閑話 野球部式ボディメソッド
ところは弘前高校その一角。とある日の昼休みが始まって間もなくの事。
1年C組の教室の隅の席で、周囲の視線を集めつつ猛然と昼食の弁当を食べている女子が居た。名前を『守口 裕子』という。弘前高校野球部の1年生マネージャー3人のうちの1人である。
「……それどうしたの、ゆっこ」
クラスの友人の1人、大橋 加奈子が守口に声をかけた。
「家から持ってきたお弁当。それを食べてる」
それだけ言うと、むしゃむしゃと食事を続ける守口。
「いや、それは見れば分かるんだけどさ……量、多くない?」
守口は相変わらず、むしゃむしゃと食事を続けている。机の上には女子らしいサイズの可愛らしい弁当箱が4つ。いつもは2段重ねで容器が2つなのだが、今日に限って倍の数が並んでいる。
「今日からいっぱい食べる」
「だから何でよ。体重やばい、ダイエットしたーい、とか言ってなかった?」
友人のセリフに、守口の箸が止まる。
「もうバカなダイエットはやめた」
むしゃむしゃ。むしゃむしゃ。守口の箸が再び忙しなく動く。
「何なのそれ。ヤケ食いなわけ?」
「半分、当たってる」
むしゃむしゃ。
「もう半分は?」
「訓練」
むしゃむしゃむしゃ。
「訓練って何の。大食い大会にでも出るの?」
「日常的にたくさん食べる訓練。いっぱい食べて、いっぱい運動する。そう決めた」
むしゃむしゃむしゃむしゃ。
「…………ダイエットは……」
「間違ったダイエットは辞めた。正しい食事制限と、シェイプアップをする」
むしゃむしゃむしゃ。ごっくん。
――最低限の返答をしつつ、ひたすら食事を続ける友人の姿に、とりあえず食事が終わるのを待とうと決めた大橋は、自分の昼食の調理パンをかじりながら、猛然と弁当を平らげつつある友人の姿を眺めるのだった。
※※※※※※※※※※※※
「……で、どうしていきなり、お弁当を倍にしようと思ったの?」
「それを話すと長くなるんだけど……うー。お腹、いっぱい……苦しい……」
うげー、と色気のない声を出しつつ、守口は椅子にだらしなく座る。
守口 裕子は、集団に埋もれがちな、ごく普通の女子の一角を占める女生徒だ。身長は女子高校生の平均的な高さの160センチ程度、痩せすぎもせず、太りすぎもせず。
そしてスリーサイズも目立った所が無く、少し小さめだが全くない程でもない、Aカップに近い、アンダー65のBカップであり、腰にかろうじてくびれはあるものの、悪く言えば寸胴体型とも言える。髪型も大人しい印象を与えるショートボブ。まさに一山いくらで量り売りされる冬場のみかんのような印象を与える、そんな女生徒と言えなくもない女子だった。
彼女が特別に何かを備えているとしたら、それは『野球好きゆえに弘前高校を受験し、弘高野球部のマネージャーになりおおせた』という1点である。野球部はこの弘前高校では最強の有名運動部だ。全国区で名前が売れている超高校級選手であるKYコンビの2名のネタを仕入れたい人間、あるいは今年の野球部の調子などを知りたい人間、ミーハーな情報に飛びつきたい人間はもちろん、『何か面白い事は無いか』と日頃から考えている人間にとっては、このクラスで唯一の野球部員マネージャーである守口は、注目せざるをえない人物なのだ。特別にチヤホヤされたりはしないが、守口が何かを口にすれば、とりあえず聞き耳を立てたくなる。そんな立ち位置なのだ。
そんなわけで、教室に残っている人間のほぼ全員が、当たり障りのない世間話を友人と話しながら、あるいは気の無いフリをしながら、守口と大橋の会話に聞き耳を立てていた。
「……で、何かあったわけ?突然の心境の変化に関わる何かが?」
「昨日、更衣室でしてた野球部女子1年と、山崎先輩との会話なんだけど……」
守口は気づいていなかったが、教室に残っている男子全員の集中力が高まった瞬間だった。
「ふんふん」
