二話 影と骨

 当初は沢探しを優先する予定だったはずだが、青年は目覚めた位置の近くで、寝床として立地の良い場所を探していた。いざという時に逃げやすく、魔物や野盗に発見しづらいこと。周りを見渡せるなどに関しては、今のところ望まなくて良いと考える。


 雨が降った時など、水の通り道になっていないか。近くに獣の通り道はないか。木の幹にマーキング(尿や身体を擦りつけた跡)など、縄張りを示すものはないか。


 こうやって調べてみると、中々に平地という条件は難しい。


「とりあえず此処で良いか」


 まずは雑草を抜く。次にリュックの外ポケットに入れていた、折り畳み式のスコップを組み立てると、軽く地面の整地をしてみた。


「んー まあ、良くなった気はする」


 実際のところは自己満足に過ぎないかも知れないが、それはそれで良いだろう。鎖帷子をまとっての作業は、予想よりは身動きもとれるが、やはり重いため汗もかくし蒸れる。土仕事で少し汚れたので、肌が露出している前腕や顔に虫よけのウエットティッシュを使う。


「けっこう臭いきついかな。獣って鼻利くだろうし」


 そもそも人間の体臭だけでも、勘づかれるかも知れない。色々と経験はさせてもらったが、彼のサバイバル技術は熟練とは程遠い。


 一つ一つ、身をもって経験していくしかない。再度、周辺の観察をしようかと、立ち上がった瞬間だった。


「おっ、見つけたか」


 出現時に同化してから分離した影響なのか、なにかあった場合の知らせを受け取れる様子。目を閉じて影人との同調を試みる。


 薄暗く霞みがかった映像ではあるが、そこには確かに水が流れていた。正確な位置や高低差はわからないが、方角だけであればなんとなく。


 心の中で影人に良くやったと伝える。渡した空のペットボトルに水を汲んで、戻ってくるようお願いしてみる。


「召喚してから、おおよそで一時間くらいか。けっこう持つな」


 大した行動をさせていないという理由もあるが、魔力を精霊紋に送ったのは、最初の一回だけだった。



 影人の帰還を待ちながら、寝床をどうするか考える。


「所有空間があるなんて知ってれば、テントとかも用意したんだけどな」


 本来の予定では、キャリーケースの中身は着るまたは装着後、拠点に放置するつもりだった。そして此処を去る時も持ってはいかない。


 鉈は腰に差し、斧は手で持って歩くか、麻縄でリュックに括り付ける。


 寝床としては毒虫が心配だが、防水シートに寝袋。もし雨が降るなら、寝袋に専用のカバーをする。


 「火熾しも、した方が良いのかな」


 元居た場所では獣も火を畏れるし、とても大切なことだとは思う。それでも魔物に通じるかわからない。


「だとしても、明かりは必要か」


 麻縄は火付けとしても役立ち、火花を散らす道具もあるにはある。だが彼は一応、着火剤や大型ライターも用意はしていた。


 ライターは別としても、着火剤はすぐに使い切ってしまう気もする。


「懐中電灯よりも、ランタン型のライトの方が良かったかもな。今さらか」


 青年は薪になりそうな枝を集める。細枝を鉈で分解し、少し太いと感じたら斧で割る。


「斧だって、もうちっと小ぶりでも良かったかな」


