四話 遭遇

 拠点である寝床にもどると、すでに忠道は水汲みの作業を終えていた。予想では日暮れまで一・二時間はあるので、一度さげて休息させる。


 自分も眠るかと考えたが、先ほどのことを思い出すと、眠れそうになかった。


「やっぱこのままじゃ駄目だよな」


 突然と村に現れると、よそ者あつかいされるのではないか。ああいう場所で接触したほうが、警戒はされても話くらいならできるのではないか。


 だがもし、あのピラミッドらしき建物が、彼ら彼女らにとっての聖域なのだとしたら、そこに侵入した者として刃を向けられるのではないか。


「どの選択をしても危険はある。どの道このままだと、何時かは野垂れ死ぬし」


 食料も無限ではなく、武器類だって消耗していく。山中で数日・数週間を生き抜く方法は学んでいるが、自力で一から環境を整え、十年先まで生活を続ける術など彼にはない。


 一人では生き抜けないのなら、もう関わるしか方法はなかった。


「間違いなく、狙ってくる敵はいる」


 悪魔の手先に呼ばれし者であれば、敵は国となる。しかしそうでなかったとしても、悪魔の手先という敵はいる。


「これからどうなるか解らんけど、まずは力をつけるんだ」


 異世界で生き抜くために。どう生きるか判断するために。



 明日の早朝。この世界の住人と接触する覚悟は決まった。


「とりあえず、弓矢の手入れでもしておくか」


 幼少からの教育の一環として、弓矢の使用だけでなく、手入れは当然として自力で作った経験もある。矢筒に残った十本のうち、四本ほどはまだ使えそうだった。残りは劣化が激しいため、やじりと羽を外して作り直す。


 研ぎ石を用意。先端とされる金属の錆びを落とす。鏃の重さも確認する。


 矢竹はおろか竹も生えてないが、この世界には此処なりの植物があった。劣化していない矢の材質を確かめる。すでに目途はつけており、キャリーケースから鉈を取り出して、その場から少し移動すると材料を確保した。


「ナイフねえのは痛いな」


 鉈を使って削っていく。金属との接着は向こうの世界から持参した、有名どころの接着剤を使用した。


「やっぱ難しいや」


 真っ直ぐにはしたつもりだが不安が残る。弓の弦を張り直すと、試しに放ってみる。

 近場の木に刺さりはしたが、狙いは外れていた。


「素人にはこれが限界か」


 それらしき物ができただけマシと思うことにした。


「忠道って、弓も教えれば使えそうだよな」


 自分も大した腕は持っていないが。


 気づけば暗闇はすぐそこまで迫っていた。周りには魔物が生息しているにも関わらず、矢づくりに熱中しすぎたと反省する。


 冷めた夕食を済ませると、そのまま湯を沸かせるコップを焚火台に入れる。インスタントのコーヒー粉末を湯に混ぜて、ふーふーしながら口をつける。


「あっつ」


 コップのふちが熱をもっていた。しばらく放置してから、ゆっくりと飲む。


「苦い」


 恰好つけてブラックで行ったが、せめてクリープだけは入れた。


「スティック砂糖……もしかしたら売れるかな」


 あまりこの世界の文化というか、技術革新みたいのをしてはいけないと教わってきた。実際にこの地に立って失った知識のいくつかは、そういった理由で時空の大精霊に消されたのだろうか。


