どれもみーんな私なの

六畳のえる

どれもみーんな私なの

 1

 

〈今日は社会人の彼氏と某星付きレストランでディナー! 夏空の夜景がキレイなところで食べるとエビも牡蠣もおいしく感じる気がする!笑 向こうはビール飲んでて、「20歳に見えるから飲んじゃえよ」って言われたけど、いや、高校生ですからw でもノンアルカクテル美味しかった!〉


 ちょうど良さそうな写真を探し、加工して貼り付けてツイート。スマホのフタを開けてベッドに置く。

 その隣に寝転んで雑誌を捲りながら、「いいね」を知らせるバイブ音を聞いては画面を覗いて口元が緩む。


 ああ、嬉しいなあ。みんなから褒めてもらってる。羨んでもらってる。私を見てもらってる。



 ***



「ねえ、キリト&コリトのYourTube、新作見た?」

「見た! じゃんけんコーラ風呂めっちゃウケたし」

「あー、今日のバイトだる」

「ユミ、まだあそこでやってんだ。元カレいんのヤじゃね?」

「シフトずらしてるからだいじょぶ」

「そういえばさ、Tweeterでウィルスが発見されたらしいじゃん」

「マジで! 怖っ」

「ねえ、そのペンケースどこで買ったの? キャラ可愛い!」

「ROFTでこの前見つけた!」



 昼休み。入り乱れるグループの会話に混じり、適当に相槌を打つ。混じることが目的じゃない、排除されないことが目的だ。高校2年にもなれば、処世術も分かる。


 ウケる・ウケない、付き合う・付き合わない、可愛い・可愛くない。大体この3軸の話さえしてれば、一緒にいられる。ここで私個人を出す必要はない。入方いりかた美絹みき自体は要らない。



「美絹は最近どうなの?」

「つーかさ、石川君、まだ美絹に気あるっぽくない?」

 こっちに視線が集まり、心の中で溜息をついて、冗談っぽく苦笑いしてみせる。


「ホント? 私はもう興味ないから」

「そうなんだー! 復縁とかアツいけどなー!」

「何、アーちゃんカズヤと何かあるの!」


 すぐに話題はリーダー格の元へ戻る。パスの役目は終わった。あとはまた、誰かの言葉に賛嘆してればいい。



 グループの中では、誰もがみんな承認欲求を爆発されている。自慢して「そうなんだ!」、自虐して「そんなことないよ!」、そういうリアクションこそが、自分の存在証明にもなる。


 私だって褒められたい。「そんなのくだらない」なんて達観は出来なくて、リアクションがほしい。でも、できる気がしない。


 可愛い子がいっぱいいる。化粧でどうにかなるレベルじゃない、根本的な素材の違い。


 話が上手な子がいっぱいいる。話題も広いし、ツッコミもできるし、輪の中心。


 彼氏がいる子がいっぱいいる。オトナな恋愛してたりして、花柄の自慢話に事欠かない。


 私がここで抜きんでるなんて無理で。もちろんコミュ力や色恋は本人達が努力を重ねてきた結果で、私がやってこなかっただけなんだけど、それを認めるのだって辛くて。

 だからこうして、一通りの会話が終わると、私はスッと場を離れ、廊下突き当りの階段へ褒められに行くのだ。




〈今日学校終わったらバッグ見に行こうっと。ちょっと前に買ったの、結局すぐ飽きちゃったからなあ。好きなブランドの新作出るみたいだから覗きに行く♪ 帰りにシャルムのシフォンケーキも買っちゃう!〉


 呟く文章を練った後、ちょうど良さげな画像を探す。保存したそれを、拡大して、トリミングして、色調変えて、ハートマークで埋めて、別物にして貼り付ける。

 誤字があるとダサいから、2回見直してツイートした。通知をオンにして、少しだけ休憩。瞬く間にバイブが鳴りやまなくなり、私の口元は勝手に綻んだ。



 フォロワーを何千人も抱える、SNSのサブアカウント。そこでの私は、一流企業に入ったばかりの彼氏がいる、お金持ちで都心住まいのキラキラ高校生だった。

 全部作り話だから大学生や社会人だって装えなくはないけど、知らない世界のことを書くとバレやすいので、そこは高校生で。


 等身大の日常ツイートにわざとらしいほどの自慢を込める。羨望と嫉妬の混じった「いいね」と、羨望9・嫉妬1のコメント。私自身が見てもらえていることが、嬉しくて仕方ない。


