第5話平将門の乱【東国の決戦】

 船は近くで見るとまるで砦だ。こんな物が水に浮いているのが信じられない。

 船に乗った。船長に中を案内された。やっぱり広い。荷物と樽が沢山あった。

「この航海は戦だ、武具は200人分積んである。それと一番大事なのは水と食料。この船の荷の3分の2は水と食料だ。港に入らずに1年は沖に居られる。それと、この部屋を使ってくれ」船長が小さな部屋に2段になった寝床が4つ。狭いけどオイラとハルには丁度いい。背が高いクモには少し足らないかも。甲板に上がった。船は帆を上げている。

 船長は「いい風だ」と進行方向を見た。

 陸が見えるが霞んでいる。風が気持ちいい具合に吹いている。右に見えるのは阿波、左は紀伊。明日の朝には紀伊を越えて周りには陸が見えなくなるようだ。船乗りが教えてくれた。

 夜は別世界だ。月明かりがまぶしい、満月だ。海面は静かだ。海面にも月がゆらゆらと明るい。雲も光っている。

 横に居た船乗りが「俺は昼より夜の海が好きだ。あの星、北にあるんだ。他の星が動いてもあの星だけは北から動かない。あの星が見えたら安心するんだ」

進行方向の左側に北の星が有る。東に向かっている。いつの間にかハルが横に居る。

「何処へ行ったかと思って探しとった。満月やと夜も明るいな」暫くオイラとハルは月明かりに向かって海を見ていた

風次第で到着は不確実らしい。もうすぐ大きな戦になる。この平穏な時を大事にしたい。

 陸が見えてきた。あと少しで東国に到着すると連絡があった。船室でオイラとハル、クモ、ヨシ4人で休んでいたら急に外が慌ただしくなってきた。4人で甲板に上がった。進行方向やや左に船団だ。5隻いる。風の向きが悪い、逃げようとしても追い付かれる。船長は正面突破を選択した。

 相手の船団の船が近づき、船が大きく見えるようなってきた。4隻は戦闘に特化した船で小さいが足が速く、手漕ぎで自在に動け小回りもきく。残りの1隻はこの船に似ている荷を乗せる船だ。

 船長が「あれは辨屋丸。奪われた船だ」

 2年前、船乗りと一緒に居なくなった船だ。

 久兵衛様に「居なくなった船乗りたちの顔を知っている者は居るか」と聞いたら、久兵衛様しか居ないらしい。

 久兵衛様に「暫く付いて来て下さい」と言うと、腕を掴んで辨屋丸に移動した。久兵衛様は目を丸くして驚いている。

「久兵衛様ここに仲間が居るかしっかり皆の顔を見て下さい」久兵衛様を連れて甲板の前に移動した。凄い数の武人だ50人は居る。久兵衛様は首を横に振っている。どうやら仲間は居ない様だ。戦闘用の船は高さがが低い、この船から良く見える。火矢の準備をしている。各船20人ほどの武人が居る。久兵衛様から他の船にも仲間は居ないらしい。

 オイラは久兵衛様の腕を掴むとまた飛んでハルの居る船に帰って来た。

「カイ様。頼みます」クモが戻るなり。

 オイラは船の先端へ行くと力を全身に込めた。真ん中の辨屋丸だけは残したい。

静かだった海に風が吹き出し白波が立ち始めた。空は雲が湧きあたりが暗くなる。

雷が先頭の船に当たり油に火が点き、炎が立ち始める。武人たちは次々に海に飛び込む。

 次の船は竜巻が襲った。船は水面から浮き上がり真ん中から折れて粉々になった。

 3隻目は渦にのまれていく。楷が動いているが、最後のあがきのように渦の中心に入り海に飲み込まれて姿を消していった。

 4隻目は転身して、戦意を失い敗走を始めた。

 残りは辨屋丸のみ。

「ハル。面はあるか」オイラは叫んだ。

ハルのお父の形見の面を持って来てオイラに付けてくれた。

「お父も一緒や、頑張って」ハルが言ってくれた。天狗様の面だ。

今度は一人で空を飛び辨屋丸の先端へ下りた。船乗り達全ての視線を感じた。

「我は帝よりの使い。この船はもともと帝の物。帝に刃向かう者は直ぐにここから立ち去れ」オイラはでかい声で言った。

4・5人が刀を振りかざして向かってきた。オイラは右腕を一振りして、その者達を海へ吹き飛ばした。残りの者は次々に海に飛び込んだ。10人ほどの者が残った。

 残った者が「天狗様。我らは家族を人質に捕らわれ仕方なく戦に駆り出されました。元は平塚と言う漁村で漁師をしていた者です。お願いです。助けて下さい」跪き祈っている。

「待っておれ。使いの者がじきに来る」オイラは言うと、瞬間移動でハルのもとへ帰った。

 ハルはオイラが帰ると喜んでくれた。この時のハルの喜んだ笑顔は好きだ。

此方の船乗りから10人ほどが辨屋丸に移った。親戚縁者を人質に取られた者も船を動かすのを手伝ってくれる。久兵衛様とクモはその者達に詳しく話を聞いている。敵の本拠地が分かった。相模の鎌倉だ。前の派兵で、箱根越でやられたのが理解できる。オイラは西には目や耳を立てているけど東はどうだろう。船長が三浦と言う所に上陸を決めた。

 


 上陸はオイラ、ハル、クモ、ヨシ、久兵衛様、スク、カケ。それと辨谷丸に乗っていた平塚漁師のリョウ。リョウはこのあたりの土地に詳しく嫁と子供が人質に取られている。

 8人だけの上陸だ。我らが上陸した後、船は夜になると三浦沖に戻ってくる合図でいつでも30人ほどが上陸できる手はずとした。

 夜に陸の近くまで来て手漕ぎの小さな船に乗り移り陸を目指した。岩場に着き何とか皆無事に乗り移り、明るくなるまで待った。

日が昇り始めた。リョウは今いる場所がどのあたりか分かるようだ。鎌倉までは半日くらいの所らしい。

 リョウは鎌倉には武人は沢山いるが、人質は小田原周辺の何処かに居ると断言している。

 鎌倉は偵察程度で迂回することにした。鎌倉は広いが片方は海、反対側は急な崖、二方は道が細く険しい山道だ。街道沿いには見張り櫓が各所にある。道なき道を行く事になった。鎌倉は鉄壁の守りと、地の利を生かした場所。ここに奴がいるかもしれない

 オイラ達は小田原を目指した。ヨシと久兵衛様は山道を歩くのにかなり苦労している。枯れ木が多いが枯れ枝が体に打ち付け、前を見られていない。ヨシはハルとクモが前を行き進む。久兵衛様はスクとカケが前を行く。

途中休みを取った。オイラは、リョウから今の位置を聞き鎌倉を一望できる場所は無いかと聞いた。ここから近い山の頂だそうだ。偵察に行ってみる。

 山の頂近くまで来た。人が居る。幸いまだ相手はこちらに気が付いていない。2人で見張りのようだ。よく鍛練されている。周りを警戒しながら歩いている。距離を置いて後を付けた。小さな小屋があった。近くには何かあった時に烽火の準備がしてある。小屋には5人の武人が居た。平時に何もない中、報告をしている。張りつめたものがあった。いつ攻められてもいいようにこの者達も鍛練されている。

オイラは岩場から鎌倉を見渡せる場所に行く事にした。鎌倉が見渡せる所まで来た。先ほどの小屋の屋根だけが小さく見える。あそこからならこちらは分からない。

 鎌倉を見た。広い。大きな砦が8つ、それを囲むように小さな家が点在している。一つの砦に200人として2000人近くの武人が居る計算になる。砦の周りは家や水路で迷路のようだ。そして攻め落とそうとすると櫓の前に人が集中し、矢で狙い撃ちされる。この場所に見張り小屋を作る意味も良く分かった。

ここを攻め落とすには何万の武人が必要だろう。無益な争いはしたくない。

この鎌倉の風景を頭に焼け付けて、皆が待つ所に帰る。途中、また別の見張り役を見かけた。山道を巡回している。山道を通らず正解だ。

皆が居る所に戻ってきた。クモに鎌倉の様子を説明した。普通は何もない時にこういった見張りは行わない。何時でも戦ができる準備はできている。奇襲はほぼ意味がないようだ。

 晴明経由で鎌倉の情報を上げた。予想以上の人の数と準備をしている事はしっかり伝えるよう頼んだ。それと水軍の出陣がいつでも可能となったようだ。まだ早い。

次の日、鎌倉をだいぶ離れたところでいったん山を下りた。クモが近くを探りに行く。

 クモが案外早く帰ってきた。近くに村があるようだが何かがおかしいらしい。少し近くまで近寄り皆で様子を窺うことにした。

 リョウに聴けばこの辺りはリョウの住んでいる近くで、平地が海まで続き田や畑が一面にある場所らしい。大きな荘園で領主は小田原の砦に居る。

今度はクモとリョウ二人が探りに出た。

 二人が探りに行っている間、オイラは村人を離れた所から窺う。おかしい。言葉を交わさない。動きが遅いが、統制がとれて集団で動いている。まるで感情が伝わってこない。子供と女子、年寄りが多いのも気にかかる。

