六話 気功術と精霊術

 森人。または遺跡の管理を生業としているため、守人と呼ばれる者たち。彼らの里までは、休憩なしの急ぎ足で進めば三時間もかからないらしい。

 しかし現状として足の負傷者もいるため、ベルの案内があったとしても、朝に出て昼過ぎに到着すれば良い方とのこと。




 彼女を休ませるためにも、まずは拠点まで案内する。先ほどの賊に見張られている危険があり注意もしたが、実際のところ山に生きる者達の斥候を出し抜ける自信はなかった。


 青年が案内したその地点は、地面を慣らすなどの作業はしたが、そこには寝床もなければ荷物も置いていなかった。


「もしかして、その背負っているやつだけなんですか?」


 彼のリュックは向こうから持ってきた物ではあるが、一応現代っぽい見た目の物は避けている。もっとも細かく観察すれば、留め具やらベルトなど、こちらとの違いは隠し切れないが。


「衣類なド、一応隠してある。それ以外の荷物、イマ装備してるから、ムコう世界オいてきた」


 この片言だけは、早くなんとかしたい。



 青年はその場から離れると、相手には見えない位置で所有空間からケースを出し、綺麗な衣類を用意する。

 彼女も自分を警戒しているが、それはこちらも同じだった。敵対する可能性もあるのだから、念のため手札は隠しておきたい。


「その格好ヨクナイ。一時カスます」


「すみません、こんな新品を」


 水で濡らしたタオルも渡す。


「コノ世界、衣類は貴重ですカ?」


「ダンジョンが出来てから、そういった素材を始めから作る必要もなくなったんですが、まだまだ安くはありませんよ」


「なンデスか、それ?」


 色々と教えるという約束だったので、ベルはどう説明するか考えながら。


「かつて人類と敵対した大悪魔の一部は、精霊たちの呼びかけに渋々ですが応えてくれました」


 この国でも数カ所。その存在が今も眠る場所は空間そのものが変化して、【悪魔のゆりかご】と呼ばれる迷宮へと変化した。


 地下深く潜っていくのもあれば、悪魔城なる建造物となっている場所もある。


「ちなみにここも時空文明の遺跡として、空間の歪みからかダンジョンとの位置づけになっています」


 それには青年も苦笑い。

 魔光石を得られるのは人間や亜人か、またはダンジョンに生息する魔物だけとのこと。


 【悪魔のゆりかご】では、眠っている存在の属性で物に変化はあるが、ランダムで出現する宝箱から糸が入手できる。

 そこから生地にして衣類とするのであれば、最初の何工程かをはぶけるのは有難いだろう。


「ダンジョンのシゲン。人類ゼンブ、まかなえるか?」


「それは難しいです。だから特産とする地方では、今も植物とかの繊維から糸をつくってます」


 ベルは汚さないように持っていた衣類を青年に見せ。


「あのっ 教えるのは良いんですが、その前に着替えても良いですか?」


「すみません」


 後ろを向いてその場から離れると、この世界について考える。



 もしダンジョンで鉄を入手できるとすれば、インゴットあたりまでなら工程を終えているのではないか。しかし人類全体だと、それだけでは足りていない。


 物を作る。量産とまで行けば、どうしても自然は汚れる。


 資源の枯渇からくる侵略も、戦争原因の一つ。


 悪魔。もともとは。


『人類に悪意を持った精霊が、いつしか悪魔と呼ばれだした。今、大悪魔の一部は眠りについて、人間に資源を与えている』


 魔光石。


『俺のいた世界にだって、そうとう黒い歴史はあったと思うけど。恐らく、こっちも負けてねえな』


 今日こんにちに伝わる大戦より昔は、ここのような遺跡または、人や亜人などからしか取れず。自分と会話した闇の精霊が、人間を嫌いになったのもうなずける。



 あくまでも予想でしかないが、彼は彼なりに少しこちらの世界を知れた。


「もう大丈夫です、ありがとうございました」


 声が聞こえたので戻る。やはり大きかったようだが、紐で固定できるものだったので、ブカブカでもなんとか着れていた。


