第6話紅の乱【寿の国】

 『平将門の乱』から、10年の時が過ぎた。

 あれからショウ達はバラバラに全国に散っていった。義虎様、クモとヨシ、晴明とシズは陸路で東国から京の都まで一緒だった。義虎様の足の怪我は直ぐに治った。一人だけ冗談で女子と一緒じゃなくて僻んでいる。

 京の都に帰ってから、吉虎様は名を改名して『藤原秀郷』と名乗り京の都、中央政府の重役として、北野天満宮の宮司として政子様と共に北野天満宮を守っていると聞く。名を変えたが、我らの仲間内では今だに『義虎様』と呼ばれている。そのほうが親しみもあり、お会いしてからの名残もある。

 クモとヨシは乱の後、京の都に戻って晴れて夫婦となった。クモは京の都の噂を集め全国に流し、全国の噂を中央政府に流している。ヨシとは京の都であったのが最後だ。噂では子ができてはいるが。クモは相変わらず一所に落ち着かず子育てには苦労している。しかし、いつもヨシのもとに帰ってきている。

 晴明とシズは、シズが強引に京の都までやってきた。晴明は逃げ回っていたが、最後は覚悟を決めた。シズはヨシに助けてもらったと言っていた。時々、晴明とは遠くから話ができる力を使って話をしている。もっぱらシズの愚痴ばかりだ。だいぶ尻に敷かれている。

 東国からの帰りの道中は楽しかったのはよく覚えている。

 三成村に帰ってきたらもう田植えは終わっていた。散々お母から怒られた。

 そして一年後、オイラとハルの間に子供が生まれた。女子だった。その時はホントに、ホントにハルに感謝した。名前は「ナミ」と命名した。お母も喜んでくれた。そして、ナミが生まれて2年後お母は逝った。逝く前に孫の顔を見せてやれてよかった。

 あれからオイラもハルも三成村からは目立って遠くには出ていない。領主様となった時成の砦に行く程度だ。何年か前に今度は西国で乱があったと聞いた。今や武人も武士と呼ばれるようになり。中央政府の中で要職を与えられ。帝たちは武士を取り込み利用することを選んだようだ。おかげで西国の乱も武士の活躍で抑えられたと聞く。その後、全国で重い税に苦しむ者たちの一揆、力を得ようとする領主たちの反乱。武士たちを上手く使い収めていく。領主となった時成が「いつかは武士の時代がやってくる」と言っていた。

 三成村は毎日がせわしく農作業で日々が過ぎていく。上村の開墾地にも人が増えてきた。クキとキクの間には子供が増え8人となった。9人目ももうすぐ生まれる。 ナミもクキの子供たちとは兄弟のように仲良くしている。上村の開墾もほぼ終わり収穫はここ何年か、以前のようには目立って収穫は増えてはいない。収穫以外紙の生産は増えている。桑の木も山の斜面に一面に植えられて養蚕も増えている。養蚕はほかの村にも伝え、領地全体が潤っている。

ナミが生まれてから我が家の変化ある。ハルがいつもオイラから離れようとしなかったが、今はしっかりナミの面倒を見ている。母親になったのだと。吉虎様からの贈り物で鶏をもらった。沢山卵を産んでくれる。ナミが赤ん坊のころこの鶏たちと友達のようにいつも遊んでいた。時々この近くにいるウサギやキジ、イタチに狸。ここに来る。驚いたのは狼の群れだ。ここでは動物の本能より調和があるようだ。その中心にハルとナミがいた。

 まだナミが歩き始めたころは怖がりもせずに狼の群れの中で、横たわった一匹の狼の上で寝ていたのをハルから聞いた。その横でナミは家に入ってきた狐と戯れている。狐は逃げようともしない。オイラもその狐に危害を加えようとは思わない。ナミは楽しそうだ。最近は開墾地家族達の子供たちと仲良くやっている。ナミはちょうど真ん中だ。クキとキクの子供が年長者だ。良く子供たちの面倒を見てくれる。ハルは三成村の子供たちに字を教え、算学まで教えている。

 隣国では武士の脅威が大きくなってきている。村の男たちはクキの指導の下、武術の鍛錬している。オイラもハルもナミに対して一番心配したこと。オイラの力がナミに受け継がれていないかだった。やっぱり受け継がれていたのが分かったのは早かった。ナミが2歳くらいの時、鶏につつかれ指を怪我した。小指がちぎれそうだったがみるみる小指が元に戻った。村の他の子供のようにできたらこんな力を持ってほしくなかった。6歳になったころから自分の力を自覚し始めた。友達の怪我をしそうになったのを予知してオイラに言ってきた。勘も鋭いし、目や耳は村の者が何処に居るか直ぐに分かった。知っているのはクキの家族だけだ。この力はむやみに見せてはいけないと何度も諭した。そして、もしもの時、人々を救うためだけに使うんだ。

 オイラはナミの前で力を見せた。心を静めると力は抑えられ、自分の思いが道理になる。ナミを抱き上げ空に上がった。山の頂を超え東の稜線の向こうに海が見えた。早く飛び海までやってきて砂浜に降りた。小さな入り江の砂浜、山に囲まれ人はいない。水平線が見える。改めて見ると広い、大きい。ナミは目を大きくして海を見ている。

「ナミ。これが海だ」

「大きい」ナミが答えた。

波打ち際に行く。心地よい一定の間隔で音が聞こえる。この音にナミも気が付いたようだ。

「この繰り返し、陸に上がりまた海に帰っていく。これが波だ。この海をハルと見て何時か女子の子供が生まれたら『ナミ』と名前を付けようと思ったんや」ナミの名前の由来を話した。

「お父。うち嬉しい。こんな綺麗なものの名前つけてくれて。ありがと」それからナミは人前では力を使わなくなった。

 力はオイラとは違うようだ。目の力はすでにオイラ以上だ。山の向こうまで見える時がある。人を傷つける力はないようだ。オイラからするとホッとしている。あと自分の傷は治せるが他人の傷は治せない。オイラもナミくらいの年からいろいろできるようになってきた、これから注意深く見ていこう。

 ハルはナミに手がかからなくなってきたらまたオイラの近くに居るようになった。気が付いたらハルは居た。ハルはオイラの近くに居ると心が安らぐと言っている。

 それと上村の開墾地では他の村とは違うことが有った。それは皆元気だ。他の村からは年を取らんのではと言われている。クキは力持ちで武術の鍛錬には余念がない。キクも母親の貫禄もあって日焼けしているが何時までも美しく村一番の美人だ。他に越してきた家族も子供ができて皆元気に育っている。毎日どうしたら収穫が増えるか話している。

 2日に一回は村長の所に行き記録をとっている。ハルとナミも一緒だ。この二人は神社でいろいろ教えて学んでいる。時々キクも入るしクキが男の子に武術を鍛錬している。村全体が潤い活気が出てきている。毎日が何もなく順調に楽しく過ぎていく。

 それは田植えをやっているときだった。敏感なナミがオイラに駆け寄ってきた。

「お父。お日様が無くなっていく」オイラは太陽を見上げた。眩しくてよく分からない。ナミは何か見えているようだ、何かを怖がっている。一体何だ。やがて分かってきた。周りが暗くなってきた。皆が慌て始め仕事を中断してあぜ道に上がり家の近くで空を見上げている。太陽が欠けていく。冷たい風が吹き始める。春だというのにこの冷たい風は何だ。周りは昼なのに薄暗い。また太陽を見た。太陽が輪になった。そして、その輪から外に向け幾方向に光の柱が伸びていく。オイラには8匹の龍が暴れているように見えた。やがて龍は消えて明るさが戻っていく。これはいったい何なのか分からなかった。

 それは、道真様が残した古い唐の文献の中にあった。この文献が書かれる数百年ほど前に唐の長安に同じような記述があり、太陽が喰われていったと書いてあった。その後騒乱が起き国力が弱まった。文献には不幸の予兆もしくは始まりと書いてある。何か嫌な予感がする。陰陽師の晴明が何かを知っているかもしれない。