 クモとリョウが帰ってきた。リョウが焦っている。この者達の中にリョウが知っている顔が居る。人質になっている者達だ。試に、知っている者の女房に話しかけては見たが、まるで話が通じなくて、何かに取り付かれているようだった。

夜になって晴明にこの事を話してみた。

 『これは陰陽道の技の一つで、多くの人を操る技。これができる者は陰陽師でも阿部凛明、我が妹独り』晴明が言った。

『どう言う事だ』よく分からなかった。

『実はわが妹凛明は、5年前。実力がありながら女子だとの事で、表舞台に出られないことに不満を持ち父に勝負を挑んだのです。結果は父が勝ちましたが僅差でした。勝気な凛明は家を出て何処かへ姿を消した』

何時もの晴明ではなかった。声だけしか分からないが、妹を心配する兄の姿だった。

『ここは小田原の荘園。恐らく長は小田原に居る。もしかしたらそこに晴明の妹もおるかも知れん。20日後に水軍で小田原を責められるか聞いてみてくれ。それでオイラは動く』オイラも覚悟を決めた。

 オイラとハル、クモとヨシは二手に分かれ小田原の町に入った。港町だ。活気はあるが、東からの船と交易をしていると聞いた。大阪等西から来る船はこの港には入れなくなっている。

 武装した船は少し離れた港に停泊している。先日の敗走から逃れてきた船もいる。近くに行ってみるが柵で覆われ、見張りもいる。少し様子を探ってその場を離れた。船は大小さまざまだが20隻ほどが居た。

 町に入ったらハルが楽しそうだ。何か美味しい物を食べられる店を探している。小さな料理屋を見つけて中に入った。中はほぼいっぱいの客が入っている。長い航海でろくなものを食べていない。野菜の煮物と魚、米の飯と鳥の卵、シジミ汁。ハルも一緒のものを頼んだ。旨い。いい味が染みている。

 周りの客の会話が聞こえてきた。

「鎌倉の軍師様が小田原に来る。また行列で仕事ができなくなる。家にこもり子供の相手だ。領主様も西から来た女占い師にぞっこんだ。女房様も何処かへ行った噂だし・・・」噂は為になる。鎌倉の軍師奴だ。そして女占い師恐らく凛明。

 クモとヨシと待ち合わせした橋の所で合流した。

 クモは盛り場で人促の噂を聞いてきた。やはり鎌倉から重役が明日来るらしい。これ以上の街中の探索は止めるのが良いとクモが言っている。先ずはリョウに案内され箱根に登る山の中に小屋を見つけた。ここを根城にする。やはり見張りが心配だが鎌倉ほど警戒は厳しくない様だ

 晴明から連絡があった。陸路の先発隊も20日後を目指し京の都を出た。箱根を越えて小田原を攻める。海からも水軍で挟み撃ちにする計画だが、恐らく読まれている。

 オイラ達は辨屋丸の船乗りたちを探した。

 小田原に居るのなら、小田原の砦か、港の軍船の船着き場どちらかだとクモが言っている。軍船の船着き場から探りを入れる。

夜中に小さな船で侵入を試みた。月明かりだけでリョウの操船が頼りだ。船着き場、囲いの中に入った。岩場に付いて船を隠す。建物が並ぶ場所に来た。静かな建物がほとんどであったが、騒がしい建物を除いてみた。鎌倉のような緊張感は武人達には無い。酒を飲み女子達にちょっかいを出している。

リョウが「あ奴らはこの辺りのいい加減な奴らか、海賊を生業としていた者達だ」教えてくれた。

 試に明かりの消えた建物を除いてみた。武具の入った倉庫のようだ。かなりの武具だ。隣の建物には人が寝ていた。武人達だ。一人、先の海戦時に見た顔が居た。まだ相当の海人が居る。ざっと500人ほどだ。

 山の岩場に建物があった。横穴を利用した建物だ。中から出られないような作りになっている。中を探りに行ったリョウが戻ってきた。泣いている。嫁が居ったらしい。もう1年以上顔を合わせていなかった。嬉しかったのだろう。

 一旦引き返した。

 根城にしている小屋へ帰ってきた。ここで二つに分かれることにした。先ずはオイラとハル、ヨシはここに残って相手の動きを探る。クモと久兵衛様、スク、カケ、リョウは三浦に戻り船と合流して総攻撃2日前に水軍の港を攻める。先ずは人質を逃がすのが先だ。



 次の日、小田原の砦に行列が到着した。中には入れない。牛車に乗ったのが奴だ。『明石忠頼』。行列が砦の中に入り門が閉まった。

砦の中には夜に一人で忍び込んだ。中は広いが、武人が500人位確認できた。水軍の港と合わせて千人。ここにも人質が居ないか各所を探ってみる。小屋があった。やはり囚われている者が居た。真ん中の砦はさらに、壁に覆われている。

中に入ると、建物は京の都を思わせる豪華な造りになっている。灯篭に明かりが灯っていた。灯篭のそばに女子が居った。

「凛明様ですか」オイラは後の事は考えずに女子に声をかけた。

「そなたは」驚いた顔で此方を見てきた。

「晴明様よりの使いです」オイラは答えた。

凛明と思われる女子は呪文を唱え、オイラに波動を放った。敵意むき出しだ。オイラは波動を跳ね除け、女子に張り手を入れようとしたがうまく避けられた。足を引っ掛け女子が倒れ込む。オイラの服をもたれ、女子に覆いかぶさるようにオイラも倒れた。目の前に女子の顔がある。目と目があった。お互い動きが止まった。騒ぎを聞いた者達が出てきた。一人、京の都貴族のような風貌の男が居た。奴だと思った。ここは騒ぎを大きくする前に、その場から力を悟られないように軽業で逃げた。

 これ以上の砦の探索は止めておいた。人質の居場所と、奴、明石忠頼の顔を覚えたからだ。

 水軍の港を攻める前にクモが戻ってきてくれた。助かる。オイラが攻めるとなるとハルとヨシを守る者が居ない。それと、小田原の砦から行列が鎌倉へ向かった。此方の動きを察知して、鉄壁の守りの鎌倉へ身を隠したのだろう。

吉虎様から聞いたことがある「戦場では臆病なくらいがちょうどいい。そう言う奴が生き残り、手柄を取りたい奴が死んでいく」奴は賢く臆病で手ごわいと思った。

攻撃の日だ。



 攻撃は太陽が海から昇ったのが合図だ。オイラは山から一人で人質のいる牢小屋へ行き人質を助ける。沖から辨屋丸2隻で攻撃。搖動だ。少なからず犠牲は覚悟の上だ。

 オイラは小屋から出た。ハルが泣きそうな顔してお父の形見の面を付けてくれた。

「二人の事は命に代えても守ります」クモが言ってくれた。

空に向かって飛んだ。日が昇った。太陽を背に2隻の船が水軍の港に向かって舵を切っている。絶妙の間と距離だ。流石船長だ。

 港が騒がしくなる。相手が気が付いたようだ。オイラは相手の軍船の何隻かを竜巻で吹き飛ばした。港全体が混乱している。寄せ集めの水軍だ。統率がとれていない。相手の注意は海の方に向いた。港の桟橋や海岸に人が集まる。逃げる者もいた。

 オイラは牢小屋へ行き出入り口を壊し中に居る者達を助けた。中には動けない者もいたが、仲間同士助け合っている。急にリョウとスクとカケ久兵衛様が現れた。夜陰に乗じて忍び込んだらしい。

港を囲む策を壊し。

「ハルのいる小屋までいけ」と叫んだ。

 オイラは引き返した。逃げ遅れた親子が居た。母親は赤ん坊を抱かえ小さな子供の手を引いている。後ろに矢を放とうとしている者が居た。間に合わない。親子の間に入った。激痛が走る。矢が背中から突き抜け胸に出ている。膝が崩れ落ちそうになった。何とか持ちこたえ、親子に「早く行け」と言い後ろを振り向いた。相手は2矢目を放とうとしている。こんな所で死ねない。自分の思いが、意志が体の中から込み上げてきた。火炎の龍が体の中から湧き出てきた。龍は相手の放った矢を溶かし、相手を炎に飲み込む。後ろにあった、建物が崩れていき、人が蒸発していく。龍は敵の攻撃を受け付けづに水軍の港が焼き尽くされていった。

 あっという間だった。目の前には何も残っていない。黒く焦げた台地が広がっている。

 オイラはいったい何をした。矢を放った者への感情、恐怖、憎しみ。違う後ろの親子を助けたい。そして死にたくない。ハルやお父お母の顔。生きたかった。この思いが、自分に中にある者が力を持って炎の龍となって体から出てきた。