 クラスで出来ないことも、この世界ならできる。虚構だっていい。現実の空虚よりはずっとマシで、ずっと幸せだ。



 ***



「ただいま」


 架空の私と違って、バッグもケーキも見に行かずに直帰。部活やってないと放課後の時間がたっぷり取れる。


 部屋に入ってすぐベッドに寝そべり、今日の「いいね」やRT、コメントの確認。100を超えた数字にニンマリしながら、つけてくれた人を上から眺めていく。女子高生、男子高生、中学生、大学生、アルバイト、バンドマン、YourTuber……色んな人が、私の夢いっぱいの呟きを称賛し、拡散している。


 コメントをくれた人には丁寧に返信、辛辣なコメントはスルー。本当は煽ったっていいけど、フォロワーのたくさんいる身だし、下手に炎上の火種は作りたくない。何より、私のことを褒めてくれる綺麗な世界にだけ浸っていたい。



 みんな、これを本当の私だと思ってるんだろうか。昔はバレたらどうしようなんて思ってたけど、今は少し違った見方。例えうっすらバレてたとしても、敢えて何も言わずにちゃんと褒めてくれるなら、それはある種私の努力を認めてるってことで。それならそれで、私は満たされる。ずっと呟き続けて、その反応を見続けていられる。



 石川君と別れたのも、これが原因だったっけ。彼氏が出来ても、元々使ってたアカウントで自慢の呟きを連投しても、欲求は埋まることはなかった。


 100人足らずのフォロワーじゃダメで、もっとたくさんの反応が欲しくて、デートの途中でも高そうな店を見つけたら撮影してキラキラアカウントで投稿する。架空の世界に入り浸りたくて、リアルの彼が煩わしくなって、お別れを切り出した。後悔なんてない。こっちの方が楽しいから。


 ああ、ネットの世界はいいなあ。上辺を作れるスキルさえあれば、幸せでいられる。



「さて! 良い画像は、と」

 今回は画像を先に見つけてストーリーを付け足してみよう。「大学生 夜 カフェ おしゃれ」「デート 夜景」とそれっぽいキーワードで検索を始める。

「よし、これに決めた!」


 これだけ写真が溢れてる時代だ、しっかり加工すれば、世間で言われてるような無断引用が云々なんて言われないはず。それっぽい自慢話も考えた。今日は中学からのセレブ友達と遊んだってことにしよう。


「あとは——」


 SNSを開いてすぐ、思わず目を見開く。



〈あー、今年の夏休み、どこ行こっかな。昔お父さんがファーストクラスでヨーロッパ連れてってくれたの、今思うと、小学生の自分には無駄すぎるねw 今は貯金にも余裕あるし、自分のお金で体験するかな、ファーストってやつ!〉



 いつも通り、羨望と嫉妬を集められるキラキラしたツイート。写真もハートマークがあちこちについたヨーロッパの風景写真。


 ただ1つ、いつもと違うこと。これは、私がツイートしたものではない。





 2


「何、これ……?」


 もう一度アカウントを確認する。間違いなく、私のサブアカウント。直前のツイートは、学校で投稿したバッグとケーキの話。


 じゃあこれは何? 絶対に私はやってない。入方美絹本人でやってるアカウントのどうでもいい呟きならともかく、画像を加工して文章を練ってるものを忘れずはずがない。じゃあ、これは、何?


 アプリのバグ……ってわけでもなさそう。実際に投稿されてるわけだし、「いいね」も返信もどんどん増えて、通知欄の数字が増えていく。


 ってことはアカウントの乗っ取り? 誰かが私のアカウントのハッキングしてる? でも何のために? 私の真似をした投稿をしてまで?