 晴明に会話をしてみると、京の都も大騒ぎらしい。人々は無用の外出を控え、役人の人達は家にこもって政が停滞しているようだ。晴明から陰陽師が総力をあげて調べてみるが、やはり唐の文献から何回か太陽が喰われると言う記述はあるようだ。一回だけではなく複数回。長安だけでなく唐の国、各地でも起きている。やはり何かの前兆のようなことが書いてあるようだ。晴明も陰陽師として何をすべきか戸惑っている。ただ帝に不幸が舞い降りないよう寝ずに祈祷をしている。晴明も必至だ。何も無ければよいが。

 


 三成村は何もなく過ぎていく。田植えが終わったころの片付けをしていた時だ。村長の孫が文を持ってきた。

 やはりあまりいいことが書いていなかった。辨屋久兵衛様からの文だ。庄兵衛様が病で倒れたと書いてあった。オイラと会いたがっている。庄兵衛様はこの村の産物を買い上げていただき大変助かっていた。一度だけ三成村に来て下さり、道真様の亡骸がある墓に参ってくれた。村中の者が庄兵衛様に感謝している。

 ハルに話をした。ハルも庄兵衛様には会いたいと言っている。ナミとはまだ子供の頃に庄兵衛様と会ってはいるがナミ自身は覚えてはいない。

 大阪に行く事になった。オイラとハル・ナミと家族3人で。

この事が、太陽が喰われた災いなのだろうか。嫌な予感がする。ナミも何かに怯えている。異常だ。

 ハルはナミの事を心配している。今まで村から出たことが無い。当然、旅は初めてだ。そう言えばハルがオイラと三成村に来たのも今のナミの位の歳だ。一人置いて行くことも出来ない。ナミは旅をすることは喜んでいる。

 急いで出発しなければならなかった。次の日は朝早くに家族で家を出た。先ずは時成とマイ姉のいる寿の国砦に向かう。何とかナミは付いてくる。初めてハルがオイラに付いてきた時のように。

 砦に着いたらもう夜だった。ナミはよく頑張った。飯を食う前に疲れてハルの膝の上で寝ている。ハルもナミの顔を撫でながらナミを見て微笑んでいる。

「だいぶ無理をさせたかな」ハルに言った。

「大丈夫。まだまだ大阪までは遠いから」ハルはナミに厳しいようだ。

時成とマイ姉と長男がやって来た。ハルはナミを休ましてから行くと言っているので先に奥座敷に入った。

 時成も辨屋庄兵衛様の事を心配している。寿の国全体でも産物や米を庄兵衛様に高く買い上げてもらっている。おかげで周りの国よりも国は裕福だ。

「せっかく国が豊かになってきているところを心配だ。それと冠の国と紅の国が不穏な動きがある。民から高い税を取り武士を雇っている」時成が語った。

冠の国は我ら寿の国東側に位置する国だ。紅の国はハルが生まれた由の国西側にある。噂では国を挙げて強国を目指し武士の養成と雇い入れをしている。街道沿いでは番所が多く高価なものを運んでいたら、税を取られると聞く。

 寿の国と由の国は時成の計らいで友好関係にある。両国とも民は潤って、物も人も行き来は多い。海の無い我が寿の国と山の無い由の国、この計らいによって両国はお互いがない物補っている。

 今は『藤原秀郷』を名乗っている吉虎様から帝の意向が働く国と認められ、もし他国から攻められるようなことが有っても京の都が守ってもらえるようになっている。

 時成は「上手くいっている調和が崩れるかもしれない」と言っている。

 日が昇ったら砦を出た。ナミはまだ眠たそうにしているが文句も言わずに付いてきている。

 問題の冠の国に入った。以前は無かったところに番所ができている。行先と貰っている商いの証の書状を見せる。オイラ達の外見は金目の物を持っている様には見えない。そのまま何もなく通過した。街道沿いも武士が多い。中には農民が武士と鍛錬している所もあった。農民は老いた者、まだ子供も半分以上いた。不穏な動きが感じた。

 大阪を目の前にナミは動けなくなった。村を出てから歩き詰めだ。泣き言も言わずに良くここまで頑張った。オイラの背中で眠っているナミに声は出さずに誉めてあげた。ハルは優しい目でナミを見ていた。

 大阪まで一日ほどの所で宿を取った。部屋で休もうとするとクモがやって来た。ショウが辨屋本宅に行っているそうだ。やはり庄兵衛様の具合はあまり良くはない様だ。

 クモが眠っているナミを見て微笑んでいる。クモとヨシの間には息子一人いると聞いている。

「ナミ様。寿の国からこの年でお疲れでしょう。我が息子にもここまで歩けるか分かりませぬ」クモがナミを誉めてくれた。

 庄兵衛様は勘兵衛様を跡継ぎに指名されて既に隠居されていたが、まだ内裏や諸国の有力な豪族に対等に商売はしている。平将門の乱から、恐らくこの国を商いで治めてきたのは庄兵衛様だ。そして表には出ないショウ達『隠れ者』を利用して商いをしていた。クモの話ではまだ勘兵衛様には表の商いの才能はあるが隠れ者の扱いにはまだ不慣れなようだ。噂の選別がまだできなく、ショウに頼りっきりだ。

次の日には大阪に着いた。

 懐かしいあれから10年以上は立つ。道真様の文を持ちここに来たのは鮮明に覚えている。あの時は梅の花が奇麗だった。

 奥に通された。さらに奥に居る庄兵衛様の所へは勘兵衛様に案内されていく。奥に行く間の座敷には多くの人が訪れていた。知っている顔も居た、数年前に内裏で大臣を務めていた者だ。他にも商人仲間。最近力をつけてきた武士。オイラ達3人は少しいい着物を着ているとはいえ一目で農民と分かる服装だ。中からの視線を感じた。貴族と思われる方から声をかけられた。

「あなた様はカイ様であれるか」

「そうや」返事をした。

その場はそのまま勘兵衛様に連れられ庄兵衛様が休んでいる部屋に入った。近くには家族とみられる方達。吉虎様、ショウを含めて10人ほどの人が居た。

吉虎様が「カイ見てはくれぬか」

オイラは枕元に行き左手を握った。

 やっぱりだめだ。寿命は変えられない。聞けば5日間眠り続けている。何とか手を尽くしてみた。目が明いた。周りに皆がざわついて近づいて来た。隣に部屋に居た者も皆が此方を見てきた。

少しだが話ができそうだ。

「カイか。良く来てくれた」庄兵衛様が喋った。

「御久しゅうございます」オイラは答えた。

「すまぬな。不要な事にまきこんでしまった」微かな声で庄兵衛様が喋った。

「いえ。力至らずにこちらこそ申し訳ないです」オイラが答えた。

「これからは力の時代になる。その子はナミか。大きいなったの」

ナミの事を覚えていてくれた。

 オイラは勘兵衛様に席を譲って、後ろに下がった。話をしているのは聞こえるが、聞き流した。暫くして庄兵衛様はまた眠った。

 勘兵衛様は涙を流しながらオイラの手を取り感謝してくれた。しかし次は無かった。3日後に庄兵衛様は道真様のもとへ逝かれた。

 盛大な葬儀が行われた。オイラ、ハル,ナミ家族は客人としてもてなしを受けた。ナミは暇を持て余している。

 庄兵衛様は生まれ故郷の小さな寺に葬られた。そこは三成村に似ていた。山の中腹に農地が広がっていた。三成村と違うのは、寺から海が見えた。濃い青色が目に焼き付いた。

 帰りは大阪から京の都に行く事になった。吉虎様の計らいでナミに都を見せたかった。ただ最近は治安も悪くいい噂は聞いていない。京の都には陰陽師の晴明やクモ達も居る。何と言っても吉虎様は今では名を藤原秀郷に改め都では軍師として名をとどろかせている。