後ろからハルの声が聞こえた。ハルの顔を見た。泣きそうな顔をしながらオイラに抱き着いてきた。いつも心配かけてすまんな。

 いつの間にか胸に刺さった矢は消えていた。傷跡も残っていない。体は何もなかったかのようだ。

 ハルの後ろからクモとヨシも来た。人質は全員無事らしい。ただ農作業をやらされている人たちが、何処かへ連れて行かされここには居ない。恐らく凛明の術にかかった人たちだ。小田原の砦の近くに居るはずだ。砦の中に人質になった人たちもいる。

 辨屋丸が桟橋に繋がれた。中から人が人質だった家族と再会している。リョウも家族と出会えた。オイラが助けた親子だ。赤ん坊は知り合いの子供で、母親は無理な牢での出産で産後に亡くなった。喜びも半分だ。

 他の船乗りたちも家族と出会っている。辨屋丸の船乗りたちは全員無事だった。久兵衛様は泣いて喜んでいる。



 次は、小田原の砦だ。人の数では圧倒的にこちらが不利だ。相手は砦に籠城する策を取ってくれた。敵から攻撃されればこちらも無傷では済まない。

我らは残った建物に陣を取った。体制を整えてから2日後の総攻撃を待つ。我らがやるべきことは箱根峠の確保だ。以前の派兵ではここで大半の武人がやられた。クモとリョウが探りに行った。やはり京の都から来たら昇り道の要所に5ヶ所の小さな砦がある。

晴明から総攻撃の策を言ってきた。

 まだ日が昇る前に水軍の上陸する者達を海岸に火を上げ誘導する。上陸した者達は小田原の砦を囲む。精鋭の者達とオイラは箱根の峠道を抑えに入る。敵の後ろから攻撃に入ると同時に烽火を上げ陸からの部隊の攻撃を開始する。吉虎様の策だ。

オイラは箱根への攻撃だ。道案内にリョウが同行してくれる。クモと船長が水軍を誘導する。

 夜の出陣までまだ時がある。一休みすることにした。ハルが離れない。出会ったころのままだ。オイラの左腕に抱き着いて不安そうな顔をしている。右手でハルの頭を撫でてあげた。

 夜になった。オイラ達は出陣した。途中山道で味方の陣が見えた。篝火が立てられた。海の上にも篝火が立てられ水軍が動いた。

我らも間もなく一番小田原に近い相手方の砦に近づく。

日が昇ってきて海の様子が見えた。相模の海を埋め尽くす様な船の数だ。陣に残してきたハルの事を思うと安心した。

 クモが言うには、小田原に近い砦だけ小田原方向からの攻撃を想定して建てられている。ここを落とせば一気に前進できる。

 オイラは烽火の準備をさせた。一気にこの砦の後ろ側に飛んだ。地面に着地したと同時に渾身の雷を放った。砦の後ろ半分が消し飛び火の手が上がる。相手は小田原方向からの攻撃を想定して準備をしていた。思わぬ方向からの攻撃で混乱し、砦の門を開け小田原に向かって逃げ出す者達がいる。リョウ達には逃げる者から武器だけ奪い逃がせと言ってある。まだ混乱している。もう一回雷を放った。砦の大半が砕け弾け飛んだ。もう抵抗する者は居ない。

 リョウたちが昇って来た。次の砦は峠を越えた直ぐだ。峠の上から中の様子がはっきり分かった。さっきの砦から逃げて来た者も居る。今度は竜巻を起こして砦を一気に吹き飛ばす。人はバラバラな方向に逃げていく。リョウたちが近くに来た敵から武器を取り上げていく。この砦も無くなった。

 ここから麓の砦が見える。

流石、吉虎様。

 弓矢の名手で遠方からの攻撃と機動力を生かした馬での攻撃、押しては引きを繰り返し味方の犠牲は最小限に、確実に砦に痛手を負わしていく。オイラはここから見える全ての砦に雷を落とす。

 陸からの軍は総攻撃に移った。上から見ていると砦の者たちは逃げる者は居ない。守りを失った砦の武人たちは、闇雲に我らの武人たちに切りかかっている。一番下の砦はもう落ちた。二つ目の砦も突破され、三つ目の砦も時間の問題だ。

 やがて馬に乗った吉虎様と晴明がやってきた。お互いの労をねぎらった。二人とも立派な甲冑を着ている。こちらの犠牲は全く無かった。何千人の兵が峠を上げってくる。何時までも隊列が終わらない。

 オイラとリョウ、船乗り達は一旦陣に戻る。晴明も同行する。晴明と凛明の話になった。オイラは凛明が小田原の砦に居る事を伝えた。晴明の顔が変わった。やはり会いたいようだ。夜にでも小田原の砦に行ってみるか。


 夜に晴明と小田原の砦に忍び込んだ。

 砦のど真ん中の庭。灯篭の傍に凛明は立っていた。

「兄上。御久しゅうございます」顔を見るなり。来るのが分かっていたみたいだ。

「そうだな。あれからどうした」晴明が。

「あれから各地を転々と。何年か前に東国に流れ着きました。そこで忠頼様と出会いました」女子らしい優しい声だ。

「何故だ。昔のお前はこんな人の命を軽く扱う凛明では無かった」

「そうね。変ったわ」帯を外し、着物を脱いだ。

奇麗な白い肌だ、驚いた。乳房が爛れている。よく見れば体のあちこちが痣か爛れが有る。

晴明が「いったい何があった」

「東国にたどり着いた頃、私は病んでいた。夜に悪夢を見て眠れなくなり。歩くのもやっとの時に明石忠頼に会ったのです。薬と称し煙薬を吸うように言われた。その薬はよく効いた。しかし、その薬は体を蝕んでいった。その薬なしでは生きられない身体になってしまいました。そしてこのような姿に」

「そんな体で術を使ったら。逆に幻魔に憑かれてしまう」晴明が悔しそうに。

「カイ様何とかできますか」

「やってみる」オイラは答えた。

オイラは凛明に近づき胸に手を置いた。醜い爛れが消えていく。だが、体の中は大半が腐っている。生きているのは幻魔が取り付いているからだ。

「あなた様は」凛明がオイラに聞いてきた。

「カイ様は我らとは違う。凄まじい力の持ち主だ。見ての通り人を生かす力を持っている」晴明が答えてくれた。

オイラに「私はどうなのでしょうか」凛明が聞いてきた。

オイラは首を横に振った。

「そうですよね。私は長く体に魔が巣くうております。居なくなればこの体無くなってしまう。兄者、会えてよかったです」もう覚悟はできているようだ。

「外へ連れて行ってくれますでしょうか」凛明がオイラに頼んできた。

「ああ。できるよ」

「東の村まで。最後の力です。あなた様に体を治していただき嬉しゅうございました。奇麗な体で行けます」凛明がオイラの手を繋いだ。

一気に東の村まで晴明も連れ飛んだ。

 村を一望できる丘の上に降りた。月明かりが奇麗だ。凛明はゆっくり前へ歩いて行く。女子の白い肌が月明かりで闇の中に余計白く見える。

凛明は「術を解きます」と言い呪文を唱え始める。終わったようだ。

凛明はオイラと晴明が居る方に振り返った。

「凛明。俺はお前の気持ちを知っているぞ。不甲斐ない兄を許してくれ」晴明が言った。

 凛明は微笑んだ。いつか見た菩薩様の像を見ているようだ。やがて肉が溶け出した。身体が崩れ落ち、肉が無くなり、骨だけになった。風が吹き、骨が塵となって飛んで行く。

 凛明が生きた証は何も無い。晴明は地面を拳で叩き悔しんでいる。オイラも何の関わりもない、凛明を悪しき道に導いた明石忠頼を許せなかった。

村を見てみる。人が建物から出てくる。術が掛かった者達は、皆正気に戻ったようだ。

ゆっくり晴明が立った。海から日が昇ってくる。月もまだ見えている。晴明は体の中から力の限り吠えた。

晴明は「凛明は父に勝負を挑みわざと負けたんだ。あの頃、陰陽道は分派の危機にあった。父の力は弱かった。力を示す必要があった。私が未熟な為に、凛明を犠牲にしてしまった」

「そんなことはない。最後の顔を見ただろう。奇麗な顔だった。凛明は幸せだった」オイラは晴明を諭した。

 今の晴明を見たら凛明も喜んだだろう。高義様が陰陽師の長をしているとはいえ、実力的には陰陽師の中で最高の術者だ。その甲冑の姿を見て凛明は安心したのは事実だ。



 小田原の砦に総攻撃が始まった。オイラは天狗の面をかぶり、一人真正面から砦に挑んだ。ゆっくり砦に近づく。オイラの後ろには何万と言う武人たちが控えている。

 小さな岩の前を通り過ぎた。相手の砦から一斉に矢が飛んできた。全ての矢が手前で方向を変え地面に突き刺さった。

さらに前に進む。地面の中から人が一斉に出てきて、オイラに群がる。四方に力を放った。全ての者が吹き飛び地面に叩きつけられた。もう戦う力は残っていないだろう。

 砦の門の前に来た。矢が雨のように降ってくる。オイラには当たらない。今度は力を門に向けて放った。門が消しと飛び、大穴が開いて矢が飛んでくるのが止んだ。大穴の右と左に同じように力を放つ。門が跡形もなく粉砕した。