 意味が分からなくて、気味が悪くて。結局その日は何も呟く気になれず、ゲームで時間を潰して早めに寝た。



 ***



〈ネットで洋服見てるとアレもコレもつい買っちゃうクセをやめたい。一応お父さんからもらうお小遣いの範囲内ではあるんだけど、足りなきゃ足りないで一言言えば追加で貰えちゃう激甘父だから、無限にポチッちゃうよー!〉



 起きて開くと、また覚えのないツイートがあった。やっぱりこれは乗っ取りだ。どうせイタズラ目的か何かで、誰かが私の真似をしてるんだ。



 こうして私は見知らぬ人間にアカウントを奪われ、気がかりな日中が始まった。



 日課になってる奥階段での定期的な気分転換も、何が呟かれてるか、誰かに変な返信でもしてないかとヒヤヒヤしながらウォッチする時間に。特に周囲に害は及ぼしてないみたいで、2~3時間に1回くらい、いつもの私と変わらないキラキラな日常がツイートされている。


 自分でツイートもできるけど、犯人の動きが気になってそれどころじゃない。いっそアカウントを消そうかとも思ったけど、せっかくここまでフォロワーを増やしたのに勿体ないし、別に向こうも変なこと呟いてるわけじゃないので、静観することにした。



 そして放課後。家のドアを開けようとする、まさにそのタイミングで。


「……あれ?」


 私は妙なことに気付いた。

 自分のプロフィールページを見ていると、存在しないはずのボタンがある。


「DM?」


 他人のページにはあって、自分のページにはないはずのそれ。ダイレクトメッセージを送れるボタンが、「押してごらんよ」と言わんばかりに青く光っていた。


 2階の自分の部屋に上がりながら、誘われるがままにクリックする。他の人に送るのと何ら変わらない、DMの画面。何で? 私が私に送れるの?



「あの、すみません」


 万が一、運営に問い合わせることになったとしても恥ずかしくないよう、無難な声かけを入力してみる。すると、すぐに返信中を示す表示が出てきた。思わず息を飲む。


『こんにちは。ここにDM送ってくるってことは、アカウントの元の持ち主ね』


 オウム返しではない「誰か」の返事。私は迷わず、一番聞きたかったことを高速で打った。


「アナタは誰?」


 その返事を、ベッドで横になって、じっと待つ。


『貴女と同じよ、入方いりかた美絹みき


 表情が固まった。手が微かに震えている。まるで通りすがりの公園で突然自分のドッペルゲンガーを見つけたかのような、そんな感覚。


 本名まで知ってるなんて、イタズラだとしても犯罪レベルだ。そしてもし、イタズラじゃないとしたら……色んなベクトルの想像を膨らませながら、DMで会話を続ける。


「どういうこと?」

『貴女、幾つかのTweeterのアカウント使い分けて、こっちでは全部作り話でいっつも彼氏自慢やお金持ち自慢してるでしょ? そのデータがたくさん溜まった結果、このアカウントの人物が【本物の人格】として切り出された、それが私なの』


 何? この子、何を言ってるの?


「意味分からないんだけど」

「こっちだって分からないわよ。気が付いたら貴女になってたんだから」


 私が自分とは違う人格を装って、たくさんキラキラなツイートをしたことで、その投稿をもとに機械上の「人格」が生まれてしまった、ということか。ヒョウタンから駒みたいな話だ。


 テキトーなことを言って誤魔化そうとしてるのだろうか。でもなんとなく、この相手の話には信憑性がある気がする。AIが色々学習して人間っぽく呟くなんてニュースも耳にしたことがある。キラキラアカウントを模倣するくらいはできるのかもしれない。


「そ、そういえば、何で名前知ってるのよ」

『不思議なんだけど、貴女のスマホの情報が覗けたのよ』

「覗けた……?」


 非現実的すぎて逆に嘘には思えない話に、私の脳は信じることを選んでいた。


 そういえば、昨日女子グループで、Tweeterでウィルスが発見されたとか話出てたっけ。ひょっとしたら、そのウィルスがこんな風にイタズラしてるのかもしれない。ということはスマホも感染してるってことだろうか。


