第4話平将門の乱【東国へ】
4年の時が過ぎた。
身近な所ではお父が亡くなった。お母は今一緒に開墾地の小屋で暮らしている。我が家には子はできないがクキとキクの間には子供が二人できて3人目がお腹にいる。母となったキクは頼もしい。そして、うちのお母もキクの良い相談相手だ。
時成は領主様になった。マイ姉と頑張っている。やはり周りの世情は気になるようだ。あちこちで争いがあったと噂がある。
今度、ハルの生まれ故郷の由の国へ行く事になった。ハルのお父の墓にも行きたい。行き返りで8日ほど家を留守にする。お母は留守を守ると言ってくれた。クキとキクは「行ってくれば」と言ってくれたが、子供がハルになついていて泣きじゃくっていた。
由の国は広い、海から山まであって産物も多い。悪い噂も聞かない。
ハルの生まれ故郷に向かって出発した。
久しぶりに海を見た。ハルが海の向こうは何があるのか聞いてきた。道真様が海の向こうには唐の国があると聞いた。海の向こうは何も見えなかった。永遠に水があると思うくらいに。砂浜は白く、潮の臭い、波の音が目を閉じると心地いい。真横でハルも目を閉じていた。街道に出た、先を進む。小さな町に出た。宿を取った。この時期の宿は空いている。大きな魚が料理に出てきた。魚の塩焼きも見たことの無い魚だ。全部美味い。ハルも「これは何や」と言いながら食べている。魚を生で食べる。海の魚で新鮮な物は生で食べられるらしい。
次の日の道中。「海って凄いな」と言ってハルと歩く。
山道に入った。ツゲ村に着いた。先ずはハルのお父の墓に向かう。急に通り雨が降ってきた。雨をやり過ごし、村が見る丘に上がってきた。虹が村の上に掛かっている。そして、一面が緑で稲穂が実っている。水害があった時の光景から信じられない。オイラもハルも涙が出てきた。ハルを抱きしめた。
「良かったな」自然に言葉が出た。
暫くこの光景を見ていた。
ハルのお父の墓に来たが、そこには何もなかった。オイラもハルもあせった。以前皆が居た寺まで行った。知っている者を見つけた。ツゲ村のシンだ。こちらを見つけるなり跪き拝まれた。
シンが皆を呼んでくるから待っておくように言われた。村長やあの時の者が走って来た。
「お懐かしゅうございます」村長が。
ハルの父親の墓がどうなったか聞いた。ここの寺に移されていた。墓石も奇麗に掃除されている。
ハルが「お父。お父。良かったな」
村長が、オイラ達が去った後の話をしてくれた。
皆が土地の上に積もった砂や瓦礫を田植えが始まるまでに、半分の土地が使えるまでになった。その次の年には収穫は完全に元に戻った。村の皆が集まった時、ハルの父親の話が出た。村の貢献者として寺に墓を移すのに誰の反対も無かった。命を懸けて天狗様を村に御呼びになった者として。
村は3年で元に戻った。領主様も奇跡の村と言っておられた。
天狗様の話は由の国では伝説になっておられると。
これは早く帰った方がええかも。
皆が、ハルが美しくなったと言ってくれた。取りあえず。オイラとハルが夫婦になったことを話した。驚きと、祝福をしてくれた。
夜は本堂で夕食となった。ありがたかった。
シンがオイラとハルの所に来た。村長の話ではシンは村では若者の長だ。
シンがハルに「大きくなって別嬪になったな。あんときはすまんかった」昔の話だ。
今度はオイラに「まだ何も恩返しできてない。すまんの」義理堅い。
ハルは昔なじみの者達と話しをしている。子供の頃の話だ。水害が起きる前の良き頃の話だ。ハルは最近の話をしだした。京の都、字や、紙すき。オイラにも隣にいた女子が京の都の事を聞いてきた。道真様、帝の事、内裏、雅な都の事を語った。とっておきは晴明と陰陽師。女子どもは晴明に会いたがっている。
夜も更けて皆が返って行った。本堂にオイラとハル二人だけになった。仏様の前にハルと座った。
「良かったな。元に戻って」オイラが。
「みなカイのおかげや」ハルが
「寝るか」二人して別々の寝床に入った。
朝起きて、依然作った水路や他の状態を見て回った。寝床にしていた所も奇麗に残っていて今でも使えそうだ。もう安心だ。夕刻にハルのお父の墓に参り、次の朝、村を出た。
シンが見送りに来てくれた。シンはハルのお父と仲が良く、尊敬していたと聞いた。そして、ハルのお父が木を切り出し途中まで作ってあった面をシンが完成させた。その面をハルのお父の形見だと渡してくれた。ありがたい。
帰りも海沿いの街道を行く。波の音は好きだ。そして、海は奇麗で大きい。
三成村に帰って来た。家に入る前にクキの家からショウが出てきた。オイラを待っていた。家にはオイラ達だけだ、中に招き入れた。キクも入ってきた。京の都内裏で困ったことが起きていると。大臣まで出世した、藤原時久様からの頼みだ、文も来ている。辨屋庄兵衛様からも文が来ている。これだけで尋常じゃないことだと思った。
文を読んでみた。先ずは時久様の文だ。
東国で反乱がおきた。何時ものように兵を送ったが返り討ちに会った。さらに兵を増員し送ったが全く相手にならない。噂では何万と言う武士が組織立って動いている。兵法も心得、地の利にも詳しい。兵を送ることになったが、今度は失敗が許されない。何とか助けてもらえないかとの事だった。
辨屋庄兵衛様からの文は。
東国からの荷が来なくなった。船も失った。京の都には物が無くなり、物の価値が上がり庶民が飢えはじめている。このままの状況が続けば帝様が力を失い国が乱れる。何とか助けてくれないだろうか、無理を言って申し訳ないと書いてあった。
行くしかないと思った。刈り入れの時期まで待てるとショウに聞いてみた。それくらいは問題ないみたいだ。一緒に文を見ていたハルが「ウチもついて行くからな」もう決めたみたいだ。キクがお母や家の事、留守を、守っていてくれる。ありがたい。
ショウとキクは他の村の者には、政子様から呼ばれたことにして京の都に行く事にしておく。決して東国とか戦の事は言わないように口止めしておく。