オイラは門の中に入った。これが軍の進軍の合図だ。周りの異様な雰囲気に気が付いた。

「何だこれは」

甲冑を着た人ではあるが、その姿は屍だ。凛明に使った薬か。恐らく自分の意思も無ければ、痛みも感じまい。オイラは火を思い浮かべこの異形のもの達に火塊をぶつけていく。異形のもの達は炎に包まれてもまだ向かってくる。しかし、オイラの前に来るまでに灰になって朽ち果てていく。

 異形の者達が居なくなった頃、晴明を先頭に味方の武人達が流れ込んできた。最後に残った者達を打倒していく。もう勝敗は決したと思った。後は内門の中に残っている者達だけだ。

 晴明が「一端ここは引き揚げましょう。残りは内門の中だけ。中からの攻撃もありませぬ」言うと馬から降りた。

「そうだな。後は中だけだ」晴明と一緒に砦の外に出て陣まで戻った。

 吉虎様が居た。板で作った台の上には小田原砦の絵図があった。細かく指示をだしている。探索方の話では、内門の中には200人程の武人が立てこもっている。元の領主は囚われているとの噂だ。

 吉虎様含め軍師様たちより、夜にオイラとクモが忍び込み探索と元の領主の居場所、あわよくば助け出す所までできないかとの事だった。人使いが荒い。少し不満だ。

 夜まで時間がある。ハルを探した。どうやら皆の飯を作っているようだ。炊事小屋へ行った。女子が大勢おった。ハルは奥の窯で飯を炊いている。ヨシも一緒だ。男は居なかったが、活気がある。ハルも飯炊きに一生懸命でオイラに気が付かない。ハルに話しかけた。ハルはいきなり驚き大声を上げた。周りの女子たちがオイラを見てくる。ハルはオイラに気付いて左腕に抱き着いてきた。

「良かったね。だんなか」年上の女子がハルに声をかけている。

ハルは声が出せなくてコクリと頷いた。

 年上の女子は「あんまり女房を寂しがらしてはいかんよ」真顔で言われた。

 ヨシが「カイ様がおらんとハル様は魂が抜けたようになる。寂しそうですわ。飯炊きをさせてもらってやっと元気が出てきた」ハルの様子を言ってくれた。

「そうか。すまんな。小田原はもうすぐやで我慢してくれハル」オイラは言った

ハルは頷いた。

「夜また出陣や」オイラは言った。

「そうなんや。出陣まで小屋で休んでおいな」年上の女子に言われた。

ハルと二人で小屋に行く。

「夜までゆっくり休む」ハルに言った。

「ん」オイラを潤んだ瞳で見てくれている。やっぱオイラの事を心配してくれている。出会った頃からだ。何時もありがたく感謝している。そして愛おしく思う。

小屋の中でオイラ達は寄り添うだけだった。

静かに時が過ぎていく。

 夜になった。陣に行くとクモが準備をして待っていてくれた。

 早く決着を決めたかった。

「行くかクモ」そう言い飛んだ。

 凛明と会った庭に来た。中は静かだ、人は居ない。あの時と一緒だ。月の形が違うが雲が多いやがて雨が降る。

 ゆっくり屋敷の中に入って行く人が居る気配が無い。武人たちはここには居ないようだ。何かおかしい。

 屋敷の奥座敷。一人の男が坐していた。派手な着物を着ている。気配から陰陽師か幻術使いのようだ。男は呪文を唱え始めた。呪文は陰陽道のものだ。異形の者が湧いてくるが晴明に比べてひ弱い。しかし、クモにはそれなりに効いているようだ。オイラはクモを捕まえオイラの後ろに回すと気を受け流す。クモは肩で息をしながら落ち着こうとしている。

「晴明を知っているか」聞いてみた。

「晴明。あいつか確かに力はあったが欲が無かった。親父は力が無いし人徳も無かった最低の者だ」血走った目でオイラは睨まれた。

異様な者だ。

「しかし、凛明は美しく、力は凄まじい。極上品だ。ワシは凛明を手に入れたくなってな。先ずは陰陽道を二つに割った。そして、凛明を騙して東国まで連れて来た。ワシの薬で凛明の全てを手に居る事が出来た。それは楽しく志向の時であった。二度とない快楽を手に入れた」笑いながら何を言っているか分からない事を喋っている。

 何なんだ、狂っている。オイラも理解できなくこの男の世界に連れ込まれそうになる。この世におってはいけない者だ。力を使った。風が吹き男は風と共に塵となって消えた。

この事は晴明には話さないでおこうと決めた。

 たった2回だけ会った凛明。その美しい姿と優しさはオイラの中に鮮明に残った。

 クモが落ち着きを取り戻した。

「助かりました。幻術使いは苦手で」調子が悪そうだ。

 屋敷の中を探ってみるが、飯炊きの女子が数人おっただけだ。屋敷を囲っている壁の外を探ってみる。やはり外には戦支度した武人たちが居た。

 吉虎様から機が有ればやってしまって良いと言われている。攻める事を考えていると、クモがもう少し探ってみたいと言ってきた。敵方に気が付かれないように砦の中を見て回った。

 おかしい。クモも思っているようだ。戦支度と言うよりも、攻められたら直ぐに降伏するような準備だ。武人の数が圧倒的に少ない。

 クモもオイラも大将を探したが、居ない。屋敷に居た男が束ねていたようだ。

 クモが「相手方の何か策が有るのかもしれない。ここは様子を見た方が得策かも」

そうと決まれば長居は無用。砦から出た。

 陣に帰ると吉虎様だけが待っておられた。小田原の砦であったことを話しした。

「お前たちの言う通りだ。何かある。これから数日後に藤原頼通様の本隊が此方に到着予定だ。揺動なのか。揺動ならどうやって」吉虎様は考えておられる。



 2日後、小田原の砦は簡単に落ちた。

 一気に我々は鎌倉の手前まで進軍した。

 オイラは、此処に来て親しくなった者達と箱根と言う湯治場で養生することになった。

 吉虎様と晴明もついてくる事になった。晴明はともかく吉虎様は進軍の指揮をとるはずだったのではと思う。あまり深く考えないことにした。

 小田原から箱根までは近い。楽しい道中だ。晴明は強がっているが内心は悲しそうだ。明るくふるまっているのが分かる。笑い方がぎごちない。

 湯治場の近くまで来た。なんか変な臭いがする。クモが言うにはこれは湯の臭いらしい。何かが腐ったようなキツイ臭いだ。あまり好きではない臭いだ。

 ハル・ヨシと一緒に飯炊きをしていた女子が一緒だ。箱根湯屋で賄いをしている。今回の案内をしてくれる。名前はシズ。ハルと同じ年らしいが、箱根に来て8年になる。元は雪深い国から来たと言っている。子供の頃であまり詳しいことは覚えていない。湯屋の旦那と女将が親代わりだ。ハルの話しか聞いてないが生真面目でしっかりして男には興味ないが、オイラや晴明の事を聞いてくるらしい。

 湯屋に着いた。旦那と女将が出てきた。晴明を見るなり目の前に跪き「遠い所このような所に来ていただきもったいのうございます。京の都で有名な晴明様お目になれて嬉しゅうございます」目的は晴明のようだ。

 シズが晴明の一切の世話をしてくれるようになった。晴明もまんざらではないようだ。

 飯は女子達が作ってくれる。オイラ達男どもは湯屋の掃除くらいしかすることが無い。

 湯屋の旦那に案内されて箱根の山を歩いた。煙を吹いている大きな窪地を見下ろす場所に来た。窪地から熱気が伝わってくる。そしてあの匂いも一段ときつい。驚いたのは窪地には石や岩だらけで草木一本も生えていない。動物や鳥の気配もない死の世界だ。ここから病気に効くいい湯がでるとの事だ。

何年かに一度空気が汚れこの中に入れなくなる。そんな時に湯屋に引いた溝が塞がったら湯屋の湯が無くなってしまう。大変な生業だ。

 旦那が言うには5年くらい前に、峠向こうに湯を引くためか大勢の人が窪地に入り10人以上が亡くなったらしい。その時の堤が延々と続いているらしいが、峠向こうには湯屋は一軒もできたという噂が流れてこない。湯屋の旦那は競争相手が出来なくて良かったと言っている。

 吉虎様が何か気づいたようだ。湯屋の旦那に堤を案内するように言っている。

明日、堤を調べるために峠向こうまで行く事になった。

 湯屋に帰ったら夕食が出来上がっていた。食材は吉虎様が沢山準備してくれ、女子達が腕を振るった。戦の真っ最中で他に湯治客は居なくオイラ達だけだ。

晴明は辛いことがあると酒を沢山飲むようだ。それに久しぶりの酒みたいで、酔いが早く回っている。無理に陽気にふるまっている。オイラもよく分かっている一緒になって騒いだ。

