ゾンビSNS
御剣ひかる
俺はちょっと愚痴っただけだからな
夏休みに入ったら毎晩遅くまでアプリが着信してる。それも頻繁に。
メインでメッセが入ってくるのは中学校時代の同級生のグループメッセージだ。
俺はどうもあの、ピンポーンって音があんまり好きじゃないから着信音変えてるんだけど、それも飽きてくるほどにみんなやり取りしてる。
てきとーに流し読みしてっけど、気になるメッセが入ってきた。
あさきゆめ「高校の友達がさぁ、3日前に樹海に肝試しに行って帰ってこないんだわ」
あさきゆめってどいつだっけ?
……あぁ、私立のFラン行った浅木か。
あいつの高校の友達が肝試し行って帰ってこないって? しかも樹海ってあの富士の樹海かよ?
俺を含めた数人がどんな状況なんだと尋ねていくと、少ないながらも答えが返ってきた。
浅木の友人はいわゆる“トーカー”――おもしろ動画配信で小遣い稼ぎしてる連中をこういう――で、今回は樹海の肝試しをアップするんだ、って言ってたらしい。
で、三日前に樹海行ってくるわ、ってメッセ残して、そのままその後連絡がないって。
そいつの両親や警察はもう動いてて、浅木んとこにも聞き込み? 事情聴取? に来たらしい。
友人が“トーカー”で樹海に行くって言ってたことはもう伝えてあるから、樹海に捜索はいるんじゃないかってことだけど、なにせ樹海だからな。見つかるかどうか。
あさきゆめ「そうなんだよ。警察もなんか樹海って聞いてあきらめムードが出てた」
クロッチ「だよなー」
あさきゆめ「でも、あいつ面白いしいいやつなんだよ。俺探しに行ってこよっかなぁ」
なんかバカなこと言い出したぞ。
「そういうの、あれだ、ミイラとりがミイラだっけ?」
俺が発言すると、みんな「そうだやめとけ」って言いだした。
けど、止められたことで逆に意地になっちゃったのか、浅木は行ってくるって聞かない。
それじゃせめて独りで行くなとかアドバイスが飛び交う。
結局、明日の昼間に一時間、浅木と一緒についてってやるって奴と動画撮影してライブ中継しながらで、ってことになったみたいだ。
ライブしてたら、どのあたりで何があったのか判るしな。
……多分、マジ心配してるヤツもいるけど、外っかわから見てるだけならワクワクするからいいぞやってこいってヤツもいるだろう。俺も実はそう。こんなこと言えないけどな。
明日は、ライブ見ててやるか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
次の日の昼過ぎ、通信アプリにライブ画像がアップされた。
始まるみたいだな。
昼飯を適当に済ませて、ベッドに寝っころびながらスマフォを見る。
うっそうとした樹海をただ歩くだけなのをずっと見てるのも退屈だから、SNSのつぶやき眺めたりとか、ゲームとかやりながら、だけど。
ゲームが一段落したからライブに切り替えた。
最初の頃よりずいぶん暗くなってる。今日は晴れなのに日の光があんまり届いてないんだな。
ちょっと先に明るい場所がある。そこは木が少ないんだな。
『あの辺りを調べて何もなかったら、帰ろう』
この声はクロッチこと
斜め後ろからちらっと見える浅木の顔は疲れてて、うなずいた時の声にも元気がない。
歩き疲れてるのもあるんだろうけど、友達が見つからないことにがっかりしてる感じもする。
そんな顔見てたら、せめて何か手がかりみたいなのがあればいいのになって思う。
先に浅木が明るい場所へ到着して、ぐるっと周りを見るしぐさ。
黒埜も浅木の隣に立ったから、あたりがよく見えるようになった。
どうしてか、その場所だけ木の本数が減ってて、真夏の太陽がギラギラ照らしてる。
でも当然、草ぼうぼうで二人の腰ぐらいまで余裕で草が伸びてる。高いのだと肩や頭ぐらいまでのもある。
大小いろんな虫もたくさん飛んでて、見るだけで肌がかゆくなりそうだ。
早速二人はあちこちを調べ始める。
草をかきわけて、何か落ちてないか探している。
物はある。紙屑とか、ペットボトルとか、コンビニ弁当の空き箱は判るけど、扇風機のなれの果てみたいなのもある。
結構、人来てるんだな。ってか樹海は粗大ごみ捨て場かよ。
しばらくがさがさやってたら、急に暗くなってきた。
黒埜が上にカメラを向ける。さっきまですごく晴れてたのに、急に空が厚い雲に覆われてる。
「夕立くるんじゃね? 帰ったら」
俺のメッセージに何人かの同意が重なる。
未練たっぷりの浅木を引っ張るように、黒埜が元来た道に振り返って進み始めたら。
行く先の方に、誰かいる。
『大崎か?』
浅木の声。いなくなった友達の名前を呼んでる。
光があんまり届いてない木の間に、人間っぽいのがいるんだけど。
なんか動きがぎこちない。
黒埜が画面をズームにしてそいつをアップにした。
思わず、ひっ、と喉が鳴った。悲鳴にもなりゃしない。
一瞬スマフォの画面に大きくうつされたのは、一言で言うなら、ゾンビだ。
黒く汚れた全身、服もドロドロで、ところどころ破れてる。腕や足のところどころが赤黒くなってる。あれは、血だ!
