エピローグ 新しい命……
エピローグ 新しい命
「お母さん、それからお嬢さん」
処置室から白衣を脱ぎながら出てきた医師が、二人に優しく声をかけた。顔には、疲れ切ったがやり切った、そんな安堵の表情を浮かべていた。
新之助が運ばれてから、長い夜が過ぎていた。
「なんとか命を繋ぎ止める事は出来ました……。彼を褒めてあげて下さい。何度も死線をさまようピンチは有りましたが、きっとあなた方の想いが届いたのでしょう、何とかこちら側に踏みとどまってくれましたよ」
医者は優香と母親の顔を見ながら、さらに話を続ける。
「とりあえず峠は越しました。状態は安定しています。しかし正直に言えば、まだ予断を許さない状態は変わりません。それに、短い間ですが心臓が止まっていたので脳に血液が行っていませんでした。従って、回復したとしても、脳に障害が残っているかもしれません」
医者は一度そこで話を止めて、自販機で缶コーヒーを買う。
「まあ、今後も色々と有ると思いますが、とりあえずは状態が安定していますので、後は経過を観察するだけです」
缶コーヒーを開けてゴクリと飲み、話を続ける。
「これから彼をICUに運びますので、看護師が後でそちらにご案内いたします」
それだけ言うと、医者は疲れた体に鞭打つように奥の休息室に消えて行った。
新之助の母と優香は、お互いに顔を見合わせて手を握り合った。二人の間には語るべき言葉は必要無かった。
お互いの真っ赤な目を見れば、これ以上何も言う事は無い。
ただただ、安堵と感謝の気持ちで一杯だったのだ。
「優香ちゃん、本当にありがとうね。新之助の事よりも、今はあなたの事よ。その血だらけの制服を、ご両親が持ってきて下さった私服に着替えていらっしゃい。」
優香の両親は、事故のあった直後に病院に駆け付けた。優香と新之助が交通事故に遭ったと聞いたからだ。
優香は無事だったが、優香を助けるために新之助が重傷だと言う事を聞いて、新之助の母親に対しては、本当に申し訳なさそうにしていた。
優香は、自分の両親が持って来た着替えの服をガンとして着替えなかった。
今ここで着替えてしまったら、新之助との糸が切れてしまいそうな気がしたからだ。
優香は、血だらけの制服が、処置室で闘っている新之助と繋がっている唯一の物だと感じていた。
今、血だらけの制服を脱いだら、新之助は帰って来ない、私はこの服のままで良い。そう思っていた。
新之助がこちら側に踏み止まっている事が確定した今、やっと服を着替えても良いかな、と思う事が出来た。
病院の控え室で、優香が新しい服に着替えるために、血だらけの制服を脱ぐのと同時に、ふっと『何か』が自分から離れていった気がした。優香は、その理由はわからないが、今新しい自分に生まれ変わったような気分になっていた。
今までは、そばに誰かが居てくれて見守ってくれていたが、これからは貴女一人で新之助を支えなさい、そう言われたような気がして、何故だかわからないが狭い控え室の天井を見上げていた。
***
「優香、本当に長い間待たせてしまって済まなかった。こんなにも長い間、俺の記憶が戻るまで待っていてくれてありがとうな」
「いえいえ、新之助さま。優香はそんな事気にしていません」
優香は穏やかに言った。
「正直、新之助さまの記憶が戻らないのではないかしら? と思ってしまった事もありました。それでも、こうして記憶の戻った新之助さまにお会いできて優香は果報者でございます」
優香は何かを考えるように、そこで一度言葉を区切る……。
「私には分かります。地上の新之助は、私のお腹にいた命を使って、私が今まで取り憑いていた優香を幸せにしてくれるでしょう。これで私も心おき無く、天の国に参ります」
「……それでは、優香、二人で参ろうか」
新之助はユックリと優香に告げる。
優香と新之助は、二人で手を取り合って、ゆっくりと天の国へ進んでいくのでした……
ー完ー
美女と野獣 ぬまちゃん @numachan
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