ボイジャー・ゴーホーム
碧美安紗奈
ボイジャー・ゴーホーム
ある宇宙生命がボイジャーと最初に接触した。彼らの名前は地求人には発音できないので、仮に第一遭遇者としよう。
その第一遭遇者たちは、さっそくボイジャーを分析した。
ボイジャーは1977年にアメリカから打ち上げられた宇宙探査機で、内部に、地球外知的生命体や未来の人類が見つけてくれることを期待して、地球の生命や文化を伝える音や画像を収めたゴールデンレコードを搭載していた。
第一遭遇者たちはこれを一部読み解き、 友好的でもあったので、さっそく人類に会いに行くことにした。
地球人より遥かに高度な文明を持つ彼らは、たくさんの手土産を持参した。
どんな傷も病も癒し若返れる薬。平穏に暮らせる知識。自分たちと同等レベルにまで進化できる科学。これらは、地球人を含むあらゆる種類の生命に有効という画期的なものだった。
けれども地球に着いた彼らは、ついに人類とは会えなかった。否、会っても気づけなかったのだ。
原因はボイジャーだった。
実は、それより早く宇宙へのメッセージとして地球で打ち上げられたパイオニア探査機というものもあったが、そこには線描による人類男女の裸体図が記載されていた。
これを猥褻だなどと批判された
第一遭遇者の知覚と存在形態は特殊で、相手と接触するにはその存在原理を推測できねばならなかった。もちろん、地球人がどんな種族か知れば接触もできた。
しかし、彼らが捜索したのはボイジャーの記録の一分に基づく影だけで成り立つ知的生命体だったのである。
第一遭遇者はまさか、宇宙の他の生命と交流しようとするまでに進化した人類が、ちっぽけな地球的価値観をそこに持ち込むとは思わなかったのだ。
かくして、人類が第一遭遇者と出会う機会は失われた。
一方、帰還した第一遭遇者のこうした報告を盗聴している別の宇宙生命もいた。
彼らは第一遭遇者と敵対しており、そのボイジャー解析データも盗み見てコピーしていた。また、第一遭遇者と違って凶暴な性質を有していた。
こちらも名前は地求人に発音できないので、仮に第二遭遇者と呼ぼう。
第二遭遇者たちは、さっそくボイジャーの記録に基づいて地球侵略に向かった。
天文学者カール・セーガンがボイジャー計画などの際、悪意ある地球外生命体と接触した場合どうするのかと非難され、地球人の文明はすでに様々な電波を出しているから杞憂だとしたように、第二遭遇者もそうしたものはキャッチしていた。
けれども、彼らもまた地球人類とは大きく存在形態が異なるので、その電波の分析さえままならなかった。
そこに、第一遭遇者の解析データが役立った。それさえわかれば、あとは文化翻訳装置で自分たちを接触対象に近く変化させられるのだ。
やはり地球人より遥かに高度な文明を持つ第二遭遇者たちは、侵略と略奪を楽しみにしながら地球を目指した。
攻撃用兵器もいつでも発射可能な状態にし、暇潰しに、コピーしたゴールデンレコードの音楽を聞き、地球人類をせせら笑いながら。
ところが。地球に着く寸前に、彼らは武装を解除した。
理由はまたもやゴールデンレコードだった。
そこに記録されていたある音楽に、感動してしまったのである。
それはバッハのものでもモーツァルトのものでもない。名だたる音楽家たちと肩を並べて記録されていた、ブラインド・ウィリー・ジョンソンのものだった。
ブラインド・ウィリー・ジョンソンは差別の時代を生きた黒人にして、20世紀アメリカの音楽家であり宣教師だった。
生涯に渡って貧しく、幼い頃に母親を亡くした。
父親が再婚した義母は浮気をし、それを見られないようにとウィリーの目にアルカリ溶液をかけて失明させたという。彼はまだ7歳だった。
ウィリーが人生でレコーディングできた音楽は全部で90分程度に過ぎない。
住む家もなく、焼け落ちた教会の中で濡れた新聞にくるまって寝ていたため、肺炎になったのだ。病院は、彼が黒人や盲人であることを理由に診察を拒否したともされる。
こうして、ウィリーは48歳で死んだ。
それでも、ウィリーの曲は宇宙を旅すべきものとして選ばれた。
もちろん、第二遭遇者たちは彼の詳しい経歴までは知らない。けだしその音楽に強く心を打たれ、地球攻撃をやめたのだった。
やがて地球に到着した第二遭遇者たちは、友好的に地球人類と接触した。
そうして、平和的で発展的な関係を結ぼうと心に決め、地球人類による歓迎会で代表と握手をした。
その席上で、第二遭遇者はせいいっぱいの翻訳機を活用して、だいたいこんなことを尋ねたのである。
「いやあ、ブラインド・ウィリー・ジョンソンさんの楽曲には大変感動しました。彼ほどの素晴らしい芸術家は、さぞかし地球では大切にされて生きたのでしょう!」
地球代表者は苦い笑みで、ブラインド・ウィリー・ジョンソンの経歴を説明してあげた。
接触のためせいいっぱい人類に擬態していた第二遭遇者の顔つきは、地球人にはよくわからないものだった。
だが、ウィリーの生涯が語り終えられたとき。
地球人には全くそれと理解できなかったが、第二遭遇者の顔は、憤怒の形相に変貌していた。
ボイジャー・ゴーホーム 碧美安紗奈 @aoasa
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