「最初の流れは忘れたんだけど、『山崎先輩のバストは、いくつなんですかー?』みたいな話になってさ。数字はいくつですかー、カップの記号は何ですかー、みたいな感じで、山崎先輩から聞き出そうとしたわけよ。ほら、最近まで忙しかったし、仕事がまだ覚えられなかったりとかで余裕が無かったけど、最近になって、ようやく余裕ができてさ。距離感も近くなってきたし、くだらない話をする機会が出てきたわけよ」
「ほうほう。そりゃ、あたしも気になるなあ。でっかいもんね、山崎先輩」
大橋の相槌に、内心『ほうほう。そりゃ、俺達も気になるなあ』と、クラスの男子の集中力が更に高まった。
「で、山崎先輩が言うわけよ。『あんまり他人の数字とかを気にしても意味ないわよ』みたいな事をね。清水さんも『山崎先輩の言う通りです』みたいな事を言うし」
「清水さんって、あの背の高い子だよね。これまたけっこう胸のでかい子」
「そうなんだよー。マネージャーのあたし達と違って、着替えの時間も同じ時間帯だし、たぶんもう、胸のサイズの話とかしてたんだろうね。でもさあ、気になるじゃん。目の前にあれだけの持ち物があれば。あれ、マジで凄いから!!」
「それ程かね」
「大山脈だよ。自分の持ち物が、その辺の畑に見えるよ」
「それ、野菜が植えてある
「あたしの事はいいんだよ!!ともかく、持ち物が豊かな2人がそろって『気にしない気にしない』とか言っても説得力ないし、せっかくの機会だから聞きたくなるでしょー!!3年の今井先輩はそれなりだけど、1年マネジ3人は、揃いも揃って野菜畑なんだから!!」
ちょっと悲しくなる現実だよね、と相槌を打ちつつ、大橋はパックジュースをチュー、とやる。
「で、山崎先輩が前置きをするように聞いてくるわけ。『守口さん、アンダーいくつ?』って」
「結果次第じゃ、間接的な処刑かなあ……?」
「そして、あたしは答える。『65です……』で、山崎先輩が返す。『あたし80よ』ってね!!」
「マジで?!意外とデブい?!」
「それが素人の浅はかさ、というもの」
守口は水筒のお茶をゴクリ、と飲んでから続ける。
「あたしの身長は158センチ。運動経験は、ほぼ授業のみ。それに対して、山崎先輩は身長170センチくらい。そして子供の頃からずっと野球をガチでやってる」
「あー。ガタイがいいって事か」
「そういう事。そもそも骨格がしっかりしてるし、加えて筋肉がついてるし。知ってる?山崎先輩、脇肉の贅肉、ほとんど無いんだよ。脇の部分は筋肉と皮、ほんの少しの脂肪だけ。あのバストの土台の胸筋はかなりの強さだから厚みもあるだろうし、肩や首回りの筋肉もあるし、背筋もついてるし。あたし達みたいに二の腕の脂身がー、みたいな状況は皆無なんだよマジで。あたし達とは違うんだよ。贅肉の分布が。あたし達とは」
「余計な事は言わなくてよろしい。あたしを巻き込むな」
「とにかく、胸の胴回りイコールアンダーバストなんだけど、山崎先輩の場合は鍛えられた肉体で……それも前後に厚みがあるのであって、贅肉で脇の下が埋まってるとか背中のブラ紐が変に食い込むとか、そういうの無いから。アバラから上の脂肪分のほとんどは、胸に集中してるのよ。それでいて筋肉の上に薄く脂肪が適度にあるもんだから……アバラも浮いたりしないし、とにかく迫力が全体的にすごい。ほら、外国のダンサー系の水着モデルとかいるじゃん?ああいう感じ。日本人の体じゃないよホント」
「おお――。そういう感じかあ……」
「ウエストもくびれてる。筋肉ついてるから細すぎないけどね。……で、胸がホント凄い。巨乳じゃないよ。あれは爆乳っていうやつだよ!!本物の!!あれが本物だよ!!」
「野菜畑が言うと説得力があるなあ」
うるさいほっとけ、と言いつつ、お茶を飲む守口。
「で、山崎先輩がまた言うわけよ。『肝心なのは数字じゃなくて、見た目のバランスよ』ってね。まあ確かに、おっぱいだけ飛び出してるバランスじゃないと思うけど」
「引っ張るなあ」
