第11話
「えー、オカヅちゃんの父さん入院したの」
父さんが入院した翌日、私は睦夫に呼び出されて会っていた。今日は夏休み最終日。
「うん、蜂巣炎とかいう病気」
「なにそれ、聞いたことない。奇病?」
「皮膚科的にはけっこうメジャーな病気らしいよ。」
「それは大変だね。十日も入院するなんて」
「もう参ったよ。ライブに自信がなくなってきた」
「よし。」
「何?」
「浅草に敵情視察に行こう。事前に演芸場に行ってライブを観て雰囲気を掴もうよ」
「えー何それ。でも私、これから父さんのお見舞いにいかないとだから」
「一日ぐらいいいじゃん。きっとオカヅちゃんのためになるよ」
私は父さんにメールで相談し、ぜひ行って来いとの事だったので浅草に行くことにした。
浅草は日本が世界にほこれる観光地だ。無数の人々の靴で地面を踏む音が地鳴りのように響いている。雷門前は外国人が多くおり、カメラを撮ってくれと要求されたので撮ってあげることにした。目的地の浅草演芸場付近は女性客が多くいて驚いた。芸人の人気を支えているのは女性のようだ。私と睦夫はチケット売り場でチケットを買い、演芸場の中にはいった。近隣の演芸場に比べると趣に違いがある。こっちの方が壁のシミなどに年季が入っている感じだ。
座席について次々現れる芸人の芸を観て、私はぞっとした。会場は思った以上に笑いが起きず冷えていたからだ。単にこの日舞台に立った芸人がつまらなかったのか、それとも普段から演芸場はこんな冷静な雰囲気なのかはわからない。当日もこんな客が笑わない冷えた空気だったらどうしよう。そういえば前座の芸人の芸がとても面白いとは呼べない代物だった。つまり当日のライブの盛況は私たちにかかってるということだ。私はなんだか燃えてきた。当日は余力を残さず全てを出し切ろうと胸に誓った。
睦夫と別れて私は父さんが入院している病院へと急いだ。病室に着くと父さんが手招きして私を迎え入れてくれた。どうやら私のお土産に期待していたらしく、何も買ってこなかったので年甲斐もなくむくれていた。
「なんだよ、雷おこし食べたかったのに」
「子供みたいなこと言わないの。」
「それで、どうだった」
「うん。何というか、異様な雰囲気だった。会場が最後までキンキンに冷えてたんだよ。なんでこの人達ここにいるんだろうって思っちゃうぐらい」
「それは前座が客を温めなかったのもあるし、その後の芸人が悪い流れを変えられなかったというのもあるだろう」
「そうなんだ」
「当日は、俺たちがネタをとちらず爆笑を取らないといけないな」
「そうだね」
父さんは神妙な顔をして窓の外に視線を向けた。私たちは台本を取り出して読み合わせを始めた。個室では無く他の患者もいるのでひそひそ声で練習することにした。
父さんはライブの前日に退院した。病院を出るまでは車いすで父さんを押し、タクシーを拾って帰った。すっかり歩けるようになり、腫れも引き治ったような気がするが、油断して動かすとまたぶり返すので気を付けるよう医者に釘をさされた。しかし練習しないわけにもいかず、私と父さんは自宅で最後の通し稽古を行った。
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