第12話
私たちにとっての運命の日がやって来た。この日、父さんがライブに登場することは客たちには伏せられている。ただサプライズゲスト登場の煽り文句でチケットを売りさばいたので観客は誰が出るのかそれなりに注目しているはずだ。
演芸場の楽屋に入ると、ポンチさんとその相方パンチさんが化粧をしていた。ポンチとパンチはポンチングマシーンという漫才コンビを組んでバラエティでも活躍している。私と父さんはポンチさん達や他の出演芸人達に挨拶をして回った。ポンチさんからは「会場温めてな」とやんわりとプレッシャーをかけられた。父さんはニコニコして「温めます。」と切り返した。
「オカヅちゃん、緊張してる?」
「はい。少し」
「練習してきたんだろ。ならその通りにやればいいよ。」
ポンチさんは優しい言葉をかけてくれた。
「観客は芋だと思えばいい」
パンチさんも助言をくれた。
観客が入る前にリハーサルを行ない、私たちは事前に用意した漫才を行なった。場位置を確認して、ミスなく無事漫才を終えることが出来た。これも中学時代演劇部だった経験だろう。
ついに会場に観客が入りはじめ、運命の時が刻一刻と迫ってきた。私は古典的だが手に人を書いて飲み込んでみた。とにかく緊張したら芸が台無しになる。楽しむつもりで全力で挑もう。
開演前の事務的なアナウンスが終わり、オープニングテーマが流れた。その後私たちパパムスを呼ぶアナウンスが流れたので、私は覚悟を決めて会場に飛び出していった。
「どーも、皆さん。初めましての方は始めまして、お久しぶりの人はお久しぶり、常盤総でーす」
父さんが両手を振って挨拶をすると会場は異常な盛り上がりを見せた。
「そして隣にいる、キミは誰だ」
「常盤総の一人娘、常盤オカヅです。皆さん私をオカヅにご飯をモリモリ食べてくださいね」
「そっちのオカヅかい」
会場に少しだけ笑いが起きた。
「私たち二人でパパムスです。どうぞよろしくお願いします」
私と父さんがお辞儀をすると、観客からは拍手が起きた。これは予想外だったので私は少し緊張した。期待している。観客たちは私たちがこれから見せる漫才に。でも私たちはアクシデントがあっても出来る限りの準備はしてきた。
「本日は会場の皆さんに素敵な笑いを届けたいですね」
「私たちパパムス以外にも沢山の演者が出ますから。きっとお気に入りの芸人が見つかるはずです」
「でも一番は私たちパパムスですけどね」
「今日出る人たち皆が言う台詞」
「でも私たちが一番です」
「何、オカヅ、自分なんか根拠でもあるの」
「根拠も糞もお父さんの芸人復帰の舞台なんだから一番に決まってるでしょう」
「やだ、恥ずかしい」
「私も恥ずかしい」
「しかしよくオカヅも俺の復帰を支援してくれたよね。ホントありがとう」
「お礼はギャラをもらってからだよ」
「自分、やらしいな」
「父さんは芸人としてもう一花咲かすため、私はお金のため」
「現金だな。まあ引き受けてくれたことはうれしいよ」
「まあ私には夢があるからね」
「夢、どんな」
「人間の幸せについて教えるセミナーの講師になりたいの」
「何か怪しそうだな」
「私やってみたいから、お父さんお客さんやってくれる」
「ああ、いいよ。あー幸せになりたいな。お、こんなところにセミナー会場が。これであなたも幸せに
なれるか、ちょっと入ってみようか」
「どうも、私、講師の常盤オカヅです。本日は皆さんが幸せになるために大切なことを凝縮してお話しさせていただきたいと思います。」
「おお、幸せになれるのか、ええな、聞いて見よ」
「人間幸せになるのに欠かせないものが三つあります。まず一つ目、それはお金です」
「いきなり直球ぶっこんで来た。」
「二つ目は社会的地位、権力でもよいです」
「すっごいダーティな響き」
「最後は好感度です」
「それ一番言っちゃいけない奴。ちょっと先生あんた親からどういう教育受けてんだよ」
「父はただの馬鹿」
「おいっ」
「お母さんは骨壺の中です」
「生生しいよ」
「お母さんは煙になって消えました」
「あ、すっごい遠い目でどっか見てる」
「ではなぜこの三つが必要なのか説明しましょう」
「もう結構です。帰ります」
「今帰ると祟られますよっ」
「ここどういう場所」
「まず最初に申し上げたお金。これはあればあるだけいいでしょう。貧乏は人の心を貧しくします。世の中には明日食う飯にも困っている地域だってあるんです。今すぐFXで資産運用を始めるか、割と大きめの銀行を襲いましょう」
「さらっと犯罪教唆すな」
「次に権力。お金があるだけでは成金と呼ばれ人に陰口を叩かれますから、これは非常に大切です。選挙に立候補して名声をえるか、裏社会デビューしましょう」
「そっちの権力はダメ」
「最後に好感度、これが一番大事です。この大事さに比べたら後の二つは便所の落書きです。人間、人に愛されることが一番大切です。人の縁を繋いでいけば上手い儲け話も転がってきますし、組織の中でライバルに差をつけることが出来ます」
「で、その好感度を得るにはどうすればいいんですか」
「お金持ちに生まれましょう」
「阿保か、もういいわ」
私たちが漫才を終えると、盛大な拍手が巻き起こった。常盤総、完全復活だ。私たちはお辞儀してそそくさと舞台からはけた。
漫才ライブが終わった後、さっそく父さんにネットTVの仕事が来た。パパムスとしての出演を要求されたので私も出ることになった。父さんの人生に夢は必要だったんだ。でも私には必要なのだろうか。それはまだわからない。でももし誰かに「あなたの人生に夢は必要か?」と問われたら、「必要です」と言い切れる、そんな大人に私はなりたいと思う。
九月のお彼岸の日、私と父さんは母さんの墓参りに出かけた。母の墓石の前で私たちはあの日の漫才をもう一度行った。
今日の木漏れ日はまるで神様の掌みたいに私と父さんを包んでくれる。願わくばこれからもこの慈愛が続くよう願うばかりだ。
了
明日まで雨宿り 伊可乃万 @arete3589
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