「山崎先輩いわく、『アンダーの数字が大きければ、いくらトップの数字がそこそこあってカップが大きくても、全体のバランスとしては【それなり】になっちゃうから、数字だけで勝ったの負けたのと感じる必要ないのよ?あたしと同じくらいの身長でも、守口さんと同じアンダー65センチの細さで、あたしと同じトップバストのモデルさんもいるし、そういう人はホント凄く見えるからね』みたいな事を」
「それって水着撮影だけで食っていけるタイプの人でしょ。比較対象がおかしい」
「ホントそれだよー!!フォロワー10万単位のセクシーモデルとか、そういうのと比べて『あたしは一般高校生としてスゴイだけだから』とか言われてもさ!!山崎先輩だってその気になれば、水着モデルでやってけるレベルじゃん!!」
「あの人、普通に顔もいいもんね。ノリも面白いし。TVタレントになれるよ」
「ホント爆乳美人だよねえ」
ふー、と一息つく守口。少しお腹も落ち着いてきたようだ。
「で、山崎先輩のトップの数字と、カップサイズなんだけど」
「そう、それそれ。脱線してた」
「山崎先輩が、自分の着用してるスポブラを指さして、『これはGね』って」
「……おお……Gカップかあ……ああでも、アンダー80か。えっでも」
「ちがうんだなあ……」
「何が?」
Gカップなんでしょ、と首を傾げる大橋。
「山崎先輩は、『これは』って言ったんだよ……。ちゃんと聞きなおしてみたら、正確には『これは36GGサイズのスポブラだ』っていう意味だった」
「……それって……海外製品?!GGって事はGプラスって事じゃん!!ええと……あっちの数字はアンダーじゃなくてトップ表記でインチだから、センチに直すと……いやいや、どっちにしろ3桁いってるじゃんか!!」
「そういう事。身分が違う」
うわぁ――、と声を上げる大橋。
「3桁のHカップか……いや、アンダー80でもスゴイわ、それは。確かに山脈だわ」
「ちがうんだなあ」
大橋の言葉に、またも否定の言葉を返す守口。
「え?どこが?」
「日本のブラサイズに直すと、実はI寄りのH。本当はIカップのブラが適合かもしれないんだって。まだ成長するかもしれないから、様子見てるんだと。参考までにこれ、外国の水着モデルさんの画像。36Gで検索してみた」
守口がスマホに表示した画像を、覗き込んで見る大橋。
「もう要塞レベルだね。守口の畑が塹壕に見えるよ」
「あんたも同レベルでしょうが」
爆乳大要塞かあ。それとも最新式のミサイル陣地かなあ。などと言葉を交わす2人だった。
「……で、それとアンタの暴食と、どう関係があるの?」
「そりゃもちろん、胸を大きくする方法論の話よ!!山崎先輩に『先生、お願いします!!どうか、やり方を教えて下さい!!』って、平伏して頼んだんだけど」
「平伏したのか。やるな守口」
平伏したのは昨日で2回目だよ。この件に関してはプライドなんかないんだよ!!と吠える守口。
「……食事と、筋トレだって」
「ええええ――――」
「基本的には女性ホルモンの分泌量が肝心だっていう話なんだけど、他は単純な足し算と引き算なんだって。『大きな女性の胸は、よく牛に例えられたりするけど、食べない牛の体が立派になると思う?』だってさ」
「あー。うーん、まあ、理屈ではそうかも」
「ちなみにね……山崎先輩も、そして清水さんも!!生まれてこの方、『体重を減らすためだけのダイエットなんかした事無い』んだってさ!!というか、『食事を我慢した事なんて、ただの一度も無い』むしろ『体重が減らないように、いつも満腹するまで食べてきた』らしいよ」
「マジでか!!野球部凄いな!!もしかして運動部ってみんなそうなの?!」
帰宅部を続けてきた自分には信じられない、と声を上げる大橋。
「……確かに、男子部員も練習後、めちゃくちゃ食べてるし……食べずに胸を増やそうとか、あたしは今までバカだったと思う。食べる事でホルモン分泌が正常になるのかも」
「でもさー。あんまり食べると、胸以外が太らない?」