 よく分からないけど、今のところ犯罪に巻き込まれてるわけでもないし、感染したかどうかも確証がないし、しばらくはそのままで大丈夫なのかもしれない。




『とにかく、これからはこのアカウントでは私がツイートするから。別に貴女も呟いても良いけどね』

「分かったわ。万が一変な投稿してたら勝手に消すからね」

『どうぞ』


 こうして、彼女とのやりとりが終わる。犯罪に巻き込まれたわけではなさそうなことに安堵し、スマホを枕にボフッと投げ置く。


「何かあったらすぐアカウント凍結してもらおっと」


 今すぐ申し立てるという選択肢はスルー。あの紛い物の人格がどんな投稿を続けるのかという単純な好奇心と、みんなから褒められ続けたいという射幸心混じりの虚栄心が、頭を埋め尽くしていた。

 でも、後者の期待はすぐに裏切られることとなる。



〈社会人の彼の友達からこっそり連絡が。「俺ともデートしてみない?」だって。たくさん声かけてもらえるのは悪いことじゃないけど、結局「JK」っていうブランドが欲しいだけじゃない? 彼の方が顔も給料も段違い。残念だけど他当たってね!〉


〈たまには家族で外食! 今日は、よく泊まりに行ってるホテルに朝ごはんだけ食べに来ちゃった笑 シェフがその場で作ってくれるスクランブルエッグが最高だよー!〉



 私じゃないヤツが作った、私が作ったようなツイートがどんどん増えていき、そこにこれまでと同様に「いいね」がついていく。

 作り手が変わったことにフォロワーは気付かない。それほどまでに、内容はそのままだから。みんなが褒めて、「いいなあ」「美味しそう」と返信をくれて。


 でも、心が満たされない。褒められてるのは「私」じゃないから。本物の入方美絹じゃないから。


 もちろん、そもそもツイート自体が作りものだ。私はこんなだ。キラキラもしてない、お金もない、彼氏もいない、ただの凡女子高生だ。でも、私が作った虚構の世界を称賛してもらえれば、例え紛い物でも私自身が満たされた。今はどうだ、私も傍観者の一部になってしまった。



 足りない。満ち足りない。物足りない。


 みんな見て、褒めて、認めて。私を見て、褒めて、認めて。


 不満が沈殿して、ストレスが堆積して。偽物のアイツのツイートを見るのが苦痛になるほど、やりきれなくなっていった。





 3


 翌日の夜、耐えかねた私は、新しいアカウントを作っていた。さっきの投稿もなかなかの反響だった。今度はどうしようかな。


「よし、これにしよっと」


 柔軟をやるときのようにベッドに脚を伸ばした画像を探してきた。チラリと見える水色の下着が煽情的。うん、高校生っぽい写真。色合いを加工して、スタンプをあちこちに押す。


〈今回は生足を撮ってみたよー。顔をうずめてくれる人募集中!笑 あー、寂しいから誰かに癒してほしいな。 #もっと見たい人RT〉


 ツイートすると即座に拡散されていき、待ち望んでいた「いいね」が増えていった。新しく増えていくフォロワーが、私の自信になっていく。


 新しいアカウントは、こういう方向性にした。キラキラを継続してもいいけど、あのアカウントと内容が重複するのはちょっとしゃく


 あまりにも過激すぎる画像や文章は、出会い系を疑われる可能性がある。程良い露出に、遊んでる感じの誘い文句。


 予想通り、男性アカウントが大量に集まってくる。前とはちょっと違う欲望たっぷりの返信が、気色悪いを通り越して心地よくすらあった。



〈これが女子高生のお腹! あー、なんか撮ってたら興奮してきちゃった、かも? ちょっと激しめのパパ活でも始めちゃおっかな。 #JK自撮り #もっと見たい人RT〉



 世の中にはこの手の画像は大量に出回っていて、探すのは造作ない。加工で誤魔化せば、体の写真とはいえそれなりに同一人物っぽく見える。


 こうやって借り物のおへそをチラ見せするだけで、「最高です」「エロい!」とみんなが褒めてくれる。送りつけられる変態的なDMも無視すればどうということはなく、「もっとツイートしてほしい」という声が満足感になって私の飢えを満たす。



