第3話昌泰の変【京の都】

 政子様・吉虎様は道真様の病だけが気になっていた。当然、村の者たちも心配している。

 京の都から村に返って来たらオイラ達の生活は毎日が単調だ。冬の間は山に入り木を伐り、紙を作る材料を取ってくる。オイラとハルだけは時間を見つけて開墾地に行って田を広げている。今年は少し米ができたらと思っている。

 時々、道真様の所に行き、体の具合を見てみる。相変わらず胸の影は変わらないが、他でも影が見えるようになってきた。もう抑えようがない。しかし、道真様は元気だ。最近は京の都の事をよく話してくれる。何処かに未練はあるのかもしれない。

 梅が咲き、田植えが始まり、稲刈りが終わった。今年も収穫祭りの季節だ。今年は開墾地の米も取れた。オイラとハル、お父お母マイ姉と5人だけで収穫した。割に沢山取れて上村の収穫は昨年より2割り増しだ。

 米を村長の所に運んでいると向こうから知った顔が来た。ショウとキクだ。

 神社で吉虎様と政子様に会い、村長に挨拶に来たところ、丁度オイラ達と出くわした。困ったことに、ショウ達はオイラを主扱いで喋る。村の皆が変な勘繰りをして噂が立った。

 ハルが話を聞いて上村から駆け下りてきた。キクと話をしようとするが、息が切れ喋れない。皆が笑った。

 水を飲んで一息ついたハルはキクに矢の様に喋りかけた「元気やった・・・」話足りないみたいで今晩はキクが我が家に泊ることになった。今夜は早めに寝よう。

 ショウからあれからどうなったか話があった。隠れ村の人は半分になった。道半ばだが自給自足までもう少しらしい。キョウは嫁に行き、新しい生業を成功するために東国で商いをしている。そして、シュウは里に残り田を作っている。クモとアシは国中を走り回って噂を集めている。ショウはサヤを嫁にもらい年明けに子が生まれる。めでたいことだ。キクだけは浮いた話は無く自ら芸を磨き、皆に芸を仕込んでいる。辨屋庄兵衛様には良くしてもらっている。ありがたい。

 夜はやっぱり賑やかになった。お母は食べ物を沢山作ってもてなした。

 明くる日の朝キクが話しかけてきた「カイ様があのような所で寝ておられるとは驚きました」

普段お父お母ハルは奥の座敷で寝ているオイラは土間から上がった小さな小部屋で一人寝ている。

「様をつけやんといてくれ」何度もキクには言っている。

「ハルとは血が繋がっておられないのですね」寂しそうに。

「今日から神社で舞いをします。祭りに華やかにしますから」今度は微笑みながら。

 この年から収穫祭の祭りには相撲と彼らの芸が祭りの名物となった。隣近所の村からも人も集まるようになった。

 祭りが終わった。今年の相撲にはオイラは他の者に譲って不参加にした。クキが張り切る。やっぱりクキが一番札だ。ただ今年も年貢を納める荷車隊には参加しなくてはいけない様だ。領主様や時成はオイラを信用されている。祭りが終わってもキクは残った。京の都についてや、流行の芸の事を道真様より聞くためだ。寝るのはハルと一緒に我が家で寝ている。

 今回の年貢も無事収めた。砦は米と人でいっぱいだ。行商人が居た。女子たちが集まっていた。見ると女物の飾りだ。そこに、梅の花と菊の花の髪飾りがあった。 

 家にいるハルとキクに土産だ。紙を売った銭で買った。マイ姉には帯を買った。

三成村に着いた。マイ姉とハルが迎えに来た。早速土産を渡した。キクは道真様の所に行っている。ハルにキクの分も土産を渡しておいてくれと渡した。ハルはお揃いだと喜んでいた。後になってハルが髪飾りを渡したとき涙を流していたと。キクはオイラに会わずに村から居なくなっていた。

 道真様の病は酷くなってきた。殆ど寝たきりだ。政子様は付きっきりだ。オイラも毎日様子を見に行く。

 ある日道真様がオイラに語ってくれた。

「京の都はこれから先、衰退していくだろう。唐の国を見ているようだ。何時かは力が国を治める時代が来る。戦乱になれば力の弱い農民が苦しめられる。カイとカイの仲間で良き方にこの国を導いてくれ。それとカイの力は計り知れん、自ら苦しむ事もあるだろうが自分の信じることに使え。後を頼む」

そう言われ3日後に亡くなられた。



 政子様の悲しむ顔は見たくなかった。吉虎様から京の都の道真様ゆかりがある者へ文を頼まれた。今度は、政子様一人にはできずにオイラとハル二人で京の都に行く事になった。

 途中、道案内役にキクが合流してくれる。ありがたい、街道以外の道はよく分からない。

 三成村を出発して砦に向かう。砦では時成が来てくれた。道真様の事は残念がっていた。キクもここで合流し直ぐに砦を出た。

 キクが道中髪飾りの礼を言ってきた。

 「あの時は、殿方にこんなに優しくされたのは初めてで、狼狽えてしまいました。面目次第もありません」キクは素直だ。

 京の都の近くまで来た。道が広くなり贅沢な牛車とすれ違う。建物も大きく柱の太さが村の家とは全く違う。キクが言うには、この辺りは都の一番外で華やかな貴族と貧しい農民が交じり合う場所らしい。今の建物の場所も数年前まで畑だった。畑を作っていた者は貴族の命で何処かに行ってしまった。泣きを見るのは何時の時代も弱いものだ。

 今度は、道は広いが稲刈りが終わった田の真ん中を道が真っ直ぐに伸びている。遠くに大きな屋根が霞んで見える。この道はここから通れる者が決まっていてキクに案内され横道に入って行った。

 暫く行くと小さな家が増え宿場町に出た。商人も多い。京の都の食い物を支えている町だ。このような商売の町が街道沿い、川沿いに幾つもあると聞いた。国中から食い物や贅沢な品が、こんな町に集まってきている。オイラ達が作っている絹織物や紙。何に使うかわからない物。書物まで。オイラとハルは不思議なものに見惚れてしまう。有る商店の前まで来た。そこには武具があった。刃物、弓矢、金棒。ハルが「ここは、いやや」一言言って手を引かれた。ハルは争いごとが嫌いだ。オイラの居ない相撲は見たくないと言っていた。ハルのお父は優しく争いごとが嫌いで強かったと聞く。ハルの優しさに触れ守ってやりたいと思うようになってきた。

