Faithful Lover side-Yutaka- 4
それから、式部は、カップを覗き込むようにして、目を眇めた。
「……九重くんは、美容師になれたんだよね?」
同級生の誰かから話を聞いたのだろうか。
昔、中庭で進路に迷っていた式部に夢を語ったときに、美容師になりたいとを話したことがあったのを思い出した。
ずっと、覚えていてくれたのだと感動する。
「そう。専門卒業して、チェーン店の美容室に入った。そこから、東京の本店に行って、昨日やっとこっちに戻ってきたんだ」
「夢を叶えたんだね。よかった」
式部のホッとしたような表情に、目の奥がじわりと熱くなる。
夢なんてずっと叶えていたつもりだったけれど、式部に言われて改めて夢を叶えられたことを実感した。
「専門でも、東京でもいい人が居てさ」
「うんうん」
俺は岸本くんの話と、東京での同期、鹿島と福江の話をした。
式部は興味深そうに頷いて、そして笑ってくれた。
そのまま思い出話は芋づるのようにずるずると続いて、気付けば日差しが斜めに店内へと差し込んでいた。
休憩時間なんてとうに終わっていただろうに、マスターも他のスタッフも声をかけてこなかった。気を使ってくれたのだとわかる。
俺が壁の古い振り子時計を見上げると、式部も時計を見上げて慌てた。
「あ、ごめんね。私ずっと、お話しちゃってて」
「いや、しゃべってたのは俺のほうだ。休憩貰ったとはいえ、仕事中だったのにごめん」
最後の一口を飲み干して、俺は席を立つことにした。
外は雨のことなどを忘れたとでもように晴れている。
「会計を頼んでもいい?」
「はい」
財布を開くと木片が小銭入れからお札の入ったポケットへ転がった。そのポケットには新しく作って貰った俺の店の名刺がある。
式部は古いレジを慣れた手付きで操作している。
「二千三百円です」
俺はユタカさんの分も合わせて支払うと、名刺を差し出した。
「今度、俺、店を開くことにしたんだ。よかったら来てよ」
「ありがとう、嬉しい」
名刺を渡す瞬間、微かに指が触れる。
式部が一瞬驚いて、指を引っ込めてしまいそうになったのを、追いかけて包み込んだ。
嫌がられるかと思ったけれど、そんな素振りはない。
顔を赤らめて、俺を見上げている。
その目には、戸惑いが色濃く映っている。
「……四つ葉のクローバーの花言葉、憶えてるか?」
式部は名刺を持ったまま固まっている。
その反応は、憶えているのかもしれない。
レシピに挟んだ四つ葉のクローバー。
卒業アルバムに描いた四つ葉のクローバー。
式部は、どんな思いで受け取ってくれたのだろう。
……ちゃんと気付いてくれていただろうか。
「式部が来てくれるの、俺、待ってるから。
今度は式部の話聞かせて。
そして、そのときにちゃんと告白させてほしい」
半年かけて、東京と行き来しながら出来上がった店内は、もうお客さんを待つばかりだ。
アイボリーとグリーンを基調とした清潔感のある雰囲気は、自分の部屋の次に落ち着く空間となっていた。
明日からのオープンに向けて、最終確認をするという名目で、家に入る前に火照った頬を冷ますことにした。
セット面の鏡を覗き込む。
頬を赤らめながらも、強張っている自分の顔に笑ってしまう。
式部と相対すると、まだ、高校生のときのまま止まってしまっているかのようだ。
でも、そんな自分を嫌とは思わない。
ああ言ってしまったけれど、式部は来てくれるだろうか。
帰ってきてから、今更だけど、少し怖くなってきた。
どうか、この細くて頼りない繋がりが切れてしまわないように。
触れた指先に口付けて、俺はただ祈った。
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4 hearts ~記憶の栞~ 美澄 そら @sora_msm
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