「昨日の『失恋ルームシェア』見た? ヤバくない?」

「見た! 江藤君、演技うますぎでしょ!」

「カラオケ行きたいなあ」

「明日とかどう?」

「いいね! 参加者募集しよ!」



 いつも通りの会話に相槌を打ち、調子を合わせて仲良しグループごっこをやった後で、人気ひとけのない奥階段に行く。


〈今日の昼休みは時間があったからパンツ接写! 学校でイケナイことしてる感じ、ハマりそうw あーヤバい、Mの血が騒いできた。誰でもいいから襲ってほしくなる笑 #JK自撮り #校内 #もっと見たい人RT〉



 制服が映ると学校の詮索とかが始まって嘘がバレるので、ショーツのアップの画像を検索して貼付。

 本当に自分で撮ったジュースとグミの画像を載せることで、本物感はグッと増す。嘘を信じさせるコツは何割かの真実を混ぜること、とか聞いたことあったっけ。



 こういう写真が大評判になったりして、フォロワー数もキラキラアカウントと同じくらいまで増えた。私自身を褒めてもらっていることに少なからず快感を覚える。



 が、歯噛みしたくなるほどに、その悦楽もまた、1週間で消える。



〈太もも、めしあがれっ こんな格好で街出てみたいなあ。周りからどんな目で見られるかと思うとちょっとゾクゾクしちゃう。 #JK自撮り #自室 #もっと見たい人RT〉


 寝る前にアプリを覗くと、知らない投稿、私のじゃないツイート。どこかで拾ってきて加工したらしき写真と共に、それは表示されていた。


 自分のページには、自分には送れないはずのDMのボタン。どこかで見たことのある、不可思議な現象。



「こんにちは。アナタは誰?」

『こんにちは。貴女と同じ、入方いりかた美絹みきよ』


 DMのやりとりも、前回と一緒。


「アナタも、勝手に生まれた人格なの?」

『そうよ。知ってるなら話が早いわね』


 まただ。また新しい偽物の私が生まれている。


『これからこっちでは私がツイートするわね』

「ちょっと待ってよ。私が作ったアカウントなのよ? なんで勝手にそっちがやることになってるのよ!」

『そんなこと言ったって、私はこのアカウントの人格として生まれてるのよ。これをやるのが普通でしょ?』

「それは……そうかもしれないけど……」

『じゃあ、よろしくね。そっちも投稿してもいいから』


 そう一方的に言われて、偽物との会話が終わる。


「ああああっ! もうっ!」



 枕に向かってスマホを投げる。蹴り飛ばしてぐしゃっとなったタオルケットは、私の心のようだった。


 苛立つ。腹立つ。頑張ってフォロワーも集めたのに、また取られた。キラキラでもエロでも、どっちのアカウントにも投稿はできるけど、あの「人格」とやらも一緒にツイートしてると思うと嫌気が差す。


 それにもし、向こうの方が「いいね」の数が多かったら? たくさん拡散されてたら? 惨めな気持ちになるだけだ。


 もう1回別のアカウント作る? 頑張ってもまた別のヤツに乗っ取られるだけ? でもそれでも「いいね」が欲しい。幾つも集まる快感を、何度だって味わいたい。



 ***



〈クラス内のカップル、別に付き合うのはいいけど、教室内でまでイチャついてるのどうかと思う。2人だけにしか分からないサインとかめちゃくちゃウザいから、頭かち割って絶命寸前に血で謝罪の言葉書かせたい〉



〈うちの女子グループ、リーダー格が威張りすぎなんだよね。仕方なしに相槌打ってるこっちの身にもなってほしい。イジりも芸人真似てるだけでつまらないし。鈍器あったら絶対顔からいって泣かせるわ笑〉



 ツイートしたいことがポンポン浮かぶ。毒気と残虐さを含んだ、新しいアカウント。





 4


 自分でもビックリするくらいのブラックなネタがポンポン浮かぶ。最近のアカウント略奪のイライラか、もともと抑え込んでいたフラストレーションか。



〈ぶっちゃけさ、会話の人数増えれば増えるほど、その中で一番頭悪いヤツに合わせないといけなくなるからキツくない? 話題もどんどん最大公約数になっていくし、全然楽しくない。投票で負けた人から順番に首ねていくとか駆け引きあって面白そう笑〉