 今日の都へ行く道中、都の治安について吉虎様が語った。武装した武士が集まり組織化してきたようだ。いくつかの勢力があり京の都の周りで平気で殺し合いをしている。以前のように武士との共存を図りたいが内裏でも統制が取れなくなってきている。今、ばらばらの勢力が一つになれば帝も危ういらしい。

 そして、寿の国の周りで起きている不穏な動き。オイラも時成から話を聞いて事情は理解しているつもりだが、冠の国と紅の国が何のために武士を集めているのか。諸国でもここ数年至る所で乱がおきている。京の都に反旗する者、百姓たちの一揆。大小様々だが今のところは鎮圧され治まっている。

 北野天満宮に着いた。直ぐにクモがヨシと子供を連れてやってきた。子供は男の子だ。聞けばナミと同じ年らしい。あまり喋らない、ヨシの後ろに隠れているように離れない。喋りかけてみるが逃げるようにヨシの陰に隠れる。クモは笑っている。

「ゲンも少しはナミ様を見習うんだ。お前と同じ年で寿の国から来たんだぞ」クモが諭すように息子に行った。

「私と一緒にずっと居るものだから。近所の子供と遊べばいいのに」少し声が小さくヨシが話した。

 少したってオイラが一人で歩いているとゲンがオイラの目の前に現れた。こちらを睨んでくる。意外だ。

「あんたがカイか様か」少しこわばった表情でゲンがオイラに聞いてきた。オイラがカイだと答えた。

「お父やお母が命の恩人だと言っていた。毎晩お母はカイ様に感謝している。何時かカイ様の家来になる」真剣なまなざしだ。

「オイラよりナミを頼む。まだ不安だ。オイラが居なくなっても助けてやってくれ」

「分かった」とゲンが言ったら向こうに走って行った。ヨシが言っていたよりもしっかりしているようだ。

 暫くしてナミの近くに隠れて見守っているゲンが居た。ナミは気が付かない様だが、ハルはしっかり気が付いていた。

 ハルとナミは京の都に出かけた。晴明とヨシが付き添っている。当然ゲンも。これだけの護衛が居れば大丈夫だろう。晴明に頼んだ。

 オイラは吉虎様と共に内裏に向かった。寿の国に起きている危機について策を講じてもらうためだ。時成も動きたいが、今領主が動けば攻められる。そこまで緊迫した情勢だ。

 内裏では、将として吉虎様に権限を持たせ武士たちの一軍を送る手はずになった。しかし、一軍が動けるようになるには、年が明けてからおよそ半年先になる。取りあえず暫くは大丈夫そうだ。

 北野天満宮に帰って来た。ここから北そして西にいくらか行くと田や畑がある。今は荒れはてそこにいた人々も消えていた。武士たちが好き勝手に暴れて逃げてしまった。武士ではないただの盗賊かもしれない。それほど武士と盗賊とは区別がつかなくなってきた。唯一帝に使える武士。吉虎様等名のある武人や武士・貴族に使えている者達だけを武士と言うべきだ。しかし、他の武士と呼ばれる無秩序な武装集団力は侮れない。

 暫くして都見物に行ってきたハルたちも帰って来た。ナミはまだ美しい建物や庭を見てきてオイラに話してきた。どうも晴明の計らいで船遊びをしてきたようだ。ハルも初めてで新緑の中楽しかったらしい。ハルもナミも笑っている。一緒に行きたかった。オイラ・ハル・ナミで明日は何処へ行こうか。



5日ほど京の都を満喫したオイラ達は寿の国三成村への帰路に就いた。途中までゲンが付いてきた。「帰れ」と言ったが「ナミ様を御守りする」と聞かなかった。2日目にクモがやって来た。無理やりに連れて帰ろうと説得している。

 オイラは「ナミを守りたければ強くなれ。ナミは小さいが強いぞ、一度ナミと勝負してみるか」ナミもゲンも驚いていたが。

「私やってみる」ナミが言った。ゲンは躊躇している。

「やってみろ」クモがゲンに行った。

二人が距離を置いて向かい合った。ナミは自分に集中している。ナミの力は不思議だ。戦いはゲンの無謀な攻撃から始まった。ゲンが殴りかかるが当たらない。全く不規則で定石の無い攻撃をナミは最小限の動きで寸での所で避けている。そして、ナミは小さくしゃがみゲンの体はナミの体を中心に一回転して飛んだ。

「それまでだ」オイラは勝負を止めた。

「ゲン。お父のクモは強いし賢い。強くなれゲン」オイラは立ち上がったゲンの肩を叩いた。

「ナミよくやった」ナミを誉めた。ゲンを心配している。ゲンは泣きそうな顔をしている。あきらめて帰るようだ。

「今度会う時まで鍛えます」クモは表情を変えずにゲンを連れ帰った。

オイラ達は冠の国の手前まで来た。

ナミはもう大丈夫だ。ちょっとした歩くコツをつかんだようだ。ハルの横を時より話しながら歩いている。

 国境の番所が砦のように大きくなっている。街道筋にも要所に櫓がある。気になるのが田んぼだ。実りが悪い。よく見ると実の中が空洞だ。肥しも与えてなく手入れもされていない。この状態が国中に広まっていれば飢饉に近い。もし蓄えが無かったらこの国はこの冬を越せない。一揆が始まるか戦になる。しっかり田畑を面倒見れば収穫も増えるのだが残念だ。ハルもこの状況に気が付いてオイラと目を合わせ言葉に出さずに首を振った。明日には寿の国に入る。時成に国堺の守りを固めるように言おう。太陽が喰われた時を思い出し、空を見上げた。

 寿の国に入った。景色が一変した。緑が多い。その代わり柵や櫓が消え、人に活気がある。実った稲穂が倒れないように気を遣う時期だ。皆、収穫を上げようと一生懸命だ。三成村の田もクキやキクが居るが、オイラ達が居なくて育っているか心配だ。

 最初の番所に着いた。時成が居た。何日か置きにここに来ていたらしい。

 やはり日に日に戦の気配が絶えないらしい。時成の家老様を冠の国に送ったが帰って来ないとの事だった。家老様を知っている優秀な人だ。いやオイラも時成も先代の領主様の時から世話になっている。生きているか死んでいるかさえ分からない。

 ほっとけない。オイラは一人で冠の国に入ることにした。詳しく家老様が冠の国へ入った状況を聞いた。人は家老様と友の者が二人。もともと争う気などないことを書いた文を届ける任だった。丁度オイラ達が大阪に向かった頃の話だ。それと時成から争いごとをしたくはないとの事だった。

 ハルとナミを時成に頼むとオイラは冠の国へと急いだ。

 冠の国へ入った頃には夜になっていた。おそらく朝までには冠の国の領主が居る砦に着く。

 日が昇った。山の上に砦がある山のふもとには砦を囲むように町があり家が柵となり砦を守っている。オイラは砦や町を見渡せる山に登った。緑色と空の青色。川が町の西側を南北に流れている。町には商家が多い。そしてかなりの数の武士たちが居る。もし家老様が生きているなら砦の中だ。砦の中に入るには暗くなるまで待つしかなかった。それまで町を偵察することにした。こんな時にクモが居てくれたら。

 町に降りて来た。攻撃に備え至る所に番所のようなところがあり、柵や木戸がある。これを閉めたりすると迷路が出来上がる。屋根を見ると高さがまちまちで屋根の上をすばやく移動する事も難しそうだ。うまく作っている。規模は違うが以前の鎌倉を思い出す。人は多い。多くが武士で、飯屋に集っている。商家はあまり人が居ないが裏では人促達がせわしく荷を運んでいる。この人促たちも武士だ。言葉を聞いた。この地方の訛りではない。他の地方から来た、雇われ武士だ。大きな建物があった。女子が建物の前で話をしている。訛りに親しみがわく。この国の女子でここは遊郭だ。冠の国は飢えている。

