第2話【7月18日の〝わたし〟】

 7月16日早々朝、夏至の日からまだ一ヶ月も経っていないこの頃は午前五時でももう明るい。だからだろう、わたしが幽霊を見ても怖がらなかったのは。


 その幽霊はわたしだった。姿形、そして声、まったくわたしとうり二つ。曰く、明後日・7月18日からやってきたわたしだという。

 わたしはわたしでもカギ括弧入りのわたし、『わたし』だ。

 わたしは『わたし』にわたしのやろうとしていることを預言された。わたしは『わたし』にとても嫌なことを言われたんだ。その口が喋ったことは衝撃的だった——


 『きのう、失恋した』と言った。


 この『わたし』は7月18日からやって来たという。つまりこの『わたし』のいう〝きのう〟とは明日、7月17日ということになるらしい。わたしにとっては未来の話し。

 それなのにわたしに追い討ちまでかけてきた。「告白なんてするだけ無駄だからやめておきなさい。傷つくだけでなにも残らない」と。それは正にわたしの内心でわたしは昨晩『明日告白する』と決心していた。その思いが踏みにじられ冷や水を浴びせられた。


 わたしは怒った。ありったけの悪口雑言を『わたし』に投げ付けた。でもどれだけ投げ付けても『わたし』は黙ってわたしの悪口を聞いていた。いいえ、聞き流していた。

 ひとしきり思いつくだけの悪口を言い尽くしわたしは沈黙する。その刹那を待っていたかのように『わたし』が喋りだした。言いたいことは分かってるって。わたしはわたしなのだから当然よね、とも。今あなたはわたしに言わなかったことがある。それを当ててみましょうか、とまで言う。

 売り言葉に買い言葉でわたしは反射的に応じていた。そのことばを待っていたのか『わたし』は語り出した。


「わたしはもう高三。そして今、もう夏休みの直前。告白のタイミングは今この時しかない。新学期が始まればみんな受験一色だ。そんな時期に告白などしたら〝やるべき事の優先順位〟も分からない人間だと、マイナスイメージを持たれてしまう。彼の生き方はすごく真摯だから。受験が終わればもう全校生徒の登校日は高校最後の日・卒業式の日しかない。そんな混乱してるのが確実の日にアプローチなんてできない」


 そしてこうも付け加えられた。


「卒業式が終わってからの告白じゃ〝高校時代から付き合っていた〟なんて言えないし」


 さらにその上、とどめを刺しにきた。


「要するに高望みしすぎるのよ」


 思いっきりグサリと来た。確かに〝そうなんじゃないか……〟と、心のどこかで思ってる。

 せめてわたしの顔がもう少しだけパーツの位置がどうにかなってたら……あのコの周りにはキレイなコばかり…… 

 だけど高望みしちゃ悪いの? 妥協が正しいの⁉ 誰でもいいなんて事絶対にないんだから!


「だけどそんなあなたにも〝救い〟はある」、とヘンなことを『わたし』は言った。


 救い、って? わたしは訊いた。


「あなたは今日、〝或る男子〟から告白される。それを受けなさい」

 なんで告白しようと思ってる人がいるのに好きでもない男子なんかと! 勝負は17日なんだから! わたしは言った。

「好きな男子から〝じつは僕も〟なんて逆告白されると思ってる? そんな都合のいい話しなんてあるわけない」

 そう言われてしまった。それはその通りかもしれない……


 でも——とわたしは言った。だけどそのことばを言い終わる前に『わたし』に言われてしまった。

「男のコの方から告白してきてくれる。これって女の子の誉れよね。実際誰でも体験できる訳じゃない。それに〝はい〟とたった二音口にするだけでいいなんてホント簡単」

 そんな簡単に決めていいもんじゃないでしょ! こう口から飛び出したけど——

「女の子の方から告白して拒絶される。これがどれほどの屈辱か解らない? 経験して初めて解るなんて頭が悪いにも程がある」

 わたしのくせにわたしのことを頭悪いって言うな! 告白して失敗したのはあなたで、わたしじゃない! 頭が悪いのはあなた!


 わたしは選ばれるんじゃなくて選びたい! そう言っていた。


 『わたし』はこれ以上陰惨な表情は無いという顔をして、そして消えた。


 負けないから!

 誰だか知らないけどわたしは今日告白されるらしい。でも断る。わたしはわたしの道を絶対に行くんだから!

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