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三箇日でもドーナツ店は開業しているとは驚いた。今は昔とは違うのか、チェーン店はすべて三が日どころか年が変わって1日の朝から開業している店ばかりだ。

 

これが顧客にとっては良いと思う店が多いからこそのだろうが、お店にいると、店内の音楽が正月の音楽だったとしても、周りが赤と白で装飾をされていても、どことなく正月感というものがなくなってしまうような気がする。

 

ドーナツのお店も、店内が正月の装飾になっていた。ドーナツの入れ物も、赤と白で包まれているパッケージに包まれている。

 

その装飾が気になるよりも、店員さんが三が日にこんなところで働いていて良いのかと心配になってしまうほど。

 

「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」

「あけましておめでとうっございます。いつもありがとうございます。今年もよろしくお願いします」

「三が日もずっと仕事だったの?」

「はい!今日までです」

「そっか、お疲れ様」

「いえいえ。ありがとうございます。でも家にいても手伝いばっかりで、働いていた方がいいです。」

「そっか。頑張ってね」

「ありがとうございます!」

 

元旦から働いていたのか。三箇日いっぱいというのも酷な話だな。



帰宅して部屋で買ったドーナツを箱から出す。赤と白のパッケージに目もくれず、踊り場でドーナツを持って食べた。

 

ただ、正月は、不思議と静かな音を空気が醸し出す。

 

正月は、皆がのんびりと時間を楽しむ日。普段の忙しない平日なら人の通る足音や、車のエンジン音聞こえてくるが、今日は聞こえない。不思議な静けさ。正月という行事の中身よりも、この空気感が良いのだ。

 

踊り場で、ドーナツを食べながら、今日もいつもと変わらず自分の時間を楽しんでいた。

 

その踊り場で、何を思ってドーナツを食べるか、それが自分の生きがいの一つでもあり、何も変わることのない習慣の一つ。

 

当たり前のようにここでドーナツを食べて、当たり前のように決まっているわけではない景色をただ傲然と眺めながら。

 

ドーナツとの同調。私が高校生だった頃に、幸子さんに向けていた視線は、幸子さんを知りたいという興味から始まった。

 

そこから、今こうして同じ場所で食べて、同じものを食べている。

 

同じ年になっても、同じ行動をしていても、答えはまだ見つからない。

 

「そもそも、答えってなんだろう」

 

この行動が、私が何を求めているのかわからない。根本としては衝動的に引っ越してきてから始まった行動。

 

昔は下から眺めて、幸子さんを追っていた。だけど今は、幸子さんのいない場所で、幸子さんと同じような行動をしているだけ。

 

自分の不甲斐なさは、自分が同じ行動をして初めて気づくものだと知った。

 

この年齢になって、独りぼっちになって。

 

こうして正月も、いつもと同じように過ごして終わっていくのだろう。

 

そう、思いながら、踊り場から見下ろした。かつて見上げていた帰路を。

 

「偶然が、ここまで導きだした」

 

なんて一人のときしか言えない抽象的な独り言。見下ろしたって、かつてのように私のような人は一人もいない。幸子さんはここでずっと一人だった。そこで偶然私が見つけてしまった。

 

人にあれほどまでに興味を持ったのは初めてだった。

 

少しずつ、あの時に自分の「人間らしさ」というものを構築していったような気がする。

 

でも、今こうして一人でドーナツを食べて、ようやく昔の自分がしてきたことの「過ち」を受け入れることができた。

 

人を切り離していた時期。

 

それが長く、切ないものだとなぜ気づけなかったのだろうか。

 

「今更後悔しても遅いんだよね」

 

あと二口ほどで終わるオールドファッション。

 

こうして一日がもうすぐ終わる。

 

切ないことこの上ない。

 

「あなたも独りぼっちね」

 

このドーナツは私と一緒だ。

 

純粋に見えるオールドファッション。

 

でも、それは見かけだけ。自分が構築していった自分の偽りの形。

 

味も、ドーナツのような味。何もひねりのない味気のない味。

 

だが、私はそれを周りが見ている形として捉えてはいない。オールドファッションほど期待を裏切る純粋なものはない。

 

違うのは、周りにしてきた自分が決しオールドファッションのような純粋なものではないのだ。

 

幸子さんが、日々ドーナツに込めていた想いは、きっと幸子さんの「愛」の形。

 

オールドファッションは純粋の証。でも、エンゼルクリームを食べていたときの幸子さんの想いは。

 

クリームがずっしりと入り込んでいるエンゼルクリーム。私はオールドファッションを食べてエンゼルクリームを取り出した。

 

ただ、握って重みを感じた。

 

重い。そしてドーナツという概念とは程遠い。なぜなら真ん中に丸い穴が開いていない。中身もクリームが入っている。周りは粉糖でおおわれている。

 

「この形に込められた想いってなんだろう」

 

きっとオールドファッションとは別の何かなのだろうか。

 

ハニーディップを握りしめて見つめた。

 

ふと気づいた。ハニーディップの見つめている後方先。

 


女性が下から私を見上げていた。

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