キクをクキが迎えに来た。子供が乳を欲しがっている。キクの目がいつもの穏やかな目に変わった。ハルも気付いている。今まで家の中に居たキクの目は、京の都清涼殿でオイラに打ち込んできた時の目に似ている。キクも感じている。大きなことが起きていることを。
夜に、ハルと話をしている。
「こんなことに巻き込んですまんな」
「いいや。カイは悪くない。きっとカイの力は皆を助ける為や、仕方がない。うちらも早う子供ほしいな」ハルは子供ができない事に負い目を感じている。
「子供はなるようにしかならんし。焦らんとこ」ハルに言った。
ショウ達の話になった。皆元気にやっているかな。ハルも同じ思いだ。
ショウは、先に京の都にこちらの事情を伝えに出た。後からキクから聞いたが日本中の噂を集め、場合によっては自ら動く。今ではショウの命令で百人の人が動く。よくここまで村を立て直した。だから、キクもこの村に来たのかもしれない。
刈り入れが終わった。後はクキとキクに任せてハルと村を出た。砦によって時成とマイ姉に一言。子供も元気だ。ハルは子供と仲良くなるのが上手い。直ぐに京の都に向かう。
途中の宿場でクモと合流した。宿場でクモは女子に声をかけて楽しそうに話をしている。
ハルが「変わらんなクモは。早う、嫁貰えばいいのに」遠くから呆れ顔で。
クモが此方に気が付いた。
「オイラ達より女子の方が大事じゃないのか」と聞いてみた。
「私にも義理人情はあります」とクモが答えたが、ハルは信じていない。
「ハルさん奇麗になりましたね。雅。雅」クモはハルを誉めているのか、からかっているのか分からない。京の都に一緒なのはいいが頼りになるか不安だ。
京の都の近くまで来た。以前に比べて活気が無い。商人が減った気がする。建物も色あせて見える。
クモに聞いてみた「京の都は近頃どうなんだ」
「潤っているのは、京の都の真ん中だけ。最近、近くで作物の不作が続き喰うのも困っている民が居ます」クモが答えてくれた。
「東国からは何も入ってこないのか」
「はい。三河から向こうは、街道も止められています」クモは真面目に答えてくれた。
今回の目的地は北野天満宮。まだ建立中で、完成までにはしばらくかかる話だ。ただ梅や木々が奇麗な所だと政子様の文に書いてあった。ハルは政子様に会えるのを楽しみにしている。北野天満宮は京の都の文字通り北にある。今回、政子様にはオイラ達が行く事が京の都に行く連絡は伝わっている。吉虎様も待っているだろうな。
北野天満宮に着いた。まだ門は建立中だ。建物建立の職人が沢山いた。実は寿の国で収穫した米がここに送られている。自然に人が集まってくるとクモが言っていた。
山間の石段を上がっていく。本堂が見えた立派だ。
「道真様良かったな京の都に戻れて」空を見上げ思った。社務所の方を見てみると、見慣れた顔が。吉虎様だ。ハルが先に見つけて駆け寄っていた。
「吉虎様ぁ」ハルは大きな声で近づく。
「おう。ハル元気だったか」吉虎様がハルの頭をなでながら。
「吉虎様、お久しゅうございます」オイラも挨拶をした。
「すまんな。都の事情で迷惑をかける」オイラが来た理由も知っておられる。
「中へ入ろう。政子が待っておる」案内してくれた。
建物に入ったら小さな子供が駆け寄ってきた。吉虎様に抱き着いた「息子の虎丸じゃ」迫力のある吉虎様とは全然違う。吉虎様が「政子に似て良かったじゃろ。皆に言われる」確かに。
奥から政子様が出てきた。
「遠い所良く来てくれました」喋り方が三成村に来た頃の昔に戻っている。
ハルが「喋りがまた下手になったな」正直だ。
座敷に入る廊下を歩いていると、遠くに知った顔が晴明だ。長椅子に横になっている。
「ワシらが、ここに来てから、ずっとあの調子で。まるで世捨て人だ」吉虎様が。
奥の座敷に入った。
明日には時久様が会いたいようだ。事情はだいたい分かっている。
政子様とハルは子供の話になっている、もうハルと虎丸は仲良くなってハルの膝の上に乗って笑っている。思わずオイラも笑う。
話が一通り終わり。ハルと一緒に晴明の所へ行く。行ったら酒の匂いをさせて眠っている。ハルが肩に手を当てさすって起こそうとする。起きたかハルが晴明の顔を覗き込むと、丁度晴明も目を開けた。お互いが驚き晴明は椅子から転げ落ちた。かなり晴明は狼狽している。何故ここにオイラ達が居るのか分からない様だ。
「どうした何があった」聞いてみた。
晴明はうつむいたままじっとして何もしゃべらない。一体何があったのか。
もう一度聞いてみた「今のお前は、もう何年も世捨て人のような日々を送っているそうやな。あの道真様の時のような凛々しさが何も無いやん」
「キク殿が」小さな声で晴明が答えた。
オイラもハルも何が何だか分からんかった。
「キクなら三成村で元気にしておるぞ」ハルが答えた。
晴明は横にあった酒に手をかけた。ハルが「駄目」と言って酒を取り上げた。
吉虎様がやってきた「お主が京の都で評判の安倍晴明とは。噂と、行いがあまりにも違う。驚いたぞ。せっかくじゃ飯でも食って行かんか」晴明に。
「いや。今日はここで失礼する」と言ってハルが持っている酒を取り上げ、いずこかに帰って行った。
「いったい何があったのか」オイラが言うと。
「ワシらがここへ来て半年か一年後から見かけるようになったな。何処かの貴族か。何も害は無いし。ほおっておいた」吉虎様が答えてくれた。
その日、夜になったハルと二人、寝所を用意してもらった。夜中寝ていると嫌な予感がした。急に外が騒がしくなった。盗賊だ。吉虎様と神官の者達が盗賊と対峙している。そして離れたところでクモと黒装束の者達と切りあっている。ハルに奥で待っているように言う。
「心配してへんけど、怪我したらあかんで」と言い残し奥に行った。
クモと黒装束の間に入った。相手は3人。全員気絶させた。
「流石です。カイ様」クモが言った。