「で、そこを補うのが運動と筋肉なんだって。とりあえずプランクやって体幹をひたすら鍛えなさい、そうすれば腹も引っ込んで腰が少し細くなるから、って」
「あたし今日からプランクやるわ」
「あとは胸と肩、背筋を、それとスクワットで大臀筋を鍛えろって。太りつつ筋肉を装備して、運動量を増やせば、太って痩せての繰り返しで自然とどうにかなる……かもしれない、と。とにかくでかい筋肉中心にやれって言ってた。あととにかく食べろ、と」
「筋肉と食事かあ……」
「大胸筋はバストアップ。肩と背筋はバストの持ち上げ。肩こりする巨乳は運動不足で筋肉不足の、胸デブだって言ってたよ」
「山崎先輩でないと言えない暴言だよね」
「清水さんも肩こりしないって言ってたよ。あと清水さんも3桁。清水さんはG寄りのFだってさ。『私は先輩よりも身長があるので80のFは実質Dカップみたいなものです』とか言ってやがったけど」
「なにそのブルジョワ発言。まるでDカップが貧弱だと言いたいみたいじゃん」
「実際おっぱいブルジョワジーだよ、あの2人。確かに身長があるしアンダーあるから、全体バランス的には、それほどあるようには見えないけど。どこをどう見ても巨乳モデルだもんね。たぶん清水さんの比較対象は山崎さんなんだよ。偉大な山脈しか見えてないんだよ。登山者だよ」
「裾野の畑は視界に入ってないのか。上しか見えてないんだね」
ちくしょうブルジョワどもめ、と文句を言い合う裾野畑の2人。
「そんな訳で、あたしも食事と筋肉で太りつつシェイプアップをする事に決めました。今までのようなダイエットは永遠に中止です!!山崎先輩いわく『体重計の針を見るな!!姿見に自分の姿を映して自分の体を見ろ!!筋肉を鍛えて、細くしたいところを細く、太くしたいところを太くするイメージを持て!!』だってさ!!あたしもう、お風呂上りで体重計に乗るのやめる!!」
「それって本当に大丈夫なの?」
「山崎先輩も清水さんも、『筋肉もっとつけて体重増やしたい』って言ってたよ?体重が増える事はいい事なんだよ。筋肉がついても、胸が増えても体重は増えるんだよ。あたしは今まで細すぎたんだよ、ぜんぶ。全部が」
「何か……どこかが……おかしい気が……」
はたして本当にいいのだろうか。ガチ野球選手を比較対象にしている時点で何かおかしいんじゃないかなぁ、と首を傾げる大橋だったが、『もう1年女子マネ3人でやるって決めた』と言う守口。どうやら守口の決意は固いようだった。
そんな女子の会話が片隅で交わされていた、とある日の1年C組教室なのだった。
後日、校内で語られる野球部関連の数あるウワサに、男子を中心として、いくつかのウワサが追加される事となる。
『山崎先輩と清水さんは3桁らしい』
『山崎先輩は大胸筋でおっぱいを揺らせるそうだ』
『北島先輩はHカップ以上でないと興奮できない筋金入りだ』
などといったものだった。
上級生組から伝え聞かされた、去年の文化祭の水着審査の話が信憑性を与えた。
――――そして。
その年の、夏休み明けの2学期初日。
守口を始めとする野球部1年生マネージャー3人全てが、明らかに胸部がボリュームアップ、スカートの腰回りを細くした制服姿を披露し、クラスメート達の度肝を抜く事になる。セーラーの上着の裾が支えなく揺れ、首元から胸元への傾斜角度が明らかに鈍角になっている、その姿を。
バストのカップ階級を3階級から4階級アップさせた上で、腰や二の腕の贅肉を落として筋肉質なダンサー体型を手に入れたという事がクラスメート達から全1年生に知れ渡ると、間もなく『野球部式ボディメソッド』なるものが広く全校女子生徒に知れ渡り、一大ブームを巻き起こす事になるのだが――――
それはまだ、ほんの少しだけ……先の話である。
「前世の記憶がある」と自称する幼馴染と野球をする話 日戸有芽 @hitoyume
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