 しかし戦いで使うと思えば、鉈との使い分けを考えて、長柄の斧にしたかった思いもある。キャリーケースに入らなかったし、持ち運べるかの不安もあったのでやめたが。



 そうこうしているうちに、影人が戻ってきた。ナイフは包帯でくるみ、前腕に縛り付けていたようで、右手にペットボトルを持っていた。


「お疲れさん、ありがとよ」


 水入りのそれを受け取る。ここまででギリギリだったのか、黒色は薄くなっており、もうしばらくすると消えそうな予感。


 試しに、心臓部の紋章へ魔力を送ってみる。


「なるほど、延長は可能か」


 色は濃くなったが、まだ最初に見た時よりも薄い。影人について熱心に探っていたら、いつの間にかこちらへ左手を向けていた。


「おう、どうした。ってなんだそりゃ」


 冗談のつもりで、なにか目ぼしい物があったら、拾ってきてと頼んでいた。左手で持っていたのは、アンティークらしきナイフだった。それを受け取ると、刀身を眺める。


「錆びてるみたいだけど、なんか文字っぽいのが描かれてんな。もしかして、精霊のなんかか?」


 ノートによれば、精霊は動く生物以外になら、なんにでも宿る。だとすれば、こういった人工物にも。試しに紋章に送る要領と同じく、錆びナイフにも魔力を送ってみた。


 しばらく刃の感触を確かめるなどしたが。


「強度も切れ味も、特に変化ないな」


 けっきょく解らなかったが、せっかく拾ってきてくれたので、一応だが寝床の近くに置いておく。


「呪われてねえだろうな。まあいいや、せっかくだから、ついでにこいつも試してくれ」


 男は小岩に立てかけていたリュックを持ち上げると。


「少し軽くしといたんだが、今度は持てそうか?」


 この影人、実体もあるようでなにかと便利なのは確認したが、いかんせん現状だと力が弱い。キャリーケースが装備ぶん空いたため、一部そちらに移したが果たしてどうか。


「よし、行けそうだな」


 気持ちまだ重そうではあるが、両腕で抱かえていた。


「背負うことはできるか?」


 うなずくなどの仕草はない。たんたんとベルト部分を腕に通し、言われた動作をやって見せる。もともとそうして使う物だけあり、姿勢も安定していた。


 荷物を背負いながら、または守りながら戦う。それはかなり難しいことではあったが、この魔法のお陰で今解消された。


「いろいろ注文して悪いが、リュックを置いたら控えてくれ」


 次に調べるのは、一度消してから、すぐに呼び出すことは可能か。影人は指示どおりに荷物をその場に置くと、薄い黒から完全な透明へと。


 黒い紋章へ魔力を送り、影人の召喚を願う。


「無理か」


 足もとにそれらしき兆候はみられない。呼び続けても何度か充電はできるが、次第に続かなくなりやがて消える。


 一度去ってしまえば、しばらくの間使えない。


「待つか」


 その場に座ると、空を見上げる。木々の枝葉に遮られ、あまり確認はできず。正確にはわからないが、もう昼は過ぎているだろう。


 食料を少しでも長く持たせるため、虫や野草でも食べるかと考えたが、問題が発生していた。


 バッタのような昆虫はいる。でもそれはあくまでも、バッタもどきで毒の有無が不明。持参した食べられる野草とキノコ(本)を駆使しながら探したが、本来どこにでもあるような物もない。