吉虎様の方も片付いていた。吉虎様の裁きを見ていた。米を盗賊たちに与え「二度と盗人をするでない。次は命が無いぞ。女房や子が悲しむ。早う行け。役人が来るぞ」と言い盗賊達を解き放った。
「近頃、こういった輩が増えてきた。飢えた者が増え世も乱れておる。それよりもクモの方は」吉虎様とクモの居る方に。
クモの近くに行くと3人ともクモが、縄で身動きできないようにしてくれていた。3人とも気付いた。気付いたと思ったら毒を飲んで自害していた。
クモが言った「彼らは影の者。我々と同じです。何処の里か調べてみる」不安そうな顔だ。
「なぜこのような所に。政治、軍事何も意味がない。ワシが目的か、カイの事を知っている者が居るのか」吉虎様も剣技の達人。そして、道真様より兵法も学んでいる。恐らく兵法を知っている者を暗殺しているのではないか。向こうも兵法を心得ている者がいる。今度の敵は一筋縄ではいかない。
3人に緊張感が走った。
翌朝、骸は役人たちに引き渡す。クモは黒装束達が持っていた物から探りを入れるためにオイラ達とは別行動をになった。クモが言っていた「この者達は暗殺専門の輩。きっと京の都の何処かに隠れ宿がある」吉虎様も同じようなことを言っている。
藤原時久様、橘教子様、阿部高義様お三方が北野天満宮へお見えになった。本当はこちらから出向くはずが、情勢が変わった。
教子様、政子様、ハルは虎丸と一緒に縁側の部屋で話をしてもらっている。当然遠巻きに警護を付けている。オイラ達は奥の部屋で昨日の事を話しはじめた。
時久様は深刻に考えている。菅原道真様ゆかりの者が、今回の一件に絡んでいるのは間違いないようだ。それが誰なのか見当もつかない。
オイラの力の事はここに居る者しか知らない。やはり、吉虎様を狙ってきたと考えるべきだろう。そして、道真様の兵法。
時久様が気が付かれた。
「吉虎殿。明石忠頼をご存知か」
「確か、ワシが道真様とお会いした頃に、学問を教えていた者にそのような名が」吉虎様が答えた。
「ワシも知っておる。確か学者だった」高義様が
「忠頼はすぐれた学者だった。ワシなどはたいした事なかったが、道真と忠頼は何時も競い合っていた。兵法については道真が圧倒していた。忠頼はどうしても勝てなかった。20年程前に京の都から姿を消した。その後はどうなったか。噂では東国に行ったとか」時久様は不安げに忠頼の話をしてくれた。
急に外が騒がしくなった。
「いかん」吉虎様が刀お持ち部屋を出る。オイラも吉虎様よりいち早く部屋を出た。外の状況が見えた。見張り7人の内2人がすでに切られ、後の4人も防戦一方だ。敵は30人を超えている。敵の一人が刀を振りかぶりハルが切られそうだ。オイラは一気に瞬間移動で敵とハルの間に入り相手をはね飛ばした。
「一気に片付けろ」吉虎様が叫んだ。
オイラは庭に降りると砂利を掴むと敵に向けて投げつけた。敵の額や喉に当たり殆どの者は絶命した。残りは味方の近くに居た3人を残すだけになった。一人は吉虎様が成敗した。残すは2人、オイラ達はこの二人を囲んだ。二人は躊躇いもなく、自ら喉を切り自害した。
切られた仲間はまだ息があった。助けられる。怪我を治した。味方に犠牲が無くて良かった。
吉虎様が、気が付いた。倒れている者の一人が先ほど来た役人の一人だ。見ると建立中の門に居た大工達も数人いる。
クモとクモの仲間3人が走って来た。惨状を見て理解したようだ。
「誰か居なくなった者は」クモが言った。
吉虎様が家の中に入り、調べてみると飯炊きの女中が一人いなくなっていた。
「隠れ宿に行ったらすでに誰も居らずに、もしやと思いこちらに来たら、この惨状。これほどの人数。侮れません。もしや、内裏にもすでに隠れ者が入り込んでいると考えた方が良い」クモが言った。
時久様、高義様両名とも顔がこわばっている。うかつに動けないのが現状だ。それに誰が味方なのか敵なのか分からない不安から判断もつけづらい
忠頼と言う人は、20年も前から準備をしていたのか。
吉虎様が「孫子の兵法の巻末に「間」(情報戦)と言う物がある。今は敵が2手3手、先を行っておる。こちらが不利な状態だ。先ずはやるべきことをやってみようではないか」
クモ達には逃げた女中を追跡してもらう。事前に、今回の襲撃を知っていた節がある。
ちょうど役人達が来た。長らしき者が骸の顔を確認した。やはり4年ほど前から下働きをしている者だ。時久様はかなり強い口調でこの者の正体を暴くように指示を出しているが、あまり期待できそうにはない。家族なども居ないそうだ。
大工の棟梁も呼んだ。6人もの大工が居た。6年ほど前に、一人の男を紹介で弟子を取った。今回、門の建立でこの弟子が5人呼んできて仕事をさせていた。棟梁に紹介した人物について詳しく聞いてみると。その名を聞いた時久様は驚いた。内裏では軍事を担当している中堅の貴族、平正盛だ。
その貴族を調べは陰陽師の高義様にお願いした。
吉虎様は敵の標的にされている。不要な外出を避け、役人に護衛を増やすように時久様が役人に指示を出した。
時久様は、帝や他の大臣にどのように報告するか迷っておられる。報告は2日後の大臣会議にして報告の内容は状況を見て考えるそうだ。
吉虎様が。先ず相手の立場に立って次にどう出るか考えてみてはと言った。
「そうなるとここの守りは今回の一件でもう攻めてこないだろう。狙うは政子、虎丸、後は時久様。それと何故ワシが狙われるのかおかしい。内裏にはもっと軍事には詳しい者がいる。その中に敵の長がいる。誰だ」
「心当たりがあるが、確証が無い。うかつには動けんな」時久様の表情がさらに曇った。
ハルがやってきた「もう話し終わったか。虎丸がカイと遊びたいって」周りの雰囲気など関係ない。皆が笑った。
「高義様。昨日、晴明が庭におったが、何かあったのか」ハルが高義様に聞いた。オイラも聞きたかった。
「お恥ずかしい話ですが、晴明のやつ女子に嫌われたれた様で。情けない」