ほおがこけて、目がぎょろっとして、睨みつけてくる。
黒埜は悲鳴をあげてスマフォがどこを映すかなんて構わず逃げ出したみたいだ。
けど浅木は、ゾンビもどきに声をかけてる。
黒埜が立ち止まって浅木を呼ぶ。早く逃げろって声を荒げてる。
確かに、アレがゾンビと決まったわけじゃない。
三日もこんな不衛生なところをさまよってたら服も体も汚れるだろう。怪我もするだろう。
だから浅木は行方不明になった友人と信じて、アレに呼び掛けてる。
……でもあの様子、二日や三日の汚れ方じゃない。
『ばか! 浅木! そいつから離れろ!』
怒鳴り声に近い黒埜の声。
すぐあとに、浅木の悲鳴と、黒埜の絶叫。
映像がないから、余計に怖い。
何があったんだ! 危険なら逃げろ!
そんなメッセージがあっという間に画面を埋める。
やがて黒埜が走り出した気配が動画から伝わってきて、そこでプツリと途絶えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それから大変だった。
黒埜は独りで帰ってきた。取り乱してて、ゾンビが浅木を食べた、って繰り返すだけだ。
ライブ映像を見てた俺らが大人に事情を説明して、どうして止めなかったとめっちゃ怒られることになった。
それから俺らのグループ通信はお通夜状態。下手したらこのまま自然消滅かな。
あんなに楽しかったグループトークがそんなことになって、思わずSNSで愚痴った。
「友人が、そいつの友人を探しに樹海に入って行方不明になったの、俺らが悪いって責められた。そりゃもっとしっかり止めればよかったんだけどさ」
フェイクを混ぜつつ、あった出来事をつらつらとつぶやいたら、思ってたより反応があった。
友人らを気遣う言葉や、止めなかった俺らを「友人殺したなw」って軽く言ってくる奴らも一定数いるけど、それよりも反応が大きかったのが「ゾンビ」の存在だ。
「ゾンビとかありえねー」
「バズりたいからってゾンビはないわ」
まぁ、たいていは否定的だ。
別にそれは気にしない。ただの愚痴だし。信じてもらってどうこうしたいわけじゃない。
「樹海って死ぬヤツ多いからゾンビくらいいても不思議じゃないな」
「その動画残ってる?」
中には肯定的な意見や、もっとつっこんで聞いてくるのもいる。
「動画はない。俺は録画してなかったし、録画してたヤツのは警察が押収してった」
「akitaさんもその動画見てた?」
「見てた。ゾンビみたいなのはちらっとみただけだけど、怖かった」
「それって樹海の南東から入って一時間ぐらいって言ってたっけ」
よく覚えてたな。過去のつぶやきさかのぼった?
……あれ? そんな位置情報つぶやいたっけ?
『よし、本当にゾンビかどうか確かめに行ってくるか』
げっ。全然フォロワーでもない知らない人がとんでもないこと言ってきた。
「やめた方がいいいよ。ゾンビかどうかわからないけど、明らかに害意のある誰かがいるのは確かだ」
「樹海の中でずっといるヤツなんかに負けないって」
それからソイツは一緒に行くヤツを募り始めた。
人数が増えたら「それだけいたら安心だろう」って参加者が増えてった。
俺、最後まで止めたぞ? どうなっても知らないからな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『あれから入れ食いだな』
『最初にSNSで広範囲に発信してくれたakitaだっけ? あいつがこっちに来ることになったらいきなり上位種間違いなしだな』
『ばか言え。あれは俺がちょいっとSNSに干渉してやったんだぞ』
『え、あさきゆめが?』
『あいつなら絶対SNSに流すって思ってたらやっぱりって感じだったからな。便乗して俺がゾンビになったところの場所をちょっとつぶやいてやったんだよ』
『マジか!?』
『それをきっかけに野次馬が来るようになったから、俺ランク上がったし』
『すげー』
――シーリーさんがグループに参加しました――
『あ、また新入りだぞ』
『よろしくっす』
『おまえもあの「樹海のゾンビ」につられてきたのか?』
『そうっす。まさか本当にゾンビがいるなんて、ってかこんなコミュニティでやりとりしてるなんて思わなかったっす』
『なっちまったもんは仕方ない。仲間増やせば階級アップだから頑張れ』
樹海の片隅に落ちている、とっくに充電が切れたはずの壊れたスマフォに、ゾンビ達の会話が浮かんでは消えていく……。
(了)
ゾンビSNS 御剣ひかる @miturugihikaru
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