 全然キラキラしてないしエロのカケラもないこのアカウントが、年が近い学生を中心にしっかりフォロワーがぐんと伸びている。普段言えないことを代弁してる感じが良いんだろうか。


 これまでのアカウントに比べて書くことに迷わない。残虐なネタだって、慣れてくれば脳内で想像してクスリと笑えるようになっていた。


 そうやって負荷なく吐き出した言葉に、みんなが「いいね」を押してくれる。嬉しい。やっぱりこうして見られて、褒められて、認められてるのが、何より嬉しい。


 学校ではうまく出来なくて、たとえこんな虚構の世界だとしても、私にとってはものすごく幸せ。



***



「何? また新しい人格?」

『こんにちは。貴女と同じ、入方いりかた美絹みきよ』

 また勝手に投稿されて、また変なヤツが出てきた。でももう気にしない。


『これからこっちでは私がツイートするわね』

「あっそ。いいわ、私も投稿するから」


 これが一番楽だし、私に合ってるみたい。どっちのツイートが人気かなんて、気にしないことにした。好き勝手に、ひどいこと呟かせてもらうわ。



 ***



〈せっかくの休みなのに、これから外出の予定。あー面倒くさい。会う人もそんな仲良くないしなあ。色々様子見して調子合わせていくの疲れたよ。ちょうどホームセンター通るし、バットでも買って頭にジャストミートさせちゃおうかな……(ダメ笑)〉


 たっぷり寝た土曜の昼。画面にはツイートへの通知が大量に表示されている。偽物の私の投稿を見て小さく溜息。せっかく投稿しようと思ってたのに、タイミングが被ってるとさすがに躊躇する。


 スケジュールの通知に気付いてカレンダーを見る。そうそう、今日はいつものグループでカラオケの日だ。

 12時からだからさっき始まったな。頭から行くのちょっとダルいから少し遅れて参加することにしたんだった。ゆっくり支度しよう。


 そう言えば、あのキラキラアカウントやエロアカウントはどうなってるかな。アイツらも投稿し続けてるんだろうか。



 その時、スマホが震えた。中学時代からの親友からLIMEでチャットが来ている。


『ねえ、今、井勢丹にいた?』

「へ? 家にいるけど」


『そっか、そうだよね。今お姉ちゃんと来てるんだけど、なんか高そうなバッグ2つ買ってる子がいて、美絹にすっごく似てたからさ。ちょっと心配になった笑』

「そっか、ありがと」



 ふうん、そっくりさんが高そうな買い物かあ。ちょっと羨ましい。



 と、今度は通話。1年のときに一緒のクラスだった友達。今日は随分連絡が重なる日だな。



「ちょっと美絹! 今駅のところで援交みたいなのしてなかった?」

「は? 私? 家にいるけど……」

「そうなの? いや、なんか美絹にすっごく似てる子がめちゃくちゃ肌出した格好で近くのおっさんとか誘ってたからさ」


 また? また私のそっくりさん?



「違うなら良かった。ホントに似てたからビックリしたよ。じゃね」

 さっきバッグ買ってたっていう子と同一人物かな? でも距離的に無理か。


「そんなエロい偽物が——」

 そこで言葉に詰まる。脳が一気に回転を始めた。




 偽物、高いバッグ、男を誘う。

 どれも、覚えがある。


 でもまさか。そんなはずは。



 そういえば、あの子達に聞いていない。ウィルスか何かだと決めつけて、聞いていない。


 



 思考を現実に戻す、激しい着信。

 パニックになったように、スマホが震える。



「美絹! ちょ、ちょっと! 美絹! アンタ美絹よね!」

 ひどく動揺した声と後ろから聞こえる叫び声が、耳をつんざく。


「どうしたの!」


「なんかアンタにすっごく似てる子がカラオケ来たんだけど全然様子違ってて、そしたら急にバット出して……あ、待って、いや! 来ないで! 来ないで! いやああああああああああ!」



 鈍い音とともに声は途絶え、通話も切れる。



 黙り込んだスマホに、ツイートの「いいね!」を告げるバイブが静かに、何度も何度も響いた。

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どれもみーんな私なの 六畳のえる @rokujo_noel

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