魔女の家の方から、迎えに来てくれるようにね
東の魔女は姿を見せず
南の魔女はやさしくて
北の魔女は怒りん坊
西の魔女は去年死んだ
「西の魔女は去年死んだの?」
「そうみたいね。
『去年』って何時から見ての去年か、わからないけれど」
少女の読むことができなかった文字を、母は自由自在に読むことができたようだった。羊皮紙風の紙に書かれたメモを翻訳したものを眺めながら、ぼんやりと東南北——残念なことに、西の魔女は死んだ——に散らばる魔女のことを少女は妄想する。
その一方で、母の方は、全く別のこと考えている。あのメモはいったい「誰が」「いつ」「何のため」にメモしたのかしら。どうして自分は、あの未知の言語を読めたのかしら、と頭をひねる。けれども、その質問の答えを知っているものは、ここにいないようだ。
「そういうわけで魔法使いたちに会って、弟子入りして、立派な魔法少女になってくれないかしら。
それで、私の病を治す薬を作れるようになってほしいの」
随分と突飛な始まりだったが、とにかく少女は旅の準備を終えて玄関に立った。カバンには、水と食料、本、枕、衣服に、しばらく困らないだけのお金。そして、プレゼントとしての、綺麗な黄色をしたアプリコットジャム。
「ジャム、いる?」
「いるかもしれないでしょう?」
「そうかもしれない」
少女は笑って踵を叩いた。
「それで、お母さん。私はどこの魔女に会いに行けばいいかな?
やっぱり、南の魔女かしら。他の魔女は死んでいるか、失踪しているか、気難しいか、だもん」
「そうね、南ね。南は——こっちね」
花なきアンズの木の下で、杖をついた母は、「多分」と小さな声で付け加える。そして遠くの空を指差した。鬱蒼と茂る森がその先にはあった。それはまるで緑のお化けみたいな。
「森に向かって、まっすぐ行けばいいの?」
「あのメモを持っていれば、自然と着くのよ。
魔女の家の方から、迎えに来てくれるようにね」
「お母さん、それってかなり素敵ね」
「ええ、ロマンチックね」
そう言って少女は旅の一歩を、魔法少女修行の第一歩を踏み出した。母の方は杖をつきながら、自分の娘の姿が米粒ほどにまで小さくなってしまうまで見送り続けた。
そうして、少女の姿が森の中へ消えてしまった後に、母は太陽に祈ろうとして、自分の想像と、太陽の位置が違うことに気がつく。
「あら、あらあら?」
しかし、母は自分の自信を失った。母は自分の指差した方角が、つまり、少女が歩を進めた方角は南とは真逆の、「北」のような気がしたのだ。
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