変わり者、二人
「そりゃ何かの間違いでなく?」
役人が
「ええ、本当の話です」
「私も疑いましたからね。後日、お役所まで真偽を確かめに行きましたが、本当の話でした」
水神祭の開催、この話は虚偽ではないらしい。その一点において弥次郎と珠緒の口がにぃっと歪む。それを覆い隠すようにして、とってつけたように珠緒は言った。
「そりゃあイイことじゃアありませんか。……この
「ほんにねぇ。有難い限りで」
ふふふ、と口元に手を当てながら、奥方は朗らかに笑みを浮かべる。花火という娯楽はただでさえ打ち上げの依頼が少ないというのに、現に依頼は無いといっていいほどだ。それに対してこうして幕府という上客が付いた
さて、ここで問題はその開催時期である。
「ところで、納期はいつまでなんだ、喜多朗」
「ばっ……!?」
弥次郎が言葉の矛先を店の主に向ける。何を企てるにしても、期限が分からなければ計画も立てれないというもの。
「お客やからてなんでも話すと思ったら大間違いやぞ!」
「おーゥ、喜多さんの地が出るなんて珍しいこッた」
喜多朗と奥方は、江戸に移り住んで
「ちぇっ……けち臭いのぉ」
「本来は
うすら笑いと怒り心頭といった二つの顔が、にらめっこをする。
目の前で繰り広げられる男二人の遣り取りに、珠緒と奥方は思わず視線を合わせた。そしてお互い、何処からとこもなくはぁ、と溜息を吐いて。
「ささ、そんなことより……お二人は何をお求めにいらはったんです?」
「あァ、忘れるとこだった。いつもの蝋燭を二本、頂けるかイ?」
知らぬふりをして、商談をすることにした。
「はい、あります。用意しますから、待っていてくださいな」
奥方はそういうと、すっと美しい所作で立ち上がる。相も変わらず綺麗なもんだ、と珠緒は思う。その傍ら、弥次郎は止めとばかりに真っ赤な舌をべっと出しては立ち上がる。
「珠緒、
「おーゥ、分った」
そのまま歩き出して、弥次郎は
「ふんっ、まだまだ若造が……」
「喜多さん、すまねェな」
珠緒も小上がりから立ち上がると、ぐっと一つ伸びをしてから喜多朗に向き直る。ここでしっかりと好感度を上げるのが重要だ。
「弥次は気ィ立って仕方がないんだ、見逃してくれやしねェかい」
「まあ、鍵屋の旦那は上客には違いない。ただ、今度からは珠緒のみで買いに来てくれると助かるがね……」
「出来る限りはそうするからなァ」
お互い苦笑を交えたところで、奥方が包みを一つ持って珠緒の方へとやってきた。
「お待たせしました。此方、蝋燭二本を包ましてもらいましたので」
「おウ、あんがとさん! ほい、お代」
差し出された包みと引き換えに、きっかり蝋燭二本分の銭を懐から出して手渡した。師匠から元々
「丁度ですね。また
「アイヨー」
にっこりと人好きのしそうな笑みを浮かべると、珠緒はひらり、と片手を振って喜多屋の暖簾を潜った。外では暇そうに弥次郎が燦々と照る太陽を見上げていた。
「待たせたなァ」
「どーだい?」
「んー……」
弥次郎が尋ねると、歩き出しながら珠緒は徐に持っていた包みを開けて中を探る。そして何か見つけると、にぃっと不敵な笑みを作った。
「上出来じゃアねえのかイ?」
そう言って見つけたそれを取り出すと、隣を歩く弥次郎に見せつける。掌くらいの大きさの紙には、奥方の達筆な文字が躍っていた。その内容を理解すると、弥次郎もこれまた口がにっと歪んだ。
『期日は十と四日後也』
「――嗚呼!」
こうも話を漏らしてしまっていいものかという疑問は残るが、ここは好意として受け取っておくのが二人の流儀というものだ。
珠緒はふっとその眼を赤く輝かせると、手につまむ紙片がぼっと燃え上がった。
「これでよし、と」
「おい、おおっぴらに力をつかうんじゃねぇよ……」
「悪ィ悪ィ」
にかか、と天真爛漫に笑う。その様子は、喜多屋を訪れる前とは打って変わって明るいものである。
「なァ。これはもう、やるっきゃないよなァ?」
「そりゃそうだろ。舞台として
どどんと一発、噛ましてやろうじゃァないか。
納期が十四日後ということならば、一日二日余裕を持って早くとも開催は十五日後頃であろう。そのくらい時間があれば、二人にとっては十分な作成期間だ。
隅田川は川幅も広く、多くの人が見ることができるだろう。其処で大輪の花が咲き誇れば、人の心に火を灯すこと間違いなしであろう。
花火をあげるのにも丁度良い。それに水神祭であるのならば、やはり華があった方が祭りらしくて粋じゃないか。
「何発ぐらいだ?」
「そりゃもう、出来るモン全てよ。大玉を三つは作りたいもんだナ」
「まあ、いけるだろ。ただ、火薬がな……」
「その辺りは
「その辺りは……任せる」
またとない機会だ。花火師が花火を打ち上げることなければ、腕が鈍ってしまう。今、二人の心は、これでもかと言うほどに煮えくりかえり、滾っていた。
「さあ、やってやろうじゃないか」
「久々の腕の見せ場だァ、張り切っていくかイ!」
夏思いが咲く 蟬時雨あさぎ @shigure_asagi
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