「女子とは誰や」またハルが聞いた。
「よう、二人がご存知な女子で、キク様じゃ」その名を聞いて驚いた。
「いやぁ。キクは、今三成村で留守を守っとる。もう子供もおるで」ハルがキクの事を言ってくれた。
「明日にも晴明に会ってみるか」オイラがハルと高義様に言った。
「申し訳ない」高義様が
お三人が帰られた。神社の社務所から本殿の方を見てみる。日が西に傾き神殿を照らす。幻想的だ。良い所だ。上村から見た景色に似ている。
次の日、オイラとハルは晴明に会いに陰陽師の寺に向かった。平安京の外周に沿って歩く。右側の壁は平安京の中、この道からは平安京の外になる。以前、京の都に来たときはもっとはなやかな気がしたのだが、人も少なく寂しさを感じた。
陰陽師の寺に着いた。下働きの女中さんが「晴明は居るはず」と言われたが何処に居るか分からないらしい。さては逃げたな。
ハルが「せっかく来てあげたのに」少し怒っている。
見られている。そんな気がした。そして、声になっていない、言葉が聞こえた「早く帰れ」晴明の声だ。
何処か近くに居る。目を塞ぎ探してみる。
居た、直ぐ真上の屋根裏だ。
「晴明出てこい。そこに居るのは分かとるぞ」声にせずに念じた。
天井が抜け、晴明が落ちてきた。
ハルが晴明を捕まえ「逃げるな」と言って首根っこを摑まえた。対応してくれた女中さんは目を丸くして驚いている。
女中さんに「何処か3人だけで話せる所ないですか」聞いてみた。奥の座敷に案内されお茶まで持ってきてくれた。
「さ。何でこんな事している。はっきり言いや」ハルが晴明に。
「女子に嫌われた。キク殿や」晴明が小さな声で答えた。
「キクは今、三成におる。やけど、もう夫婦になって子供も居る。3人目や」ハルが
「キク殿から聞いたんだ。キク殿も殿方で好きな人が居った。でも、その人にはお似合いの女子が居ってキク殿はその人も好きだと言った。キク殿は言葉には出さなかった。その二人を見守り、二人が幸せになることが自分の幸せだと言っていました。けな気で私はキク殿を忘れられない。もう終わりです」晴明は泣きそうな顔で答えた。
「それカイと私じゃ。キクから聞いた。キクと話したことがある。私もキクもカイに助けてもらった。ちょっと私の方がカイと早く出会った。それだけや。でも、カイと出会った時から一緒に居るのが私の運命やと思うとる。キクもカイの役に立ちたいと思うとった。だからカイを見守ることがキクの幸せじゃ。キクは私とカイが夫婦になった時もカイの幸せを泣くほど喜んだ。晴明もキクの幸せを考え。今みたいな晴明、キクも見とうないわ」ハルが晴明に。
キクの想い初めて聞いた。今、キクは三成村に居る。自分を思い、家を守っている事に感謝した。
晴明は深刻な顔で何やら考えている。
「カイ殿はやはり凄い。何もしない私が情けない。少し酔いを醒まします。明日からまた」言い残し晴明は部屋を出て行った。
「帰るか。ありがとなハル」オイラがハルに言った
「わたしもありがと」ハルが。
晴明に会った帰り道。誰かに見られている気がした。少し離れた灯篭の横に女子が居た。あいつだと思った。その後ろ離れたところにクモも居る。もしかして探りを入れている最中かと思い。ハルと少し遠回りして帰った。
夕暮れにクモが来た。
やはりオイラ達を女子が付けていたようである。ここに居た飯炊きの女中だ。ヨシと言いていたが素性は分からない。今の居場所が分かっている事しか。必ずつなぎの者がいるはずだからクモが見張っている。ヨシと言う女子が、クモが追っている事を気付いていなければ我々に有利に働く。
次の日、気がかりなのは時久様が重役の方達にどのように説明したかだ。場合によっては吉虎様も出陣になるかもしれない。難しい策を練らないと。時久様からの連絡を待つしかない。
晴明がやってきた。昨日とは表情が変わっている。吉虎様と政子様に紹介する。お二人とも数年前の噂は良くご存知であった。晴明を見て、今まで知っている姿が大きく変わったので驚いておられた。
晴明は親父殿の高義様と話をして、先ずは師匠の助けになるよう師匠から離れないようにと言われたようだ。確かに晴明が居れば百人の武人に匹敵する。
ハルが晴明の姿を見て笑っている「昨日とは大違いや」
晴明に「オイラはいいからハルの守りを頼むな」
「ハル様は苦手で」晴明が言うと。ハルが「このー」と言って追い回す。
晴明も楽しい奴だ。
そんな時だった。ハルが晴明を捕まえた。
『このハル。こざかしい奴め』確かに晴明の声だが、声ではない。頭の中から聞こえてきた。
『おい。ハルの悪口を言ったらあかん』晴明に返した。晴明は驚いて転んだ。
「驚いた。カイ殿、急に声をかけないで下さい」と声に出して言ってきた。
「ん。今のは何じゃ」吉虎様が不思議そうに問いてきた。
「何か頭の中で声が聞こえてきました」晴明が答え。オイラもそう思った。
「もう一度できないか」吉虎様が
オイラと晴明は適当に話ができた。今度は離れたところでできないかと吉虎さが聞いてきた。晴明が外へ出て寺の鐘が鳴ったら会話ができるか試してみることになった。
寺の鐘が鳴った。晴明に「今どこや」と聞いてみた。「今、朱雀大路を歩いとります」晴明からの声が聞こえた。「適当な所で戻ってこい」と伝えた。
吉虎様からどうゆう事か聞いてみた。
「例えば兵を二つに分ける。どうやって攻撃の合図をだす。狼煙かホラ貝の音だろ。通常隊を進めるのは見える範囲で進軍するか、伝令が短時間で行き来ができる距離になっている。もし距離に関係なく合図や伝令ができれば騎馬が使えて広い範囲で戦ができる。これは有利だぞ」何か妙案があるようだ。
時久様がやってきた。
「京の都の政治をつかさどる人たちに現状を話した。恐らく皆疑心暗鬼になっておる。再度兵を送ることなり、摂政様は平貞盛様に討伐隊を任ざられた。実は東国で反乱を起こしたのは平将門様。桓武天皇の血を引く方だ。貞盛様も同じ血筋だ。対抗するためだ。今までで一番大きな討伐隊になるだろう。正面から行けば今までと同じ結果になる。多くの人を犠牲にしたくない。何とか良い手はないものか」皆に時久様が聞いた。
