終章
私が食べたドーナツ
卒業して以来、この近辺には来たことがない。
親友のお見舞いついでに、親友がすきなドーナツを食べて、イートインスペースで偽りの幸せに鼻が突いた。
事件があったことを知ったのは仕事先でだった。仕事帰りに飲みに誘おうと連ら鵜をしても一向に返事が来ず、心配をして電話をすると親友の母親が出た。そこで入院していると聞いた。意識はないと。
慌てて早退し、駆けつけるとベットでたくさんのチューブにまかれて意識の戻らない親友がいた。
事件の概要は詳しくは教えてくれなかった。ただ、教えてくれたのは刺した犯人が、親友が住んでいたアパートの前に住んでいた人だということ。親友の両親も、何故刺されたのか心当たりがないという。
そのまま事件解決のために警察から事情を聴かれた際、心当たりがないかと言われたが、私にだって思い当たる節はなかった。
道端で、血まみれになっている親友の横には、つぶれたドーナツが置いてあったという。犯人も情緒不安定で意味不明な発言場化rを繰り返しているため、この事件は無差別に人を狙った殺人未遂事件として扱われるらしい。
刺した犯人はもちろん許せない。
今も親友は、ベットで寝ている。
横で泣き崩れそうになっている弟夫婦を見た。小学校の頃の悪ガキの印象とは対照的な弟の印象を受けた。兄弟仲も、昔とは変わったのだろう。
そんなやさしさに溢れた親友を傷つけた犯人に憤りを感じていた。
いつ、目が覚めるのだろう。
そして今、事件があったといわれるアパート近辺に足を運んでいる。ここに住んでいた親友。
でも、なんでここに住んでいたのだろう。足元にあったドーナツ。そのドーナツが、事件と関係があるような気がしてならない。
ふと、昔のことを思い出した。高校生の頃に、親友はいつものように購買でドーナツを買って食べていた。そして、必ず一つ残していた。何か意味があるのかと思いながらも、学生時代にその疑問を解消することはなかった。
あの時のことが、今回の事件と引っかかっているのだろうか。
さっき寄っていったドーナツのお店で、家族にお土産がてら買ったドーナツを手に取った。
私はこのオールドファッションが好きだ。特に意味はないが、シンプルなのがいい。
そのドーナツを、ここで食べてみた。
取り出して、ただここで食べる。
アパートを眺めてみる。
何となく食べてみたら、何か見えるような気がした。
だけど、何もわからない。
「ここでしょ?この前事件あったの」
近所の人だろうか、二人のおばさんが道を歩きながらアパートを見て会話をしている。
「そうそう。救急車とかきてすごい騒ぎになってたものねえ」
「うるさかったわねー。でも、刺された人ってあの人でしょ?ほら、いつもあそこで何か食べながら立ってた人」
「そうそう。ちょっと不気味だったわね」
「うちの孫たちがいうのよ、「ドーナツ女」が刺されたんだって」
「ドーナツ女?」
「そうなの。孫たちが言うにはね、いつもドーナツを食べてたって。それで孫たちのクラスではいつも「ドーナツ女」っていわれたらしいわよ」
「そうなの。変な人ねぇ」
「そうね。何してたのかしら」
ドーナツを食べていた女性は、きっと親友だ。いつもここでドーナツを食べてたんだ。子どもに「ドーナツ女」とまで呼ばれるほど、ずっとドーナツを食べ続けていたんだ。
親友がドーナツを食べ続けていた意味は、目的は、何だったんだろう。
あと一口で、オールドファッションが食べきれてしまう。
もし、このドーナツに意味があるのなら、もし、親友が食べていたドーナツに意味があるのなら、私は親友の意味を知らなきゃいけない。そんな気がした。
私は、オールドファッションに純粋さを込めて好きでいるように、親友が食べていたドーナツの意味を、知らなければならない。
これが、私の親友への贖罪だ。
ドーナツの女 井筒 史 @putamu
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