 暫く歩くと、クモが目の前に現れ驚いた。クモも元気そうだった。今は行商をしながら全国を歩き回り、噂を集めたり、繋ぎの段取りと仲間も増やしている。クモは話し上手で人を笑わせるのに長けている。それに、誰から見ても綺麗だ。男にしなやかさを感じる。その気になれば世の女子は皆クモに惚れてしまうだろう。

 そんなクモをハルは「綺麗すぎて近寄れない」と言っている。唯一のクモの天敵だが、笑わせられると大きな声で笑っている。仲良くなるのは時間の問題だろう。

 クモに案内され商人の屋敷の前まで来た。中に入り座敷に通された。座敷から見える庭は紅葉が良い色に赤くなっている。待っていると辨屋庄兵衛様が現れた。

庄兵衛様は道真様が亡くなられた事を残念に思い「これからの人だったのに。ワシも何とか都に戻すよう尽力したのだが、人の妬み嫉妬は何ともならん。これから先、世は乱れる。困ったものだ」道真様を惜しんだ。

 辨屋庄兵衛様は諸国から物を集め国中で物を売る商売をしておられる。

「寿の国や由の国のように領主様が民を重んじている国は民も潤い人も増えて良き方向に向かっているが、京の都から国司として地方に行った貴族は己の欲の為に重い税を課せ民を飢えさせている。国中で農民の小さな小競り合いがあり、国が荒れかけている。そして、もう一つ厄介なのが、争いごとを好む武士の存在。義を重んじしっかりした主に使えるものは良いのだが、貧しさの中から力で豊かさを求め人々を苦しめる輩が増えてきた。いずれは京の都も滅ぼされるかもしれん」先の事心配なされている。道真様と同じだ。

 オイラは道真様からの文を庄兵衛様に見せた。全ての人が文を届けるのに時間がかかる身分の方で、暫くここに滞在することになった。クモとキクはまた己の務めの為に次の日にはここを出て何処かへ旅に出た。

オイラとハルは退屈していた。自分の周りの事や食事はこの屋敷の奉公人たちが全てやってくれる。辨谷庄兵衛様は道真様の文を渡す方に段取りで京の都中を訪ねている。

 オイラとハルは町に出てみた。ただし見物だけで何も買わないとハルに約束して。町は賑やかだった。寺社の参道で「市」という商売人が集まり自由に物を売り買いできるところらしい。ハルは「祭りみたい」と喜んでいる。寺社には、オイラ達みたいな身分の低い者は入れないみたいで、来た道とは違う道に入った。目の前から貴族らしい者が5人来た。

 オイラとハルはこの人達を避けて道の端に寄った。行き過ごした後に、何か変な感じがした。来た方向に振り向くと、すれ違った貴族の中の一人が呪文のようなものを唱えこちらを見ている。何か波動のようなものを感じたと同時に周りの景色が変わる。雪が降り出し木々が凍り始めた。冷たさを感じる。ハルをオイラの体の後ろに隠した。あの時と同じだ、隠れ里の幻術使い。冬は嫌いで春が良いと思い。雪が舞っている所に手を出すと一枚の雪が手の上に乗った。それを軽く一息で吹くと雪が桜の花びらになり、一気に周りの風景が、花が咲き、鳴き声が聞こえ春に変わっていく。温かさを感じた。

 オイラは微笑み、その場を去った。

 貴族の男は周りの者に「あの者ワシの式神を簡単に弾き返した」驚きを隠せない。

 この者達、後になって知るが、陰陽師と呼ばれる占いや占星術に長けた術者達で、オイラに幻術を仕掛けてきたのは阿部一族の主だった。これから先、陰陽師には京の都では世話になることになる。

 ハルはこの時「風が吹いたけど気持ちいい風だった」と言っていた。対峙したもの以外幻術は関係ないみたいだ。

 屋敷に戻ってきたら辨屋庄兵衛様がお見えになった。最初の文は道真様の娘、政子様の姉になるお方で帝のご親戚に嫁いだお方。普段下々の者がお目通りできる方では無いらしい。

 明日の昼過ぎに京の都門の中に入る。着物も特別なもの着ないといけない。オイラとハルは10人ほどの使用人に囲まれ、着物を大急ぎで仕立ててもらった。ハルは顔を真っ白に塗られ変な顔になっている。オイラが笑っているとハルが珍しく少し怒っていた。

 迎えの牛車が来た、10人ほどの御付の者も一緒だ。辨屋庄兵衛様とオイラとハルが牛舎に乗った。ゆっくり道を進む。よく見るとハルは雅な美しさを感じた。簾の間から外が見える。大きな門をくぐり、大きな屋敷の前に着いた。

 庄兵衛様から「作法は教えても間に合わんからワシの真似をしてくれ」と言われた。

オイラもハルも初めての事に緊張している。簾が開いた。庄兵衛様がゆっくり牛車から降りられる。オイラは後に続く。ハルがこわばった顔で牛車から降りてくる。屋敷の中に入ると土間は家一つ分の広さがある。履き物を脱いで木の間に上がる。迎えの女人付いて後ろを歩く長い廊下を通り座敷に招かれた。ここで待てばいいみたいだ。緊張して分からなかったが、ここでは時の進み方が違うようだ。何もかもゆっくりと進んでいく。待っている間に気を落ち着かせる。

 女人の方が来られた。間もなく目的の人が来られる。頭を下げると御付の女人を従え一人の女子が入ってきた。目の前に座ると頭を上げてその人の顔を見た。政子様そっくりだ。ハルが思わず「政子さま」と言ってしまい慌てて口を押えた。笑い方も政子様そっくり。この方は、「道真様の娘、教子」と名乗られた。京の都では道真様は謀反を企んだとして罪人扱いされていた。教子様もそのように思い父の道真様を軽蔑していたと聞く。道真様の文を教子様に手渡した。

 教子様は怖い顔で文を読みだし、読み終える頃には涙を流されていた。

「私は何と罪深きことをしてしまいました」教子様は悔いていた。

「カイと言う者は」教子様が。

「オイラです」答えた。

「あなた様のおかげで父は人を怨まず、清く生きなされた。礼を言う。あなた様は父の恩人です。あなた様の力を欲の為に使わぬように周りの者を導いて下されと書いてある。力とは何ぞ」教子様は礼と、疑問を聞いてきた。

