SIDE H : 私の三分間
数分遅れで到着したシャトルバスが走り去るのを、遊園地の正門の影で見送った。駅方面への最終バス。今度は乗れなくて、一昨年、
変装のつもりで、気付いて、欲しかったのかな。
すっと優しい風が、張り付く額の髪をさらっていく。
待ってたように、 私のショルダーバッグの中のスマホが震えて、ほとんど機械的な動作で内容を確認した。
メッセージの送り主は、幼馴染の冬真から。
『
急いで送ったっぽい、ありがとうのスタンプ付きのライン。堪えきれず滲み始めた視界の先、骨ばった大きな手が、画面をそっと遮った。
知ってるよ。
聞きたくないのに、聞こえて来てしまったから。
冬真の、私じゃない
「だからやめとけって言ったじゃん。たまには素直に、俺の言うこと聞けよ」
「言われなくても、分かってるよ……っ」
冬真が、苦手な絶叫マシンに黙って乗った時点で、千秋への想いの強さを見せつけられた気がして、気付くと追いかけてた。だって、私と行った時には、夏兄にどんなに誘われても、お互い完全拒否だったのに。
発車直前、ギリギリで飛び乗った同じマシンの最後尾。どうすることもできないのに、ジッとしてもいられなかったんだ。
「俺には、呆れるほど鈍感な弟の良さも、泣くほど好きなのに、友だちとのデートお膳立てしてやる春香の気持ちも分かんねーわ」
案の定、肩の安全装置から手が離せなくて、むき出しの耳で、冬真の告白を聞き続ける羽目になった。轟音の中から、その声だけを、私が選び取ったみたいに。
「だって、二人が両想いだって分かっちゃったんだもん。私は、好きな人の邪魔なんて、したく、ない、もん……」
私の恋は、最後に乗ったジェットコースターに似てる。くるくる、フラフラ。色んな表情を見せて、魅せられて。はしゃぎたくなるほど嬉しくなったり、立ち上がれないほど落ち込んだり。気持ちは常に、アップダウンを繰り返して、何度も期待した後、急転回して呆気なく散った。
分かってたよ、この結末は。
だから、泣くな。
この人にだけは、泣いてる自分なんて見られたくない。なのに、昔から泣いたり怒ったり、ぐちゃぐちゃな自分を見せてきたのは、冬真の一個上のお兄ちゃん、
なんて皮肉。
ボロボロ、ボロボロ、体温と同じ水滴が地面に落ちて、忙しく動き回るアリを驚かせる。この染みと同じように、私の想いも、夏の暑さに気化してしまえばいいのに。
「じゃあ、このクソ暑い中、何しに冬真の後つけて来たんだよ」
「うるさいっ。自分だって塾サボって来たクセに。受験生の自覚持ちなよ」
「俺は春香の付き添いだから。めちゃくちゃ不器用で、九割こうなることが分かってたのにほっとけるか。というわけで、俺にしとけば?」
「弱ってる時ばっかり、そういうこと言うなーっ。夏兄だけは、絶対に選ばないからっ」
「なら、はっきりフッてもらえると助かるんだけど」
「夏兄なんて好きじゃない。一生、好きになんないっ! どうっ? これで満足っ?」
「じゃ、さっさと帰って、飯でも食いに行くか」
「私、今、フッたよねえ?」
「失恋の痛みを知る者同士でやけ食い。どう?」
「なんか、おかしくない?」
「深く考えんな」って言いつつ、夏兄が一つ伸びをした。冬真より、少しだけ高い背。だけど、後ろから見ると、冬真の面影がある。
「……ねぇ、夏兄。何かで読んだんだけど、幼馴染の恋愛って、やっぱりうまくいかないのかな」
振り向く夏兄が、真っ直ぐ私の目を見た。
「なあ、知ってる? 俺たちも幼馴染なんだけど」
「え? ……じゃあ、やっぱりこの説は正しいってことだよね」
「は? 俺ならいつでも、その根拠のない説を覆してやるって言ってんだけど」
思いがけず、涙が止まってしまった。
夏兄に初めて好きって言われたのは、今年のバレンタインの時だ。夏兄には義理チョコで、冬真には、ほんの少しだけ気合を入れた本命チョコで告白しようとした直前、夏兄に手を掴まれた。
真剣な「好きだ」は、あの一回限り。ごめんねって逃げちゃったけど、結局、冬真には告白しそびれて、今日、彼女ができてしまった。
だからこの結果は、夏兄のせいでもあるんだから。
今このタイミングで、急に真剣な顔されても戸惑ってしまう。
「ほら」
「な、何?」
おもむろに、背中を向けたままの夏兄が、私の前でひざまずく。この体勢は、おんぶを促してる。
「無理してジェットコースターなんて乗るから。まだ辛いんだろ」
確かに、頭は軽いクラクラと、足にも力が入らない。しかも、帰るためには市営バスの走る大通りまで、そこそこの距離を歩かなきゃだけど。
「重いから、絶対ヤダッ」
「素直に言うこと聞く。黙って掴まってろ」
問答無用で強制的に担がれた。
こういうところ、ホントにキライ!
「言っとくけど、あたし完全にフッたからね!」
「はいはい」
夏兄の背中から見る夕焼け空も、実は初めてじゃない。
ふと蘇ったのは、小一の夏休み。外で転んで膝を擦りむいた私を、夏兄がおんぶしてくれて。眠たいってぐずってる冬真には、頑張れって声をかけて歩かせてたっけ。
百メートルほどの距離。それでも、その時こそ重たかったに違いない。
三人とも、恋なんて知らなかった頃の、懐かしい想い出。
「冬真のばかー。鈍感ー。ただの腐れ縁って何よぉ。私の八年間を返せー」
「うるせー。耳元で当たるな」
逞しくなった夏兄の背中で思う。
もう、あの頃には戻れないのかな。
「……でも、夏兄がいてくれて良かった。ありがとう」
「……」
「あれ、顔赤い? もしかして、夏兄、照れてる?」
「さぁて、どこで落としてやろうかな。三、二、一……」
「やだーっ! やめてよ、夏兄!」
「諦め悪いの分かってるけど、今日ぐらい、かっこつけさせろよ」
「えっ? 何か言った?」
「明日からダイエットしろって言ったー」
「サイッテー! そんなイジワル言うなら、一生、下りてやらない!」
夏兄の好きな人が誰か別の人なら、全力で応援するのに。全力で……。
「いいよ。春香なら一生、背負ってくから」
「……おんぶって意味?」
冬真の告白に紛れて、小さく聞こえた気がした。落ち着いた声の「春香、好きだ」。
あれは三分間、呆れながらも隣で付き合ってくれてた、夏兄の告白だったのかな。
今、確かめたら、
「春香」
「夏兄」
重なる声は、二人の夏が、始まる予感?
失恋三分間 仲咲香里 @naka_saki
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