笑む。その微笑みに安心したのが、エドマンドは笑ってみせた。

「エドマンド?」

「ウィル、話がある」

「何だい?」

「スザンナと一緒にストラスフォードに帰って。俺は、一人でも大丈夫だから。ううん、もう一人じゃなきゃいけないんだ」

「君も一緒に来ていいんだよ?」

「俺はここに残る。だって、芝居があるもの。あなたが教えてくれた世界が」

「そうか、来てくれないか」

 笑みを深めエドマンドが答える。その言葉にウィリアムは一抹の寂しさを感じていた。いつのまに大きくなってしまったのだろう。この子はもう自分に甘えていた幼い少年ではないのだ。

「俺はあなたと同じ道を辿るよ。だから一緒には行けない。その代わり、きっとあなたに会いに行く。スザンナとあなたにきっと」

「待っているよ、私のエドマンド」

「うん、絶対に会いに行く。俺のウィル」

 エドマンドが自分をそっと抱きしめてくれる。愛しいその少年をウィリアムもまた抱きしめ返していた。






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