「小さい川、場所知ってるカラ、アトで洗っとく。下着はココの水ツカって、綺麗シテください」


 彼女は今。なにもはいてないのだろうかと、ムッツリ助平は考えてしまう。


「でも、また狙われませんか。お互い離れるのは、ちょっと怖いかな」


「連中は森ヒト殺してる。ソレ危険たぶん承知して、報復アル知ってる。もう逃げないとアブナイ、わかってるタブン」


 実際に娯楽の目的もあったのだろうが、本命は恐らく異世界人の存在確認。なのだとすれば、うかつに襲ったりはしないと願いたい。


「そう、ですよね」


「服は森ヒトのサトまで使ってイイ。やっぱ洗濯やめて、今日は休むスル」


 リュックから応急箱を取り出し、そこからサポーターを手に持つ。これは包帯のように巻き付ける物だった。


「これイタむトコ巻く。歩く、少しラクなる。でもコツいる」


 ベルは小さい岩に腰をおろしていた。青年は彼女の前に屈むと、失礼しますと言って作業に入る。もちろん女の足を触っていると、彼は頬を赤く染めていた。


「向こうには、便利な物があるんですね」


「こっちも凄い。自分サイショ戦ったガイコツ、黄色い光で傷の骨ナオしてた」


 精霊と会話をした。その失言時ほどではないが、とても驚いた顔だった。


「えっ それって治癒気功ですか?」


 生物がまとっていた光は、気功という名称らしい。


「詳しくシリタイ。自分できマスカ」


 笑顔を向けられると照れてしまう。そんな自分が恥ずかしい年ごろ。


「はい、たぶんできますよ。説明しますね」


 手当を終えると、彼女はその場から立ち上がる。


「すごいよ、これ。ぜんぜん違う」


「油断ダメ、しょせんオウキュウ。歩いてると痛みデテくる」


 そうなんですかと少し落ち込むが、気をとりなおし実際に赤い光をまとってくれた。


「見せるだけなら一応できるんですが、実戦の方が楽に発動できます」


 肌の露出している所だけが光って見えているので、衣類への効果は薄いのかも知れない。


「気力ってわかります?」


 青年はうなずく。何かをするのに使う精神力。


「戦うぞって決意するのを、闘志って言います」


 闘志も気力の一種。



 次にベルは青い光をまとう。


「こっちはあまり得意じゃないんですが。相手の攻撃を受けるぞって覚悟を決めたとき、自分に気合を込めませんか。ふんっ! てな感じで」


 ふんばるその声に萌えた。


「なんとなく、わかりマス」


 プロレスという格闘技の光景を思い出していた。


「あとそうだなぁ。魔力って、なにか知ってます?」


「ビ精霊の息吹と学びマシた」


 もとは自然の力とも考えられる。いつしかベルがまとっていた光は消えていた。


「全身に満ちている魔力と、それら気力を重ね合わせるんです」


 闘志を魔力と重ねれば、赤い光に包まれる。


「これが闘気功」


 身体の強化。敵への接近や回避、攻撃の威力に動体視力などなど。


 一度消したのち、今度は気合と魔力を重ねた。


「これが硬気功、または鋼気功」


 こちらは回避動作に入ると青光が解けてしまうとのこと。だが山賊の御頭は炎をまともに受けたが、見事に生き延びていた。


「でもね、これって本当に難しいんです。相手の炎を受けるって覚悟を決めたとしても、横から槍が割り込んできたら、そのまま突き刺さっちゃうっていうか」


 受ける対象を絞ることで効果は上がる。だが全ての攻撃を受けると気合を込めた方が、こういった横槍の対策にはなるらしい。



 青年は向こうで見ていたアニメの一部を思い出していた。仙術というのに似ている。


「治癒気功はデキるますか?」


 期待してみたが、ベルは申し訳なさそうに。


「できる人ってほとんどいないの。治したいって気持ちをどんなに込めても、黄色の光にはならないんだ」


 だとすれば、あの骸骨は何者なのか。


「ほんと良く勝てたね。たぶんだけど、生前は有名な人だったのかも」


「武キは木のボウだけ。カラダも骨ムキだし」


 それが何を意味するのか。


「死期サトリ、化け物ナル危惧シタ。全部、脱いだ、武キ捨てた」