 ハルが「道真様よりむやみに力を使うなと言われとる」と答えてくれた。ありがたかった。教子様は納得したようだ。

 なにやら外から音が聞こえてきた。教子様が「厄払いの儀式です」説明してくれた。廊下を歩いていると前からこないだの幻術使いが此方に向かってくる。向こうもこちらに気付いた。焦っている様子が分かる。このような場所で会うとは思っていなかったのだろう。オイラもだ。

「あなた方お知合いですか」教子様が。

幻術使いが「こちらの御仁は」教子様に。

「こちらは父の恩人で、文を届けに来てもらいました」教子様が答えてくれた。

「道真様の恩人」驚いておられる。

「道真様は達者にしておられるのか」オイラに聞いてきた。オイラは道真様が亡くなったことを告げた。幻術使いはその場に膝をついて悔しさが周りに染み出ている。後に、幻術使いは、陰謀により道真様が流刑となったことを聞いたらしい。その時幻術使いの怒りは凄まじかったと聞いた。

 邸内はゆっくりとした時間が過ぎて気が付いたら日が落ちかけている。教子様に見送られ牛車に乗り帰路に着いた。

 やっと屋敷に帰れた。堅苦しい着物を脱いで一息ついた。ハルが部屋にやってきた。いつもの着物を着ている。初めて公家さんとの面会に、流石に緊張で疲れたのであろう。転寝をし始めた。明日は市で甘いものでも食べに行くか。オイラも堅苦しいのは苦手だ。京の都は何もしなくて良いのだが、疲れる。早く三成村に帰りたい。

 次の日、オイラとハルは市に出かけ使用人皆が喜びそうな饅頭を土産に屋敷に戻ってきた。辨屋庄兵衛様はどこかに出かけておる時に、幻術使いが友の者を連れて屋敷を訪ねてきた。オイラに会いたいとのことで座敷に待っているらしい。困った何の用だろう。

オイラとハルが座敷に行った。

「先日のご無礼、真にすまなかった。我らは陰陽道の法師。俗にいう陰陽師と呼ばれている。私の名は阿部の高義。息子の晴明。我らは風水や占星術を使い帝や公家を導くことを生業としておる。道真様について聞きたい。良いかな」高義様と名乗る者が聞いてきた。

「別にかまわないけど、京の都に居た頃はオイラもほとんど知らん。三成村では一緒に米作ったり紙漉き教わったりしとった」オイラハ三成村に居た時の道真様の様子を話した。

「そうかなぜ都から出られたのかは知らぬか」高義様が残念そうに。

「それとお主、何処で修業して陰陽道の力を得た」高義様が言ったことが、何の事だかさっぱり分からんかった。

「カイの力は欲や嫉妬でつこたらあかんのや。あんたらの為には使わさん」ハルが急に高義様を警戒しだした。ハルは勘のいい子だから何か感じたかもしれん。

「以前、幻術使いと戦こうた事があります。其の者は人を殺めることを生業としとった。あなた様の息子さんと同じくらい力を持っとる。ハルは勘が良い子や。それを感じたかも知れん。許しとうせ」オイラが言った。

 若い晴明が機嫌を損ねたのか「俺と勝負せい」と言って庭に出た。

 ちょうど辨屋庄兵衛様が帰って見えて何事かと。高義様が成り行きを説明した。

「カイよこの方たちはお前と違い修業や鍛錬で自らを鍛え陰陽道を身に付けておる。生まれながらに力を持っているカイとは違うんじゃ。大きな力を前にして戸惑っておるんだろう。一度相手してあげなさい」庄兵衛様から許しが出た。

「分かった、やってみます」オイラは答えた。

晴明はオイラが庭に降りると、オイラの周りを変な呪文を唱えながら舞い始めた。いつの間にかオイラの周りの地面に星の陣が出来上がっている。何が何だかオイラはさっぱり分からない。天に雲が被り一気に周りが暗くなる。生暖かい風が吹き出す。

「いかん。晴明の奴、幻魔を呼び出す気じゃ」高義様が叫んだ。

庄兵衛様やハルにも今の光景は見えているようだ。

 目の前に人の背丈の倍はある異形の者が現れた。異形の者が襲ってくるが避ける。どうする。幻術使いのように、感じた波動をそのまま発した者に返せば楽なのだが。晴明がどうなるのか分からない。ここは力と力でぶつかってみるか。異形の者からの攻撃をまともに受ける。すごい力だ。何とか持ちこたえ、今度はオイラが相手に蹴りを入れた。相手がひるむ。右の拳を固める。相手に拳を向け、力を入れて「消えろ」と叫んだ。拳が光ったような気がした。周りは何事が無かったように庭の風景に戻った。目の前に晴明が尻もちをついて震えていた。

「幻魔を退けよった。まさに闘神、明王様か」高義様が驚きの表情で言った。

ハルがオイラの隣に来た「カイは強いんや。喧嘩するためのもんやない。こんなことの為に力使ちゃいかん」言ってくれた。

 高義様は目の前に来て平謝りだ。初めてオイラの力を観た辨屋庄兵衛様は驚いて腰を抜かしている。

 気が付いたら晴明は見た目は怪我はしてないが筋肉がズタズタだ。このままじゃ歩くことも出来ない。晴明に近づき怪我を治してやった。高義様と晴明は、恐れ多い者でも見たような眼をしている。

「座敷で道真様の話でもせえへんか」二人に言い、皆は座敷に上がった。

「そやな、道真様と初めて会ったのは、田植えをしとった時やった。話しかけたらいきなり吉虎様が切り付けてきて、ハルが助けてくれたんや。ハルがな何と吉虎様に体当たりして田んぼの中にほおり投げたんや。皆に見してやりたかった」ハルが怒ってコツいてきた。

「ハルさんそれは凄い。吉虎様は帝を守る数百人の中で剣技なら5本の指に入る強者ぞ。あっぱれじゃ。吉虎様も道真様の人に惚れたのだな」高義様が。

「高義様は何処で道真様と知り合ったんや」オイラが聞いてみた。

「ワシはな、陰陽道に入ったが術には自信があったが頭が付いてこんでな。唐の字とか書物は道真様から教わった。ワシの今日は道真様に作っていただいたようなものだ。晴明にも人となりを教えてほしかった」

