第3話

「...う.....」

 目が覚めると、そこには男女の姿...なんて事は無く、ただ見慣れた天蓋ベッドの天井が広がっているだけだった。撥条をキイと軋ませて上体を起こし、淡い光の差す硝子の窓をぼんやりと見つめる。

 ここ最近...五日くらい前から、同じ夢ばかり見る。場所は決まって銀座通りの外れ、一組の男女の生々しい逢瀬。冬なのか雪が降っていて、男の方は黒い上等のコートに身を包んでいた。

 二人ともどこかで聞いた事のある声なのだが、思い出そうとする度に頭のどこかが悲鳴を上げて、結局は分からないまま。...でも、黒の地に白い椿をあしらった着物の女は、何となく誰だか分かったような気がした。


「...また変な夢見たもんだな」


 皮肉気な笑みを一つ零して、ベッドを降りて部屋の外へと出て行く。真っ赤に広がるふかふかの絨毯が、冷え切った裸足に心地良い。

 行く宛も無く屋敷を歩き回っていると、不意に背後から

「お、いた。夕葉ゆうは、起きてんなら声ぐらい掛けろよ」

 と勝気そうな声が私を呼んだ。

「...んだよ、別にそんな必要無いだろうが...夕夜」

「必要あるから言ってんだろ。特に今日はな」

 嘆息と共に振り向いて見れば、案の定そこにいたのは、黒い着物の裾に紅白椿をあしらった、年端も行かぬ黒髪の少女。面倒臭そうに舌打ちしたソイツは、私の元へつかつかと歩いて来ると、手にしていた新聞をバンと広げて

「これから『明正楼』行くから支度しろ」

 と居丈高に告げた。

 私の双子の姉、暁月あかつき夕夜ゆうや。文明開化を迎えてなお黒い着物を好んで着る、ちょっと変わった十六歳。最近のお気に入りは珈琲、日課は新聞を読む事と、中身だけは明治人なのに、何故イマイチハイカラに染まり切れないのか...。

「はあ?これからあ?」

「ああ。遂に今日から『明正楼』でアイスキャンデーが発売されるらしい。新聞に乗ってたんだ」

「また新聞かよ...。...分かった、着替えて来るから、十分後に玄関な」

「おう」

 先程とは一転して穏やかや表情を浮かべると、夕夜は「急げよ、早く行きてえ」と子供のように幼い笑みを零す。そんな姉の肩を「バーカ」と小突いて、私は元来た道を歩き出した。

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Dawn 槻坂凪桜 @CalmCherry

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