アイスクリームソーダ
天雪桃那花(あまゆきもなか)
アイスクリームソーダのさくらんぼ
幼稚園がお休みの、うだるような暑い日のお買い物帰りに喫茶店に寄りました。
お母さんは、弟の手を引っ張って妹をおんぶしています。
私は、はぐれないようにお母さんの姿を小走りしながら、ずっと追ってました。
ほんとはお母さんの手を握りたかったけれど、お母さんは荷物を片手に持ち、反対の手は弟の手を握ってる。
だから、私はお母さんと手を握れない。
人がいっぱいだった。
知らない大勢の大人に埋もれて怖かった。
私が見上げなければ大人がどんな顔かは見えない。
やっとの休憩……。
デパートでお母さんに散々連れ回されました。
お昼はとっくに過ぎていました。
ようやく駅前のお洒落な喫茶店に入って座れたのです。
寒いぐらいに冷えた店内でした。
そわそわしてた。
ちょっと薄暗くてソファに座るのも、慣れないし。
大人になった今ならムードがあるなと落ち着く店内の装飾だったと思います。
クラシック調の音楽がかかっていたかな。
その頃の私の家は畳の部屋ばかりでソファもベッドもなかったから。
ソファがふかふかしてて、お尻がどうにも落ち着かない。
店内をキョロキョロと見渡したかったけれど、お行儀が悪そうで我慢してた。
ウエイトレスさんが持って来た茶色い分厚いメニューを、
「どれにする?」
お母さんに差し出されたメニュー表には写真がなくて、知らない食べ物ばかりが並んでた。
分かんない。
そう思ったけど。
お母さんは妹をあやし、ぐずる弟のご機嫌取りしてるから、訊ねる雰囲気でもなくて。
「アイスクリームソーダにしましょう」
なかなか注文の決まらない私と弟に痺れをきらして、お母さんが頼んだのはアイスクリームソーダでした。
運ばれて来たアイスクリームソーダは目の前にお上品に紙のコースターの上に置かれた。
シュワシュワの緑色の液体の中に白いアイスクリームがぷかぷか浮かんでる。
さくらんぼがひとつ。
長ーいスプーンと紙の袋に入ったストローが珍しくって。
飲んで、体がひや〜っとなった。
「おいしいね。
アイスクリームが甘くておいしいね」
弟に話しかけたら、弟はこくんと頷いただけで、長いスプーンでアイスクリームソーダのアイスと格闘してる。
私はさくらんぼを食べたら、種とじくをどうしたら良いか、幼い私は分からなくてモジモジしてた。
お母さんがやがて気づいて、紙ナプキンに私から受け取った種とじくを包んでそっと置いた。
「サンドウィッチも食べる?」
「ううん。早く帰りたい」
アイスクリームソーダは美味しかったけど、私は知らない
お母さんが大変そうなのに街に出掛けるのが、この時は不思議だった。
お母さんの重い荷物を持ってあげながら、電車とバスで家に帰った。
アイスクリームソーダのさくらんぼは私には衝撃だったらしい。
私はさくらんぼにしばらく夢中になった。
八百屋さんやスーパーに行っては缶詰のさくらんぼや、パックのさくらんぼを遠慮がちにねだってた。
「お菓子はいらないから、さくらんぼが良いな」
味というより、形?
フォルム。
じくで繋がった双子のさくらんぼなんて、すごく可愛くって。
見かけが大好きだったのだ。
大人になって、私はさくらんぼを一パック買った。
もう母はいないし、
弟もいない。
母はちょっと孤独だった。
地元から離れた県に嫁いだ母に親しい友人はいなかった。
慣れない土地の子育てで、母はひとりぼっちの気分だったろう。
父は企業戦士を気取り、家のことは一切合切母がやった。
休日の外食を父は嫌がったし、会社が休みの日に子供の相手をすることなく、自分だけ友人と出掛けたり、パチンコや競馬に興じた。
今なら分かる。
街に出掛けて、母は気晴らしをしてたのだな。
幼な子を三人も抱えながら大変な思いをしてまで、母は外に出掛けたかったのだ。
私は資生堂パーラーのアイスクリームソーダをスマホの画面でちらっと横目に見かけて、ジュースが緑色じゃないのと値段にびっくりしてた。
日本で初めて売り出したアイスクリームソーダは黄色やオレンジ色だったのだ。
なにより。
「さくらんぼ入ってないんだな」
私はさくらんぼを頬張りながら、今は喫茶店に行っても頼むことのないアイスクリームソーダを思い出していた。
了
アイスクリームソーダ 天雪桃那花(あまゆきもなか) @MOMOMOCHIHARE
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。