 夜になった。町は遊郭の周りと近くの酒屋が賑わっているが町の中は静まり返っている。砦の山に近づくにつれ家も大きくなり住んでいる者の身分が上がっていくようだ。砦の周りに堀があった。堀の向こうは石垣が積んである。堀の中をよく見ると水の中にも仕掛けがある。この砦上手く考えてある。暗闇の中オイラは飛んで砦の中に入った。砦の中町に比べはあまり手入れされていない。雑木林から竹やぶに入る。入った瞬間すねに痛みが走った。この竹は枝が針になっている。それに竹同士が絡み合い人の入る隙間もない。天然の柵だ。唐の文献にあった竹がこんな所にある。考えるのは後だ、オイラはそれを飛び越えた。上から見た砦の中には大小様々な家が沢山ある櫓もあった。

 勘で外れの方にある小さな小屋に降りた。何かの見張り小屋のようだ。見当が当たった。見張り小屋の離れたところに天然の洞穴を利用した牢があった。音を立てずに牢の中を覗き込んだ。10人ほどの男が居た。皆ぐったりして地面に寝ている。良かった。家老様がいた。その両側に家老様の友の者だ。どうやってここから逃がすか。どうやっても騒ぎは怒りそうだ。少し様子を見るか。次の朝が来た。見張り小屋には人は5人と子供が一人いる。子供は見張り番の男の息子にみえる。見張りの男二人がどこかに出ていく。後を追った。少し大きな建物の中に入った。ここは飯炊き場だ。また牢に戻った。既に皆起きている。中は水が湧いている。家老様も起きて体を動かしている。元気そうだ。さっきの子供が木箱で飯を運んできた。10人で飯を分け合っている。どういった者達なのか。そして、見張り一人と男二人が外に出た。これも後を追う。沢に来た。着物を洗い自らも水浴びをする。一人は家老様の家来だ、良く知っている。見張りやもう一人に気が付かないように家来に話しかけた。最初は狼狽えていたが、直ぐに気を取り直して向こうもオイラをよく知っているようだ。家老様の事を知りたい。友の人はオイラの考えを悟って小声で家老様と今の状況を喋りだした。家老様たちは元気だ。いつでも逃げだせる。他の者達はこの国の領主に逆らったこの国の者達だ。いつかはここを出たいと言っているようだ。夜になると見張りは小屋で朝までばれることはないとの事だが、これだけの人数逃げ道を確保しないと。オイラは逃げ道の確保する事を伝えその場を離れた。

 周りを探ってみると、堀を渡る板2枚ほどの小さな橋がある。どうやら戦になったらこの橋は外されるようになっていて、生活の為に人だけ渡れるようになっている。ちょうど町の裏町に出るようになっている。これを使おう。できるだけ早くこの町を出て国境までたどり着きたい。夜に抜け出し朝までに町は出られそうだが何処まで行けるかだ。馬で追われればすぐに追いつかれる。争いは避けられない武具もいる。オイラは少しずつ武具を盗み町外れに隠す。町を出ればほとんど山道だ。街道には番所が多すぎる。

 次の日に沢に連れられてきたのは家老様だ。家老様に今夜決行すると。念のため見張り小屋の者達は、気絶させ縄で縛る旨を伝えた。

 夜になった。先ずは見張り小屋で全員を気絶させた。5人の男たちだ。縄で縛ると武具をいくらか持ち洞穴へ向かった。家老様たちは起きて待っていた。言葉も掛けずに後を付いて来るようにと。橋を渡って町に入り町を抜け山道に入った頃に夜が明けた。街道が見えた。馬が慌ただしく走っていく。どうやら気が付かれたようだ。囚われたものの中にこの近くに信頼がおける者が住んでいると言った。その家の前まで来た中から周りから武士が出てきた。そして一緒に逃げ出した者から3人が敵側に就いた。オイラと家老様たち3人、囚人だった男4人で合計8人。敵は30人は居ようか。

「カイ頼むぞ」家老様が言った。

オイラは矢を持っている者達を石礫で倒し正面突破をした。次々に相手を倒していく。道に抜けたら馬が居た。家老様たちを馬に乗せると国境まで一気に走るように言うとオイラは追手達と対峙した。なるべくオイラに集って来るように派手に暴れた。あまり人を傷つけたくない。暫く相手したら違う方向に逃げ出した。誰も付いて来られない。民家で服を盗み着替えると街道に出た。思った通り騒ぎになっている。街道沿いを走るとオイラの方が先に国境に着く。国境の番所には、人が集まってくる。どうやら家老様達が見つかったようだ。西の方向に武士の鎧を着て馬に乗っている者達が駆けていく。後を追う。

 暫く行くと家老たちが武士達と斬り合いになる寸前だ。何とか間に入った。国境は目と鼻の先。目の前に居る敵を倒して国境を越えた。そのまま寿の国の番所に向かった。番所では我が国の武士たちが迎えに来てくれた。

 そのままオイラは三成村に向かった。早くハルとナミに会いたかった。三成村に向かう道、以前より緑が濃い。セミの鳴き声や鳥の囀り沢を水が流れる音。全てが懐かしくオイラを癒してくれる。今年も米は沢山獲れそうだ。ハルとナミは京の都からの土産を皆に配ってくれたかな。砂糖で餡子を作るってハルが言っていた。

 三成村に着いた。皆がオイラの周りに集って来た。子供たちがまとわり付いてくる。子供たちはナミから飴を貰ったようだ。今度、何時京の都に行くのか聞いてくるが、分からないと答えた。

 上村に行く途中にハルとナミが迎えに来てくれた。ハルはオイラを見るなり涙を流していた。

 ナミが「お母、毎日元気が無かった。お父が居らんかったら、家が静かで寂しい。お母と離れたらあかん」怖い顔でナミが怒っていた。

「分かったよ。オイラもナミのお母とは離れたないで」オイラはナミに答えた。

家に入った。ハルはやっと落ち着いてきた。オイラもここは好きだ。

「早よう田んぼ世話せなあかんな」

「うん」

その夜は奇麗な満月だった。



 次の日から田んぼの世話や養蚕でハルもナミも大忙しだ。オイラも汗だくだ。夕方に空を見上げる。入道雲だ、大きくなっていく。やがて雨が降る。ハルとナミに帰るように言った。クキとキク仲間たちにも伝えた。ナミは分かっていたようだ。オイラが言った時には帰り支度を始めていた。

「この雨、よおけ降るな」ナミが家に入る前に空を見上げ言った。ナミは勘のいい子だ、少し大雨に警戒した方が良い。村全体に伝えた。日が昇るまでは雨は小降りだったが大降りになって来た。沢の横に土嚢を積み川にうまく流れるようにした。一旦家に帰った。ナミが夜になる前に止むと言っている。もう一度、沢を見回る大丈夫そうだ。夕方になったら雲の切れ間が出てきて雨も弱くなった。良かった田んぼも村にも被害は無かった。

 雨が降った3日後、家老様と助けた家臣の方が来られた。先日の礼もかねて。

神社の社務所に来ている。行ったら村長も居られて話が盛り上がっていた。家老様と村長は同じ年で若い頃は国の未来を語った中らしい、丁度今の時成とオイラの関係のようだと話してくれた。ここ何年かで三成村は潤い寿の国も国造りが進んでいる。

 心配なのは冠の国だ。今回の雨で被害を受け秋の収穫は期待できない。収穫が無いのに戦支度はしている。挙句の果てには我が国と戦をする、助けてほしければ年貢を払えと。何とか話し合いでと思い家老様が冠の国へ行ったがこの顛末だ。

 もう一つ気になることが有る。由の国の向こうにある紅の国。強国だ。領地は帝直轄で国司が居るはずなのだが中央内裏にも逆らっていると聞く。何時か反乱を起こすのではないかと一番恐れられている。その紅の国と冠の国が通じていると。もし紅の国が由の国を攻められ落ちたら完全に寿の国は孤立する。