「一つ策があります。ただあまり多くの人には知られない方が良い。それと今までの討伐隊は何処で失敗しましたか」と時久様に説いた。
時久様は「ワシも詳しいことは知らんが、どうも峠でやられたようじゃ。時間をかけていつの間にか戦力が半分になり。道を変えてもまた同じように。最後には引き返すしかなかった」話してくれた。
「やはり兵法では向こうが上ですな。少数で大勢を責めるには地の利を利用するしかない。明石忠頼侮れない。それと、此方の動きも漏れている」吉虎様が深刻な表情で語られた。
クモが来た「やはり飯炊きのヨシは単独で動いている。繋ぎの者は居なくなったようで、恐らく隠れ宿の者の中に繋ぎをする者が居たのだと思われます。もうあの女子の後ろ盾は居りませぬ。中級貴族の平正盛様も繋ぎが無くなったはずです。きっと何か動くはずなので、高義様を含め探りを入れています」クモの探りの結果を聞いた。
時久様が「これからどうすればよい」吉虎様に聞いた。
「先ずは貞盛様と会いたいですな。どんな方なのか。相手の東国との繋ぎが無くなったのはこちらに有利にはたらく」吉虎様が答えた。
政子様とハルと虎丸様が部屋に入ってきた。ハルが「皆、怖い顔して。政子様が京菓子を手に入れてくれた。皆で食べへんか。茶も今入れてもらっているで」盆に乗せた菓子を持ってきた。真っ白な雪の花を見せた菓子だ。茶が来てから一口食べたら頬が落ちそうな感覚だ。
時久様が「甘露じゃ」と言っている。これが甘露と言う意味なのかと思い。ハルも頬に手を持って行き、顔が笑っている。
吉虎様が「頼むぞ、カイこれからだ」
暫く何もない日が続いた。
久しぶりにハルと京の都に入ってみた。こないだ食べた菓子が食べたくなって、政子様の使いだ。晴明も付いてくる。あれから晴明は護衛と称して、オイラやハルの周りでうろうろしている。できるだけハルや政子様、虎丸様に付いてくれるようにはお願いしているのだが。今回は道案内を兼ねている。
それともう一人。ヨシだ、京の町が良く似合う女子だ。ハルには無い貴賓がある。クモの話では、京に住んでいる女子で身元は直ぐに分かった。ヨシと父二人で住んでいたらしいが、父親はいつの間にか居なくなった。恐らく襲撃した者に居たのかもしれない。悪いことをした。憎まれても仕方がない。
菓子屋の帰り。晴明が、女子が倒れているのを見つけた。晴明が介抱している。オイラはよく見てみた。身体に異常は無いようだ、疲れか気が張っていたのか、休めば体調も良くなるだろう。休めるところまで運ぶのが困っているとクモが来た。丁度仲間も一緒だ。クモに任せることにした。このヨシが、クモのこの後の運命に大きく関わってくる。
北野天満宮に帰ると、今度は辨屋庄兵衛様が居られた。ハルが喜んだ。あの時、屋敷の奉公人達に会いたい。
考えると、仲間が増えたなと思う。こうやって集まってくれる。
庄兵衛様は呼び寄せたことを謝られた。オイラに頼みごとをするのは、お互い最後の手段だと思っている。
庄兵衛様は自らオイラに呼び寄せた理由を話し始めた。
「2年ほど前だった。東国で反乱があったのは知っていた。荷を運ぶ船が返ってこなかった。多くある船の一槽だったが、船乗りたちの安否が心配で調べさせた。船は小田原近くで見つかったが、船乗りたちは生きているか死んでいるのかそれすらつかめん状況だ。討伐軍も返り討ちにあい東国との行き来も出来んようになって、物の流れを止められた。京の都から物が無くなり始めた。最初に貧しい者から犠牲になった。京の町も目に見えて荒んできた。頼むカイ。船乗り達を助けてくれ。京の町を助けてやってくれないか」
「分かりました。できるだけの事はします」オイラは答えた。
「しかし困ったものよの。吉虎様より聞いたが、相手はかなりの策士。先手を打ってくると、カイのおかげで此方は持ちこたえていると言っておった」庄兵衛様が。
その夜、平正盛が動き始めたとクモから連絡があった。やはり中納言の藤原教経様と繋ぎを取った。政治の中枢におられる方だ。隠れ宿を壊滅させたことで向こうもあせっている。このまま見張りを続けて証拠を掴むのが目的だ。クモはどうやって東国に連絡を取るのか。連絡を取るときが証拠を得る時だと。
色々な事が一度に進んでいく。一つずつ解決していくしかないと思った。
我慢しきれずに正成が動いた。東国に連絡を取ろうと人を雇い、文を運ぼうとした。その数7人もの数だ。クモの話では手に入れた文には数字が書かれているだけでさっぱり分からないらしい。
『五二一』『七三四』『四一二』『二五八』『一二二』『六四七』『三四一』
一枚の紙に3文字が書いてある。『何だこれ』オイラにもさっぱり分からない。
オイラとクモ、吉虎様が悩んでいる所に政子様とハルが来た。ハルが興味を持ちながら「何してるの」と聞いてきた。これが文で暗号になっているようだと伝えると、ハルの目が本気になった。パタパタと紙の順序を変えて「分かった」とニコニコしている。
説明してくれと頼むとハルは。
「この3桁の数字。一桁目は順番や。七枚の紙を並び替えて。二桁目と三桁目は、ひらがなや。例えば1番目は二二でカ行の2番目で『き』になるで、全部順番通り読むと『きようかいめつ』や」ハルが説明してくれた。
吉虎様が「なるほど」と、クモが「そう言う事か」、オイラは「ハル賢い子や」とそれぞれが褒めた。
これで京の都にいる東国の者は3人だけになったと確証を得た。中納言の藤原教経様、平正盛そして女子のヨシ。クモはなぜヨシが一人になっても、吉虎様やオイラ達の探索を続けているのか分からないようだ。
吉虎様が「ヨシの評判は良かった。まさか我らの探りを目的に近づいて来たとは思わなかった。もう一度話がしたいの」