「お願いします。私を弟子にして下さい」晴明がいきなりオイラに言ってきた。

「オイラは弟子は取らん。仲間なら」

「ありがとうございます。カイ様」晴明まで「様」を付けるようになった。

「早速、教えていただきたいのですが。どうやったら怪我や病を治せるのですか。我々陰陽道には薬で治す伝承はあります。カイ様の使うものはそれらとは違います」目を輝かせて聞いてくる。

「はっきり分からん。ただ道真様の時もある寿命には太刀打ちできんかった」寂しく答えた。

夜が更け明け方まで語り合った。新しい仲間が増えた。朝餉を食べてから阿部親子は帰って行った。晴明はまた来ると言い残して。

 道真様の文はあと2通ある。一人は政治の中枢におられる方だ。何とか教子様に繋ぎをお願いして会える段取りになりそうだ。阿部親子も協力してくれている。陰陽師は帝の周りに常に誰かが居て厄が来たら追い払っている。帝の信頼は厚い。公家の人達からも風水など家族の事を占うのに頼みごとが多すぎて人が足らないと言う。京の都では頼りになる人たちだ。

 キクが一座を連れてやってきた。大きな寺で芸の奉納をすることになった。地方でキクたちの芸は評判になって呼ばれたとのことだ。キクの舞を見られるのは嬉しい。ハルも退屈の日々の中キクと会えて顔が笑い顔になる。

 次の日、オイラとハル、辨屋庄兵衛は牛車に乗り先日と違う建物に着いた。さらに広さがある、人も多い。忙しく働いている人たちが廊下を行き来して。思ったより緊張感は無く廊下ででも立ち話をする人たちも居る。

 部屋に通された。目の前には書物を読んでいる人がいた。源時久様、道真様の仲間との事であった。

 冷淡な顔だ。オイラの嫌いな風貌だ。

「道真からの使いとな」オイラ達を睨み付け聞いてきた。

「道真様からあなた様への文をお持ちしました」オイラが応え文を渡した。

時久様は文に目を通し始めた。顔が強ばった表情になる。

「ここには道真の謀反の顛末が記されておる。真なのか。これでは陰謀ではないか」文を読みながら

「ここまで帝の為に自らを貶めるとは」悔しさがにじみ出ている。

「何とかしたいが、時平様は帝の側近。困ったものよの」どうしていいか分からない様だ。

「これからの帝や都について書いてある。寿の国三成村のカイとはお主の事か」

「オイラです」返事をした

「そうか。何かあったら助けてくれるか。道真が守った帝と都を守ってくれるか」

「オイラには何かよう分からん」答えた。

「遠い所ご苦労だった。また会いたいのう」

部屋を出たら入れ替わりに阿倍高義が入ってきた。

高義様は「何故こちらに」聞いてきた。

「道真様の文を時久様に届けに」辨屋庄兵衛様が答えてくれた。

高義様が部屋の中に入って行く。

 数日が過ぎた、キクの芸を大きな寺に見に行く。ハルも一緒だ。オイラもハルもキクの芸に見とれていた。芸が終わった後に控えの部屋まで饅頭を持って行く。ハルに饅頭を持たせ先に一人で行ってもらう。女子だけの部屋は苦手だ。外で待っていると踊り子の女子が3人オイラの所に来て手を引っ張り部屋の中に連れていかれた。キクとハルが居た。ハルは少し怒っている。キクはこっちをまともに見ようとしない。

「何じゃ。何かあったんかハル」オイラがハルに尋ねた。

「なんもなか」怒っている。

キクが「皆で門前町の茶屋へ行こう」と言ってきた。少し焦っているようだ。

皆で茶屋へ行く途中、何か人だかりが。喧嘩のようだ。見れば10人ほどの武人と僧侶がにらみ合っている。

 キクが話してくれた「最近剣を持ち武具に身を包み武士と呼ばれる集団が地方で力を付けている。僧も武装化をして力を付けてきている。これから先争いの中心になる者たちなるかも」心配している。

武士と僧兵は両方とも武器を持っている。武士は刀。僧兵は槍か棍棒。もし争いになったら怪我人がでる。

 安部晴明が友を連れてやってきた。こちらに気づく。

 晴明が「カイ様、京の町でこのようなことお恥ずかしゅうございます・直ぐに治めます」と言い喧嘩の仲裁に入った。武士と僧兵は興奮して収まりがつかないようだ。晴明が呪文を唱えだした。武士と僧兵が同時に晴明に殴りかかった。と同時に晴明の術も発し。武士と僧兵が跳ね返され、その場から逃げだした。

晴明が此方に来て「見苦しい所をお見せしました」陰陽師は京の都の治安も守ることも生業らしい。

 ハルが晴明に「やるやないか」褒めている。キクは「お強いです」と驚いている。

晴明がキクを見るなり「こちらの方は」とオイラに聞いてきた。

「キクじゃ。オイラの仲間だ」答えた。

晴明はキクに名乗り一方的に話し始めた。

オイラはキクに「茶屋へ行かへんか」と言い皆で茶屋へ向かった。

晴明はキクにまとわり付くように歩きながら声をかけている。踊り子の3人がキクを守るように間に入っている。晴明はキクを好いてるな。分かりやすい。キクは迷惑のようだが。

茶屋に着いたら、オイラとハルは長椅子に座り隣の椅子に晴明とキク踊り子たちが座った。

「さっき芝居の控室で何があった」ハルに聞いてみた。

「踊り子たちが、私がカイの近くにおったらあかんて。キクが悲しむからって」よく分からんかった。

キクを見てみる。晴明がしつこいのか嫌な顔している。流石に度が過ぎると思い。

「晴明。キクはオイラの大切な仲間じゃ。困っているではないか。止めとけ」

晴明は急に表情が変わる。

ハルが「晴明にはキクはあかん。もっと鍛錬せい。キクに近づくのはハルの許してからじゃ」代わりに怒ってくれた。

「えええ」晴明のだらしない声に皆が笑った。

屋敷にハルと帰ってきた。帰るなり辨屋庄兵衛様がオイラの所に来た。道真様から文の最後の一人が亡くなられたそうだ。あて名は藤原時平。これでオイラが道真様から頼まれた役目は終わった。

 その夜。屋敷に教子様、時久様、高義様がオイラを訪ねて屋敷までやってきた。

3人とも深刻な顔だ。道真様が京の都を追われ理由を初めて聞いた。

 辛かっただろうな。でも、どうだったのだろう。三成村に来てから。オイラと会ってから。村の皆と居た2年足らず。道真様は後悔していただろうか。最後は満足して、成仏したと思う。そうであってほしい。

