最終話【〝僕〟と〝わたし〟】

 僕は今、無残な光景を見下ろしている。7月16日は僕にとって忘れられない日となるだろう。僕は今、〝僕〟の失恋の立会人となっている。あのコに今、断られている。

 やってみた自分だから解る。この失敗にはなんの意味もない。忌まわしい記憶だけが残っただけだ。


 はあ、と溜め息が漏れる。

 昨日はなにを言っても〝僕〟にはまったく聞く耳を持たれなかったが、今のあそこにいる〝僕〟なら、僕の気持ち・僕の言わんとしたことがすとんと腑に落ちてくれるだろう。だけどそれって僕が〝僕〟に完全に合一してしまったということだよな。

 そう言えばなんとなしに意識が朦朧としてきた。こうやって別のことを考えられる僕はあるいはもう——


 その時横から声がした。

「あぁ、もったいないことを——」声は確かにそう言った。無意識に声の方向に顔を動かしていた。そこにはあのコが——あのコが僕と同じように宙に立っていた。

 なにを言ってるの? 僕は言った。あのコが僕の顔を見て、目が合った。

「ねえ、偏差値、60くらいはなんとかなる?」

 なにを言ってるんだ と思った。

 英語の点数があと10点、10点積み上げられたらいくのかも しかし僕はそんなことを言ってしまっていた。

「なら今のわたしなら〝答え〟は変わってるよ」

 〝偏差値〟なんて生臭い話しをしておいてなにを言っているのか と思った。それは明らかに最低限の妥協ラインを見せつけてきたとしか思えなかったから。

 そうか、これがたいして好きでもない人と付き合うということか。


 君はどこの時間から来た? 僕は訊いた。

「7月18日」あのコは言った。

 僕は7月17日—— 僕は猛烈な睡魔に押し流されそうになりながらもそう言っていた。


 お互い棲んでいる時間が違うのに付き合えるはずがない—— 僕の口はたぶん動いていたと思う。

 あのコは泣き出しそうな顔で微笑んでいた。僕はもう意識が——いし——き、が————


                       (「きのう、失恋した」了)

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きのう、失恋した(敢えてそのまんまのタイトルで勝負!) 齋藤 龍彦 @TTT-SSS

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