「異世界に来ちまったんだな」


 影人がいなくなった途端に心細くなる。


「忠道……一度きりとかじゃねえだろうな」


 もしかしたら自分のかも知れないが、影人と呼ぶらしい黒魔法にそう名づけていた。


 ため息をつくと、リュックから真空の銀色袋を取り出す。平たく細長いそれには、タケノコごはんがつまっており、冷たいままでも美味しいよが売り文句。


 半分ほど食べきると、そこでパチッと止めることができるようで、ある程度だが保存状態をそのままにしばらく持たせることも可能。


「残りは明日の朝まで我慢するか。でもな、もし戦いになったら、力でるかな」


 悩みは尽きないが、一つずつ選択していく。



 その後、忠道が再び現れたのは、空が暗くなり始めるころだった。もといた世界よりも、日暮れが早い気がする。


__________

__________


焚火の灯りと重なるように、周囲の光景も揺れていたが、影人は色を変えず。


「お前なんか、日中よりも元気そうだな」


試しにリュックを持ってもらったが、重さに負ける様子はない。忠道が闇魔法だということを忘れていた様子。


「獲物はそれだけで大丈夫なのか?」


 望むなら鉈を左腕で持ってもらい、自分は斧を枕元に置いて寝る。わかってはいたが、返事はない。


「とりあえず、なんかあったら知らせてくれ。飛んでくからよ」


 欲くしていた探知系の魔法とは違うかもしれないが、これはこれで凄く有難かった。


「闇の精霊さまさまだわ、ほんと」


 青年はブーツを脱ぎ、風などで飛ばないよう、リュックで固定する。寝袋は春夏専用、こっちが冬の気候でなくて、本当によかった。


 荷物からペットボトルを取り出す。キャップの代わりに携帯浄水器を取り付け、上に傾けながら吸い上げるように水を飲む。汲んでもらった水の見た目は綺麗で、そのままでも飲めるのではと思ったが、念のため。


 忠道は寝る準備に入る青年を無視して、周囲の巡回へと歩きだす。うまく行くか解らないが、実体を保てなくなるようなら、知らせてくれと指示をだしておく。もっとも夜のため、朝まで持つかも知れないが。


 一応歯磨きもする。彼は幼少のころ、食器の消毒や他者が口つけた物を入れないよう気をつけるなど、徹底した対策を受けたためか、虫歯というものになった経験がない。


 全身に虫よけの濡れた紙タオルを塗って横になる。星空はあるのかと確認してみるが、やはり枝葉に邪魔されて見えず。


「あの夜よりも暗いな」


 もし忠道がいなかったら、一人で堪え切れたか。


「朝から数時間寝るようにして、夜中はずっと起きてたんだろうな」


 所詮はただの魔法なのに、なぜこれほどに信頼を寄せているのか。転移したのは日づけの堺。朝に目覚めてそのまま異世界生活が始まっていた。


 余程疲れていたのだろう。青年は少しして、寝息をたてはじめた。


__________

__________


 呼ばれて目覚めた。


「なんだ」


 まだ辺りは暗い。焚火の火はすでに消えていることから、それなりに時間が経ったのだと予想する。


 闇の中で目を閉ざす。影人と同調させた先の映像は、日中よりも鮮明だった。


「スケルトンかよ」


 忠道が戦っていた。鎧も兜もなく、獲物もただの木棒。


「どうする」


 今のうちに鎖帷子など支度をしてから、骸骨を迎え撃つ。


 まだ影人が健在のうちに、二人で一体を仕留める。


 考える余裕はなかった。青年は急いでブーツをはくと、寝袋内の懐中電灯を右手で持ち、枕元の鉈をホルダーから外して左手で一度振る。


「ナイフほど小回りは利かないが、骨をぶった切るには丁度いいか」


 人体であれば突き刺すだけでも、出血や内臓の損傷により、大きなダメージを与えられる。骨であれば多分、木よりは柔らかい。


 ふと、昼に忠道が拾ってきた錆びナイフが目に留まる。


「一応でも、念のためもっとくか」


 斧は両手が塞がっている現状で、予備として持参するのは難しい。青年は鉈を一度地面に置くと、錆びたそれをナイフ用のホルダーにしまう。少しサイズが合わないが、問題はないだろう。