でも、汚名を着せられ罪人のままでは寂しすぎる。道真様が可哀そうだ。

教子様、時久様、高義様この3人の方も同じ思いなのだろう。どうすればいい。

 次の日もキクのいる寺の境内に行った。皆が芸を繰り返し、芸を鍛錬している。流れがある。絵巻物を読んでいるようだ。

皆に頼んで絵巻物のようにやってみるか。

 その日の夕方。辨屋庄兵衛様、キク、キクと一緒に居た晴明、オイラとハル座敷に集ってもらった。

目的は道真様の濡れ衣を晴らし名誉を回復する。

 皆に絵巻物を演じると話した。最初何のことか分からなかったようだ。まず始めは人々に噂を流す。

「菅原道真は藤原時平の陰謀で流刑になり京の都を恨みながら亡くなった。恨みで鬼人となられ京の都に帰ってきた」

 できるだけ広く至る場所に、特に帝には必ず届いてもらいたい。街中はキクとハル、キクの一座の者達。商人衆には庄兵衛様。貴族や公人には晴明に頼んだ。おそらく教子様、時久様、高義様も手伝ってくれるだろう。

 4日ほどたった。キクの話では町民には京の都中に噂は広まっているようだ。そろそろオイラの出番かも知れない。キクが鬼の面を持って来てくれた。恐ろしい面だ。ハルがこれを見た時に怖がっていた。着物も用意してくれた。公家の着物だ。

 ショウとクモが尋ねてきた。帝に仕掛けると聞いて、いてもたっても入れなく京の都に来た。役者が揃っていく。

 公家の着物を着て、鬼面をハルに着けてもらった。ゆっくりと座敷の部屋を出て履物を履き庭に降りた。ゆっくり庭の真ん中で振り返る。ハルに「行ってくる」と言い残し飛んだ。

 着いた先は祇園。京の都一の歓楽の町。夜が無い町と言われている。夜になると下級の公家や武士、町人一時の悦を求め集う場所。

 目の前には門がある。中から酒を飲んだ男どもが出てきた。やはりオイラの姿を見て絡んできた。

「我が名は菅原道真。お主等は何をしておる。場合によっては仕置きをする」キクに教わった言葉と言い方。相手はさらに怒りが増したみたいだ。何人かが掛かってくる。適当に流し、勝手に転ぶ。刀を抜き一斉に掛かってくる。オイラはその者たちを跳ね除け吹っ飛ばした。

 人が集まってきた。その中にショウとクモが居た。合図が来た。

「我が名は菅原道真。恨めしいぞ。恨めしいぞ」と叫び声をあげた。

星空に赤い筋が光りだした。京の都全ての人が見えるように。まるで天が怒り狂っている様に見える。

 オイラは大きな声で笑いながら飛んだ。適当な所に降りて・、黒い布を羽織る。暫く歩いてまた飛ぶ。これを3回繰り返し屋敷まで帰ってきた。

ハルとキクが心配して来てくれていた。座敷で着物を脱いだ。外を見た、まだ空は赤く光っている。後の文献に京都でオーロラが出現したと聞く。この時なのかもしれない。

ハルは無事帰ってきてホッとしている。キクが上手くいったか気がかりだ。オイラもだ。

朝になった。京の都は大騒ぎだ。

辨屋庄兵衛が慌ててやってきた「えらい事になってきた」半分笑い顔だ。

「この後、教子様、時久様、高義様に会いに行くぞ。今度は、阿倍高義様の屋敷じゃ」庄兵衛様が珍しく興奮気味だ。

高義様の屋敷の近くまで来た。晴明が迎えに来てくれた。こちらは晴明含めて7人。寺のような作りの屋敷に入る。中にはお三人が坐していた。

時久様が「帝がお住いの清涼殿にも噂は広がり帝の耳のも入った。昨夜の騒動から内裏でも大騒動になっておる。道真様の謀反の疑い、記録の調べ直しが行われることになった」状況の説明があった。

今の所思惑通りだ。先ずは道真様の罪を無くすこと。

3日後道真様の魂を静めるために祭事を実施することになった。主導するのは当然陰陽師。陰陽師で一番力を持っている晴明が率いる。キクの一座も帝の前で舞う。ショウも隠れ村の総力をあげて協力してくれる。問題は清涼殿を守る500人の武人。京の都中の強者や武器の名手揃いだ。

ハルだけが浮かない顔だ。オイラが危険な目に合うのが気に入らない様だ。

「 オイラにはやらないといけないことがある。上手くいくことを願ってくれ」納得したかは分からないけど話をした。ハルだけは役目が無い。こんなことにハルは関わってほしくなかった。

この3日間さらに策を練った。キクたち一座と晴明たち陰陽師は前日には清涼殿に入った。ショウ達は噂を流し続けている。

祭事は古式からの儀式だ。昼過ぎから始まり、終わるのは深夜になる。

オイラが居る屋敷では何も変わりが無い。縁側に居ると、ハルが来て無言で横に座った。ただ時間だけがゆっくりと過ぎていく。日が西に傾きだした。そろそろ準備を始めに座敷に入る。着物を着るのにハルが手伝ってくれた。キクに教えてもらったようだ。最後に鬼面をかぶった。今度は大きな火柱の合図があったら清涼殿へ入る段取りになっている。

 庭に出る。ハルはまた縁側に座って此方を見ている。静かだ。北の空に火柱が上がった。合図だ。

 ハルに「絶対帰ってくる」そう言って飛んだ。火柱が上がった方向に行く。松明が並んでいる。ここだ、舞台の上にキクたちが、そして晴明も。舞台の前にキクたちに背を向けるように降りた。目の前には清涼殿がある。

 帝を見つけた。一瞬だが病があるように感じた。何人かに連れられ帝は清涼殿の中に入って行った。逆に四方八方から近衛の武人が蟻のように出てきた。オイラは掛かってくる相手は吹き飛ばし。飛び道具は飛んでいく方向を地面に変えてかわす。次から次へと相手を倒す。だが、人は減らずに次々と飛び掛かってくる。向こうは倒されても怯まない。流石は近衛兵、帝への忠誠は揺るぎない。命尽きるまで帝を守る。厄介だ。命を立てば直ぐに終わる。人殺しだけはしたくない。押されてきた。焦りが出てくる。