 騒いだ後、男どもは大部屋に雑魚寝している。正直殆ど酒を飲んでいないオイラは眠れなくて湯に浸かりに行った。岩を組み合わせて作った風呂場は月明かりだけで薄暗い。誰か先客がいる。暗くて誰かは分からないが雰囲気から女子のようだ。その女子がいきなり抱き着いてきた。ハルだった。

「月、綺麗だよ」ハルが言った。

「ああ」小さな声で答えた。

湯が流れる音だけが京の都で聞いた音のごとく響いている。真上に白い月がオイラ達を照らしてくれている。二人だけの世界だ。

 峠向こうの堤を探索に出た。やはりこの堤つくりが変だ。道真様から聞いたことがある。水を流すためには高い所から低い所に傾斜を付けないといけない。その堤の傾斜はめちゃくちゃで水や湯を通すものではないとすぐに分かった。山深い所を目立たないように作っている。暫く堤たどっていると木々が枯れている所に出た。嫌な臭いもする。離れた方がいい。全員来た道を引き返す。高台に上がり堤を一望した。所々やはり木々が枯れ山肌が見えている所がある。この堤は毒の空気を流すための物。皆が気付いた。吉虎様がクモにこの先端はどこに行っているか探索を命じ、オイラ達は先日の窪地を目指した。

 吉虎様は「もうすぐ貞盛様本隊が来る。やはり小田原砦が落ちたのはこの箱根越えをさせここに誘導するためじゃ」と言った

 窪地に来た。堤はここまで来ていない。何処かに汚れた空気を流すためのものが有るはずだ。皆分かれて探す。少し離れたところに幾つかの小屋があった。人が居る。向こうも此方に気が付いたようだ。矢が飛んできた。オイラは一気に全員を気絶させた。

「いつも思うが見事じゃ」吉虎様が。

 小屋の中を調べてみる。人が居る為の小屋が4軒内1軒に飯炊きの女子が居た。気絶させた男の身内だと言っているが油断できない。

 何か仕掛けのある小屋が有る。外から見たら木戸が一枚あるだけで隙間には布が込めてある。木戸を破った。中から強烈な臭いがした。一旦その場から離れる。あたり一面空気が汚れて近づけない。小屋から縄が出ている。これは何らかの仕掛けのようだ。試しに堤を壊してみる。堤の中心は空洞になってそこを汚れた空気が流れるようだ。吉虎様から堤を壊して使えなくするように命を受けた。修復できないように何か所も堤を壊していく。

 暫くしてクモが戻ってきた。峠と峠の間まで堤は伸びていた。汚れた空気は下へ流れやがて峠の間全体が死の谷になる計画のようだ。

 もし、本隊がこの罠にはまったら全滅していたかもしれなかった。

 捕えた者達は吉虎様が話を聞いている。この者達の仲間は、半分が汚れた空気で命を落とした。主に忠誠を誓った者達であるが、吉虎様は主に「堤は壊し使えないようにしたと伝えと」解き放った。

 騒動は収まり夕方に湯屋へ皆帰ってきた。

 湯屋に帰ってきたら伝令の者達が来ていた。吉虎様に報告がある。鎌倉を取り囲みいつでも攻められる用意はできた。特に海側は我が水軍が押え海側から睨みを利かし、陸は山の外側の見張り小屋を手に入れた。伝令の人達は直ぐにでも鎌倉を落としたい勢いだ。

 吉虎様は「暫く鎌倉は捨て置く。先ずは本体の到着を待つのだ。鎌倉を孤立させ敵の戦力を分散させる。それと、直ぐに沼津から小田原の道を確保するように手配しろ」伝令たちに命令している。

 敵はこの動き想像できないだろう。罠を察知したのは大きかった。

 吉虎様と晴明は次の日、鎌倉に向かうことになった。シズも晴明と同行することになった。

 ハルは「晴明には世話をしてくれる女子がおる方がええ」と言っている。オイラもそう思う。

 クモは貞盛様本隊が無事小田原に来られるように街道を確保することになった。ヨシは湯屋に残ることになった。クモ一人の方が動きやすいからだ。

 オイラはこの湯屋でいつでも動けるようにここでゆっくり休んでいる命令だ。ハルも喜んでいる。ヨシは何時ものように落ち着いて変わらない。ハルも女子が居て嬉しいだろう。



 5日間何もなく過ぎていく。近くの湖までハルと足を延ばしてみる。冬の湖からの風は冷たい箱根に帰ってきてからの湯は体の芯まで温まる。夕食を頂いた後にも湯屋に行くハルもついてくる。肩を寄り添いながら湯につかる。今日の月も丸く大きく白い。何だろうこの癒しは、ハルの事を愛しく思うだけでオイラのしていることを忘れられる。最初に初めて会った時からオイラを助けてくれた。良かったハルに会えて。嬉しくおもう。

 次の日にクモが来た。貞盛様本体が河を渡り沼津まで来られたようだ。何とショウ達も来ているらしい。懐かしい、京の都を出たのがずいぶん前に思える。

 ヨシがクモに会えて笑顔が戻った。ハルと気心が知れたとはいえクモはオイラにとってはハルのような存在だ、近くに居るだけで身寄りのないヨシにとっては心強いのだろう。

 オイラ達は貞盛様を迎えに行く事にした。同時に鎌倉に居る吉虎様に使いを出した。

 山を越え峠の頂から富士山が見えた。空気が澄んでいつもより大きく見える。街道が見えた。道幅いっぱいに広がっているが、その行列は終わりが無い。何万と言う人と馬が登ってくる。

ハルが「こりゃー飯炊き大変や」思わず本音が出てくる。

 クモに案内され貞盛様に会いに行列の流れに逆らい峠を降りる。貞盛様の横にはショウとシュウ・アシも居る。3人とも甲冑に身を包み馬に乗っている。貫録十分だ。アシは大将気取りだ。後ろの列が混んでいるので足を止めることはできない、このまま話したいこともあるが箱根の湯屋に行く事になった。何と貞盛様も湯屋で一服したいとの事で護衛も含め100人が湯屋付近で泊まることになった。

 湯屋で3人とは再会を祝った。シュウとアシは大阪の一件以来で人が変わったようだ。

 貞盛様から呼ばれ本陣の宿に出向いた。この辺りでは一番大きな湯屋で宿を営んでいる。

会うなり貞盛様より「今回の働き凄まじいものがある。此方の犠牲は殆ど無いうえ、地の者達まで味方に付けるとは。このまま一気に東国まで行き忠常を打ちたいのだが、鎌倉に軍師忠頼が居るのであれば別じゃ。あ奴が居る限り誑かされる者は後を絶たん。頼むぞ」褒められ期待された。

そ の日の夜はヨシの話で持ち切りだ。クモと一緒に長年居た仲間だ。移り気の多いクモが本気で女子に惚れるのは奇跡かも知れない。ヨシは質問責めにあい顔を赤らめている。

 ハルが中に入った「もう。こんな奇麗な人誰だって惚れるでしょう。私の仲間や。困らしたらあかん」少し怒っている。

「そうだな。オイラ達はクモとヨシが出会うときから見ていた。ヨシは人から騙されることはあっても騙す事や嘘をつけない不器用な女子や。そのような女子がクモには似合うと思わんか」オイラが言った。

3人とも納得したようだ。



 次の日、皆が小田原に入った。

吉虎様と晴明、何人かの軍師も鎌倉の包囲をしつつ小田原に戻ってきた。そしてこれからの策を練る会議が行われる。

なぜかオイラも末席に呼ばれた。ショウ達も一緒だ。上座には貞盛様。吉虎様と続く。

 吉虎様は「敵の大将は下総の国に居ることは確認した。だが真の敵は鎌倉じゃ。鎌倉を落とせば下総も落ちる。貞盛様とワシとカイ我らで鎌倉攻める。カイにはまた働いてもらわなければならん。頼むぞ。他の者達半分の兵で下総を攻めるが攻め落とすのではなく偵察とする。無益な争いはするな良いか」皆に指示を出した。

ショウ達と晴明、クモは下総に行く事になった。下総にはキョウが居る。ここ数か月連絡が取れていないらしいが、ショウ、シュウ、キョウは兄弟だ。心配なのだろう。キョウが無事であればよいのだが。

 オイラはハルと鎌倉に向かった。貞盛様や吉虎様とは別行動だ。海沿いの道を行く。途中平塚に寄ったら沢山の軍船が停泊している。皆、我が軍の水軍だ。ここと三浦から鎌倉ににらみを利かし、海を押えている。

 鎌倉を落とす為の砦が3ヶ所。吉虎様の命で作られた。その一つに砦に入った。できたばかりで、まだ木の匂いがする。すでに吉虎様が砦に入っていた。貞盛様は少し遅れてもうすぐ到着されるとの事だ。