 青年は傍らの弓をみて。


「なんて武器だっけ?」


 彼は銃を使った経験はない。拾おうとしたら、やめとけと言われた記憶が、何年か前にあった気がする。


「誰にだよ」


 当時の王。その弟はなぜ向こうの世界に行ったのか。悪魔の手先とやらに追い込まれ、血筋を守るためと教わった。

 青年は脇腹の紋章に意識をよせる。


「子孫とも契約するよう、頼んだってことだよな」


 少なくとも今は所有空間という力しかない。もしかすれば、盾として使えるかも知れない。


「あっ 盾だ」


 いただいた盾はキャリーケースの傍らに置かれていた。コーヒーを飲み終えると、手持ちの水を使いすぎないよう、亡骸から拾った盾を丁寧に洗ってこする。


「こんなことするなんて、昔は思いもしなかったな」


 ふと、数年前までの自分を思い出し、なぜだか泣けてきた。


「青春の日々ってか」


 他人事とは思えず、本気でのめり込んだ幾多の物語。寝るのも忘れて読み続けた。


 嫌な奴に嫌なことをされ続け、怒りをためにためて、なぜだか自分まで一緒にムカついてきて。最後に怒涛の勢いでやり返したときの爽快は忘れない。


 可愛い子たちと旅をしながら、行く先々で事件を解決していった。死ぬほど羨ましかった。


 今いるここより劣悪な環境で、力もなく地べたを張ってでも生き抜いた彼に比べれば、余裕で楽な現状ではないか。



 過去に出会った物語。それらを思い出し、少し元気になった青年は忠道を呼んだ。


「お前がいるんだ。俺にだって強みはあるよな?」


 小綺麗になった盾。前腕を通し、手で握る。固定カ所は二つあるが、緩みもない。


「うん、これは良い物だ」


 弓の練習でも忠道にさせるかと考えたが、それで壊してしまったら元も子もないと思い、しばらく弓は自分で使うと決めた。


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 人と接触することに対する緊張はあるが、さすがに色々と体力的にきつくなっていた。魔物が来ないことを祈り、虫よけ対策をしたのち装備を脱ぐと、すこしだけのつもりで横になる。



 寝れないと思っていたが、青年は身体を起こし。


「ちっとは休めたか」


 焚火台の火はまだ残っていた。あごを触る、そこまで濃い方ではないが、さすがに髭も主張してきた。


「髭剃りどうだったけ」


 リュックの容量は多いものの、そのぶん背負いながらの戦いには不向き。中をあされば、+1とプリントされたビニールに、使い捨てのT字がいくつか入っている。


「いつかはナイフとか買って、それでやらんと駄目なのかな」


 顔を水で湿らせると、肌を切らないようにゆっくり剃る。これまで同じ衣類を着てきたが、今回は綺麗な新品に着替える。


 木々の隙間から空を見上げる。まだ暗いが、気持ち青みがかってきたか。


 綺麗な服への着替えを済ませると、警備に当たってくれていた忠道を呼ぶ。


「リュック、どっちが持つか」


 背負ったまま弓を絞ってみる。


「できなくはないが、狙いは定まんないな」


 移動時は胸元と腹部あたりの二カ所で、両肩からのベルトを固定している。いざという時、それらを外してからリュックを地面に置くとなれば、けっこうな時間がかかる。


「でも今回は俺が持つか……そうだ」


 最初の時を思い出す。丁度まだ鎖帷子をまとっていなかった。一度ズボンの紐を緩め、上着をめくると紋章部分に手を添える。


 あの時の感覚を思い出し、魔力を流し込みながら、深くへと意識を沈めていく。


「駄目だな、いねえ」


 いつの間にか、思い切り皮膚をつかんでいた。


「引っ張らなくて良かった」


 次やるときは、気をつけようと心に誓う。仕方ないかと諦めて、そそくさと防具・武具をまとえば、リュックを背負う。

 留め具を使って矢筒を右側のベルトに引っかけ、弓を手に持つ。


 一度、矢を取り出してから弓を構える。少し矢筒がブラブラするが許容範囲だと判断して、懐中電灯をつけたのち移動を開始する。


 盾は今回もっていかず、キャリーケースの表面に縛り付け、所有空間へ。


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 なにかを発見したりするのは、影人である忠道の方が多いが、今回最初に気づいたのは青年だった。


「ひらけた場所か?」


 男らきし声が聞こえた。


「こんな時間に危ねえだろ、魔物が反応したらどうすんだ」


 それでも人の声だという事実は変わらず。


「野盗かも知んねえな」


 怖さもあるが、ある意味でいえば、相手が人間の方が慣れている。悪いが先行してくれと忠道に願う。

 懐中電灯は消しておく。




 その場所はひらけているが、身を隠せる位置はたくさんあった。地中に埋もれた遺跡の一部に身をひそめる。忠道を移動させ、鮮明な映像で周囲の安全を確かめる。少し離れた位置に複数の人影を確認した。


 手に持った棒の先に布を巻き、油をしみこませて火をつける。たいまつを持つのは数名だが、その光に刃物が反射しているのを裸眼で確認。


 忠道を近づかせる。数は十名以上。


「長耳の連中はどうしたんだ?」


 人間の女性が野盗と思われる集団に囲まれていた。


「定番っちゃ定番か」


 だが残念なことに、戦力を考えると分が悪い。映像を確認したところ、男らは全員が女の方を向いており、周囲を警戒している様子がない。人数がそれなりにいるからか、油断しているのかも知れない。


