五話 対面と送り出し



 女性は黒く焦げた壁の一部を手でこすって落そうとする。血の付着していた衣類は、気づけば煤まみれになっていた。乱れていた服を正し。


「ありがとうございました。たぶん私だけだったら、発動する前に潰されてました」


 忠道の方をみるが、すでに消滅していた。辺りの術者を探す。青年は建物の陰から、弓を構えたまま固まっていた。

 やがて目が合う。


「自分のトモダチ、いっしょ消した」


「すみません、私も無我夢中で」


 復活できるから良いが、やはりこれは慣れないし、慣れたくない。青年はその場からでて、相手と対峙する。


「私は森人の里、繋ぎ役のベル = リドーと申します」


「ツナぎ役?」


 しばらくこちらの目を見つめたのち。


「こういった遺跡は各地にございます。森人は古来よりそれらの管理を生業として、大戦後も国から補助を受け、今にいたります」


 口調は明るいものだが、靴の位置から察するに、こちらを警戒しているようす。


「各地のサト、ツナいでまわる。それがツナぎ役」


 女性はうなずく。弓を下ろすと遺跡の陰からでて、少しだけ距離を縮める。


「人が」


「私は森人に育てられましたので」


 あまり深くは突っ込まない方が良いと判断し。


「何かあった時は里や集落だけでなく」


 今さらになって、この人に関わっては駄目だと気づく。自分が異世界人だと知れば。


「お国にもお伝えする義務があります」


 話題を変えようと試みる。


「森ヒト、マモる聖域あラば、入るダメですか?」


 女はしばらく考えたのち。


「あちらに祭壇と呼ばれる建物があります。禁止とはされていませんが、近づかないでいただけるなら、私も森人も喜びます」


「森ビトのサト、できれば侵入したイです」


 青年も緊張しており、先ほどから息苦しそうにしていた。その様子を感じ取ったのか、距離はそのままだったが足の位置を通常時のそれにもどす。


「それでしたら、私が話を通しますので。ところで貴方はもしかすると、渡り人でしょうか?」


「ワタリ?」


「異世界人のことです」


 自分の喋り方ではそう思われても仕方ないが、やはり疑われた。もし他言語があるのであれば。


「外国からキマシタ」


「大陸外となれば、海も渡られたんですね。それに国内の関所はどのように?」


 これではダメだった。


「自分、ジつは山奥でステラレ、魔物に育てられました。数週間マエに親しにました。精霊の導きをへて、ココきまシた」


「それにしては、人間らしい恰好をされていますね。言葉も上手じゃないですか」


 青年は小声で。


『もう嫌だ』


「今お喋りになったの、異世界の言語ですか?」


 ここまで来たら、諦めるしかない。


「記憶、あいまい。どっちか解らない、悪魔かも。死にたくないなら、国ダマッてろ」


「なんか最後、脅しになってますよ」


「ゴメんなさい」


 いつの間にか、相手の肩から強張りも消えていた。それとは逆に、彼は顔色が悪い。


「そうですね。森人っていうのは、種族でいえば亜人になります」


「アジン」


「人とは違う,知性をもった種族です。小人族や大腹族などですね」


 子供に昔話を語るように、優しくうなづくと。


「昔、多くの亜人は悪魔側について戦いました。ですが森人は遺跡守の役目があったので、中立の立場で大戦には深く関わりませんでした」


「森人、ジツわ人間キライ?」


 ベルと名乗った女性は苦笑い。


「好きではない方も多いです。でも、私を受け入れてくれました」


「キラうのは人よりも、体制……国」


 口調は変だが、中々に鋭い人だと、ベルは一歩離れる。


「アナタこれからサト、もどるなら自分ココ近くいる。連れてくる人、多すぎるとコワイ」


 その時、忠道で事前に確認する予定。もし相手が森人だけでなく、人間の兵士なども混ざっているようであれば、逃げ切れるか不明だが頑張ってこの地を離れる。


 もしくは去った彼女を追い、里の外から様子をみて判断する。


「ごめんなさい。たぶん軽度なんだけどね、少し傷めちゃいました」


 彼女は片足を指さしていた。今さっきの戦いにて、賊と共に転倒した時だろうか。


「一日あれば少しは良くなると思うのですが。もし可能であれば、貴方の拠点で休ませてもらえますか?」


 警戒心の強さ。先ほどあんなことがあった彼女よりも、恐らく彼の方が上なのだろう。表情には出さないよう頑張ったが、どうやら伝わってしまった様子。


「私たち森人は今も昔も中立です。貴方のことは見極めますが、無闇やたらなことはしません」