 家老様は「恐らく、冠の国は今年の冬は超えられんだろう。戦になる。それにどう紅の国が絡んでくるか。表立って由の国を攻められない」

「いずれにしろ戦になるのか」オイラは呟いた。

 ハルやナミは嫌がるだろう。特にハルは東国の戦で人が死ぬのを沢山見てきた。

 家老様から今年の収穫は村で確保するようにと、決して奪われるようなことの無いように幾つかの場所に分けておくお達しが国中にでる。

 丁度ハルとナミが西瓜を沢の水で冷やして持ってきた。冷えた西瓜は美味しかった。この西瓜の種は道真様が持ってきた。三成村の夏の産物として近くの村や由の国へ運ばれている。家老様はめったに食せないので特に喜んでおられた。

 その夜。村中の男衆が集まり家老様から戦の用意をするように話があった。クキも含め戦を経験した者はおらん。皆、普段からの鍛錬を生かす機会が来たと興奮している。この村はオイラが知っている限り戦になったことはない。興奮するのも無理はないが危ない。村の者達が犠牲になる。そう思った時だった。ハルと一緒に来ていたキクが声を上げた。

「駄目だよ。あんたらが戦ったら誰が田を面倒見るの。戦はあんたらが考えているほど甘いもんじゃないよ。生きるか死ぬかやるかやられるかの殺し合い。死んだら終わりよ。あんたも子供の為にもっと働いてもらわなあかんで」クキに向かって怒っている。

オイラの言いたいことを言ってくれた。

「どうだろう戦が始まるのはこの秋からだ。それまでに女子子供も居る。どうやったら皆を守り生き残れるか考えようではないか。おいらは戦に何回か行ったが生き残った者が勝ちや」オイラは皆に行った。

「カイは今まで京の都で戦に出ておる。カイの言う事は確かじゃ」家老様が助けてくれた。

 その夜は我らの地の利を生かした策を皆で練った。

 今の状況なら戦をしたことの無い寿の国は始まったらそう長くはもたない。領主の時成が討たれれば終わりだ。

 吉虎様に助けてもらおう。晴明経由で連絡してもらう。後日、冠の国は京の都に対しても税を納めておらずに対応を迫られていた。また、紅の国はもっとひどく天領なのに文すらない。ひどい国だ。

 戦や戦略の知識に長けているキクは三成村の守りを村長から頼まれ策を立てている。オイラも参加している。普通であれば男衆がやらなければならないが、村の中ではキクは美しさと強さを兼ねた女子と一目置かれている。

 それから街道筋から村に入る道に見張り小屋が立てられ連絡手段を確保した。村中に侵入者用の罠、逃げ道、武器小屋、最後には敵の侵入を想定した鍛錬も行った。鍛錬を繰り返す中で課題が出てくる。村の衆も次第に逃げ足が速くなる。この鍛錬が使われない事を祈った。

 刈り入れの時期だ。この時ばかりは皆忙しい。戦の支度どころでは無い。今年は取れた米を幾つかの場所に分け隠した。村長の蔵にはいつもの半分。半分でも三成村の民全員が1年食える分だ。オイラは空いている時間を見つけては逃げ場となる洞穴を掘ったり、攻められた時の罠を仕掛けた。

村の準備は出来た。いつ来るか冠の国から攻められたら、必ず時成のいる砦を落とさないとここまで来られない。ただ紅の国から攻められたら由の国が落ちたらここまでは防ぐものが無いから直ぐだ。近隣の村では何かあれば狼煙で合図し合うようにして、念には念を入れ見張り小屋も街道各所に作った。冠の国より紅の国の方が力は大きい、警戒すべきは紅の国かもしれない。

 今年の収穫祭りは無くなった。戦になったら祭りどころでは無い。村長や長老たちは残念そうにしている。一年の楽しみだ。若い連中も、こんな時しか出会いがないから寂しいと思いきや、男どもはキクと話ができて近くで見られると進んで戦の準備に参加してくる。嬉しい誤算だ。そう言えばキクの評判は近隣の村々でも「京でも一番の美女」と有名だ。オイラは10年前の事だと思っていたが、子供がいる今でも、年相応の美しさに磨きがかかっている。子供がお腹にいない時に祭りで舞う時がある。キクが舞う時は人が多い。ハルも「キクさんは動き一つ一つが雅やわ」といつも言っている。オイラからすればハルが愛おしい。何時もハルの笑顔を思い出す。今はオイラの方がハルと離れたくない。そして、二人の宝ナミ。今を大事にしたい。



 秋も深まった頃、山の半分が赤くなってきている。ハルとナミ家族で野菜を作っている畑に種を蒔いている時だった。村中に達示があり男たちは村長の所に集るように指示があった、しかも今すぐに。オイラはハルに「行ってくる」と言い坂を下りて村長の所に向かった。

 村長の家には続々村の男衆が集まって来た。上村の者達は最後の方で大広間には皆座っていた。オイラ達が空いている所に座ると、村長の話が始まった。

「先ほど砦から伝令が来て国境の番所が襲われ、冠の国との戦が始まった。心してくれ。ついては砦の応援に幾人か出さないといけない。皆、かねてよりの手はず通り村の守りも頼む」

 ついに始まった。お父から聞いたことが有る。何十年も前に寿の国ができた時、この村が巻き込まれた話を聞いた。村の者で生き残れた者は数えるほどだと聞く。太陽が喰われ、勘のいいナミが不安がっていたことは、この時はこの戦が災いの元だと思っていた。

 オイラはクキ達と村の強者20人と砦の守りに入ることになった。砦を守ることが村を守ることにつながる。皆、日ごろの鍛錬の成果と、村の為と異常にいきり立っている。オイラはまずいと思った。まだ彼らは若い。

「いいか皆。皆まだ若い。オイラやクキは嫁も子供もおる。皆が死ねば悲しむ者もおる、生き抜くことを一番に考えろ。臆病な方が丁度いいかもしれん」

クキも歳は一番上だが初陣だ。当然他の皆も初陣。『戦』とは良い言葉だが、殺し合いだ。ハルのお父のことを思い出した。あの時の背中に重い物を背負った感覚、体の中から噴き出してくる例えようのない気持ち。皆にこんな思いをしてもらいたくない。

 一旦家に帰りハルに事情を話し支度を始めた。何故か砦に行く事を言うとナミが急に泣きだした。良くは分からないが、ナミを宥め最後にハルに別れを言うと家を出た。家を出るとクキとキクが居た。流石にこの地が戦になるかも知れない。何時も威勢のいいクキが不安そうな顔だ。キクも村を守るという重圧と、クキの一番上の息子も一緒に砦に行く、そのことも心配なのだろう。

オイラは「もし寿の国。いや三成村が攻められたらオイラの事はいい全力で家を守る」3人に行った。

家から出てきたハルとナミに。

「留守を頼む。必ず帰ってくる」

そう言うと坂を下った。

 村を出たオイラ達は次の日には時成のいる砦に着いた。着いて早々広場で時成と家老様お目通りになった。三成村の皆は砦の守りに就く。家老様直々に采配を受ける。オイラは経験から攻めてくる敵の偵察と連絡役となった。皆は家老に連れられ持ち場に連れられて行った。オイラ一人残り時成と二人だけになった。

「かなり厳しい状況だ。こちらは皆初陣だ、戦の経験した者は誰一人いない。数も300人ほど。向こうは分かっているだけで500人はいる。攻められれば時間の問題だ。国境の番所は、生き残った者がやっと知らせに来てくれた。国境にはどんどん相手が集結してきている・・・頼みは京の都からの応援なのだが、街道を押さえられて連絡が取れない」深刻な顔だ。

「先ずは京の都に連絡を取ってみる。それと時間稼ぎだ。ありがとう時成、オイラの力、村の者には知られてほしくない」少し微笑み時成の肩を叩いて砦の外に出た。

 歩きながら京の都に居る晴明に声を掛けてみる。話ができた。既に先発隊は京の都を出ている。軍師は吉虎様自ら出陣されクモも同行している。あと三日もあれば寿の国へ着くようだ。それまで持ちこたえれば。