「できるかって言われたら、私は無理かな。だって諦め切れないもん」


 もし自分だったとしても、手放すなど思い浮かべもしなかっただろう。



 青年はリュックから魔法石をいくつか取り出す。その中の一つを見せる。


「これ他すこしチガウ。質とかアリます?」


「できれば説明に使っても大丈夫ですか、私の手持ちも少ないんで」


 青年の了承を確認すると、ベルは猪から出現した石を手に取る。後ろの小さい岩に座り、深呼吸を一つ。


「まずこちら魔光石と言います。簡単に説明するとね、これを壊した時の光って、精霊紋みたいなものなの」


 人と精霊。精霊と精霊。


「精霊ってのは、私たちには理解できない繋がりで結ばれています。私は火の精霊と相性が良いんだけど、火種がなければ力の弱い存在から呼ばないとダメ」


 タイマツ・パイプ・ランタンなど。焚火台には薪がくべられていたが、まだ燃えてはいない。


 取り出した短剣の尻で魔光石を砕けば、彼女の手は光に包まれる。


「火の精霊よ、学びのために力を貸してくださいますか?」


 指先に小さな火が灯る。


「来てくださったので、まずはお礼に魔力を」


 火に変化は見られず。


「あなたのお友達を呼んでくださいますか?」


 輝きを通って別の存在を呼んだのか、小さな火は一瞬だけ揺れを止めた。それでも大きさは変わらず。


「相応の時を生きた強い精霊さまは普段、火山などに住まわれています。ですが若い方たちは宿る物を求め、今も旅を続けられている」


 それが一時的な宿だとしても。

 指先の火に魔力を送る。


「もしよろしければ、こちらで一緒に休みませんか?」


 火はベルの指先から焚火台へと移動して、少しずつ枝を燃やし始める。


「精霊さまが宿った火は、色々と良いことがあるんですよ」


 虫の対策などしてくれるのだろうか。


「スコシずつ、精霊さま強い呼んでモラウ?」


「はい。でも入れ替わったときの見極めが難しいんです」


 指先の火は見た目に変化があまりない。灯りの揺れや気配を感じ取るのだが、失敗すると拗ねて帰ってしまうこともある。


「それで戦いに耐えうる存在を呼べたら、今度は火の玉などの現象をお願いします。でも実体化できるほどに強い精霊様の場合、ちゃんと契約してもらわないといけません」


「契約、ムズかしい?」


 失敗した経験があるのだろう。ベルは木々に遮られた遠い空を眺め。


「なので私たちは精霊殿なる場所で、契約の儀式に挑戦することが多いです」


 長いあいだ燃やし続けた、薪の火。


 霊峰の雪解け水が溜る、人工の泉。


 高き塔の頂上には、雷を呼ぶ針。


 底の見えぬ、大地の割れ目。


 光の閉ざされた、洞窟の最深。


「大精霊との契約は前例が少なく、また人の身には危険もあります」


 ベルは骸骨より発生した石を手に取る。今回は壊すことなく。


「契約精霊にお願いして強大な力を借りるとき、こういった上質の魔光石を使わせてもらう」


 複数存在するとされる大精霊。もし契約を望むのであれば、上と同じ方法で呼んでもらい、相手との対話を試みるのだろう。


「時空の大精霊わ?」


「私にも良くわかりません」


 郷に入っては郷に従う。この世界では大精霊として振る舞い、それに習って属性紋での契約をしている様子。だがもしかすると別世界では、別の呼び名で崇められているのかも知れない。


 神とか。


「感謝します。勉強になりましたデす」


 青年には名がなかった。思い出せないというのもあるが、こちらだと違和感もあるので、向こう側のそれは使えない。


 今さらだが不安が残る。


「アスロさんの力になれたなら、私も良かったです」


 自らを悪魔と名乗った闇の精霊。名前というものには、強い力があると言っていた。


 

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あの大地へ、君と ふんばり屋助六 @funnbariya

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