 キクが芸に使う棒を持って真正面から打ち込んできた。何が何だか分からないこんな段取りは無い。

キクが「私が時間を稼ぎます。清涼殿に火を点けて下さい。このまま跳ね除けて、後は段取り通りに」小声で。そして、キクを跳ね除けた。

「これ以上、道真様に近寄るな。さらに怒りを買うぞ。近寄るな」キクが叫ぶ。周りの者の動きが停まった。

 オイラは清涼殿を見た。屋根に鳳凰がある。集中する「来たれ。雷よ」叫んだ。

一気に清涼殿の上空に雷雲が立ち込め渦巻始め、空が昼間のように一瞬明るくなった。雷が鳳凰目掛け走った。鳳凰が消し飛び清涼殿から火が立ち上り始めた。近衛兵達は炎に包まれていく清涼殿を見て皆狼狽え、戦意を喪失してゆく。キクの機転で上手くいった。

 舞台に上で呪文を唱えている晴明を見た。次は晴明の出番だ。晴明は神器を持ち呪文を唱えオイラとの間合いを詰める。オイラは苦悶の表情で膝をつく。晴明が周りから見えないように煙幕を張ってくれた。懐から蝋で作った右腕を晴明に手渡し「後は頼む」と言いハルの顔を思い浮かべた。ただハルの所へ行きたいと念じた。 目の前にハルが居た。ここは辨屋庄兵衛様別宅屋敷の庭だった。一瞬でここまで飛んだみたいだ。上手くいった。やっぱり相当疲れた。眠たくなってきた。ハルが寝床を用意してくれた。深い眠りについた。

 オイラが居なくなった後の清涼殿では、炎が上がる清涼殿を近衛兵達が火消しに躍起になっている。

 外に難を逃れ出ていた帝に晴明が近づき、蝋でできた腕を見せて「道真様の怨霊は一端立ち去りました。凄まじい怨念。次は防ぎ切れるか。早く道真様の流刑の事実をお調べください」晴明は帝に訴えた。清涼殿の炎の熱で蝋の腕は溶けて消えていく。

 オイラは3日間眠りに落ちていた。目覚めたらハルの顔が目の前にあった。オイラは寝ている間何があったか分からない。ハルは寝ている間オイラのそばに居てくれたらしい。  安堵の表情から一転して、涙を流し始めた。悲しいのか嬉しいのか混乱している。

辨屋庄兵衛様が来られた。

「ご苦労だった。キクは凄いことになっているが、上手くいっておる。既に道真様の謀反は調査に入って、時久様から謀反は陰謀だったと証拠が出てきた。後は、顛末が分かれば道真様の無実は証明される。それと、今回の事で死人は誰も出んかったと」

「良かった」思わず声が出た。

「今ごろ、晴明とキクが帝とお目通りをしておる。キクが心配しとったぞ。多分夜にでも両名ともここに来るじゃろ」庄兵衛様はこれだけ言うと屋敷から出られた。

ショウとクモが来た「ようございました」泣いてショウは喜んでいる。

「一目、カイ様のお顔を観たかったです」クモが。

二人の顔は懐かしく思えた。そのまま立ち縁側に移動した。

「ありがとうな。道真様も喜ぶ」二人は道真様の事は良く知らないはずだ。クモは会ったことも無い。良くやってくれた。

オイラ、ショウ、クモとハルが縁側に座って庭を見ている。皆、無言だ。日が山にかかったころ二人は帰って行った。二人とは何れまた会えるだろう。

 夜になった。庄兵衛様が言ったように。キクが部屋に走り込んできた。

「カイ様お目覚めになりましたか」キクは瞳を潤ませている。次の言葉が出てこない。オイラの手を握りしめ目の前で。長い時が過ぎた様な気がする。ハルはずっと微笑んで横で見ていた。

 晴明が部屋に入ってきた。キクは慌ててオイラから離れる。晴明はキクがずっと目の前に居たとは気が付かなかったようだ。

晴明は入って来るなり、膝をつき頭を下げた。

「無礼の数々お許しください。私はお師匠様に何ということを」悲壮な顔でこちらを見て喋っている。

「なんもないよ。うまくいって良かったな。助かった。ありがとう」オイラは礼を言った。

「庄兵衛様よりキクが大変なことになっていると聞いた。何があったんや」聞いてみた。

「実は、神となられた道真様に触れたものは私とキク、二人だけなのです。キクは女子で雅なお人です。近衛兵、町人と男どもが放ってはおきませぬ。宿を借りている寺に人が殺到しまして、こちらの屋敷で潜んでいる所でございます」晴明が答えてくれた。

「明日、もう一度寺の境内で芸をします。それが終わったら京の都を出ようと思っております。少し周りが騒がしすぎております」キクが少し可哀そうな気がした。

「カイ様、ハルさん明日は最後の舞台見に来てや。あ、晴明様も」キクが。

「分かった。必ず行くわ」オイラは答えた。

晴明に帝にあった時の事を聞いた。道真様を良く調べもせずに、時平の言うことを信じて安易に流刑にしたのは悔いていた。そして、体調も良くないようで。清涼殿が焼けて逃げる時も、息が上がり倒れそうに何度もなったようだ。死期は近いと思った。

 晴明が帰って行った。寝床を引とったら、オイラが眠っていた3日間オイラとハル、キクが一つの部屋の中で寝る事になった。

 キクの昔話を聞いた。元じいに拾われ物心付いたころから技と芸を仕込まれた。中には逃げ出すもの多かったらしい。キクは厳しい元じいの笑顔が好きだった。それを見たいがために技と芸を磨いてきた。一番年下のキクはショウ達にも可愛がられていた。

 そんなたあいのない話が続いた。仲間、ありがたいと思った。オイラ達3人は少しずつ日々の営みに戻りつつあった。

 次の日、キクは人目を避けるために朝早くから屋敷を出て行った。

 晴明と晴明の仲間と合流してキクの芸を披露する寺に来た。まだ朝早いのに人が多い。

晴明が来たら人々が道を開ける。やはり噂とは凄いものだ。道真様の霊と対峙して京の都中に名前と顔が広まっている。後に付いて行った我々は一番いい場所で芸を見られるようになった。後ろには、京の都中から人が集まってきたようだ。男も女子も、身分は様々だ。晴明も人気がある、女子が周りを囲みだした。晴明は女子に慣れているのか適当にあしらう。

