変わり者、二人

「そりゃ何かの間違いでなく?」


 役人が態々わざわざ足を向けてまですることだろうか。疑り深い目で弥次郎やじろうはそう尋ねるが、喜多朗きたろう奥方おくがたからゆっくりと頷きが返ってきた。


「ええ、本当の話です」

「私も疑いましたからね。後日、お役所まで真偽を確かめに行きましたが、本当の話でした」


 水神祭の開催、この話は虚偽ではないらしい。その一点において弥次郎と珠緒の口がにぃっと歪む。それを覆い隠すようにして、とってつけたように珠緒は言った。


「そりゃあイイことじゃアありませんか。……この御時世ごじせい、娯楽や贅沢品の扱いは真ッ先に首が回らなくなるモンでしょうし」

「ほんにねぇ。有難い限りで」


 ふふふ、と口元に手を当てながら、奥方は朗らかに笑みを浮かべる。花火という娯楽はただでさえ打ち上げの依頼が少ないというのに、現に依頼は無いといっていいほどだ。それに対してこうして幕府という上客が付いた喜多屋きたやは、それはもう幸運であるとしか言いようがない。

 さて、ここで問題はその開催時期である。


「ところで、納期はいつまでなんだ、喜多朗」

「ばっ……!?」


 弥次郎が言葉の矛先を店の主に向ける。何を企てるにしても、期限が分からなければ計画も立てれないというもの。


「お客やからてなんでも話すと思ったら大間違いやぞ!」

「おーゥ、喜多さんの地が出るなんて珍しいこッた」


 喜多朗と奥方は、江戸に移り住んで蝋燭ろうそく問屋とんや営んでいるが、二人とも京の辺りの出である。こんな遠くまで移るのは珍しいことから、越して来た当初は、身分差から駆け落ちをしてきたとかしてないとか、農民からの成り上がりだとかまあ、根も葉もない噂話が流れたものであった。


「ちぇっ……けち臭いのぉ」

「本来は水神祭の話も話しとう無かったんに……、これ以上はもう何も言えへんからの!」


 うすら笑いと怒り心頭といった二つの顔が、にらめっこをする。

 目の前で繰り広げられる男二人の遣り取りに、珠緒と奥方は思わず視線を合わせた。そしてお互い、何処からとこもなくはぁ、と溜息を吐いて。


「ささ、そんなことより……お二人は何をお求めにいらはったんです?」

「あァ、忘れるとこだった。いつもの蝋燭を二本、頂けるかイ?」


 知らぬふりをして、商談をすることにした。


「はい、あります。用意しますから、待っていてくださいな」


 奥方はそういうと、すっと美しい所作で立ち上がる。相も変わらず綺麗なもんだ、と珠緒は思う。その傍ら、弥次郎は止めとばかりに真っ赤な舌をべっと出しては立ち上がる。


「珠緒、おれは先に出てらぁ」

「おーゥ、分った」


 そのまま歩き出して、弥次郎は暖簾のれんをかき分け店を出た。最後にちらりと視線を遣って、後始末は任せた、と珠緒に押し付ける。こういうときに、いつも憎まれ役を買って出るのが弥次郎なのだ。


「ふんっ、まだまだ若造が……」

「喜多さん、すまねェな」


 珠緒も小上がりから立ち上がると、ぐっと一つ伸びをしてから喜多朗に向き直る。ここでしっかりと好感度を上げるのが重要だ。


「弥次は気ィ立って仕方がないんだ、見逃してくれやしねェかい」

「まあ、鍵屋の旦那は上客には違いない。ただ、今度からは珠緒のみで買いに来てくれると助かるがね……」

「出来る限りはそうするからなァ」


 お互い苦笑を交えたところで、奥方が包みを一つ持って珠緒の方へとやってきた。


「お待たせしました。此方、蝋燭二本を包ましてもらいましたので」

「おウ、あんがとさん! ほい、お代」


 差し出された包みと引き換えに、きっかり蝋燭二本分の銭を懐から出して手渡した。師匠から元々御駄賃おだちんとして受け取っていたのである。


「丁度ですね。また御贔屓ごひいきに」

「アイヨー」


 にっこりと人好きのしそうな笑みを浮かべると、珠緒はひらり、と片手を振って喜多屋の暖簾を潜った。外では暇そうに弥次郎が燦々と照る太陽を見上げていた。


「待たせたなァ」

「どーだい?」

「んー……」


 弥次郎が尋ねると、歩き出しながら珠緒は徐に持っていた包みを開けて中を探る。そして何か見つけると、にぃっと不敵な笑みを作った。


「上出来じゃアねえのかイ?」


 そう言って見つけたそれを取り出すと、隣を歩く弥次郎に見せつける。掌くらいの大きさの紙には、奥方の達筆な文字が躍っていた。その内容を理解すると、弥次郎もこれまた口がにっと歪んだ。


『期日は十と四日後也』

「――嗚呼!」


 こうも話を漏らしてしまっていいものかという疑問は残るが、ここは好意として受け取っておくのが二人の流儀というものだ。

 珠緒はふっとその眼を赤く輝かせると、手につまむ紙片がぼっと燃え上がった。


「これでよし、と」

「おい、おおっぴらに力をつかうんじゃねぇよ……」

「悪ィ悪ィ」


 にかか、と天真爛漫に笑う。その様子は、喜多屋を訪れる前とは打って変わって明るいものである。


「なァ。これはもう、やるっきゃないよなァ?」

「そりゃそうだろ。舞台として不足無ふそくなしだ」


 どどんと一発、噛ましてやろうじゃァないか。


 納期が十四日後ということならば、一日二日余裕を持って早くとも開催は十五日後頃であろう。そのくらい時間があれば、二人にとっては十分な作成期間だ。

 隅田川は川幅も広く、多くの人が見ることができるだろう。其処で大輪の花が咲き誇れば、人の心に火を灯すこと間違いなしであろう。

 花火をあげるのにも丁度良い。それに水神祭であるのならば、やはり華があった方が祭りらしくて粋じゃないか。


「何発ぐらいだ?」

「そりゃもう、出来るモン全てよ。大玉を三つは作りたいもんだナ」

「まあ、いけるだろ。ただ、火薬がな……」

「その辺りは伝手つてを使って融通してもらうとするかア。後は……水神様にお許しとお願いもしなきゃアならねェし」

「その辺りは……任せる」


 またとない機会だ。花火師が花火を打ち上げることなければ、腕が鈍ってしまう。今、二人の心は、これでもかと言うほどに煮えくりかえり、滾っていた。


「さあ、やってやろうじゃないか」

「久々の腕の見せ場だァ、張り切っていくかイ!」

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夏思いが咲く 蟬時雨あさぎ @shigure_asagi

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