 吉虎様と鎌倉を一望できる砦の天辺に上がった。

「明日にでもカイの力、貞盛様に見せてやりたい。貞盛様はまだ話でしか聞いておらんでの。先ずは水軍をけちらした時のように脅しからじゃ」吉虎様が言われた。

「それでは明日は天狗様で」オイラは答えた。

 夕方、貞盛様が砦に入った。一度に人が増えた。オイラは飯炊きのハルを手伝う。ここではいろんな噂が入ってくる。晴明の話は凄い。シズの話はもう広まっている。京の都で有名な陰陽師安倍晴明、全国に名をとどろかせている。性格的にいい奴だが、陰陽師最強と言う話が先走っている。

 朝になった。海から日が昇ってくる。砦の広場にハルと共に歩む。広場の真ん中まで来た。櫓の上を見あげた。貞盛様と吉虎様が居る。吉虎様から合図があった。ハルにハルのお父が作った天狗の面を着けてもらった。

ハルに「夕方までに帰る」と言いオイラは土煙を上げ飛び立った。

 鎌倉の、中の様子は分からない。適当に平地になっている広い場所に降りた。人が居ない。どうやら砦の中で集まっているようだ。門が開いている。中に堂々と入る。正面の櫓に大将らしきものが居る。オイラには気が付かない様だ。少し目立つように門の柱の上に乗った。相手の大将が此方に気が付き2百人ほどいる兵たちも一斉にオイラを見て驚きを隠せない。

「我は、帝よりの使い。帝に逆らう者達よ、無益な争いはしとうない。武具を捨てこの鎌倉を出よ」オイラは叫んだ。

 叫び終わったと同時に矢が飛んできた。全ての矢を一旦止めた。そして矢の力を無くして地面に落とした。槍を投げる者もいる。これも全く無力だ。オイラは右手を上げ一振りして風を起こした。目の前の数十人が吹き飛ぶ。圧倒的力の差を見せつけた。

「我は、帝よりの使い。3日後に鎌倉の地を灼熱の大地に変える。それまでに武具を捨てこの地を立ち去れ」そう言い残しオイラは一端その場から姿を消した。

小さな小屋に移動したオイラは天狗の面を外し背中の箱にしまった。外を伺い小屋から出る。砦の者達は混乱している。逃げる者が殆どだ。櫓のあたりが騒がしい。仲間同士が逃げる、逃げないで斬りあっている。20人ほどが武人なようだ。武人が逃げようとする者を斬っている。オイラは中に入り刀を持っている武人達を倒した。逃げようとしている者達は農民だ。

 この砦の外に出てみる。外はまだ騒ぎが広がっていない。砦の外は迷路のようだ。誰も居ない小屋でまた面を付けて、今度は堂々と広い道を歩く。

 内側の砦だ。大きく頑丈にできている門だ。門は開いていた。門番が5人居るが気にせず真正面から門に向かう。面をかぶったオイラを見るなり門番は「何者」と問うてきた。

「我は、帝よりの使い」と答えた。

門番たちは互いの顔を見合い不思議そうな顔をしている。

「この場を立ち去れ」と門番の長らしき者が言ったが構わず中に入ろうと歩む。何人かが刀を抜いた。オイラはそこに居る者達を吹き飛ばす。目の前の櫓に雷を放った。地響きのような音がして櫓は瓦礫と化した。刀抜いた者達は刀を掘り投げ逃げ去った。

 門をくぐり瓦礫となった櫓を吹き飛ばした。視界が広がる。正面に大きな門が現れた。今度の門は閉まっている。手前は堀になっている。道はあるのだが狭くなって門から矢で狙える。構わずに前に歩む。櫓の瓦礫木の陰から武人が次々に斬り込んでくるが、全員を吹き飛ばす。歩みは止めずにゆっくりと前へ進む。

正面の櫓から無数の矢が飛んでくる。今度は止めるのでは曲げた。オイラの体を避けて地面や瓦礫に突き刺さる。

 「ん!」一本だけオイラの体をめがけて飛んでくる。身体を半身にして避けた。その一本の矢はオイラの体をかすめ地面に突き刺さった。矢が飛んできた方を見た。一人の男が居た。男が第2矢を放った。今度は曲げられた。あの男は何者だ。オイラは男めがけて飛んだ。堀を飛び越え、男も飛び越え門と寺院のような建物の間に降りた。敵のど真ん中でオイラは振り返りその男を睨んだ。もう男は第3矢を放とうとしている。矢が放たれた。これは陰陽道。分かった。気を矢に込めてオイラの体に突き刺さるように念じている。矢が式神として飛ばす術を持っている。今度は式神を消し簡単に矢がオイラを避けた。

 周りには無数の武人たちがオイラを囲んだ。

「我は、帝よりの使い。3日後に鎌倉の地を灼熱の大地に変える。それまでに武具を捨てこの地を立ち去れ」同じことを叫んだ。

 何人かが斬りかかってきたが、吹き飛ばし後ろに居た者達が巻き沿いで次々と倒れていく。門の上に居た者達が矢を放つが全部方向を変え周りに居た者達へ突き刺さった。矢が放たれるのが停まった。

 オイラはまた門に飛び陰陽道の矢を放った男の腰の刀を奪い後ろに周り首に刀を突きつけた。男はよく見ると装束が立派だ、大将なのかでも若い。

「この鎌倉の殿様の所へ連れていけ」と言いそのまま抱きかかえ門より飛び降りた。

 周りから人が遠のく。どうやら人質として良い者を捕まえたようだ。

 そのままゆっくり歩き何百人の視線を感じながら正面の大きな寺社のような建物に入った。入るなり物陰から武人が斬り込んできたが吹き飛ばした。若い武人に案内されながら迷路のような廊下を進む。そして隣の建物を繋ぐ長い渡り廊下両側は京の都で見た見事な庭だ。何年も手をかけないとこうはならない。梅の花が満開でこの庭を引立てている。

「いい庭だな」男に話しかけた。

「お前か凛明様を倒したのは」

驚いたが「凛明は最後に自らの運命を受け入れ自分の定めを全うした。けな気な女子だった」

男は泣いていた。

「関りがあったのか」聞いてみた。

「少しばかり術を教えてもらった。親父から情の無い女子とは聞いていたが、俺はそうは思わなかった。一度だけ菜の花に蝶を呼んでくれた。その時初めて微笑んだ顔見た」

 周りにはまた人が集まりだした奇麗な庭が台無しだ。目的の建物に入った。奥に進む。襖を開けた。大広間には男が10人ほどいた。

一番奥に男が坐している。

 「お前が明石忠頼か」

 「いかにもその通りであるが、そなたは」

 「道真様に教えを請うた最後の者です」

 「そうか。道真、何時までもワシの邪魔をする。最後は罪人として流されたと聞くが」

 「そうでもない。流された先でオイラと出会い、仲間を作った。命尽きる時、人生に悔いはなかったと」

 「えーぃ。忌々しい」忠頼は怒ったようだ。

 オイラは捕まえていた男を付き離した。

 「3日後日没までに降伏しろ。4日目にこの鎌倉を消滅させる」

 それだけを言うと屋根を突き破り飛び立った。

 上から鎌倉を見た。周りを山に囲まれ南側はすぐ海だ。海の濃い藍色が目に入ってきた。西の空に太陽があった。もう仕事終わりの時だ。隣に高い山が頂に雪が乗ったようにみえ裾野は何処までも続いている。確かシズが富士山と言っていた。日本一高い山とも。少しこの景色に見とれていた。

 砦に戻る。ハルが飛び立った場所で待っていてくれた。オイラが帰るのを見つけたようだ。ハルは手を広げ、涙を流しながら喜んでいる。オイラはハルに飛び込むように広場に降りた。

 ハルが落ち着いた頃に砦の入口に向かった。中から貞盛様と吉虎様他の軍師たちが出迎えてくれた。

 「おぬしの力、闘神か」貞盛様が聞かれたが。

 「オイラは神等ではない。三成村のカイ。一人の米作りが好きな農民です」

 武人にはなりたくなかった。

 「そうか。帝に仕えてもらいたいのだが。惜しいのう」

 「今日は疲れたじゃろ。ゆっくりハルと休め。お前を待っている間ハルもそこを動かんかった。ご苦労じゃった」吉虎様はオイラの働きをねぎらってくれた。

 「首尾はどうじゃった」吉虎様が歩きながらオイラに聞いてきた。

 「明石忠頼に会いました。ゆさぶりは上手くいったのか」

 「すでに下の砦は鎌倉から逃げ出す者も大勢いると聞く。中に居たものから砦の配置や人の数。情報も集まっておる。カイの働き上手くいったと考えてよかろう」吉虎様に入ってきている状況を話してくれた。

 「良かった。上手くいきそうで」

 「これで降伏するとは思っておらんが、こちらの犠牲は少なくて済む。明石忠頼、あ奴の企てもカイのおかげでもう終わりじゃ」

 「ありがとうございます」オイラは礼を言った

 奥の部屋に通された。ハルが「夕食をもらってくる」と部屋の外へ出て行った。筵の上に横になった。やはり体が重い。力を使いすぎたか。以前のように強烈な眠気はこなくなっては来ている。