 笑いかけられて、絆されてしまう自分は認識が甘いのか。それともこのくらいの警戒心であれば、この世界では基準値に足りているのか。


「つれてく。知りたいことタクサンある、自分学ぶたい」


 うなずくと、彼女は青年に近づき。


「この出会いに精霊の導きがありますように」


 右手の指さきを鼻先にそえ、右腕はおへそに持っていく。片ひざを気持ち曲げ、すこし首を前に動かせば、出会いの姿勢となる。


「自分のいた世界、場所によってはダメ。でもイタ国、これがヨロシク」


 本当はこういった文化をするのは良くないのかも知れないが、記憶として時空の大精霊に消されていないので、許されていると思っておく。


『握手』


「あくしゅ?」


 うなづくと、互いに笑いあう。触れた手の感触に、うへへとなるムッツリ助平だった。


「でも知り合ったばかりの男性と一緒にいるのは、やっぱ怖いんですよ。エッチなことしちゃダメですからね」


 使い慣れていない言語のせいか、つい口に出てしまった。


「自分は隠れケダモノですが、今それドコロじゃない状況デスノデ、大丈夫ダス」


 苦笑いを返され、一歩引かれる。つい使えそうな単語を言ってしまったと焦りながら。


「ドキョウない、噛みちぎられるコワイ」


「見てたんですか」


 どんどん裏目にでるので、嫌な汗を額にかく。青年は辺りを指さし。


「ゴメンなさイ。戦力的に厳しく、アナタ反撃ないようなら、お家去るツモリでした」


「そうですか……うん、判断としては間違ってないと思います」


 女に笑顔がもどる。


 そういう打算のできる人物の方が、現状としては信用ができると判断したのだろう。


「勇気ふり絞って良かった」 


 あの状況。自分たちがいたと知らなかったなら、恐らく死ぬつもりで反撃したのだろう。

 青年は周囲の警戒をしたのち、酷かもと考えたが聞きたいことがあった。


「野盗……いや、山賊か。ミンナ、あんな感じナノか?」


「まあ本人が言っていた通りクズはクズですが、あんな律儀なのは経験上始めてです。嘘だったかも知れませんが」


 彼は考える。女を前にしたとしても、異常なほど。


「自然中でセイカツする人たちナノに、警戒なかった」


 ベルは考える仕草をとり。


「私はここの里が出身ではないし、初めてきた場所でした。でも遺跡付近には、必ず居る人たちがいます」


 重要な話だと悟り、聞き取れるよう集中する。


「かつて人を裏切って、悪魔側についた者は魔人と呼ばれています。彼らは森人と関わりませんが、遺跡の観察は常に行っているようです」


 全ての人々の願いが反映される。


 少なくとも拠点は目立たない場所にあったが、青年は普通に動いていた。なんらかの痕跡はあったはず。

 彼らも森人が管理するこの地で、堂々とは探し回ることもできず。


「自分いること前もってキづいてた。でも自分コワがって出てコナイ」


「ここは時空文明の遺跡で、ごく稀にあなた方が現れる場所。もしかしたら彼らは貴方を探していたのかも」


 向こうの世界で自分を呼んだのは魔人たち。


「今も待ってるようですしね、かつての魔人王と同じ悪魔との契約者を」


 もしそうだったとしても、否定はしておかなくてはいけない。


「でもアレ悪魔とチガウ。それに、本来自分とツナガリも薄いって」


 驚いた表情を向けられると、彼女は顔を近づけてきた。


「えっ、会話したんですか? ていうか、人語を解するだけでなく喋れるって」


 動揺と恐怖。一瞬視線をそらされると。


「では、呼んだのは魔王ですか?」


 亜人たちの王はすでに肉体が滅び、魂だけが封印されている。青年は困った表情で首を左右にふる。


 今度は睨みつけられた。あの眼差しで。


「じゃあ、魔女なんですか」


 顔が近い。耐性のない青年は知れぬ不安と、異性への意識で思わず。


『解んねえよ、なんだってんだっ!』


 もといた世界の言語で返してしまう。ベルはしまったと一歩さがり。


「フツウに、人々かもシレナイ。悪魔側だとキメつけられる困ル」


「ごめんなさい」


 出会ったばかりの相手なのに、喧嘩っぽくなってしまう。青年は頭をかきむしると。


「互いにアタマ冷やす、移動ヨウの棒サガしてくる。まってるヨロシ」


 なぜだか変な語尾になってしまった。


「ありがとうございます」


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 広けた場所の一部は焼け焦げていた。だが焼かれない物もあった。


