後編 蠢く群れ

 …本堂の軒下にうずくまり、夕立ちの上がるのを待つ私たちをいたぶるかのように、雷鳴はますます激しくなり、寺の境内にはあちこちで水が溜まってきました。

 気付けばさっきまであんなに蒸し暑かった中、汗を拭いながら歩いていたのに、今は実際に気温も下がったのか半袖シャツから露出している腕に薄ら寒さを覚えるくらいの状況です。

 …周りの木立ちは豪雨に霞み、視界もせばまって何だかもはや自分たちの住む街から切り離され、ここが現実世界から遊離してしまったかのように二人には感じられてきました。


 夜中のような暗さの境内にまた稲光りが走って一瞬の青い明かりに景色が照らされた後、

「ガラガラドッシャ~ン !! 」

 と落雷音が私たちの耳に響き渡りました。

 直後に、

「バタバタバタバタッ!」

 と急に激しさを増した雨が本堂の屋根や境内の石畳その他を叩き、同時に雨宿りしている私たちの目の前で、

 ボトボトボトボトッ !! と何かが地面に落ちたような音がしたのです。

「…今、何かが俺たちの前に落ちて来たぜ !! …」

 私がおそるおそるそう言うと、浅井君は、

「…え、雨だろ?」

 と応えましたが、どう考えても今のは雨音とは明らかに違うものでした。

 私は急に得体の知れぬ気味悪さを覚え始めました。…しかし現在の状況ではこの本堂から出て行くことはもちろん出来ないのです。

 目の前の境内は、暗さとあいまってもはや降る雨と下からはね返る水しぶきでほとんど景色が見えなくなりました。

 そしてまた強烈な稲光り!

「あれ?」

 その一瞬の明かりの中で私たちは見ました。

 本堂のすぐ前にある庭木の葉っぱが無くなっているのを!…こんな夏の季節に突然葉が落ちるなんて不自然だよなぁ、などと思ったその時、

「ドンガラガラガラズシャ~ン !! 」

 雷はまたごく近くに落ちました。

「ひえ~っ!全然家に帰れねぇじゃん!」

 浅井君がそう言って嘆くと、また激しい稲光りがフラッシュのように境内を青白く照らしました。

「うっ !?…!」

 そしてついに私たちは見てしまったのです!

 その姿を確認した時、本当に体じゅうが総毛立ちました。

 身の毛もよだつ!とはまさにこの瞬間の状態を言うのだと、文字通り肌で感じた二人でした。

 …一瞬の雷光フラッシュに浮かび上がったその正体は、目の前の木にたかっていた、無数の芋虫の群れだったのです。

 激しい雨に叩かれ、葉を食い尽くしたそいつらが地面に落下して蠢いていたのです!

 そしてまた雷光フラッシュとともに激しい落雷音が響き、今度こそ奴らの全貌が確認出来ました、

 蠢くその何百匹かの緑色の群れは、豪雨に打たれながら全てこの本堂に向かってうぞうぞと私たちへ近づいて来ようとしていたのです!

「わ~~っ !!」

「ギャ~~ッ!」

 私たちはパニックになりながら本堂から逃げ出しました。

 軒下から出た瞬間、二人の身体は豪雨にまみれてすぐにずぶ濡れになりましたが、もはやそんなことより何より早くお寺から逃れて奴らの群れから遠ざかりたいと、ただそれだけしか考えませんでした。

 丘の上の小道を、まるでシャワーに打たれるような雷雨の中、私たちは走りました。

 髪も、Yシャツもズボンも肌着も靴の中までもびちゃびちゃのずぶ濡れになりながら、恐怖に顔をひきつらせながら振り向きもせずひたすら家に急いだのです。

 振り向いたら奴らの群れが二人を追って来そうな、そんな恐怖に怯えながら走っていたのです。


 やがて雨の勢いが急に弱くなり、二人が家に着く頃には、あれほど激しく暴れてた雷雲が切れて何と晴れ間が見えて来ました。

 …私たちはお互いずぶ濡れの姿で、はぁはぁ…と荒い息づかいのまま、

「…お疲れ ! 」

「…あぁ、また明日な ! …」

 と友だちどうしの一言を交わし、ようやくチラッと笑顔を見せて別れました。


 雨が小やみになり、私が濡れた髪をわしゃわしゃと手でかき回しながら顔を上げると、さっきのお寺と反対方向の空にはくっきりと虹がかかっていました…。


 …その後、かなりの年月が過ぎ去りましたが、そのお寺には以降一度も行っていません。


 あの、雷光の中のおぞましい群れの姿だけが、いまだに私の脳裏に焼き付いて離れないでいるのです…。



 雷鳴の中の…群れ


 完


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雷鳴の中の…群れ 森緒 源 @mojikun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