「私も悪い女子だとは思いませぬ。虎丸もなついておりました」政子様が心配そうな顔で言われた。
「それでは今からでも連れてまいりましょう」クモが言うとそのまま外に出て行った。
暫くするとクモが、ヨシを後ろ手に縛り社務所の屋敷に連れてきた。近くでこの屋敷を見張っていた。顔が知れている、あまりにも無警戒だ。探りを入れるのは本業ではない様だ。クモが庭にヨシを跪まかさせた。
吉虎様が使えていた時の話を始めた。ヨシの作った料理、煮物が美味かった話。虎丸と遊んでくれた事。ヨシは涙を流し始めた。そして、身に上を話し始めた。
ヨシの父親は、下級貴族に使えていた武人だった。剣技はあまり得意ではなかったが、手先が器用で何でも雑用をこなした。ヨシもその貴族に父親と二人で雇ってもらっていた。しかし、近頃の財政不足で二人が雇えなくなった。4年前ことだった。丁度、吉虎様、政子様が北野天満宮の重役になってからだ。父親は隠れ宿で雑用をしていた噂があった。そして、あの襲撃した者の中に大工の見習いとして働いていた。襲撃の前に父親からここから逃げるように言われたらしい。その後は何が何だか分からなくて、家に帰っても父親は帰って来ず。仕方なくここを見張っていた。
座って話を聞いていた吉虎様が立ち上がり庭に降りた。
「ヨシの父親は、門の建立で働いていたのだな。その後行方知れず」ヨシに確認を取った。
「よく聞いてくれ。ヨシが居なくなった後我らは30人の男に襲撃された。その中にヨシの父親も居たはずじゃ。ワシはヨシの父親を切った」吉虎様がヨシに向かって。
ヨシは後ろ手に縛られ顔を覆うことも出来ずに、地面に顔を付けてがむしゃらに泣いている。その泣き声は心の奥底からオイラに滲み込んできた。家族を失った者の悲しみ。
吉虎様がオイラに向けられたものを引き受けてくれた。申し訳ない。
吉虎様が「もうよいじゃろ。ヨシの縄を解いてやってくれ。ヨシ、これから先、我らと関わるな。お前の為じゃ」
ヨシは縄を解かれ、フラフラ立ち上がると今にも倒れそうな足取りで外へ出て行った。クモの表情が辛そうだ。悔しさがにじみ出ている。
ほんの少し悪い方向から貧しさの連鎖と運命に翻弄され進むべき方向を見失う。これ以上ヨシから何を奪えと言うのか。生きてほしいと思った。
時久様、高義様、吉虎様が動いた。
先ずは平正盛。オイラは何もしなかった。3日で平正盛、正盛の一族、家屋敷。何もかもが消えた。もし、ヨシが正盛と係っていたら人知れず居なくなっていただろう。
中納言の藤原教経様は更迭後、取り調べを受けている。下働きの者から「東国と頻繁に文のやり取りをしていた」と口実もあり一族死罪は免れないだろう。2回の出兵での犠牲はあまりにも大きい。
これで京の都に居る東国の隠れ者は居なくなった。しかし、クモは「油断してはいけない」と言っている。探索の隠れ者は必ず何処かに潜み京の都の動きを探っている。大きな動きは東国には筒抜けだ。吉虎様も東国の状況が全く入ってこないのには警戒すべきだと言っている。出兵の日は近い。
帝より出兵の命令が下った。
峠での襲撃に備え、陸と海、二方向から東国に入る。水軍で相模に上陸し、箱根の峠道を確保する。東国軍の戦力は1万前後と予想されている。陸からは大規模な部隊で攻撃をかける。平野での戦いは戦力がある我らに分がある。
それに合わせてオイラ達も二手に分かれる。吉虎様の戦略だ。
オイラとハル、クモが大阪まで行き辨谷庄兵衛様の船に乗り東国小田原まで行く。先ずは庄兵衛様の船乗り達を探し。救い出すのが目的だ。後、東国に居るキョウに繋ぎを取る。その後はあまりやりたくはないが戦へ行く。
陸を行く本体の総大将は平貞盛様。参謀役として吉虎様。晴明とショウが吉虎様の助けに入る。大きな部隊だ。陸を移動して東国まで行くとなると数か月かかる
オイラ達は先陣として早くに行動を始めないといけない。
吉虎様に同行して内裏に入った。時久様に連れられ総大将の平貞盛様にお目道理をした。彼は帝の血筋らしいが役は時久様が上だ。まだ若い、オイラと同じ位の年齢だ。
貞盛様が話しはじめた「今回東国で暴れているのは桓武天皇と血がつながった平将門だ。東国に追いやられ、帝への恨みもあるのだろう。自らを『親王』と名のり東国の地を納めようとしている。けして許される事ではない。頼むぞ吉虎」そしてオイラの方を見た貞盛様が「この者は」
「この者はカイ。我らが最も信頼している者で、あの道真の教えを乞うた最後の者だ。明石忠頼が向こう側に居る。唯一対抗できるのはこの者の働き次第」時久様が答えてくれた。
「ほうそれは頼もしい。頼むぞ」貞盛様が言ってくれた。
「出兵は陸路も海路もひと月後になる。時久の話では、我ら陸路隊には吉虎と陰陽師の晴明が付いてきてくれと言うが。吉虎は参謀役として分かるが、陰陽師に戦ができるとは思わんが」かなり貞盛様は理解に苦しんでおられる。
「実は、このカイと晴明の間には場所に関係なく話ができます。先にカイと友の者3人で斥候として東国に入って、向こうの兵の動きをこちらに伝えてもらう策を取ろうと思っております」吉虎様が答えてくれた。貞盛様は目を丸くして「そのようなことができるのか」と言いたさそうだった。
時久様が「明石忠頼が東国で軍師をしているのならば、今度は想像もできないような奇策を打ちます。これ以上無駄な犠牲は少なくしたいと思っていますからな」と真剣な顔で答えた。
時久様、貞盛様と別れ内裏を出ようとした時に晴明が追いかけてきた。今回のオイラと別れた行動に不満があるようだ。
「私はカイ様をお守りするのが定め。何故近くに居てお守りすることができないのか」やはり晴明は心配していてくれる。
「大丈夫だ。それよりもしっかり吉虎様を助けてやってくれ。もし、吉虎様に何かあれば政子様や虎丸が可哀そうや」オイラが答えた。
晴明は不満そうであった。
