三話 行動と発見

 スケルトンと戦った初日の夜はもう寝れなかった。終わった後に忠道の不在や、骸骨との戦いを思い出すと震えが止まらず。


 なんだかんだで彼は転移する前も、多くの戦いを重ねていた。人を殺めたことも一度や二度ではなく、銃口を向けられる恐怖は、今もその心に刻まれている。


 確かに骨だけの相手というのは怖かったが、基本そういうのは事が済んでから。集中力を途切らせたら終わりだと、無意識の中で理解していたのだろう。



 眠れない時間を利用して、三色の光や拾った石の観察に、ナイフで骨が散りになった現象を考えたが、けっきょくは予想でおわる。どんなに経験を重ねていようと、その身はまだ思春期を終えたころ。考え事に没頭しなければ、彼は暗い夜を耐えれなかった。


 朝が来て、再び影人が使えた時の喜びは一入≪ひとしお≫だった。


 この日はもう動き回る気力もなかったが、失っていた食欲はもどり、昨日残しておいた半分を食べる。傷めた肘をサポーターで対処すると、午前中は大切な仲間とより添ってゆっくり一息をいれる。昼がすぎれば夜にそなえ忠道を休ませる。


 午後はあたりを警戒しながら、バッタもどきを捕まえた。桑の実らしき恵みの発見に、うれしくて警戒もせずに食べてしまったが、とても美味しくて泣きそうになった。



 夜は寝ないことにした。忠道に守られながらじっとする。焚火台には色々あるが、彼が所有するのは小さく折り畳める一人用のボックス型。


 串刺しにしたバッタもどきを炙る。問題はなくエビの味がしたが、念のため腹薬を服用しておく。効果のほどはわからないが。




 その後、頑張って明け方まで起きていたが、いつの間にか眠っていた。目覚めると、透けた状態の忠道が自分を見下ろしていた。


「ごめんな。守っててくれたのか?」


 返事もなく透明になって消えた。厳しい夜ではあったが、前日に比べればずっとましだった。


 青年は一度、鎖帷子などを脱ぐ。タオルを濡らすと、衣類も脱いで身体を拭く。


「村か町を探すときは、別のに着替えるか」


 周囲をもう一度見渡してから、下半身のズボンなどを脱いで拭く。


 作業を終えると衣類を着たのち、少し離れた位置にスコップで穴を掘る。股間のプロテクターを外している今のうちに、生理現象を空気にさらして地面に落とす。


「あっ 紙」


 青年は紙ならぬ神を呪う。ズボンを下ろしたままペットボトルまで行くと、手を湿らせてから○○する。


「利用できそうな葉っぱとか探しとくか」


 こうして記念すべき異世界での初う○こは終わった。


 次に何をするかは決めている。すでに手ごろなサイズの太めの枝は用意してあった。


「ナイフありゃ良いんだけど、錆びてんのしかねえや」


 鉈をつかって枝の先端を尖らせ、木槍づくりをはじめた。


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 まだ昼時ではないが精霊紋に忠道を願うと、呼び出すことに成功したので、それを引き連れて移動を始める。


 しばらく森を歩けば、降り立った広けた場所だけでなく、木々に囲まれたここらにも、地中に埋もれた遺跡はあった。


 木槍を脇に抱えて水を飲むと、残量を確認し。


 「そろそろ水も無くなんな」


 背負っていたリュックにペットボトルを戻どす。沢まで行ってみるかと考えたその時だった。忠道からの信号を受け取る。


「なんかいたか?」


 瞼を閉じた先の映像は画質が悪いものの、そこには猪らしき生物が映っていた。


「ちゃんと草陰に屈んだり、木に隠くれることもできんだな」


 そのまま追跡してくれと頼む。ここらの地形はすでに確認ずみなので、方角を確かめることもなく足を進める。恐らく今回の相手は魔物になると思うのだが、予想していたよりも大きくない。牙が生えてるのでオスだろう。


「足の付け根にちょうど刺さるんだよな」


 大きな動脈があり、そこをやられるとかなり危ない。彼の股間プロテクターは、一応だがその位置を守る機能もあった。



 数分後、合流に成功した。泥にまみれた猪らしきそれは、地面を掘って虫だかミミズだかを食べていた。青年はその隙に忠道へ道具を渡す。


「本来は熊対策に使われるやつだ。意外と飛距離もあってな、あんくらいまでなら余裕で届く」


 一本の木を指させば、忠道もそれを追って頭を動かす。


「ここをこうやってから、こう使う。んで、ここから出る」


 予想以上にこの闇魔法、学習能力が高い。彼は気づいていないが、紋章の形も少しだけ複雑になっているのではないか。


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 影人は草葉の陰から出ると、猪に石を投げつけてから、指示された位置に移動する。これで逃げるかとも予想していたが、ブルルと鼻を揺らしながら息をだせば、対峙したまま動かない。青い光をまとう。


