きのう、失恋した(敢えてそのまんまのタイトルで勝負!)

齋藤 龍彦

第1話【7月17日の〝僕〟】

 7月15日、連休の最終日の夜、あと三十分もすれば日付が変わる。明日、7月16日は僕にとって運命の日となる————

 だがそいつは『やめろ』と云う。『告白などやめてしまえ、考え直せ』と。


 ただ今僕の身の上に起こっていることは怪奇現象に他ならないのだがそれを通り越してだんだんとむかっ腹が立ってくる。

 そう、ただ今も目の前で僕に折伏を仕掛け続けている〝この男〟は僕なのだ。

 曰く、明後日・7月17日からやってきた僕だという。姿形、そして声、まったく僕とうり二つ。そしてなにより『明日僕が意中のあのコ』に告白しようとしていることを知っていた。

 押し問答をしているうちにいつの間にか日付が7月16日に変わっていた。


 さっきから言いたい放題僕に言っているが、ハテ、これを殴った場合僕は怪我をするのだろうか? 僕は僕自身の手で僕に怪我をさせることになるのだろうか? とは言え、物理的に殴れそうにはない。

 ついさっき、突然目の前に人魂のようなものが現れた。それは間を置かず人の形になりそして僕自身の姿へと像を結んだ。立体映像、ホログラムのような僕。だが僕じゃない。〝この男〟と言ってやるのが相応しい。

 それはまるで幽霊のようで、この状況下では男であっても悲鳴のひとつくらいはあげそうなものだ。だが僕の口からは悲鳴はあがらなかった。

 なぜなら〝この男〟はとんでもないことを言うのだ。『きのう、失恋した』と。

 コイツは7月17日からやって来たという。つまりここでいう〝きのう〟とは7月16日のことらしい。僕にとっては[ついさっきまでの明日]、[日付が変わったばかりの今日]。何時間か後の未来の話しだ。

 僕は思わず口にしていた。

 まさかそれで自殺でもしたのか? と。

 医学的には生きているが僕の精神が死んだ。それが僕の質問に対する〝この男〟の答えだった。

 このやり取りが引き金となったのか、〝この男〟が猛速で喋りだした。しかもその話しの中身がことごとく忌々しい話しでしかなかったので、もはや僕の中の恐怖の方がどこかへとすっ飛んでいた。

 〝この男〟はこんなことをこの僕に言ってきたのだ。曰く——


 僕は僕自身のことをなんと呼べばいいか分からない。だから〝キミ〟と呼んでおく。いいかキミ、告白ってのはそれ以前にある程度以上の会話の積み重ねがあって少なくともお互いの顔と名前が一致する程度の仲じゃなきゃ成功しない。キミがどこでもいい、どこか運動部の絶対エースであるとか、定期テストで常に上位五番以内にいるとか、そういう能があったなら幾ばくかは成功の可能性はあったろう。

 しかしだ、自分自身のことを客観的に語るのは辛いが、僕はそんなんじゃない。良い意味で目立つこともできない。そうした顔と名前の一致していない男子からの告白を受ける女子がどこにいる? これくらいのことは〝やる前〟から分かっていたはずだろう。


 ——顔と名前が一致しないだと? 二年前、高一の時同じクラスだったんだ。それくらい一致しているだろう。こっちだって一致してるんだから。

 腹の立った僕はもちろん反撃を試みた。反撃せざるを得なかったから。

 僕は口を開きかけた——のだが————


 言いたいことは分かってる。僕は僕なのだから当然だ。今言おうとしていたことはこうだろう? 『僕はもう高三だ。そして今はもう夏休みの直前。告白のタイミングは今この時しかない。新学期が始まればみんな受験一色だ。そんな時期に告白などしたら、〝やるべき事の優先順位〟も分からない人間だと、却ってあのコにドン引かれるかもしれない。受験が終わればもう全校生徒の登校日は詰めの詰め、卒業式の日しかない。そんな混乱してるのが確実の日にアプローチなどできるわけがない』


 その上さらにこう付け加えてきやがった。

『卒業式が終わってからの告白じゃ〝高校時代から付き合っていた〟と言えなくなるからな』


 さすがは自分だ。僕の内心など透かしてみるようにお見通しか。

 ——どうせ失敗する。だからそんなのやめておけ——


 そーかい。そーかい。なーんにもやらなければそこには失敗など無いからな。失敗など起こる道理が無い。

 だけど、それな、失敗しない代わりに後悔が残るんじゃないのか⁉


 あの時ナニナニしていれば、今ごろこんなことになってなかったんじゃないかって、妄念に取り憑かれたままこの後生きて行けってかい?


 ふ・ざ・け・ん・な・よ・!


 僕は最低限の節度を守り謝絶した。相手は自分だしな。

 〝僕〟は蒼白く絶望的な表情を僕の網膜に焼き付けそして消えた。

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