失恋三分間

仲咲香里

SIDE T : おれの三分間

「次でラストかな」


 夏休み初日の遊園地は、平日にもかかわらず混雑していた。大半がおれたちと同じ高校生か、中学生くらいのグループの中、おれは彼女と二人きり。緊張と、優越感も少し。


 ……いやまだ、そういう意味の彼女じゃないけど。


 とにかく、猛暑も忘れそうなほど盛り上がった一日に、おれは最後の告白の成功を確信した。

 もうすぐ、閉園時間を迎える夕刻。ソワソワ呟くおれのシャツの裾を軽くつまんで、眩しそうに見上げる彼女が言った。


 輝く笑顔に、眩しくなるのはおれの方。


冬真とうまくん、最後にあれ乗らない?」



 発車を告げるベルが鳴って、スタッフがお決まりのハイテンションで送り出す。同じポーズで応じるおれは、彼女の手前、余裕あるフリで満面の笑み。


 でもこの選択は……、間違いなく友だち認定、だよな。


 動き出したアトラクションは、まだ真昼の熱さを蓄えた空へゆっくりと駆け上る。張り付く風を顔で受け止めながら、まるで、今日のおれの心模様と一緒だって思ってしまった。


 ライド時間約三分。浮かれて、燃え上がって、さっきまで最高潮だったこの気持ちはきっと、ジェットコースターと共に急降下して終わる。


 しかも、足元無くて地面が丸見えとか。もう、何の罰ゲームだよ……。


「ドキドキするねーっ」


「はは。今日一な」


 対して彼女、上西うえにし千秋ちあきは、嬉々として笑う。

 去年、高校入学直後、「新しい友だちだよ」って、小中高一緒で家も近い、さすがにクラスは別の春香はるかに紹介されて以来、おれは上西一筋だった。


 天を仰いで吐き出すため息に、灰色の明日が見えた気がする。

 失恋が先か、幻滅が先か。


 今日の初デートが実現したのも、最後に観覧車に乗れば、告白成功したも同然だってアドバイスくれたのも。そもそも、告白の後押ししてくれたのも、春香だった。


 顔見れば、しょうもないケンカばっかしてるけど、あいつも良いとこあるんだよな。今度お礼に、春香の好きな、キャラメルフラペチーノでも奢ってやろう……。


「冬真くん、顔色悪いけど大丈夫?」


「……あー、実はおれ、絶叫系、苦手なんだよね」


「ええっ? 言ってくれれば違うのにしたのにっ。ほ、ほら、観覧車、とか」


「ふはっ、ははは。それ今言うかなー……」


「あっ、ごめんね、空気読めなくて。どうしよう、あたしが無理に誘っちゃったせいだよねっ?」


「そうじゃないよ。おれは、上西が好きなら……」


「え?」


 ガクンと、園内随一の高さを誇る絶景ポイントでマシンが揺れた。先頭のおれたちには、これから駆け抜けるレールがよく見える。

 おれの体感気温、マイナス三十度。


「ヤバイ、上西。やっぱおれ無理かも。すでに、吐きそ……」


「えっ、待って! じゃ、じゃあここに!」


 突然、口元に手を差し出されて驚いた。


「え、上西、どういう意味……」


 って、来た来た来たーっ!!


「冬真くん、いつでもいいよーっ!」


 いや、いいよって。


 ああ、やっぱその天然さも、可愛さも、おれは最っ高に。


「好きだああああぁぁぁぁ!!」



***



 閉園ギリギリまで、園内で少し休ませてもらった後、遊園地前バス停に移動した。次が駅行きの、最後のシャトルバス。二人きりのベンチに仰向けで横になるおれに、上西はずっと付き添ってくれてた。


 すっげーかっこ悪りぃ、すっげーダセェ、すっげー最悪……。絶対、引かれた。


「はい、お水」


「さんきゅう。……冷た」


 上西に渡されたペットボトルを額に当てる。流れる水滴が汗と同化して、こめかみを濡らしてく。

 近くで、遠くで、続かない会話を繋ぐように、セミが鳴く。


「ごめんね、冬真くん。最後にジェットコースターなんて、やめとけば良かったね」


 上西の泣き出しそうな優しさが、キュッとおれの胸を締める。


 おれのせいで泣くとか、ホントやめて。


「いや。最後に、上西が好きなジェットコースターに乗れて、良かったよ……」


 精一杯の青ざめた笑顔。

 だから最後に、上西も笑って。


「……困るよ」


「あー、はは。ホント情けねーよな。けど、最後までかっこつけたい生き物なんですよ、男って」


 だから、乗りたくないは言えなかった。


「違うのっ」


 キンと耳が鳴った。ぐるぐる、世界がまだ回ってる。大好きだった、上西の声に。


 相変わらず、ミンミンゼミだかアブラゼミだか、夏の象徴がうるさく恋の歌を叫ぶ。

 セミって何年、土の中にいるんだっけ。

 おれは一年半片想いして、叫びながら玉砕したけど。


 こんなことなら兄貴ともっと、絶叫マシンに乗っとけば良かった。


 ただ……、かかるGに抗って告るのは、爽快だったかな。例え届かなくても。


「冬真くん、いつも優しいから、好きになりそうで困る。好きになっちゃ、ダメなのに……」


 へ?


「いや、何でっ?」


 ペットボトルが落ちるのも構わず、ガバッと跳ね起きた。上西が「わっ、びっくりした」って上げた顔を、慌てて伏せる。


「冬真くんて、春香ちゃんのこと好きだよね?」


「いや、ナイナイナイナイ! あるわけ無い!」


「えっ、そうなの? あんなに仲良いのに?」


「そうだよっ。ただの腐れ縁! 家が近所なだけだし、言うほど仲良くないし! おれこそ、最後に定番の観覧車じゃなくて、ジェットコースター乗ろうって言われた時点で、望み無いなって思ってた」


「そ、それは。お、同じドキドキを体験すると、相手のこと好きになるって聞いたから。だから観覧車じゃなくて、ジェットコースターの方が、ダメ元で好きになってもらえる可能性高いかも、なんて……」


 消え入りそうな声で、真っ赤になった顔を覆う上西。


 なんだ、この世界一可愛い女子。


「いや、おれもう、上西のこと好きだしっ」


「えっ、好きっ?」


「そうっ、好きっ。ス、キ……わーっ! 待った!」


 今更、猛暑日を実感するおれを、上西がキョトンと見つめてくる。


「あれ、春香ちゃんに叫んだんじゃないの?」


「いや、状況的におかしいでしょ」


「えっ、ウソ……。そうだと思って、あたし、諦めなきゃって。無理矢理ジェットコースターにも乗せちゃって、絶対、嫌われたって思ってた」


「あ、あれはちゃんと、上西に言った言葉だから。嫌ってなんかないし、むしろそのまま、おれのこと好きになってよ」


「……いいの? あたしで?」


「上西以外いない。おれは、初めて会ったときからずっと、上西のことが好きだから」


 潤む瞳で小さく「あたしも、好きです」って答える上西の声が震えてる気がして。


 バス来ないし……。


「上西。手、繋いでもいい?」


 触れたくなった。


「……うん」


 そのままの距離で、向かい合って手を握る。

 なんか、握手っぽいけど、今はこれが限界。


「すーげー、ドキドキする」


「うん」


「あ、バス来たな」


「あ……、離すの?」


「えっ、離さないのっ?」


 真っ赤になって、無言で見つめ合うおれたちだけど、


「席に座ったら、また繋いでいい?」


 重なる確認は、二人の想いが同じだって証拠。

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