 木に身を隠していた青年は、それを観て。


「こいつも光るのか」


 道具は効くのだろうか。背中に薄く苔の生えたそれは、自分で掘った際にできた土山に足を取られながらも、忠道めがけて走り出した。


 ピンを抜いたのち、スプレーを噴射。一瞬怯んだが、頭をふりながらも突撃を続けた。忠道は攻撃を続けながら横に走り出す。彼のいた場所の背後には木があり、猪は幹に激突して姿勢を崩した。ここぞとばかりに近づくと、近距離から直接に振りかける。


「もういいぞ!」


 すでに猪は光っていなかった。


「スプレーの時点で消えてたな」


 隠れていた青年は木槍を構えて走りだす。問題なく接近に成功。勢いをそのままに体重をかける。



 脚に引っかける罠を使った猟では、そこら辺に落ちている長い木棒で頭を叩いてから、脳震とうを起こしている隙に、ナイフを縛りつけた木の枝で心臓を狙う。


 鹿はオスなら攻撃してくることもあるが、基本は足を拘束されながらも逃げようとする。そのため猪の方が突進しようとするので難度が高い。


「浅いか」


 槍の出来が悪かったか、それとも青年の技術不足か。


 しかし彼には味方がいた。忠道は前腕に固定していた赤いナイフを左手に持つと、前腕の包帯を緩めてから猪の後ろ脚に投げつける。


 柄の部分と忠道の右前腕は包帯でつながっていた。それを引っ張りながら回り込めば、相手は姿勢を崩して地面に倒れた。


「よくやった!」


 青年は悩むことなく木槍を手放すと、ホルダーから鉈を抜いて、猪の頭部をぶっ叩いた。


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 一応、解体の経験はある。食べみるかとも思ったが、思いっきりスプレーを振りかけていた。


「肉、不味くなってるよな。それにこれ以上、鉈を血油で汚すわけにはいかねえか」


 スケルトンと違い、猪の肉は油がすごい。鉈の刃をみる。


「まだ大丈夫か」


 青年はベルトから錆びたナイフを抜くと、横たわったそれに突き刺そうとしたが、泥にまみれた毛は固い。


「骨の時は触れただけで良かったんだけどな」


 ため息を一つ。


「研石はあるんだけどな」


 長方形のそれは裏表で表面の粗さが違う。また研げばどうしても凹凸ができるので、平らに慣らすための研ぎ石ももっている。


 やり方は誰かに教わっているが、技術のほどはまだ未熟。錆びたナイフも下手にやると、宿っている精霊を怒らせ、引っ越しされかねない。

 それに研ぐということは、鉈も斧もいつかは消耗する。


 一度、鉈を使って毛皮を傷をつけ、そこからナイフを通す。猪は黒い霧に包まれる。


「たぶん、闇の精霊だよな」


 突き刺さっていた木の槍が地面に落ち、ころころと音をならす。そのうちナイフがなくても、闇魔法で出来るようになるのだろうか。


「悔いは残ろうと、満足のいく最後を……か」


 あのスケルトンは、それができなかったのか。


 

 男は猪の存在していた場所にしゃがむ。


「一個だけじゃないんだな」


 出現した虹色の石は三つ。リュックから持っていた石を取り出す。


「質みたいなもんもあんのかね」


 スケルトンから拾った石の方が、濁りは少ない。忠道を見上げれば、すこし薄くなっていた。


「なんか、前より維持できんの長くなってないか?」


 返事はない。傷という傷を負ってないため、そこまで色を失わなかったのだろうか。一度、闇の精霊紋に魔力を送っておく。


「囮にして悪かった。また頼むかも知れんけど、すまんね」


 男は立ち上がると、鎖帷子についた埃をはらう。意外と動けた。



 今後、どうするかを考える。男はリュックを渡し。


「影人つかいが荒くて申し訳ないけど、沢まで行ってもらいたい。もうあんま水がないんだ、それが終わったら寝床にもどってくれて良い」


 自分はまだ探ってない場所を調べる。本当は影人もつれていくべきだが、一度ちゃんと一人で行動してみたい。


 大丈夫か、などの心配してくれる発言もなく、忠道は歩いて木々の奥に行ってしまった。


「頼りすぎだもんな」


 木の槍はここに捨てていく。


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 森の中を歩いていた。時々立ち止まり、耳をすます。


 虫は薄く、鳥の鳴き声はどこかから聞こえる。


「怪鳥とかもいたりすんのかな」


 最初に遭遇したのはスケルトンだが、魔物と思われるのは見覚えのある猪だった。この世界には、見たこともない生物はいるのだろうか。


「怖いな」


 初めて猪を殺めた時は、達成感で両手が震えていたが、今思うとそれは本当に達成感なのか。


「慣れちまうんだから、人間って怖いよな」


 自然界では縄張りを守るために、同種の動物を殺すことなど当たり前だが、人間は野生の獣と同じではない。


「余計なこと考えないで、真面目にいかなくちゃな」


 歩き出す。




 十分ほど進んだか。青年はここにきて、この世界の住人と初めて出会うが、それは木にもたれたまま動かなかった。身体は一部獣に喰われ、損傷が激しいので確信はもてないが。


「女の人も戦うのか」


 魔物にやられたのか、それとも野盗か。もし後者だとすれば、乱暴はされていないか。


「わかんねえや」


 スケルトン。


「あんな風になっちまう前に送ってやらないとな」


 でもその前にいくつか。まずは服装を確認する。


「俺の先祖は五百年くらい前だったけど」


 時空の大精霊。こちらでは時間のずれはあるのだろうか。自分と同時期に転移した者は何歳になっているのか。そもそも生きているのか。


 少なくとも服の流行が年に何度も変わることはないようで、自分の衣類に問題はなさそうだ。鎖帷子はしていないが、革の鎧で急所を守っている。兜ではないものの、丈夫そうな布で厚く頭をおおっている。