 青年も身を屈ませながら近場の物陰へと移動する。声の聞こえる位置までは来たか。


「普段から娯楽がなくてね。抵抗せずに子分どもと遊んでくれるなら、頃合いをみて開放してやってもいい」


 喋るのはまだ片言だが、聞き取るのはそれなりにできる。


「無理はさせるが、一人一発で我慢させる。解放後に俺らは山奥に引っ込む」


 連中に対抗できるだけの人員は、ここらにも居るらしい。


 嘘か誠かはわからないが、無理やり犯すより抵抗されずに楽しみたい。そのかわり、身の安全を保障する。女は周囲を見渡したのち。


「無事に戻れるだけの体力と、装備は残してくれますか?」


「俺らはクズだが、頑張ってくれただけの礼はする。森人の里までは送ってやれないがな」


 女は手に持っていた剣をみつめる。


「一度に複数の相手をするのは嫌です。途中で休憩もお願いしたい、できれば水分も」


「終わるたびに十五分。水分はやる」


 なんか想像してたのと違う。女は諦めたように強張っていた肩を落とし、そっと剣を地面に落とす。一面の草がクッションとなったのか、音はそこまで響かず。


「わかりました。約束まもってくださいね」


 真っ直ぐと相手をみつめていた。



 ここから先は、経験のない自分には刺激が強すぎる。下手に飛びだして、事態をややこしくするわけにもいかない。


 寝床にもどるかと考えたが、なにかが引っ掛かる。鮮明な影人ごしに見た。


「あの目だ」


 俺は諦めていたのに、決してそれを認めなかった、あの眼差し。


 

 忠道にそのまま動くなと指示をだす。


 性行為をする。肌と肌とを重ねる。


 青年は身を屈めると、草のしげる地面に腰を下ろし、じっと待つ。


 一分たったか。


 それとも五分か。または十分か。



 聞こえたのは、声にもならない甲高い声だった。


 男の。


 立ち上がり、建物の陰からそちらを見れば、一番手と思われる男がうずくまっていた。


 服を乱した女は、隠し持っていたと思われる短剣で、動けない男の首を突き刺す。引き抜けば大量の血が彼女にかかった。


「いいだろう、もう遊んでくれなくて良い。お前ら、剣を抜け!」


 女の唇は赤く染まっていた。口内に含んでいた身体の一部をぺっと吐き出すと。


「一人でも多く殺したいので、一人ずつ来てくれると助かります。終わったら約束どおり、十五分休ませてくださいね」


 野盗の一人が赤い光をまとう。


「ふざけやがって」


 女との距離はそれなりにあったのに、一歩で間を詰めれば剣で貫こうとする動作に入っていた。


 女は青い光をまとうと、前腕で男の剣を横にいなす。それでも体格は男と女。そのまま二人は地面に倒れた。


「重たい」


 男は短剣で刺されていた。



 隠れて見守っていた青年は、口を開けていたが。


「人間もあの光まとえたのか」


 場違いなことを言ってしまった。



 先ほどまで交渉していた御頭と思われる者が叫ぶ。


「得物を捨てて短剣に持ち替えろ、三人ずつ前に出ろ!」


 剣などでは一人に複数で迫るのは技術がいる。


 

