その男、モブにつき ～警戒されない一般人は最高の暗殺者でした～

エピローグ

　もう邪魔してくるものはいないと思っているのだろう。

　その瞬間に彼の胸には小さなナイフが一つ刺さっていた。

「あぁ……？」

　カイは一歩も動いていない。

　ブラークは遠くで倒れている。

　誘惑は切りつけられて気を失っている。

　一体誰が？

　ギルド長は不思議に思いながら周りを見るが、そこには小さな少女が一人いるだけだった。

　……少女！？

　ギルド長は驚きのあまり目を点にしていた。

　まさか自分が刺されるなんて思っていなかったのだろう。

　その瞬間に大きな好きが生まれる。

　それを逃すカイではなかった。

　すぐにギルド長に近づいて、心臓に一刺し。

　それでおしまいだった。

　ギルド長はその場に倒れ込み、もう起き上がってくることはなかった。

◇

「チル、無茶したらダメだろ？」

「で、でも、カイさんが危なそうでしたから……、その……」

怒られたチルは少し小さくなっていた。

そんな彼女に対してカイは軽く頭を撫でていた。

「ありがとうな、チル。おかげで助かったよ……」

「う、うん！」

大きく嬉しそうに頷くチル。

「ふふっ、微笑ましい光景ね。あの正体不明がね……」

いつの間にか誘惑が起き上がり、俺たちに微笑みかけてくる。

「やめてくれ。俺はただのカイ……だからな」

「そういえばそうね。わかったわ」

　すんなりと頷いてくれる。

　ただ、正体をばれてしまった以上、誘惑も――。

　カイはナイフを手に掴む。

　それと同時にチルがさりげなくカイの前に陣取っていた。

　しかし、誘惑は軽く手を上げていた。

「それじゃあ私はそろそろ行くわね。また会いましょう」

　そのまま誘惑は去って行った。

　それをみてカイは拍子抜けしてしまった。

　ただ、ギルド長と戦ったばかりと言うこともあって今はあまり戦いたくなかったので助かる。

「そうだ、ブラークの遺体は……」

「誰が遺体だ！！」

「い、生きてたのか？」

「あ、あぁ……、かろうじて躱したんだ。ただ、もし躱せてなかったらと考えるとヒヤッとするな」

「それならよかったよ……」

「……やったのか？」

「あぁ……」

　ブラークが倒れているギルド長を一瞥すると声に出してくる。

　それを聞いてカイは頷いていた。

◇

　最大の問題であるギルド長を倒してから数日が過ぎた。

　ギルドの長が殺されたというのに冒険者ギルド内は思ったより静かだった。

　まともにやり合ってはいけない相手だと思われたのかもしれない。

　ただ、今のところはないが、そのうち冒険者ギルドから暗殺を依頼されるかもしれない。

　一応暗殺ギルドの方から監視を強めてはおいた。

　そして、ナンバーズには入れ替えがあった。

　さすがにカイ一人でナンバーズ全てを補って行くには無理があったのでいずれは抗するしかなかっただろう。

　そして、ブラークの店には満足そうに笑みを浮かべながらコーヒーを飲む誘惑と不服そうな表情を見せるブラークの姿があった。

「どうして俺まで――」

「お前はなんだかんだで知られているからな。いつかはこうしようと思っていたんだ」

「それにしても暗殺者ランク９位はやり過ぎだろう」

「いいじゃない。持ってて損はないわよ。称号は……」

「カロリーナは８位なんだろう。それはそれでむかつくな」

「だからカロリーナって呼ばないで！」

　あのギルド長の件以来、誘惑は俺に協力してくれるようになった。

　だからこそカイは彼女をナンバーズにあげることにした。

　すると誘惑は想像以上に喜んでくれる。

　それ以来こうしてブラークの店で集まって暗殺対象等について話し合うことになった。

　ただ、今日は戦争がらみの話をしていたため、皆難色を示している。

　でも、そんなときはチルがそっと料理を差し入れてくれる。

「ずっと考え事をしていたら頭がパンクしちゃいますよ。それでも食べて一服して下さい」

「そうだな……。当面の危険はないわけだもんな」

　そう言いつつも頭の中では依頼のことを考えているカイのことを見てチルは苦笑を浮かべる。

「あまり無理しないで下さいね」

「大丈夫だ。俺自身に出来ないことはしないよ。なんて言ったって俺はただの一般人（モブ）だからな」