Epilog

 白い光がまばゆい。鼻腔を焼いた灼熱の煙も、悲鳴も怒号も感じられない。口の中はひどく乾燥しているが、砂も血も噛んでいない。

 きしむ指先が虫の脚のようにうごめいて、まさぐる。柔らかなガーゼに体が覆われている。ふんわりと体の上に覆いかぶさって、香りにはやさしさすら感じる。ずっと昔に忘れ去ってしまったような感覚。


 目を覚ましたのは、やさしく柔らかなベッドの上だった。半開きの窓からそよ風が吹き込んで、くしゃくしゃの髪を揺らした。鳥の声と風に揺れる草木の音が聞こえる。

 何度か瞬きして、両目だけ動かして部屋の中を見回した。模様の入った白い壁紙と青く塗られた腰板には覚えがある。

 シックなベッドサイドテーブルの上には水の入った水差しが置いてある。窓が開け放されているということは、誰かが換気のために出入りしているのだろう。だから水も新鮮なはずだ。そう判断し、腕を伸ばして水差しを掴む。長い間寝ていたのかもしれない。枯れ枝のように痩せ細った腕はうまく動かず、ベッドの上に水がこぼれた。


「……はあ」


本能的に渇きを潤して、ため息をつく。まるで魂から出たような疲れ切った吐息に自嘲さえこみ上げてくる。

 深く息を吸って、鋭敏な嗅覚を働かせる。清潔な自然繊維のベッドのにおい。まるで干からびたかのような自分のにおい。風に運ばれてくる外のにおい。みずみずしい草、清涼に流れる水。ディーゼルエンジン車の排ガス。故郷のどこかひんやりとした空気はあまり感じられない。

 まどろみから醒めつつある脳を働かせ、状況を解析する。半ば本能のような習慣だ。

 意識を失う前の最後の記憶は……。全身を覆う痛みとすべてを手放したくなるほどの倦怠感。感覚の鈍くなった体を揺すり、泣き喚く部下の声と顔。笑いかける赤い瞳。あの、女――。あの女の、人を嘲笑うような響きの声。

 地獄にしてはずいぶんと明るく牧歌的だ。


 痩せ細った手を見る。ふと、一本の指に慣れない感覚をおぼえた。さて、あまり装身具は身につける質ではなかったように思う。まじまじと見つめる。骨ばった指の関節にかろうじて引っかかっている指輪はきっと痩せる前にはめていたものだろう。薬指に着ける指輪など、無意味なものであるはずがない。記憶にないのが信じがたかった。

 一体自分は誰と誓約を交わしたというのだろう。……いや、何を言っている。

 熱い血が体の中に巡るのを感じる。我が身の一部のように思っていたのだ。寝ぼけて忘れるなど。まどろみのひと時でさえ忘れてしまったことを恥じ入る。

 そっと指輪を取って陽光にかざす。黒鋼のような冷たい黒の鉱石は指の腹を巡る間に美しい青に透き通り、わずかにねじって指の背のところで継いである。この世のものと思えない精巧な作り。彼女の透き通る眼と髪、そして青い血を思う。


「ハハッ……」


指輪の内側に小さく刻印されたイニシャルを見て、思わず乾いた笑みがこぼれた。

 なんだかおかしいものだ。彼女がどんな面持ち、気持ちでこの特別な品物を作ったのかと思うと。瞬きも惜しむような真剣な表情だろうか? それとも何か藁にもすがるような儚く脆く、危なっかしい眼差しだろうか? いや、その眼にはひと時でも契りを忘れた犬への怒りが滲んでいたかもしれない。

 どんな面持ちであれ、浮世離れした彼女にそこまでのことをさせた自分がどこか馬鹿馬鹿しいような、誇らしいような複雑な気分だ。この瞬間笑わずにいて一体いつ笑うというのか。

 ああ、彼女が帰ってきたら――、ぎゅっと抱きしめて、ほしい言葉を何でも浴びせて、それからその細い手指にも同じ指輪がはまっているのを触れて確かめよう。きっと彼女は耳まで真っ赤にして、わなわなと何か言うだろう。どんな言い訳をするのかとても楽しみだ……。




 Endeおわり

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革命の焔 ていたせ @Teetasse-B

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