「コレどうか?」


 彼女の身長はそこまで高くない。適当な枝を拾ってきた。


「すみません、助かります」


 待っているあいだ、女は山賊たちの得物を集めていた様子。


「ナンデ、焼かれナイ」


「宿るというより、正確には存在を重ねるといった感じなので、物が壊れても精霊は移動するだけです」


 全ての物に精霊は宿る。


『なんか、似てるよな』


 正式名称は消されているようだが、なんとなく八百万のことを覚えていたのだろう。


「住処を奪われるのは、それはそれで困るので、たぶん私が呼んだ精霊さまが避けたのかと」


 必要とあらば、壊すこともするらしい。


「あのっ。なんて言われてるのかわからないの不安です、異世界語はできれば」


 昔。外国の二人組に道を聞かれたとき、間あいだに母国語で会話をしていた。その時は携帯で位置確認してると気づいたので、特になにも思わなかった。しかし普通に会話している時にやられたら、たしかに嫌だと感じるだろう。


「すべての物宿る。自分イタ場所の話ニテタ」


 神という言葉は避けておく。予想すると、その立ち位置にいるのが大精霊たちなのだろう。そう考えれば、話をしたというのは驚いて当然だと納得した。


「事荒立てタクナイ。あまり覚えてもナイ。キノセイだった、ナイショたのむ」


 口を滑らせた自分が悪い。今は彼女の人間性を信じるしかない。


 にっこりして胸を張ると。


「恩人の頼みは聞きますとも」


「感謝スル」


 ベルは集めた山賊の得物を、腰袋から出した細い紐でまとめながら。


「でも向こうの世界にも、精霊さまらしき存在はいるんですね」


「数はすくないと思う」


 魔力を満たすのに十数年。でも居ることに間違いはない。


「あっ これ使ってください」


 思い出したように、彼女は青年に短剣を渡した。


「コレは?」


「おっかないお頭さんのです、現状これくらいしかお礼できないので」


 これから教えてもらう知識だけで、貸しがあるのなら返せるだろう。けっして、お礼は身体でとか言わない。


「有難ク使いまス。ソレ、持ちまセよ」


「すみません、お金にはなると思うんで、せめて里に持って帰ろうかと」


 ベルは立ち上がると、一方を指さして。


「あとそちらの拠点にお邪魔する前に、遠回りになるかも知れませんが、寄りたい所があるんですが」


「リョカイしまスた」


 木の枝で歩く、問題はないようだった。リュックを背負い直すと、彼女の後を追う。


 賊の亡骸は後々に骨となって動かれても困るため、闇のナイフで散りに変えておく。

 青年も虹色の石をどの用途に使うのか、先ほどの戦いで一応だが知ることができた。しかし人間だった物というのは正直、こちらも気が引ける。


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 そこは青年の寝床よりも、広いスペースを使っていた。石で囲われた中には、火を燃やした後もうかがえる。


 もうすぐ夜明け。気の緩んだ瞬間を狙われたとのこと


「やっぱ、全員の荷物は持ってかれちゃいましたね」


 遺体はそのままではなく、ちゃんと並べられ布がかぶされていた。傍らには、刀身に文字の描かれたナイフ。


「これだけは、残してったみたいです」


「同じデスカ?」


 錆びたナイフをホルダーから外す。この地で拾ったことも伝える。


「はい。これは精霊文字といいまして」


 通常、刃物にはそれに合った精霊しか宿らない。だがこれを刀身に刻むことで、他属性も宿れる環境が整うらしい。


 ベルは布を外す。


「まだ余裕はありましたから、きっとアイツら私にやらせるつもりだったのかな」


「やってる事はクサッテルかもだけド、たしかに変なトコロ、律儀なレンチウですね」


 青年は先ほどの約束を破ってしまう。両手を合わせ。


『安らかに、お眠りください』


「それは?」


 すみませんと謝ったのち、意味を伝える。良いのか悪いのかは不明だが、彼女もならった。


『やすらかな、ねむりください』


 この娘は誰もが振り向くような美女ではなかった。歳は自分と同じか下か。


 まとう衣類も動きやすい地味なもの。


 遺体の三名はどちらかといえば、白人のそれと近い。


 手を合わせるその姿。どこかあの国にいる、普通の可愛らしい少女にみえた。



 その後、精霊の宿るナイフを使い、三人を魔光石とよばれる姿に変化させた。


「闇の精霊により、輪廻の輪へと無事な旅路を」


 この世界の死後は輪廻なんだと、青年はこのときに知った。ベルの真似をして、祈りの姿勢をとる。

 輪廻の輪。それを抜けだすことに、重き意思はないのだろう。


「たとえ時代や場所は違えど、いつか逢える日を願います」


 時空も越えることはあるのかと、不謹慎なことを思った自分を恥じる。



 綺麗な布を探していたので、自分のリュックからガーゼを渡す。この魔光石は専用の箱に入れられ、形見として遺族へと渡すらしい。


 ベルは一つずつ丁寧に包むと、腰の袋にそっとしまった。

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