3

 

初めてのことだった。あんなにも、私をじっと見つめてくる女性。

 

道端で、たまにちらちらとみている人は何人かいた。でも、あんなにも私を一点で見上げる人は初めてだ。立ち止まって、私を見ている。

 

気づいたら、私は階段を降りてその道に立った。

 

女性はやはり、私を見ている。同じ道に立った私を見ている。

 

私より年配のような女性。長い髪で、白いワンピースを着た女性。

 

その雰囲気は異様だった。こちらを見つめながら、口元が何かを口ずさんでいる。

 

普通の人なら、その光景に鳥肌が立つだろう。だけど。

 


「幸子さん?」

 


どんな風貌でも、かつて追いかけていた、後悔の念を抱き続けていた人をわからないはずがなかった。

 

あの時の謝罪と、あの時の想いを。

 

今、伝えたい。

 


「幸子さん!」

 


走り幸子さんのもとにすぐに駆け寄りたい。急ぎ階段を降り、私を見つめていた女性、幸子さんに抱きついた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・」

 

自分が知らずとも、顔に涙がこぼれた。ふいに出た謝罪の言葉は、幸子さんに向けた謝罪だった。自分が何を下かなんて、自分でもはっきりわかっていたから。

 

でも、涙がとまらない。この謝罪は、幸子さんだけの謝罪ではないのかもしれない。

 

父、母、加奈子ちゃん、小林さん、聡さん・・・。

 

それから。

 


「いいのよ」

 


幸子さんが返事をした。抱きついた腕を緩まして幸子さんの表情を見ると、痩せこけてもわかるぐらいの、あの時私が惹かれていた幸子さんの素敵な笑顔だった。

 

でも、腹部が重く感じた。

 


「あなたが、私と死んでくれれば」

 


幸子さんの笑顔が、美しかった。

 

安堵した瞬間に、重い激痛が腹部に走る。視線をずらすと、腹部に棒のようなものが刺さっていた。

 

見る見るうちに、足元の雪が赤くなる。刺さっている棒に手をもっていくと、手も赤く染まり始める。


幸子さんは笑っていた。それはもう楽しそうに。


その笑顔が、素敵だった。

 

膝に力が入らない。赤く染まった雪に膝を降ろした。

 

茫然とする中、唯一見えたのは、さっきまで持っていたエンゼルクリームが幸子さんの足に踏みつけられていたという光景。中身のクリームが雪の上に飛び出ている。もう、ドーナツという原型もない。

 


それが、幸子さんの私への思いですか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る