 青年は亡骸に手を合わせると。


「物色させていただきます」


 頭の布が欲しいと思ったが、流石に相手は女性なので、着ているものは気が引ける。そもそも腐っているようなら、外すときに遺体を損傷させてしまうかもしれない。


「得物は」


 弓は修理すれば使えそうだが、弦がもう駄目になってた。剣は錆びているし、すでに折れていた。


「盾か」


 気をつけて前腕から外させてもらい、劣化の具合を確かめる。


「いけそうだな」


 小ぶりな丸盾。木製だが表面に鉄板が張られている。少し錆びてはいるが、まだ大丈夫そう。

 表面には、刃物でついたと思われる跡が数カ所。


「使わせてもらいます。それでは、再度失礼」


 鞄はそこまで大きくない。腰のベルトに取り付ける物。少し取り外すのに時間がかかったが、中身を確認する。


「やった」


 取り換え用の弦が入っていた。手入れ道具一式も。矢筒には十ほど入っているが、劣化のため鏃や羽のみ使い、後は自分で作れるか考える。


「研ぎ石はないか。そもそも剣となればあれか?」


 以前、なにかの作品で見たことがある。正式名称はわからないが、足で踏んで回す研ぎ機。


 意外と他には入っておらず。もしかすると自分のように、どこかで拠点を作っていたのかも知れない。


「ありがとうございました。頑張って使わせてもらいます」


 ホルダーからナイフを抜くと、首元へ突き刺す。


「あれ」


 黒い霧が発生しない。


「もう体内に魔力がないってことか?」


 どうするか悩む。スコップは忠道が持っているが、とてもあれでは人を埋めれるほどの穴は掘れない。


「仕方ねえか」


再度、青年は手を重ねる。


「どうか安らかにお眠りください」


立ち上がると、その場から少し離れる。


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 右腕を脇腹に添えて魔力を送るり、空間の歪みからキャリーケースを取り出した。先ほど入手した弓一式をしまう。


「斧にしてみるか」


 ベルトからホルダーごと鉈を外し、弓から離した位置にいれる。


「さて、これどうすっかな」


 小ぶりな盾は少し汚れていた。麻縄を取り出すと、ケースを閉じて丸盾をその表面に括りつけてみる。


「入るかなーとっ」


 持ち上げたそれを空間の歪みに当てれば、少し時間がかかったが渦に巻き込まれて消えていった。


「消してくれ」


 これでは駄目だと思いだし、面倒くさそうに。


「消えてよし」


 なにかこだわりでもあるのだろうか。


「良し、気を取り直して」


 行きますかと立ち上がった瞬間だった。視線の先になにか大きな建物らしきものが、木々の間から覗きみえた。


「まじか」


 斧を構えると、ゆっくりと近づく。


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 そこにあったのは、見覚えのあるものだった。


「ピラミッド」


 砂漠にあるものではない。もしかしたら埋もれていて、本当はもっと大きいのかも知れないが、正面と思われる位置には階段があり、それは頂上へと伸びていた。


「てっぺんは平らになってんのかな?」


 上の部分は壁らしき物になっていて、四角く囲われていた。その壁には枠があり、空が抜けて見える。

 恐らくこの建物は誰かが管理している。ピラミッドの周辺には木もなければ、石や雑草もない。


 次の瞬間だった。青年は息をのむ。


「人」


 今度は先ほどとは違い、生きた人間だった。


「耳が長い」


 エルフだと思ったが、話に聞くほどの美形ではない。


「あの女は人か」


 耳長は三名いるが、そのうち一人が女。人間と思われる女性は遺跡の石に触ると、なにか調べている様子だった。そこから考えるに、あとは護衛だろうか。

 三名は先ほどの亡骸と同じく、それなりの装備はしている。人間の女性は軽装なものの防具はしているが、これといった武具は確認できず。



 青年の呼吸は無意識に荒くなっていた。


「どうしよう」


 接触してみるかどうか。


「でも、言葉が」


 渋る理由は色々あるが、身体が接触を拒絶しているのか、足が一歩後ろに下がっていた。


「駄目だ」


 背を向けると、草で音を立てないように歩きだす。


「無理」


 異世界人との接触が怖いのもあるが、彼はこれまでの経験で、少し人間不信になっていた。


 正確な時間は不明でも、恐らく彼女らも今日は野宿になるはず。青年は速足でねぐらに戻る。


「一晩考えて、どうするか決めよう」


 接触するなら、夜明け前に移動を始め、ピラミッドに行けば良い。

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