 方角はなんとなくわかる。地形も前もって観察していたため、回り込んでもいけるはず。同調映像から察すると、やはり影人には夜でも分が悪い様子だった。




 駆け付けたとき、まだ忠道は立っていた。打撃をくらっても傷はおろか出血もないが、そのたびに色が薄くなっているかも知れない。


 青年は明かりを消していた。身を屈めてゆっくりと迫る。どのように対象を感知しているか解らないため、足もとの草などで音を発しないよう気をつける。


 ここらを拠点に選んだ理由の一つ。多少の傾斜はあるが、足場は良好。



 骸骨は影人に気を取られていることを願う。間合いに入った瞬間、歯を食いしばって、一気に相手の側面から叩き斬る。


「いっ」


 感触が予想と違う。肉はもともとなかったが、骨も断ってはいなかった。力の行き場が失われ、左腕に鈍く響く。


 懐中電灯の尻部をそのまま鉈の峰(みね)に打ちつけ、威力を追加させてみたが効果は同じ。だがその一手によりスイッチが入り、いくらか明るくなる。


 後ろに一歩さがりながら光を当てれば、骸骨がこちらを向きながら、片手持ちの木棒を振り上げていた。


 それは大振り。青年は懐中電灯を構え、相手の一撃を受け止めた。


「向こうの世界には、こういう便利グッツもあんだよ」


 不安はあったものの、強化電灯は少し短いが警棒としても使える。鉈では切りかからず、肘で相手を押して姿勢を崩させる。その隙にこちらは足の位置を調節し、蹴り飛ばして転倒させる。


 独自の運びで数歩さがると、もう一度ライトでスケルトンを照らす。暗闇や影人からの映像では確認できなかったが、その全身はうっすらと青く光っていた。


「こっちの明かりでそう見えてんのか?」


 敵は立ち上がる。最初の一撃は肩あたりに命中していたようで、そこの骨がひび割れていた。骸骨が負傷した部位に手を当てる。次の瞬間だった、全身を包んでいた青い光は消え、添えていた腕にのみ黄色い光が発生する。


「反則だろ」


 ひび割れた骨を修復しているように見える。そうはさせまいと、影人は赤いナイフで切りかかる。スケルトンは横にそって回避すると、木棒の柄尻で頭部を叩く。


 忠道は闇に帰った。骸骨は青年の方をむく。


 防具もなく、武器も脆弱な木の棒。


「判断ミスだな」


 このスケルトン、なにか良くない相手ではないのか。


 青は防御。黄色は回復。


 骸骨の全身は光を帯びていた。


「赤は身体強化ってか」


 飛びかかりながら振りおろされた木棒。恐らく先ほどよりも、威力は高いのだろう。

 鉈で受け止めたのは相手の手元だった。青年は手首を反らし、肘を捻る。力の流れを巻き込んで、開けた一瞬の隙間を通すように振り上げた。


 木棒は宙を舞い、地面に落ちる。


 右腕の懐中電灯を膝に向けて叩きつければ、なぜか今度はその打撃が通り、相手はひざまずいて首(こうべ)をさげる。


 鉈は上にあがったままだった。刃の向きを調節し、横に回り込みながら頭を落とす。


「悪りいな。皮一枚残す技術はないんだ」


 周囲を見渡す。もう敵はいないと願いたい。


「せっかく持ってきた防具、初戦で使わないとか」


 自分の左肘を確認すれば、どうやら傷めたようだった。こういう時に、さっきスケルトンがやった黄色の光が羨ましい。


「魔法か? いや、違うな」


 精霊が魔物と契約することはあるのか。そもそもスケルトンは魔物なのか。


「まあ、勉強になったな」


 赤青黄。三色を同時にまとうことはできず。


「今何時だ」


 月は確認できず。そもそも星の明かりすら感じられない深い夜だった。闇の精霊紋に魔力を送り、たった一人の味方を呼ぶが、答えてくれず。


「敵にやられた場合って、どうなんだよ」


 もっと時間がかかるのか、それともそこで終わりなのか。考えただけで、背筋に悪寒が走る。


「こいつ骸だし、復活とかしねえよな」


 怖くなって懐中電灯を向けると、落ちた頭蓋骨の内側で、なにかが光った。気になったが、あまり直接は触りたくない。鉈をホルダーに帰すと、錆びたナイフを取り出して、邪魔な骨をどけようとした。


 頭蓋とナイフが触れ合った瞬間だった。スケルトンの身体は黒い霧に覆われると、散りになって消えていく。


「亡骸に残ってた魔力を使ったのか?」


 そこには光の当たる角度で色を変える石が落ちていた。手の平に収まるサイズ。しかし頭蓋の中にあったのとは、恐らく違う。


「こっちか」


 鎖はすでに散らばってしまったようだが、錆びた認識票だった。確認できるのは名前の所だけ。


「アスロ……かな?」


 文字に関しては、会話以上に自信がない。



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