第38話

 カイは冒険者ギルドの側へとやってきた。

 するとそこには予想通りギルド長が一人、腕を組んで待ち構えていた。



「よく来たね、ミューズ君。いや、カイくんと呼んだほうがいいか? それとも正体不明アンノウンと呼んだ方が良いか?」

「……」

「だんまりか。つまり俺の予想はあっていたと言うことか」

「……どうしてわかったんだ?」

「そのことか。簡単なことだ。この時期に私に近づいてくるやつを警戒していただけだ。そこで釣れたのが君……ということだ」

「どんな相手でも警戒していたということか」

「そういうことだよ。さすがに警戒している君に事情を知っている相手を尾行させるわけには行かないから何も知らない職員に身辺の調査を称して後を追いかけさせたんだ。殺気も何もない一般的な職員だとさすがの君でも警戒しきれなかったみたいだからね」



(なるほどな。俺と全く一緒のことをしたわけか)



 カイも普段から警戒されないように行動している。それがどれほど脅威になるのか、改めて理解させられた。



「それで君の方は何を企んでいるんだい?」

「何も企んでいるはずないだろう?」

「いや、まともに戦って君に勝ち目はないからね。そんなことくらいわかるだろう? そう考えるとおそらく仲間が不意打ちしてくるか……、いや、遠くから狙っているとかか?」



 ギルド長がサッと横に体を避けると遠くの方から飛んできた石を避けていた。



「これで本当に君の手はつきたわけだ……。さて、それじゃあ私もそろそろ行かせてもらおうか」



 ギルド長が腰に携えた剣をそっと掴む。

 そして、それを抜くとカイの方へ向かって駆け出してくる。


 当然ながらカイも短剣を掴み迎え撃つ準備をする。


 ただ、その表情は青白く、あまり自信がない様子が伺い取れた。


 そして、二人の剣がぶつかり、激しい金属音を鳴らしていた。



「くっ……」

「やっぱりナイフは使い慣れているんだな。一撃だけでも防ぐとはな」



 苦悶の表情を浮かべるカイに対してギルド長はまだまだ余裕があるようだ。

 それほどまでに二人の間に実力差があった。



「なんだったら二人で来てくれてもよかったんだよ?」

「……だろうな。だからこそお前相手に応援は連れてこられなかったんだ」



 何人いてもまともに戦う限り勝てないであろう相手。

 だからこその奇襲だ。


 再びブラークが石を投げつけてくる。

 それを交わすギルド長。


 ただ、そのかわした瞬間にカイは短剣で斬りつけていた。


 でも、それでもギルド長に傷一つ付けることは出来なかった。



「くっ……、だから隙を突きたかったんだ……」



 ギルド長の能力の高さにカイは思わず舌打ちをする。



「なかなか良い連携だな。ということはこの石を投げてきているのが君の仲介をしている彼かな」

「さぁ、誰だろうな」

「まぁ誰でも良いさ。とりあえず少し黙っていてもらおうか」



 ギルド長はいつの間にか手に持っていた石を思いっきりブラークのいる場所へと投げつける。すると、その場所から小さなうめき声が聞こえてくる。



「お、おい、大丈夫か!?」

「あ、あぁ……、も、問題ない……」



 ブラークの声が帰ってきてカイは少しホッとしていた。



「さて、これでもう君の打つ手はなくなった。もう降参してくれないか? そうしたら君の仲間には悪いようにはしないから――」

「誘惑を無理矢理操ったお前の言うことを信じられると思うか?」

「だろうね。それなら彼らを人質にとって無理矢理君を操るかな」

「そんなことがお前に出来るとでも――?」

「あぁ、簡単だ。君の同居人……チル、と言ったな。彼女に手を出すと言ったらどうだ?」



 その言葉を聞いた瞬間にカイの表情が険しいものへと変わる。



「君はずいぶんわかりやすいね。それならば早速君を動けなくしたらチルを誘拐してこようか」

「お前にそんなこと出来るのか?」

「もちろんだ。君は何も出来ずに失っていく恐怖を感じるんだな」



 その言葉と同時に後ろすら振り向かずに剣でなぎ払うギルド長。


 そこにはこっそりと近づこうとしていた誘惑の姿があった。



「ど、どうして――」

「それだけ殺意をばらまくなんて暗殺者失格じゃないか?」



 元々彼女は男をその気にさせて陥落させる専門だ。

 相性次第ではかなり位の高いものですら倒せるが、今回のように相手によってはあっさりと負けてしまう。

 それはカイも同じだった。



「これで本当におしまいだな。それじゃあ覚悟してもらおうか……」



 ゆっくりカイに近づいてくるギルド長。

 その表情は口がつり上がり、にやりと微笑んでいた。

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