「明日、大阪に向けて出発やで、今日の夜は辨屋庄兵衛様の屋敷で、皆で飯を食うことになっている。来るか」晴明に言った。
晴明は、庄兵衛様の屋敷では美味い酒が飲めると思っている。いきなり顔色が変わって喜んだ。少し単純だ。
北野天満宮に帰るとハルとクモが出発の準備をしていてくれた。政子様と虎丸と別れの挨拶をして、先ずは辨屋庄兵衛様の屋敷に向かった。オイラとハル、クモ3人で。そして、もう一人オイラ達の後を付けてきているヨシだ。
庄兵衛様の屋敷に着いた。ハルが使用人たちと楽しそうに話をしている。オイラと夫婦になった事も。お祝いの料理を出してくれるらしい。晴明もやってきた。その夜は皆楽しい夜になった。クモ以外は。
クモに話しかけてみた。やはり後を付けてきたヨシの事が気になっているようだ。この辺りは最近夜になると夜盗が出るとの話だ。番人も前来た時より増えている。オイラは料理を少し取ると包んでヨシに持っていくようにクモに渡した。クモはそれを持って外へ出て行った。
急に嫌な予感がした。外で何かがある。庭に出て嫌な予感がする方向に飛んだ。クモが何者かと斬り合っている。夜盗のようだ。ヨシが人質に取られて、動きがいつものクモではない。オイラはヨシを捕まえている二人に体当たりをしてヨシを助けた。オイラがヨシを助けたのを見たクモは反撃に出た。あっという間に3人を気絶させた。相手は刀を出してきた。晴明が来てくれた。晴明が名乗ると相手は怖気づき逃げ出していった。
「流石、京の都一の陰陽師。名前だけで刀より役に立つ」クモが晴明を誉めている。
ヨシは着物もはだけ、土の上で抵抗して体も汚れている。屋敷に連れていくことにした。
屋敷に着いたら皆が心配して門の所で待っていてくれた。使用人の人に湯屋は使えるか聞いてみると大丈夫との事で、ハルにヨシを湯屋に案内するように言って着物も準備するように言った。
オイラは座敷で月夜を見ていた。離れているが、ヨシとハルの声が聞こえてきた。
「ヨシさん色白いね。羨ましいわ。歳は幾つだね」ハルがヨシに聞いた。
「もう20になりました」ヨシが答えた。
「お姉さんやね。うちはハルと言うんやけど、今しがたヨシさんを助けた男と夫婦なんや。実はな、旦那はカイと言うけど、うちのお父を殺してしもたんや。お父はな飯を食うために野盗に身を落としてもた。泣いとった。だからカイはお父をこれ以上悪さをせんように止めてくれたんや。カイは村の人も助けてくれて、カイを村に連れてきてくれたお父は村人に慕われ大きな墓も立ててくれている。うちはカイに助けてもろた。カイと一緒に居るのが生きがいなんや。人を恨んでも何もならへん。何で危ない目にあってまでうちらの後を付けるんや」ハルが問うた。
「私の父の最後の使命が吉虎様の客人を見張る事だったのです。最後に父会った時に父が住んでいる長屋に帰れと言われ帰ったのですが父は丸一日帰って来なくて、北野天満宮に行ったら襲撃騒ぎ父は死んだと思いました。父を思い父の遺志を継いでカイ様の後を付いていたのです。何度も助けていただいてありがとうございました」ヨシが答えた。
「お父の為にカイを付けていたんだ。これからうちら旅に出るんや。一緒に行くか。カイとっよにおったらきっと良いことあるから」ハルが言った。
「よろしいのですか」
「もちろん。但しカイを口説いたらあかんで」笑いながらハルが言った。
オイラもハルの傍にいるだけで助けられている。ありがと。
着物を着たハルとヨシが来た。さっきの話をしてきた。
オイラは「また危ないことが有るかも知れんが行くか」ヨシに言った。
クモが不安そうだ。
「しかし、足手まといに」クモが言った。
「ハルも女子一人では寂しいようだ。何とか頼むヨシを。それに女子がおった方が良いだろ」クモに言った。
「私は特定の女子は作らん。まあいいか」クモが笑った。
「じゃあ、今度ヨシはクモの後を付いて行くんや。離れたらあかんで。何処で女子と居るか分からんから。ヨシは今からクモの監視役と女子除けや」ハルがクモに向かって。
ヨシが笑っている。
次の日我ら4人は京の都を出発した。
オイラの横にはハルが居る。そして、前を行くクモの斜め後ろにはヨシが居る。クモは迷惑そうに早足になる。ヨシは時々小走りになりながらクモから離れまいとしている。ヨシの人の良さがオイラとハルを和ませてくれた。
大阪、辨屋庄兵衛様の商屋には次の日、日が暮れ、あたりが暗くなりかけたくらいに着いた。庄兵衛様は我らの到着を心待ちにしていたみたいだ。
座敷に通され、夕餉をごちそうになった。
その席で、大阪にも隠れ者が居てこちらに探りを入れている。京の都の事もあるいきなり仕掛けてはこないと思うが用心するように言われた。
そして、やはり庄兵衛様の船は小田原にあると。さらに水軍も集結しつつある。こちらより動きが早いし、こちらの水軍を送ることが東国に伝わっている。
クモが商屋の周りを調べてみるらしく外へ出て行こうとする。ヨシが後を追う。
オイラは晴明と話を試みる。晴明は話がしたくて待っていたようだ。京の都では準備は進んでいるが、やはり大部隊、動けるようになるのにはひと月は掛かるようだ。水軍は伊勢の国で準備が進んでいる。最強の水軍らしい。そして此方からは、敵は既に水軍を準備して対抗手段を取りつつある。気を付けろ。
クモが帰ってこない。どうした聞き耳を立ててみる。クモの声が聞こえた。ヨシと話をしている
「ヨシどういうつもりだ。これ以上ついて来たら命の保証は無いぞ」クモは強い調子で言っている。
「私はもう家族も居ませんし、もし亡くなっても悲しむ人は居ません。もう私の価値など道に居る蟻のようなものです」ヨシは小さな声で答えている。
「そんなことはない」大きな声でクモは否定した。
クモとヨシから少し離れたところに男が二人いる小さな声で話をしている。どうやら探りを入れている者だ。
今度はクモがヨシに「ヨシには思ってくれる人が居る。生きることがその人への恩返しになる。そうは思わなか」優しい口調でヨシに。