 街道沿いの番所から砦に向かって最初の村に冠の国の者達が集まって戦支度をしている。やはり、数はこちらの倍はいる。小さな砦はもって一日。二日、冠の国の足を止めればいい。今日はまだ攻める気配はない。一旦、砦に戻った。

 早速、時成と家老様に京の都から応援が3日後には来てくれることと、相手の戦力について報告した。二人とも少しは楽になったようだ。明日から敵陣をかく乱して一日でも進軍を遅らせる。しかし、おかしい。家老様を助けに行った時、兵の数は千や2千ではなかった。どう言うことだ。狙いは何だ。もしか、京の都からの援軍。援軍を潰しゆっくり寿の国を攻めるつもりだ。後3日、丁度街道を通ると冠の国に入るころだ。

 オイラは時成に「援軍が危ない。待ち伏せだ」そう言うと飛んだ。日は西に傾いている。逆方向に向かう。家を見ると、夕食の準備かあちらこちらから煙の筋が上がっている。街道の上にでた、街道沿いに冠の国の東側へ急いだ。やはり冠の国の軍は街道沿い国境に集結していた。地の利を生かした待ち伏せだ。そのまま街道の上を飛び冠の国を抜けたら、京の都からの援軍がいた。先頭に馬に乗った吉虎様とクモが居た。

「良かった。間に合った。吉虎様。待ち伏せです。あの街道、谷に入る所で」オイラが言うと。

「偵察隊どうなっている」吉虎様が言った。

「まだ帰って来ていません」副官と思われる者が答えた。

「なに。やられたな。全隊戦闘用意」吉虎様が叫んだ。

「吉虎様もう日が暮れる。地の利は向こうにあります。明日、日が昇るまで待っては」オイラは言った。

「そうだな。陣形を整えよ。敵は目の前じゃ。明日は決戦だと思え」吉虎様は戦意を上げ、押し止まった。

 奥を見た。クモの息子、ゲンが居た。初陣のようだ、村の者達と同じ不安そうな顔をしている。怯えている方が丁度いい。しっかりクモから教えを受けている。

隊はここで戦闘態勢をとり野営だ。

 オイラは砦の方が心配だ。一旦、砦に戻ることにする。砦に向かって飛んだ。目の前に月だ。丸く赤い、そして、近く感じる位大きい。また不吉な予感がした。

夜に砦に着いた。どうやら敵はオイラが出てから進軍せずに騒ぎを起こしたようだ。ただ、ホラ貝を鳴らし、太鼓を叩いただけだった。これは戦をしたことのない寿の国には有効だったようだ。時成の顔に狼狽ぶりが表れ、兵たちは意味も無く動き回っている。

 家老様が居た。流石に落ち着いておられる。オイラを見つけて駆け寄ってきた。

「どうだった。全く状況が分からん。攻めてくると思ったが攻めてこん。一体どうなっとる」矢継ぎ早に周りの状況を聞いてきた。

松明がある広間主要な家臣を集めてもらうように言った。

広間に皆が集まった。中にはクキも居る。

「もう京の都から援軍は冠の国境いまで来ている。敵は我らの砦を攻めるのと、京の都からの援軍。二方の敵を相手にしないといけん。いいか、あの騒ぎは揺動だ。目の前の敵をしっかり見て討て」皆、今までの動揺は無くなっていた。

 落ち着いた時成に、京の都からの援軍が待ち伏せに会っている事と、敵が先に京の都からの援軍を負かして砦を落とす戦略だと。明日は国境を突破してこの砦までは敵の本陣を攻めずに寿の国を目指す。砦までは後2・3日は掛かる。オイラは夜明け前には京の都からの援軍に入る事を伝えた。

 その時だった。外から太鼓や騒ぎ声が聞こえてきた。相手の陣からの騒音だ。敵の陣は山向こうで直接は見えない。しかし、山筋が明るく火を焚いている。敵の陣はさっき見て位置は分かる。物陰に隠れて人目を避け一息つき、空から雷をはなった。一瞬周りが昼間のように明るくなった。さらに、全部で5回雷を敵陣に落とした。敵陣からの騒音は消えた。火の手が上がったようだ。オイラは一旦休むことにする。

 時成にも、「敵は暫く攻めてこない。交代で休みを取れば。明日はまた冠の国境まで行って来る」と言った。

夜明け前に砦を出て、京の都からの応援部隊と合流した。クモが敵方の斥候を捕まえたと。敵方もあせっているようだ。この場所では斥候の動きなど直ぐに分かり捕まるのは目に見えている。おかげで相手の動きがよく分かった。

 吉虎様に雷が合図で総攻撃をお願いした。そして、ハルのお父の形見。天狗の面を付けようと箱を開けた。もう何度も戦を見てきた面だ。色も褪せてきた。付けようと箱から出すとクモの息子ゲンが来て面を付けるのを手伝ってくれる。

 オイラはゲンに「生き残れよ。お前にはナミを守ってもらわねばならん」そう言うと手伝ってもらった礼を言い飛んだ。

 朝日が昇り始めている。先ずは敵の真ん中に斬り込んだ。正面から敵が湧いてくる。ことごとく吹き飛ばした。少し合間が開いたと思うと崖の上から岩が無数に落ちてくる。飛んで左側の崖に居る者達を倒していく。弓矢が飛んでくる。弓矢は放った者へと帰してやった。反撃は無くなった。反対側の崖へ飛ぶ。やはり弓矢が雨のように降ってくる。全て曲げてオイラから外れ地面に突き刺さった。第2射は放った者へと帰す。近くに居る者達を吹き飛ばし、やがて相手は沈黙した。

 谷を抜けた平原に相手の本隊は居た。谷の出口に降りると周りの岩を持ち上げ敵方めがけて投げつけた。相手は混乱し始めた。だが何人かはオイラに向かってくる。向かってくる者は悉く吹き飛ばした。そして、相手の陣地めがけて雷を放った。圧倒的な力を見せつけ敵は敗走し始める。さらに雷を放つ。

 後ろから地鳴りのような音が聞こえると、騎馬に乗った京の都からの援軍が谷から突入してきた。平原に入ると敵方の武士を打ち負かしていく。圧倒的な強さだ。

「深追いするな。これよりは寿の国の砦まで一気に駆け抜けるぞ」吉虎様が叫んで、騎馬隊は一方向に駆け始めた。

 オイラは騎馬の前に待ち伏せをしている敵を倒していく。流石に吉虎様の部下たちだ、統率がとれて足も速い。夕刻には国境にある冠の国の陣手前まできた。一端ここで騎馬隊は止まった。クモとオイラが後続の者達をここまで連れてくることになった。馬に乗っていない兵はここまで2・3日かかりそうだ。その中にはゲンもいる。最後尾の者が到着するまでに冠の国の陣は敗走を始めた。ちょうど砦ではこれだけの兵が入りきらないので敵の陣をそのまま利用させてもらう事になった。慌てて逃げた様で武器も兵糧も残して行ってくれた。

 早速吉虎様が砦に入り、時成と会った。今後の作戦を練る。やはり冠の国砦を攻めるにはこの人数では足らないようだ。京の都からの第2陣を待って攻める事になり、街道筋を確保する策になった。



 暫らくはゆっくりできそうだ。吉虎様、時成、マイ姉、クモ、ゲン、オイラと懐かしい話をして2日ほどたった。

 急に外が騒がしくなった。何だと思い見に行くと、そこには赤ん坊を抱いて矢が刺さった女子が横たわっていた。キクだ。オイラは人目があるのも気にせずにキクの怪我を治していく。横にはクキも居た。それと同時に隣村の男も砦に駆けこんできた。