 ハルが沢山の握り飯と焼き魚、鍋に野菜たっぷりの汁を持ってきた。二人では食べきれない量だ。

 「炊事場に行ったら、カイが一人で頑張っているからってこんなに貰えたわ」

 「こんなに食いきれんで」

 「明日の朝でもええし。ゆっくり食べよ」

 二人で喋らないが、目の前にハルが居てくれているだけで食が進む。目が合うと自然に笑みがこぼれた。



 三日がたった。

 鎌倉に居た人たちは半分が降伏し鎌倉を出てきた。元農民が殆どで、下級の武人達も居た。何人か中級武人が居たが家族と一緒に逃げてきている。武人達は我が軍に編入されて逆に今度は鎌倉を攻撃する側になった。農民たちは高い税に苦しんだあげく祖国を追われ、行く当てがない者達だった。吉虎様の計らいで一旦小田原に集めて戦が終わった後の農地の復興の担い手にすると言っていた。

 鎌倉に残った者達は明石忠頼に忠誠を誓った者達だ。自らの死も覚悟している。

逃げてきた中級武人が、恐怖や恩義で逃げ出せない者も沢山いると聞いた。中には家族、妻や子供まで居る、逃げられない者。逃げる当てのない者までいる。

頼道様は、明日の朝に総攻撃の御触れを出された。次々に武人達が広い鎌倉を取り囲んだ。海にも水軍が何百隻と集結した。夜には松明が焚かれ、まるで昼のような明るさだ。

 朝になった。無数の松明で飾られた海からゆっくりと日が昇ってくる。松明の明かりよりはるかにまぶしい輝きだ。

オイラは砦の広場にゆっくり歩んだ。

 明石忠頼がした所業を思い起こし。この世におってはならん者だと思い。手のひらを目の前に天にかざした。小さな黒い粒が手の上にできた。その粒が一寸ほどになった。黒いが輝いているように見える。そして黒色はどこまでも深く濃い黒だ。まだ少しずつ大きくなって拳ほどの大きさの球になった。手を返し鎌倉に手のひらを向けると黒い球は鎌倉に向け飛んで行って見えなくなった。暫くすると後ろの山から鎌倉に向け風が吹き出した。それと同時に鎌倉にある砦や建物が地面から引きちぎられるように空に飛びあがり消えていく。黒い球が見えた。引きちぎられた建物が黒い球に吸い込まれていく。鎌倉にある物すべてが黒い球に飲み込まれていく。鎌倉には何も無くなった。もういいと思った瞬間に黒い球は光を発し消滅した。

 球が消えたら風も止んだ。いつの間にか横に吉虎様が居た。

「あれはいったいなんじゃ」

「明石忠頼が消えてほしいと思ったら、あの黒い球が出てきた」

「あれは黒い球と言うより、地獄に通ずる黒い穴よな」

黒い穴、確かにすべての物を飲み込み何処かへ消滅させた。空中にあったが全てが黒い穴に落ちていくようにも見えた。

 貞盛様が総攻撃の号令を上げた。ほら貝の音が鳴り響き、烽火が上がった。一斉に武人達は山から狭い道を通り鎌倉へと進軍していく。海からは子船に乗った水軍が上陸する。しかし、敵方の武人の抵抗は全くなかった。あっけないほど戦は終わった。

 鎌倉の地は何もない平地となって、敵は鎌倉の東西に小さな砦に居た数百人が戦意を喪失して降伏してきたのだけだった。

頼道様と軍師達は夜になって祝杯を上げだした。あちらこちらで歓喜が上げっている。

 オイラとハル、吉虎様は砦を出て鎌倉の地に降りた。何も無くなっている。たき火をしている下級の武人達が居た。吉虎様を見るなり急に緊張している。

「よい楽にせい」

「我ら吉虎様の采配驚いていますわ。帝様の軍、犠牲者は一人もおらん。前の出陣のときは10人に1人しか生き残れんだ。しかし、せっかく生き残って勝ったのに、こう何も無かったら褒美は何もない。つまらんです」下級の武人が言った。

吉虎様は「せっかく命を懸けて戦に来てくれたのだが、おぬしらは何のために戦う。ワシは世の秩序の為、帝への義、己の信念じゃ。まだ下総の国には平将門がおる。これからじゃ。いい働きをせい」強い口調で言った。

 海に向かって月明かりを頼りに歩いていく。遠くから松明を点けた水軍の武人達が陣を取っているのが見えた。そこの惨状はなんなんだ敗残の武人達は着物をはぎ取られ、立てないくらい殴り蹴られている。そして、女子達は・・・。

ハルが「やめてー」と大声を張り上げた。

吉虎様が刀を抜いた。

オイラは走り、味方であるはずの水軍の武人達を吹き飛ばした。

水軍の長らしき者がオイラを知っているようだ。

「おぬしら天狗様を相手に戦うては命がいくつあっても足らんぞ」長が叫んだ。

相手はおとなしくなった。

 怪我をした敗残の武人達を治していく。吉虎様が着物を持ってきてくれた。ハルが手伝い着物を着せていく。その間吉虎様は長と話をしていた。

 少し休んで砦に向かうことになった。日が昇ってあたりが明るくなってきた。その時初めて分かった。鎌倉の惨状が。大地は黒い岩がむき出しになり所々地割れがおきている。川があったところにはかろうじて水が流れている地割れの中に水は吸い込まれている。土は無くなり、周りは黒一色だ。この地は、暫く作物は作れないだろう。

 一体オイラは何をしたのだろう。黒く固い大地を歩いた。

 30人ほどいる敗残の武人と女子達を連れ砦に入った。吉虎様と話をしてオイラとハル吉虎様直下の武人一隊、敗残の武人達で下総の国へ向かうことにした。向こうにはショウ達が居る。彼らなら何とか敗残の者達を受け入れてくれるだろう。

吉虎様から武人の長は「若いが血気盛んな若者だ、面倒見てやってくれ」と頼まれた。

 オイラはその者の事を知らないが、相手はオイラの事を良く知っているらしい。

 貞盛様に出立の挨拶に行き、貞盛様から「すまぬ。お主だけに世話をかけて」吉虎様から事の顛末は聞いているみたいだ。

砦を出た。前には武人の一隊。その後ろに敗残の兵が荷車を引いて続く。敗残の者達は皆、生気が無い。やっと生きているという表情だ。一番、最後尾にオイラとハルだ。

 峠から鎌倉を見た。地面が黒く光っている。もうここに来ることはないだろう。

下総の国へ向かった。



 早速、晴明と連絡を取る。直ぐに晴明、ショウ、シュウ、アシ、クモが迎えに来てくれた。

 我が隊の長は「このようなところで晴明様と四天王と呼ばれる方々と会えるとは」感動していた。

 味方の砦に入るまでまだ距離がある。隊の一番後ろで話しながら皆と歩いた。

 ここ10日ほど敵は無秩序な攻撃を仕掛けてくるようになった。恐らく鎌倉との繋ぎが無くなった事であろうと。それと、まだキョウの居場所が掴めていない。キョウのいる場所は敵の領地の中らしく。うかつに連絡を取ろうとして帝側の者だと分かれば命が危うい。少しずつ此方が押している。もう少しでキョウのいる領地を取れる所まで来ている。慌てる必要もないとの事だった。

 我らの砦に入った。敗残の者達は暫くショウ達が戦支度をさせ、監視することになった。まだ武具を持たせることや飯炊きをやらせるわけにはいかないようだ。

 ハルがヨシとシズを連れてやってきた。こないだ別れたばかりだがずいぶん久しぶりに思った。この3人は気が合うようだ。もっぱらシズの晴明に対する愚痴が話題の中心だ。

 そんな時だった。敵が攻撃してきた。此方では相手と戦力はほぼ同等だ。攻撃を仕掛け相手を消耗させる作戦なのだろうが、流石ショウ達は上手く受け流しこちらの損害を最小限にして、相手を消耗させている。相手が我慢しきれずに撤退した。

しかし、このどさくさの中で敗残の武士が女子達を残し逃げ出した。ショウは鎌倉の状況やオイラの事が相手に伝わらないか心配した。普通であれば敵方は総攻撃をかけてくる。

 砦の中が慌ただしくなる。

 そして、残った敗残の女子達を開放することにした。裏切られたら困るのと、死なせるのも忍びなかったからだ。砦からオイラが相手の領地にある砦まで連れて行った。砦の前の門は固く閉ざされている。門の上の櫓には敗残の武人が数人いた。オイラは立ち止まり女子達を先に行かせた。すると急に砦の中から一斉に矢が飛んできた。オイラは何とか女子達に当たる前に矢を止め放ったものに返した。そのまま女子達を飛び越え砦の門の前まで来た。

中の声が聞こえてきた。

「やめて下され。あの方は我らが恩人。それに女子達もおりまする。お願いです」それからその者の声は聞こえなくなった。オイラは門をけ破ると中に入った。目の前に斬られて絶命している敗残の武士が横たわっていた。