ヨシのすすり泣く声が聞こえる。
クモは女子の扱いは、ショウから天性のものだと聞いている。ヨシに対しては少しいつもと違うような気がするが、芝居なのか本気なのか。名前のようにフワフワして掴まえ所が無い。
クモはやはり探りを入れられていることに気が付いていた。クモは探りを入れられるのをクモ自身に向ける為に細工をするようだ。
オイラは「ヨシに危険が迫るかも知れんぞ」と問うた。
「きっと守って見せます。大切なカイ様の仲間です」クモは答えたが何時もの明るさが無い。
3日後、堺と言う湊町で船に乗るために出発した。辨屋庄兵衛様は行きたがっていたが、家族の者が反対した。もしも庄兵衛様の身に何かあったら大変な事になる。その代わり庄兵衛様の次男で東国に詳しい久兵衛様と友の者2人が我らと東国まで共にすることになった。
道中、先頭は久兵衛様の友の者、名はスクとカケ。噂では二人は武道の達人らしい。その後ろに久兵衛さま。久兵衛様は庄兵衛様と共に東国との交易を確立し、東国の事情も詳しく船乗りたちの信頼も得ているらしい。続いてクモとヨシ。オイラとハルが一番後ろを歩く。
堺まであと少しの林の中嫌な予感がした。敵の襲撃だ。
いきなり矢でクモを狙ってきた。「いかん」矢はクモを突き飛ばしたヨシに当たった。前でスクとカケが応戦して、次々に相手を倒していく。オイラとクモは一気に、オイラ達の周りに居る敵を片付けて、少し離れて此方を覗っている二人の男の所へ飛んだ。二人とも気を失わせてヨシの元に戻った。
ハルが「早く見てあげて」こわ張った顔で言ってきた。ヨシは意識を失い、矢は胸に刺さって口から血が噴き出ている。
オイラは、先ずは矢を消滅させ血を止めて失われた体を修復していく。傷も消えて何とかなりそうだ。意識が戻りだした。
クモが「ヨシなんて事をするんだ。ワシはお前を失いたくない。頼むから」ヨシに。オイラは、クモが本当の気持ちを言った気がした。
ヨシの体はもう大丈夫のようだ。体力が回復するのは暫くかかりそうだが。ここで暫く休むことになった。
クモは離れたところで気絶している二人を縄で身動きできないようにしに行った。久兵衛様とスク、カケ3人は目の前に起きたことが理解できないでいる。
スクとカケは敵方5人を倒した。オイラとクモは10数人をその間に倒し、その後のヨシへの治療。死にかけた人を治していく様子を見て久兵衛様たちは信じられない状況のようだ。
久兵衛様は「父から、何かあったら最後にお願いする人がカイ様と聞いておりました。道真様のお知り合いで恩人であるとも。道真先生、懐かしゅうございます。尊敬しておりました。良かったら長い船旅道真様の話お聞かせください。しかし、カイ様の力は凄まじいし、クモ様もお強い。驚きました」
クモが帰って来た。ヨシを抱き寄せていた。ハルは微笑んでいる。
「二人はお似合いだね。美男美女」
「そうだな。クモも、ついに女子に惚れたな」
クモとスクが捕縛した二人の所に向かう。クモとスクが丁度向こうに着いたような時に争うような音が聞こえてきた。ハルに手伝ってもらってヨシを起こし皆で音の方に向かう。着いた頃には争いは終わっていて。クモの足元には捕縛した者の骸があった。
「ぬかりました。縄抜けのすべを持っておりました」クモは悔しそうだ。
「仕方がない。この者達は毒を飲んで自害している」オイラはクモをなだめた。
ヨシの状況を見て堺に向かった。
久兵衛様に案内され細い路地から川沿いに立っている蔵の横を歩いて行く。潮の臭いが微かにする。昔、ハルと歩いた白いい砂浜を思い出した。
大きな蔵の前に来た。開いている扉から中に入る。中は広い、俵に入った米や小豆のような豆。蔵には物が山積みされ人が通れるのがやっとだ。別の扉から外に出た。暗い所から急に明るい所に出て視界が真白になった。
目がやっと慣れてきた。目の前には、雑に着物を着た20人ほどの男どもが居た。敵意は無いようだが、此方と仲間になりたいとも思っていない様だ。
久兵衛様が「伴治、久しぶりだ。我らで東国に行く事になった」相手の長らしき人に言った。
相手の長が大きな声で笑って「たったこれだけか。一人はいい顔して使えそうだが、こいつはそこら辺の奴と変わらない農民。おまけに、女子が二人。いったい東国に何しに行く」
「こらーカイとクモは強いんや」ハルが喧嘩腰で相手の長らしき者に言った。
長はハルより3倍は大きな男を呼び「こいつと誰か素手で相手してやってくれ」
オイラはハルに「ハルせっかくだから相手したれ。相手をよく見て、吉虎様に教わった通りの事をすればいい」
相手の長が急に顔色を変え、小さな声で「吉虎様」と言った。
ハルと大男との一騎打ちが始まった。ハルは目が良い。大男の拳は空を切ってばかりだ。接近戦になって大男がハルを捕まえようと圧し掛かる。逆にハルは踏み込んで相手の帯を掴み足に蹴りを入れた。大男は一回転して地面にたたきつけられた。
相手方の男どもが全員驚いている。
「よくやったハル」オイラはハルを誉めてあげた。ハルは微笑んでいる。
「吉虎様に武道を鍛錬されたのか。久兵衛俺から話させてもらう。ここに居る連中は東国に行って帰って来ない船乗りの身内か知り合いだ。このまま東国に行って帰って来れないかも知れない、命懸けなんだ。頼むぞ必ず俺たちの仲間を探してくれ」
「もとより辨屋庄兵衛様から船乗りたちを探してくれと頼まれている。それと、オイラ達は死にに行くんじゃない。三成村に帰るんだよな、ハル」オイラはハルに
「早く終わらして三成村に帰ろうな。皆が待っている」ハルがオイラを見て行った。
「今日は、客人を歓迎するぞ。こいつらを東国まで連れて行くのが仕事だ。お前ら気合入れろ」長が言うと「おお」と船乗りたちが右腕をあげた
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