 時成がいったい何がと問いただすと何百と言う武士達が村を襲ってきたと答えている。

 キクが喋れるようだ。三成村にも武士が来て隠れたが、人質を取られて次々に村の男たちは倒れて行った。とにかく逃げようと思い子供たちと逃げたが皆とはぐれてしまった。可哀そうに、こみ上げてくるものを我慢しているのがよく分かる。

 オイラはハルとナミの事を聞いてみた。途中までは一緒だったがはぐれてしまった。キクは堪えていた涙が湧きだしてきてもう言葉にならない。

 オイラは何も考えずに飛んで瞬間で三成村の家にまで帰った。

家の前に居るオイラが居るが、家は黒焦げた柱が残っているだけで何も残ってはいなかった。周りの家も焼かれている。田や畑は踏み荒らされた跡が残っていた。ハルとナミを探した。近くの家の後に焼けた骸。無残に切られ手が無く絶命している開墾地に来てくれた夫婦の嫁。村中をさ迷った。生きている者はいなかった。そして、ハルとナミはいくら探しても居ない。

また開墾地に戻って来た。家の柱をどかしたが何もない。何処かで動物の鳴き声が聞こえた。見ると小さなリスが居た。ハルとナミのいつも近くに居たリスだ。鳴いている。まるでオイラを呼んでいるように。リスが山の方に向け走り出した。後を追う。沢の向こうに渡る。崖を下ると少し広い所にハルが横たわっていた。

「ハルー」有らんばかりの声を張り上げハルのもとに飛んだ。

背中に2本の矢が刺さり既に絶命していた。

何度もハルの名を叫び、生かせようと力を使ったがハルは息を吹き返すことはなかった。

声にならないうめき声をあげた。

 震える手で背中に刺さっている矢を抜き、ハルを抱き上げた。

気が付けば、周りにここまで連れてきてくれたリス。何時も村の上を飛んでいたトンビ。オオカミ、狐、狸に鹿。皆悲しい目をしている。

「ハルすまない。帰る家が無くなってしもた。一人じゃ寂しいよな」

村の真ん中にある神社に寝かせた。

 ナミを探しながらまた村中を歩き回る。骸を見つける度に神社に運び寝かせていく。皆知った顔だ。

骸を見つけると声にならない叫び声を上げた。

上村から開墾地に上がった。林に人の気配があった。

「あ」クキとキクの子供達。他の子供達も居る。生きている。皆、生きている。

言葉が無かった。ただ抱き合った。

 時がいくら経ったか分からない。いつの間にか開墾地の入り口に敵の武士たちの集団が居た。懐には村の子供たちが居た。皆首に刃物を当てている。

「おとなしくしろ。でないと可愛い子供の首を斬るからな。米は何処にある」首領らしき者が言った。

オイラは「砦から来たから兵糧が何処にあるか知らん」と答えた。

 そのまま神社の広場に来た。

「素直に切られてくれよ」そう首領が言うと切り込んできた。オイラは避けなかった。

左腕が飛んで地面に落ちた。

あまりの苦痛にオイラは膝をついた。

首領はオイラの左側に来ると、オイラの首をめがけて刀を振り下ろした。

意識が遠のく。ハルが見えた。

 ここからは子供たちに後から聞いた話だ。

 オイラは倒れ込んで動かなくなって、一目で死んだと分かったらしい。

山の中からオオカミの遠声が。オオカミの群れが武士たちを襲い。猪が体当たりして。鷹が人を倒していく。

そんな時だった。ハルの体から光の玉が出るとオイラの骸を包んだ。光が収まると、宙に大きな鏡が浮いている中からオイラが出てきた。

鏡は小さくなってオイラの中に消えた。

 オイラはこの時の事を覚えていない。丸1日気を失っていたようだ。

ハルもナミも居なくなった。もう守るものはこの村しかなかった。

全神経を集中して生きている者を探した。

いくつかの洞穴に生きている者が居た。

ナミはやっぱり居なかった。

 生き残った村人を開墾地の奥にある洞穴に隠れておくように言うと砦を目指して飛んだ。

 砦までの村は全滅だ。

嫌な予感がした。一体どれくらいの兵で攻めてきたのか。京の都から4千、我が国が数百。何万と言う兵に攻められたらひとたまりもない。この進軍の速さは、圧倒的な力の差だ。

 砦の前まで来た。砦はすでに敵に囲まれ、一番外にある壁は壊されて敵が中に流れ込んでいる。

 二ノ門の前で敵が群がっている。クモだ。背中に矢が刺さっているが切り込んで来る敵を倒していく。クモの前に降りると一気に敵を吹き飛ばした。

「クモ大丈夫か」オイラはクモに問いかけた。

「一人で百人は流石にキツイ」クモは答えた。

どうやら大丈夫そうだ。

「それよりも、目の前の敵しか見ておらず、城主や吉虎様がどちらに行かれたか分かりませぬ」クモが案じている

「分かった。オイラは敵を打ち負かす。皆を探してくれ」オイラが言うとクモの背中の矢を抜いて怪我を治した。

「ありがとうです」とクモが言うと分かれた。

 オイラは櫓の上に飛び様子を覗った。

一ノ門、西側に見たことが有る甲冑を付けた者が立って、敵が周りを囲んでいる。吉虎様だ。

吉虎様の前で敵を吹き飛ばす。

オイラは「吉虎様」と叫んだ。

吉虎様からは答えが帰って来ない。

見ると、幾本の矢が刺さり、矢だけでは無く刀・槍先が吉虎様に突き立っていた。

「吉虎様」また叫んだ。既に絶命している。

足元には知っている顔の者が倒れている。三成村から一緒に来た若者だ。

 ハル、ナミ、吉虎様失った。

オイラは吉虎様から刺さっている矢や刃物を抜きその場に寝かした。

膝をつき天を見上げた。

悔しさと怒りと涙が噴き出てきた。

オイラから波動が出た。見方には風が吹いた程度だが敵方は一斉に吹き飛んだ。

周りが静かになった。

吉虎様の前を動けなかった。

どれぐらい時間がたったのかクモがオイラに話しかけてきて正気に戻った。

「吉虎様」クモはその言葉から出てこない。

 また記憶が飛んで、気が付いたら本丸の座敷に居た。

目の前には吉虎様が横たわっている。時成、クキ、マイ姉、キク、クモ他皆が悲しんでいる。

「ハルとナミも行った」オイラが言うとマイ姉とキクが悲鳴のように泣き始めた。

「今の戦況は」オイラが時成に聞いた。

紅の国が攻めてきた。その数5万。由の国はもう落ちた。我らの守りは残り3千。圧倒的な力の差だ。もう皆、諦めている。どうやって逃げ切るか、降伏するか。

男たちは闘う派、降伏派、逃亡派に分かれて言い争っている。ただもうこの砦には目の前に居る敵に抵抗するすべはない。

 オイラは京の都に居る晴明に「吉虎様が亡くなった。それと、紅の国から5万の兵で攻められてきている」ことを伝えた。

 吉虎様に別れを言うとその場を立った。

外に出ようとしたらキクがきた。奇麗な顔が涙で台無しだ。

「キク後を頼む」キクに言った。

キクは首を横に振り言葉を絞り出そうとしている。

 最後に、皆の顔を見て歩いて本丸を出た。

 三ノ門、二ノ門、壊された一ノ門、外へ行くにつれ横たわっている骸が増えていく。砦は高台にある。相手の陣が良く見える。凄い数だ。

 身体の中からいつかの者が湧き出てくる。しかし、以前よりも強大だ。

炎の龍が現れた。8匹の龍が、しかも大きい。暫く龍たちは、空で舞っているだけだったが、敵の目の前で止まった。2匹が別の方向に体を向けると砦の向こうに飛んで行った。

 残った龍たちは、敵に向かい横一列に並びオイラの前をゆっくり敵に向かって進む。

 敵の矢が龍めがけて一斉に放たれた。矢は蒸発して消えた。龍は敵を襲いだした。敵の武士は応戦するが直ぐに炎に包まれていく。逃げる武士たちにも炎を浴びせていく。

 日が暮れる前に数万いた敵はいなくなった。

 敵の陣は炎に包まれ火柱のつむじ風が幾本も空向けて渦巻いている。敵はちりじりに敗走を始めていた。

 オイラはゆっくり紅の国へ向け歩む。

 もう夜になった。周りは火炎で昼のように明るい。振り返り砦を見た。一ノ門の前に時成、マイ姉、クモ・ゲン親子、そして一番前にキクを引き留めようとしているクキの二人が居た。そうか、クキはオイラの力を見るのは初めてか。顔が怯えている。キクを守りたい一心なのだろう。