 女の傍らには二人の男。アレを噛みちぎった相手は、良く見えるようタイマツを持っていたようで、近くの地面に落っこちていた。


「火事になったら危ないよ」


 武器を捨て、ナイフや短剣を持った男たちが、一斉に襲いかかろうと走り出した。


 接触の直前。女は火のついたそれを持ち、一早く駆けてきた男に向ける。勢いよく走っていたため、顔面に直撃した。


「クソっ!」


 熱さに負けて尻もちをついて転んだ。青い光をまとっていたせいか、火傷はそうでもない様子。


 だがまだ二人残っていた。女は短剣を握りながらも地面に手をついて、身体を半分起こす。棒先の火は交互に男たちへ向けられ、彼らは動きを止めていた。




 その時だった。不気味な口笛の音色があたりに響く。反応して野盗たちが振り向けば、明け始めた朝の空気に溶け込むよう、人のような形の黒いなにかが立っていた。


「ひっ」


 戦いを見守っていた野盗の一人が腰を抜かす。まとっていた赤い光が消えていた。


 青年の予想通り、忠道は見た目だけで言うと凄い怖い。


「なっ なんだこいつは!」


 歩き出した影人に野盗どもは後ずさり、次々に光が消える。どうやら三色のそれは、戦意が喪失すると使えないようだ。


「現れたか」


 一人だけ、怯えなかった男がいた。


「精霊、もしくは悪魔殿か。いや、違うな」


 御頭は赤い光をまとったまま、獲物である片刃の剣を構えると、瞬時に忠道の懐に入り込む。ナイフは寸前で間に合ったが、防いだ腕は弾かれて大きく上に持ちあがる。


「これでどうだ、効いているのか?」


 腰に差していた短剣を見事な動作で抜けば、最初からそこにあったかのように、影人の腹部へ突き刺さる。


 忠道は透けて見えるほどに薄くなっていたが、まだ存在していた。仰け反っていた右腕を調節し、お頭の首を狙う。


 痛みがない分、ダメージを追ってもそのまま動けるのが強み。


「なるほど」


 お頭は短剣をそのままに突き飛ばし、忠道は背中から転倒した。


「これは厄介だな」


 周囲を見渡せば、二名の部下が矢で負傷していた。


「もしこれが闇魔法、だとすれば」


 目を見開き、忠道を見下ろしていた。


「時が、来たのか?」


 辺りをみて、術者を探す。


「まずは、行為の弁明を」


 転んでいるとはいえ、近くに敵である忠道がいるのに。


「……長かった」

 

 目が潤んでいた。



 女と戦っていた三名も、困惑して影人を見ていた。


「お頭、流石ですぜ」


「あれだけの腕、どうして盗賊なんてやってるんですか?」


 ふと気づき、先ほどまで戦っていた相手を見る。彼女はタイマツの棒部分を足で挟むと、小さな腰袋から虹色に輝く小石を取り出していた。それを短剣の柄尻で砕く。


 子分は唖然と見つめていた。砕かれた石からは、暖かな白い光が発生し、それが腕をおおっていく。


 輝く手にタイマツを持つ。


「火の精霊よ、ここに魔力を」


 棒先の火が一瞬ふるえた。


「魔光石の輝きに乗り、貴方の友を呼んでください」 


 大きく燃え上がるわけでもなければ、火力があがった風にも見えず。


「呼びかけに応えてくれて感謝します。ここに魔力を」


 揺れていた火が一瞬とまる。すこしして、また動きだす。


「火の精霊よ、魔光石の輝きを通り、貴方の友をお願いできますか?」


 我に返った子分は、仲間二人に向け。


「こいつ精霊術師だぞ!」


 言われて振り向くと、顔を青くさせて走り出す。転んでいた者も、地面でジタバタしながら立ち上がり、置いていった二人に罵倒を浴びせながら逃げる。


 女は続ける。


「良くぞ来てくださいました。どうぞ魔力を」


 タイマツの火は一見なにも変わらず。


「今、男たちに犯されそうになってます。火玉となりて、あの怖いお頭を焼き払ってください」


 木の棒を上に振るえば、先に灯っていた炎は彼女の頭上に飛ばされ、落ちることなく浮かんでいた。



 子分の一人が叫ぶ。


「お頭、女っ!」


 影人に止めを刺すこともなく、彼は誰かを探していた。我に返り振り向けば、女性の頭上で炎がもえていた。それが凝縮されると、握り拳ほどの発光する球体に変化した。



 御頭は呼吸を整える。気合を込めて。


「受けるっ!」


 言葉に出して覚悟を決める。彼の身体が青く輝いた。


 赤く発光する球体は動き出すと、高度をさげながら徐々に加速。


 それは誰の指示でもない。忠道が御頭の胴体に抱きついていた。


「しまっ」


 一瞬覚悟が揺らいだ。命中すると爆発したように炎は広がり、男の身体は燃え上がる。周辺の草にも炎は移り、少しして煙が発生した。


 御頭は燃やされながら。


「口元を布で隠せ、水があれば濡らしておけ」


 女は驚きを隠せず。


「うそ」


 もはや敗北は確定した。御頭は気合を込めると、綻びを直すように青い光を発生させた。


「姿勢を屈めながら移動、逃げるぞ!」


 御頭に燃え移っていた炎が消えれば、衣類はボロボロに焼けただれていた。それなりの火傷を負っているようだが、手下に指示を飛ばしながら去っていく。

__________

__________


 あれほど燃え上がっていた炎はいつの間にやら鎮火していた。あとに残ったのは死体と、黒く焦げた地面のみ。女性は野盗が残したと思われる荷から、水袋を取り出して口をすすぐ。


「あっ、遺跡」


 気持ち足を引きずりながら、黒く焦げた壁らしき物に近づくと、彼女は焦った様子で手を使ってこする。

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