 雅楽の音が奏でられ始める。ゆっくりとキクが先頭で舞子たちが花道から舞台に進んでくる。オイラにとっては何時ものキクだ。周りからは「雅なり」「美しい」歌う者。何とかキクの目に留まろうとしている。時々キクの目線が此方を見ているのが分かる。気のせいかも知れないが。

 道端に咲いた菊、儚く小さい。でも、力強く生きようとしている。今、舞台の上に立っているキクも豪華な衣装を着て雅だ。それよりも普段着を着て笑っているキクを大切にしたいと思っている。キクはこの舞台が終わってオイラ達とも会わずに京の都を出た。また会えることを祈っている。

 次の日、ハルと二人で屋敷に居た。オイラの手元にある道真様の最後の文を取り出した。あて名は藤原時平様。両方ともこの世を去った。文を持って庵のある部屋に来た。いつの間にか隣にはハルが居る。この文には何が書いてあるのか分からない。道真様の恨みや憎しみが書いてあるのか。いや、道真様ならこの国の未来の事が書いているかも知れない。  文を庵の中に入れた。赤い炎が起き、揺れる。白い紙が黒くなり崩れていく。

ハルに「これでオイラの道真様からの頼み事は終わった。帰えるか」

ハルはオイラの腕を掴んで「帰ろ」安堵の表情だ。

帰るとなると、お父お母、マイ姉、三成村の皆がどうしているか。田や開墾地の事が心配だ。

 辨屋庄兵衛様は京の都にはおられない様だった。他の者にも会いたかったが、連絡が取られなかった。



 次の日、使用人達には礼を言い、朝早く屋敷を出た。来た道を三成村に向かって。帰りは雪に降られ峠道を越えるのに大変だった。やっと寿の国砦近くまで来た。砦に時成に会い寄ってみる。京の都内裏に入ったと言ったら驚いて。今度行くときは時成も「同行したい」と言ってきた。もう行く事はないと思が、「一緒に行こう」と言っておいた。

 ハルは京の都の奇麗な建物や屋敷の庭、着せてもらった着物。着物は重いし動けなくて本音は二度着たくないと。いつの間にか領主様に話をしている。周りには時間の空いたものが何人か集まってきていた。

 日が沈むまでに家に帰りたくて、少しして砦を出た。日が沈むのも早い。先を急ぐ。

 街道から村に入る筋道に入った。お父お母、マイ姉、クキが迎えに来てくれた。久しぶりに見る顔で気が楽になって自然に顔が微笑む。

 日が暮れてから家に着いた。お母とハルが夕食を作り始める。オイラとお父は荷物を片付けている。

 お父は「お前らが無事帰ってきて良かった。良かった」と何度も言われた。

 久しぶりの家だ、狭さがちょうどいい。ハルはお父とお母の部屋に居る。旅の間オイラの左側に寝る時もずっといた。少し寂しい。

 日が昇って働き日が沈んで家に帰る。また、日常が戻った。

 一月後、京の都からショウの手によって文が届けられた。教子様から政子様に。教子様、時久様、高義様3人の連名でオイラ宛に。神社で政子様とオイラはそれぞれに文を受け取った。

オイラに来た文は

「この度、多大な協力感謝申し上げる

菅原道真の所業、無罪放免朝廷より決定。

ついては身分の復帰・財産の返却を行う。

しかし、菅原道真はこの世におらず。

全ては子に返される。

       藤原 時久

       橘  教子

       阿部 高義」

 政子様の文はもっと長いようだ。泣いておられる。

「カイ、ありがとうえ。ようやってくれた。姉から、父の罪が無くなりました。すぐにでも京の都に帰って来いと言いおります。ですが、私は吉虎と夫婦になります。父の好きだったここ三成村で祝言を上げたいと思っております」

皆、驚いた。吉虎様は40歳を超えていると聞いている。政子様は20歳そこそこだ。

 当の吉虎様は、鍛練で今ここには居ない。

 ハルに吉虎様を呼んでくるように頼んだ。吉虎様が部屋に入ってきた。何事があったか分からないようだが、話を聞いて観念したようだ。親子ほど年の離れた二人。使う者と仕える者。政子様は、貴族の身分を捨てる覚悟だ。

 ここに居る皆は、身分や年齢など関係ない喜ぶべきことだと思っている。政子様はショウに姉教子様当ての文を書きショウに託すらしい。目出度い事だ。

 半年後、帝がご崩御なされた噂が流れた。蝉がうるさい夏の時期だった。今度はキクが藤原時久様から吉虎様宛の文を持ってきた。

内容は、帝がご崩御なされ遺言で京の都の外れ北野の地に、道真様の霊を鎮めるため天満宮を建立する事となった。吉虎様と政子様をそこで重役として向かい入れたいとのことだった。

 吉虎様と政子様、祝言の日取りが決まった。収穫祭が終わって年貢を納めた後だ。祝言が終わったら京の都に行かれる。寂しくなる。

 村の男どもは吉虎様から剣術を習い、クキはかなりの剣術師だ。女子たちも字は皆読み書きができる。マイ姉とハルは子供たちに読み書きを教えられるほどになった。お二人のおかげだ。

 キクは、収穫祭が終わるまで三成村に滞在することになった。何でも、今一座が居るところから行って来るだけで道中で終わってしまうらしい。最近は芸の事も3人娘たちに任せてある。収穫祭には一座は三成村にやって来るように段取りをしてあるとのことだった。我が家は狭すぎるので神社に滞在してもらう。政子様は喜んでいる。京の都の話や全国の話を聞きたいようだ。キクは昼間は皆の田んぼや畑を手伝った。時には小さな子供をハル達と一緒に沢へ川遊びに連れて行き、文字も皆に教えた。マイ姉やハルと一緒で何でも器用にこなす。三成村の男どもはキクの近くに居るだけで仕事をしなくなる。年頃の男どもはキクの後を追っかけまわしている。マイ姉とハルが大声で男どもを追い払っている。オイラもキクもそんな時は笑っていた。

 キクは稲刈りも手伝ってくれて助かった。一人でも多く人が居った方が早く終わる。開墾地の収穫も手伝ってくれた。今年も沢山米がとれた。もち米作って大成功だ。また、正月には上村の皆で餅を食うぞ。

 収穫祭りが始まる。キクの一座が来た。3人娘は元気そうだが、ハルの天敵だ。人も増えたようだ。聞けば不幸な経緯でこの一座に助けてもらった者ばかりだ。皆、キクに感謝している。