 朝になった山の稜線から太陽が昇る。三成村に入った。生き残った者には知っている者が来るまで洞穴から何があっても出るなと言ってある。村は誰一人いない。

ハルの亡骸を見に神社へ入った。村人の骸を周りにいる動物たちが守っていてくれた。動物たちに「ありがと」と言うとハルの亡骸の所に来てハルの顔を見た。ハルの顔は傷もなく綺麗で白かった。また、涙が出てきた。

 着ている服を破り顔を覆ってあげ、立つと由の国を目指した。

 由の国の砦は既に紅の国の砦となっていた。領主様は近くに居る者に聴けばもう打たれているとの事だった。

 オイラは由の国砦に向かうと、また八匹火炎の龍が現れた。火炎の龍達は砦に居る者達に殺戮を始めた。あっという間だった。砦は炎に包まれ、建物は消滅し焼土と化した幾つもの山があるだけだった。

 もうオイラは何をしているのか分からなくなってきた。ただ残った仲間の為に前へ進んだ。

 紅の国だ。ここまで来たことはない。海に続く大きな川。河口には町がある。どことなく鎌倉に似ている。川の上を見ると一面刈り入れが終わった田が広がっている。その広さは寿の国と等しい。一面平地だ。どうやら相手の砦は川向うにある大きな櫓のようだ。周りには堀がある。周りの町にはあまり人が居ない。恐らく戦に出たのか。町に向かって国境の丘を降りた。田と畑の間の道を町に向かう。

 突然十数人の武士に囲まれた。全員刀を抜き敵意に満ちている。先頭の者が斬りかかって来た。一気に全員吹き飛ばした。静かになった。少し離れた所にこの近くの者と思われる人がこっちを睨んでいる。

「直ぐにこの国を去るんだ。やがて火の海になる」オイラは言うとゆっくりまた歩み始める。

 砦まで来た。近くから見ると大きな門だ。なかなか破れる物ではない。矢が飛んできた。焼き尽くされて矢は消滅した。櫓の上から岩が落ちてくるもオイラを避けて全く当たらない。何処からか30人ほどの武士、いや武士にしては武器が個性的だ。こいつらはショウやクモと同じ類の者達だ。持っている武器で襲っては来るが受け流している。門の扉に手が届く距離まで来た。軽く触れ。爆音とともに扉が吹き飛ぶ。

周りからの攻撃も止み。

「3日後にこの砦の主かとこの戦を始めた者を成敗する。紅の国は無くなると思え。命がほしい者はこの国を去れ」それだけ言うと振り返り歩みだす。炎の龍が現れ、幾つかある櫓や門を焼き尽くした。

 3日後。また砦にやってきた。

砦には領主に忠義を誓う数百人が残っていた。

「死なばもろとも」叫びながらオイラに突進してくる。炎の龍達がその者達を食らいつくす。断末魔の叫びをあげ敵は消えていく。

 砦の中心に来た。

中には男ばかり20人ほどが居た。武士と思われる者達の奥に一人の貴族が座している。

「お前たち何でハルを葬った」

想いを吐き出した。

奥の貴族が「都落ちした我わにはほしい物を手に入れ、領地を増やし武士を雇い、都におる者を見返したいのじゃ」

オイラには何をしたいのか、何が欲しいのか分からんかった。ただ、この貴族が居るから寿の国が戦に巻き込まれたのは分かった。

「お前たちのせいでハルが、ナミが、吉虎様が、死なんでもいい者達が大勢死んだだ」それだけ言うとオイラの意識は無くなった。



 その日の夕暮。

 紅の国を見わたせる山に、京の都から来た援軍が居た。先頭には馬に乗った平貞盛様、横に並びショウ、クモ、晴明、時成が居た。

夕暮れの赤色の太陽のように大地が赤く輝き。所々に黄色く強く輝く場所。そして、青白く輝く龍が頭を地中に潜らせ地表に出てきてはまた地中に潜るのを繰り返している。龍の光は凄まじく、遠くで見ている者達も熱線で後ずさりする。

「これで紅の国は滅んだな。よいか。このことは一切記録に残すな。皆、心の内に秘めるのだ」平貞盛様が言った

 やがて夜になったが周りは昼のように明るい。8匹の龍が一つになり天空へと登って行く。

「八岐大蛇」晴明が呟いた。

やがて光が小さくなり、龍達は星の一つになり消えた。

紅の国は大地が焼かれ何も無くなった。後に多くの者がカイを探したが何処にも影すら噂すら無くなった。



 数十年が過ぎた。

三成村。開墾地のあった場所には神社が建立された。

神社に続く坂を一人の老婆が杖を突き登っている。前にはその老婆の孫らしき子供たちは神社に向かっている。

「大婆。桜が咲いているよ。早く」子供が老婆に早く来るように促している。

老婆が坂を昇るにつれ、経が聞こえてきた。老婆はありがたく思い唱えている者に礼を言おうと足を速める。やっと登り切った境内には、先の戦で亡くなった者達を弔った石碑の前でぼろを着て笠をかぶった男が経を唱えていた。

 桜の木の向こうに居る男に、老婆は礼を言おうと男に近づく。男の顔を見た時に老婆は狼狽し「ヒ」と言うとその場に尻もちをついた。子供たちが駆け寄ってきた。

 男は経を唱えるのを止めた。

「大婆に何したんや」子供達が男を睨む。

「カイ様か」老婆は男に尋ねた。

男は「キクか。懐かしいの」と答えた。

老婆は座りながら泣き崩れた。子供達が分けも分からぬまま老婆を心配している。

「この子らはワシの玄孫です。もうクキも時成様もマイ様も皆逝きました。残ったのはワシだけです」老婆は落ち着きを取り戻した。

「カイ様。お慕いしておりました」老婆は少し間をおいて言った。

「言うなキク。クキが可哀そうだ」男は言うと老婆の方を見た。

「ようございました。最後にこの婆の願いがかなって」老婆は嬉しそうな顔に変わった。

「カイ様は歳を取らんのか」老婆は聞いた。

「あの戦のあと気が付いたら30年ほどが経っていた。それからは世捨て人のように生きてきた。オイラは歳を取らんようだ」男が答えた。

男は「ハルとナミを葬ってくれて礼を言う」と言った。

「ハルさんはここで眠っています。ナミはあの後、生きておりました。戦の後、男に連れられ三成村に来たのですが、私は砦にいて村の者達はナミを恐れて追い払ったそうです。探したのですが見つからなかった。可哀そうなことをしてしまいました。ゲンがナミを探しに姿を消しました。会えれば良いのですが、もうずいぶん前の事です」老婆はまた悲しい顔になった。

「キク。良かったかもしれん。ここ何年か世話になった者がオイラより先に逝く。もう親しい者が死ぬのは見とうない」男は言った。

「やっとあの戦から人も増えてコメも沢山採れるようになった。三成村に帰ってきてはくれんか」老婆が。

「いや。一人がいい」男が答えた

「そろそろ行く」と男が言うと小さな桜の花を一輪石碑の前に置くと老婆や子供達を置いて坂を下り始めた。

老婆は坂を下りる男の背中をいつまでも見ていた。


それから暫らくして全国に短い文が出回った。





















「三成村カイ生成」






           第1部 完


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不老不死 堀 むつみ @Hori1652

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