 オイラは骸になった名も知らぬ武人を抱き上げた。ここ数日の感情が込み上げて、自分の中の荒ぶるものが湧き出てくるのが分かった。

「逃げろ」後ろの女子たちに叫んだ。

炎の龍が現れた。龍は刃向かってくる者を飲み込み、砦にある櫓を焼き尽くしていく。

 あっという間だった。抵抗する者が居なくなり炎の龍は消えた。

馬に乗ったショウ達が慌ててやってきた。惨状を見て驚きを隠せない。暫く5人とも馬に乗ったまま動かない。

「女子たちは無事だったか」オイラが聞いた。

「途中ですれ違った女子たちを。シュウ、アシ追ってくれ」ショウが命令した。

「カイ様。日増しに力が強大になっております」クモが小さな声で言った。

 晴明とクモが廃墟となった砦を探索に出た。オイラとショウは穴を掘り始めた。斬られた名も知らない骸を埋めてやりたかった。

 穴を掘り終わったくらいに、晴明とクモが生き残った者を連れてきた。大半が鎌倉から連れてきた敗残の武人だった。偶然焼け残った小屋に全員居たらしい。その中の若い武人が「父上」と叫び駆け寄ってきた。どうやら斬られた武人の息子らしい。悲しい現実をまた見たような気がした。

 この砦が落ちたことにより、敵味方の数で此方が有利になってきた。誰もが一気に平将門を打つまで攻めるべきと言っている。しかし、ショウは貞盛様と吉虎様の本隊が来るまで待つと言い張った。オイラもそう思った。

 ただ、キョウのいる町までは近いそこだけは押さえることになり進軍の準備をすることになった。

 オイラはハルの飯炊きの手伝いをして鍋の煤を洗い落とすのをしていると敗残の武人と女子達がやってきた。オイラがショウと掛け合いここに居られるようになった。

「ワシらをあなた様の家来にしてくれんか。もう行く当てが無いんじゃ」一番の年長者が言った。

「オイラは家来など作らん」断った

「ただ、いろいろ当たってみる」温情のある方も多い。

 武人の中からキョウが居る町近くの出の者が居ると話してきた。オイラはその者達をショウの所まで連れて行った。ショウは決断し町を攻める時に武具を持ち先頭に立つように命じた。女子達はハルと一緒に炊事場に入った。皆、役目を与えられ自分から動くようになった。

 町を攻めに入った。ここには砦はないが、所々に壁があり家が櫓の代わりをしている。何処から攻撃されるか分からない。その中で敗残の武人達の隊は成果を上げてくれている。やはり土地を知っているのは強い。家には商人も職人たちも居た。戦場とは違った。

 オイラはショウから力を使うと町が無くなるから一番後方で見ていてくれと言われた。しかし、オイラはクモと話をして、クモはキョウのいる家を知っている。そこまで一気に行くように計画した。最前線の小競り合いをオイラとクモは抜けて敵の中に入る。敵の数に少し足が遅くなった。助けが入ってくれた。敗残の武人達だ。構わず昔仲間だった者達を斬っていく。敵の数は圧倒的に多いが、我らが圧倒している。誰の犠牲も出さずに少し開けた広場に来た。どうやら町の中心のようだ。ちょうど正面、馬に乗った武人が居た。敵方の長のようだ。弓矢を持った者が我らに狙いをつけている。オイラは構わずに前へ走った。

 同時に相手に矢が雨のように飛んできた。流石に何だと思い足が止まった。

 「カイ様。御久しゅうございます」キョウだ。数十人の仲間たちを連れてきてくれた。それに敵側に居た者達の中にも仲間がいた。敵の数は半分以下になった。オイラは敵の長に飛び掛かった。馬から落ちると長の後ろに周り首の骨をへし折って絶命した。

 敵方の残った者が武具を捨て始めた。降伏だ。もう勝敗は決した、大丈夫だ。

キョウがオイラの所に来た。

 元気そうだった。小さな子供を抱いている。男の子のようだ。

ショウ達もやって来た。彼らはまだ忙しいようだ。あいさつ程度で町の反対側に陣を設け最前線が前へ進む。

 キョウとキョウの子供とハルのもとへ向かう。歩きながらキョウと近頃の話をしてくれた。

「3年前に平将門が領主様を撃ち新しい国を作ると宣言して農民も商人に重税をかして、国中が荒れました。帝の軍も何度か来られたようでしたが、ここまでたどり着く前に敗走したそうです。私もショウにこちらの様子を伝えようとしたのですが、此方の使いは敵の箱根の峠が越えられずに帰ってくるか、最悪犠牲になって帰っても来ませんでした。私は待つことにして、力を蓄え仲間を増やすことにし準備をしこの機をうかがっていた時。小田原の噂が届ききっとカイ様が来られていると思っていました。嬉しゅうございます」

 ハルのいる陣まで来た。炊事をしている小屋に向かう。何故だか分からないがハルの居場所が分かる。小屋に入ると沢山女子たちが居た。その多さに中に入りづらい。入り口で中の様子をうかがっていると、中から「ハルちゃんの旦那さん」と声をかけてくれて奥からハルを呼んでくれた。飯炊きと陣の移動の準備で忙しそうだ。ハルが指揮をとっている。以外に皆から信頼されているし、長く戦に係っている。お互いあまり言わないが三成村に帰りたい。

 ハルが汗をかきながらやって来た。釜の前で飯を炊いていたようだ。

「良かったな。早う戦が終わって。お疲れさま。あらキョウさん。ビックリした」キョウにも気付いてくれた。

ハルに時間ができるまで小屋の外で待つことになった。

 ハルが来た。キョウと話が終わらない。オイラは近くを歩くことにした。

陣地の移動で慌ただしく人が動いている。後方を見たら数多くの武人達がこっちにやってくる。貞盛様と吉虎様の本隊だ。ハルとキョウが横に来た。

「すごい数ですね」キョウが言った。

「近いうちに決戦だな」オイラが呟いた。

 その夜。貞盛様、吉虎様はじめ主要軍師、大将が集まった。オイラも呼ばれ末席に坐した。ショウ達はオイラより上の方に坐して申し訳なさそうにしている。普段は直接指示を受けるからこのような会議に出ることは珍しい。

 もう数の上でも此方が倍以上。敵方を裏切る者も現れ皆は勝利を確信している。

吉虎様だけが「気を抜くでない。守りを固めろ」と慎重だ。この会議では近いうちに総攻撃を開始する決定だけをして具体的に何時攻撃するか決められなかった。

 次の日だった。陣でハルの飯炊きを手伝っていた。周りが騒がしくなってきた。何かおかしいと騒ぎの方向へ向かった。

 敵の奇襲だ。百騎ほどの馬に乗った武人達が攻め込んできている。まずい、押されている。ハル達を安全なところに逃がさねば。飯炊き小屋の近くまで敵は来ている。女子達は攻め込まれて狼狽し、足がすくんで動けない者もいた。

「落ち着いて。味方が居るから奥へ行くよ」ハルが先陣を切って小屋から出る。

外は敵味方が入り乱れ白兵戦だ。敵方は鍛練された武人の集団だ。馬を操りながら正確に矢を放ち仲間を仕留めていく。馬から降りた武人も仲間を次々に仕留められていく。

 今、参戦したらハル達が危ない。ハル達を安全な場所へ連れて行くまで何とか持ちこたえてくれ。吉虎様が参戦する。ショウ達は最前線へ行って間に合わない。味方も集結しつつあるが、完全に不意を突かれた。

 やっと、ハル達を本陣の正面まで連れてきた。ここは貞盛様を守るのに武人達が死守してくれるだろう。

 オイラは飛んで吉虎様を探した。吉虎様は一人敵に囲まれ危うい状態だ。

敵を吹き飛ばしたが、次は騎馬に乗った者が斬り込んできた。矢も飛んでくる。波のような攻撃だ。これでは吉虎様でも耐えられない。一騎ずつでは切が無い。まとめて吹き飛ばした。少し合間が開いた。

「カイ。あそこに居るのが平将門じゃ。うて」足を怪我した吉虎様が叫んだ。

そいつは馬に乗り鎧に身を包んでいる。オイラは平将門が居る所まで一気に飛び馬から叩き落とした。仰向けに倒れた所を上に乗り、横に落ちていた矢を鎧の間から首に突き刺した。周りに居た武人達が次々に斬り込んでくる。恐らく平将門の護衛役たちだろう。主の敵を討とうと命がけで突っ込んできた。

 クモが馬に乗ってきてくれた。二人で敵方の武人を倒していく。ショウも、シュウも、アシも晴明も知っている仲間が来てくれた。敵は静かになった。もう抵抗してくる者は居ない。

 仲間同士手を取り合って喜んだ。

 平将門の亡骸を見た。

 この男が親王を名乗り、この乱が始まった。これで終わった。長かった、やっと三成村に帰れる。ハルと二人で。


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