 相撲はクキが一番札を取った。2回目だ。褒美に豪華な着物を着たキクに酒を注がれ上機嫌だ。そして、キクを含めた一座の舞。皆は見とれていた。他の村からも沢山人が来とった。中には京の都から来たという貴族様が居られた。時成も早めに三成村に来ている。 やはり砦にはキクの噂は入っているようで一目見たかったと言っていた。

 年貢を砦に納めて帰ってきた。先ずは、道真様の一回忌の法要。京の都から神官が来て道真様の魂を神器に移された。そして、吉虎様と政子様との祝言が行われた。村中の皆が祝った。

 吉虎様、政子様、道真様、キク、キクの一座。村から居なくなった。村が静かになった。稲刈りが終わって、今からは養蚕と紙すきだ。村自体が何時もの時間の流れになり、皆が目の前の事を、生業を何時ものようにこなしていく。

 開墾地も広めている。開墾地の小屋も紙すきができて飯も作れて住めるようになった。マイ姉に「いつでも嫁にこれるね」と言われた。ハルと二人で昼までは紙漉き。昼を過ぎれば開墾と毎日が過ぎていく。

 正月が過ぎて暫くしてからだ。「眠り熊」が出たと猟師をしている村の人から皆に知らせがあった。「眠り熊」とは、この季節熊は冬眠している。時々冬眠をしない熊がこの時期出没して、エサが無いものだから人を襲う。厄介な熊だ。

 それから3日後だった。オイラは開墾地で木の根っこを起こしていると強烈な睡魔に襲われた。ハルと一緒に小屋に行ったら眠りについた。

ここから先はお父から聞いた話だ。

 日が暮れても帰ってこないオイラ達を心配してお父とマイ姉が小屋まで来てくれた。戸を開けたらハルが怖い顔して立っていた。その向こうには大きな熊が居った。眠り熊だ。お父は持っていた松明で眠り熊を追い払った。

 オイラは次の日まで小屋で寝ていた。起きたら何時ものようにハルが居った。お父がとお母が来た。眠り熊の事を聞いた。ハルが居らんかったらオイラは眠り熊に喰われとったかもしれん。横に居たハルを抱きしめた。

お父が言った「カイ、ハルお前ら夫婦になれ。ハルはいい子や」

オイラもハルと一緒にいたい。素直に「夫婦になりたい」と言った。思えばハルの生まれたツゲ村からたった一人で三成村に来た。白い砂浜を、海を見ながら二人で歩いた。あれからずっと二人で一緒。嬉しかった。

お父は、明日にでも村長に言いに行くと言っていた。

祝言は10日後になった。上村の皆と西村、東村からも年の近い者達が来て祝ってくれた。住むところは開墾地の小屋。寝られるところは一部屋だけ。熊が開けた穴を塞いだが隙間風が入ってくる。

ハルに「寒いからオイラの所に来るか」ハルはゆっくりオイラの寝床に入ってきた。暖かい。

 オイラとハルは、お父とお母みたいになった。何時も一緒に働いた。

 その年の夏。マイ姉が時成の嫁になった。村から皆で行列を作り砦に入った。その中にはオイラとハルもいた。最後にマイ姉はハルに要らなくなった物を渡してくれた、その中にはオイラのあげた帯もあった。

 時成は悲願がかない機嫌がいい。少し酒も入っている。領主様も何時になく豪快に笑っている。

 ショウから聞いたことがある。寿の国は税も民が潤うほど軽い。他の国は武装化がすすめられ農民が重い税で苦しめられている。由の国の西にある慶の国は、京の都から来た国司が武装化をここ数年進めている。力は寿の国の10倍はあると言っていた。何時か寿の国に災いが及ばなければと心配していた。

 マイ姉が嫁に行ったときマイ姉の家族も砦に入った。お父お母はマイ姉の家族とは仲が良かったから、少し寂しそうだ。上村を開墾したころの仲間だった。ハルが暇さえあればお父お母の元気を分けている。助かっている。

 その年の収穫はマイ姉の家族が居らんようになって少し大変やったけど、開墾地の収穫も含め今年も2割り増しだ。正月の餅米も増えた

 オイラとハルは開墾地の小屋で住んでいる。何時も笑って周りに笑顔を振りまいている。少し周りの事を気にしだしてオイラと離れている時間も増えてきた。政子様、マイ姉が居なくなってから、子供達や皆に字を教えている。養蚕も紙すきも上手くいっている。字の教えや剣技の教えもこの収入から皆で出し合い成り立っている。

 収穫が終わったら毎年のようにキクの一座が来てくれた。キクがオイラとハルが働いている所に来た。ハルを見るなり「おめでとうございます」と言いハルに抱き着いた。泣いている。「嬉しゅうございます。嬉しゅうございます」繰り返している。ハルは小屋に連れて中で水を飲ませた。やっと落ち着いた。暫く静かにしていたキクが話し始めた「実は一座はもう後輩に任せることになっていて、私もこれからの事を考えようと思っておりました。今年は最後の舞台になると思います。しっかり見て下さい」ハルと二人で見に行くと約束した。

 収穫祭でキクの最後の舞を見た。最後にキクの最後の言葉があった。来年からは3人娘が演じる事になったと。

 次の日、オイラとハルが祭りの片づけをしているとクキとキクが来た。二人が夫婦になると。当然、オイラとハルは驚いた。さらにクキは、キクから話を聞いたと言いオイラの家来になりたいと言い出した。オイラもハルも突然の話で混乱している。

ハルが「家来なんかいらん。今まで通り仲間でいいんや」オイラの気持ちを言ってくれた。

 年貢を運ぶのにキクの一座も出発した。キクは一旦村へ帰り、嫁入り支度をして三成村に来るらしい。クキも心配そうにしているが付いて行けない様だ。キクとは砦で別れた。

 久しぶりにマイ姉と話もした。お腹にややもいる。幸せそうで良かった。

 クキは開墾地の一角に小屋を建てだした。キクが来たらここに住むらしい。オイラも紙すきと開墾の間、暇を見つけて小屋を作るのを手伝う。クキがキクから、命を助けてもらった事、仲間を救ってくれた事、一生使えるつもりと全部聞いたと。

 峠に雪が降る前にキクが一人やってきた。直ぐに開墾地の小屋に住み始め、クキと祝言を上げ毎日ハルと仲良くしている。


この時が、皆が笑える幸せが時だった。

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