第2話昌泰の変【大阪へ】
正月。上村の皆で餅を食べた。子供も増えてきて祭りのようだった。お父も皆に慕われ嬉しそうだ。上村で年ごろで夫婦でない男二人が嫁を貰って独りなのはオイラとマイ姉だけ。次はハルまで子供が居ない。井戸を使わなくなって赤子は皆元気に育っている。良いことばかりだ。
秋に由の国から帰ってきてから、時成が何かに理由を付けて三成村にやってくる。その都度、村長の所に行ってお世話しないといけない。開墾が中断する。そんな時でもハルはオイラに付いてくる。負けじとマイ姉も。オイラから見たら時成とマイ姉が夫婦になればいいなと思っている。
時成との話は、領地内の事を細かく話してくれるのは面白い。一晩中領地の情勢を話してくれる。砦の事。街道筋の守り。各村の武人の配置。砦に配置されている武人。米の出来具合。米の蓄え。おかげで、領内で村の位置や石高など頭に入った。
時々、産物を持って来てくれる。大きな塩漬けの魚は村中で分けて喰った。マイ姉とハルは甘いものを期待している。どうゆう訳か二人には小さな箱に何時も甘いものを持って来てくれた。
一度だけ時成が上村まで登ってきた。その時、貰った甘いものとマイ姉が入れた茶を出した。
「これは美味い。饅頭の小豆が引き立つ」時成はえらくマイ姉の入れた茶を褒めていた。
ハルがマイ姉に茶の入れ方を教えてくれと言っていた。ハルは機転も聞くし、物覚えもいい。賢い子だ。お父とお母もハルを気に入ってくれて可愛がってくれる。ただ、オイラが仕事している所に何時も付いてきて離れようとしない。でも、機転が利くからオイラは助かっている。
開墾は進んでいる。小屋を建てた。飯も作れるし寝ることもできる。水路もできた。今は溜池の縁を作っている。ハルには杭と石を結ぶ縄を作ってもらっている。助かる。
時々、お父も見に来る。見に来るときは何時も機嫌がいい。マイ姉は暇があれば見に来る。でも何時も機嫌が悪い。ハルが居るからかな。
桜が咲くころ三成の神社に、位の高い人が住むことになった。お世話をする付き人も5人いる。中には着飾った女子もいた。噂でしか知らないが、どうやら都からの流刑者みたいだ。経緯は興味が無いオイラにもいろんな噂が入ってきた。
時成が来たので噂の事を聞いてみた。確かに帝にまでお目通りができる人で、謀反の疑いで我が領地に流刑になったらしい。それで砦に居てもらう訳にはいかなくて裕福な三成村に住んでもらうようになった。時成も領主様から聞いたのはこれだけらしい。領主様から村長に文を持ってきたようだ。詳しくは文に書いてあるそうな。
田植えが忙しい時期だ。上村は皆で田植えをするようになった。神社に居る位の高い人の事など忘れていた。男たちは田に水を流し、土を起こし田植えできるようにする者達と。田植えの苗や田植えを助ける者に別れた。女子たちは皆田植えだ。ハルは小さな子供たちの世話をしている。ハルも子供が好きなようだ。
坂の下から、神社に居る位の高い人が武人の友を一人付けてオイラ達の方にやって来る。オイラは「一緒にどう・・・」声をかけた瞬間に友の者が刀を抜いて「無礼者」と切り付けてきた。オイラには殺気を感じられなかったが、相手の目を睨んだ。刀の切っ先がオイラの真上で止まる。お互い微動だにしない。
後ろから「このー」と大きな声でハルが走ってきたと思ったら武人に体当たりしてそのままハルと一緒に水の張ってある田に落ちて尻もちをついた。ハルがぶつかる瞬間に武人は刀をほおり、刀だけは道に落ちた。もし、刀を捨てなければハルに刀が当たって怪我をしていたかも知れない。かなりの武人だ。
「ハハハ。吉虎も小さな武人には勝てんな」位の高い人が大笑いしている。逆に顔まで泥だらけのハルを見てオイラも大笑いした。
「オイラの名はカイ。あんたは」名を聞いた。
「菅原道真。京の都より来た」
「道真様。良かったら一緒に田植えせんか。そんな恰好じゃ無理か。もう少ししたら一休みするから待っとってくれ」
「あそこで休ましてもらっても良いか」マイ姉の家に腰かけがある。
「はい。どうぞ」マイ姉が、オイラが答える前に答えてくれた。
「ハル。武人さんと一緒に沢で体洗ってこい」ハルは武人さんに敵意むき出しだ。
道真様の横に腰かけた。
「京ではどういった仕事してたんや」聞いてみた。
「最初は学者をしていた」
「字は書けるんけ」
「当り前じゃ」質問が悪かったかも。
「オイラの村で字が書けるのは村長の家族だけじゃ。皆に字を教えてくれんかの」頼んでみた。
「暇だから、何時でも良いから一度神社に来てくれ」道真様も乗り気なようだ。
「じゃあ。田植えの時期が終わったら行くからな。暇やったら何時でも田植え手伝ってもらってもいいで」字を教えてもらうとなると楽しみだ。
マイ姉が茶を持って来てくれた。
道真様は一飲みして「美味い」褒めてくれた。
これが道真様との出会いだった。
後から吉虎様から聞いた話では、この時道真様は久しぶりに笑われたそうだ。ハルに感謝してくれた。
次の日、道真様とお供の武人、女子が一人。田植えを手伝いに来てくれた。武人は吉虎様。女子は道真様の娘で政子様。
政子様は肌も白く手も綺麗だ。髪も結って村の女子たちとは違う。見とれているとマイ姉から肘打ちをくらった。上村の入口に三成村の男たちが此方をうかがっている。政子様を見に来たようだ
政子様が「カイと言う男子はそなたかえ」と凄く遅い口調でオイラに話しかけてきた。
「はい」と答える。
「そなたは大した武人らしいの。吉虎が言いおった」遅い喋り口調に合わせられない。
横に居たハルが「お姫様奇麗やけど喋りが下手やな」
政子さまは顔を隠し「京では皆このような喋りをします」
道真様が「政子よ。この子は吉虎に体当たりして倒す女子だぞ」
「ハ」政子さまは目を丸くしている。
道真様が「さ。田植えを始めようではないか。政子は見ておれ。邪魔はせんようにな」
気を使ってくれた。
その日の田植えが終わった。日が西に傾き道真様が、皆が居る所に来た「今日は楽しかった。上手く米を作っているな。この狭い土地でこれだけ苗を植えられるとは」
道真様は田の仕事も良く知っておられる。
「10日後に神社に三成村の若い者連れて行きますけん。字教えて下され」お母が茶を入れながら言ってくれた。
10日後三成村の若い者が集まった。
道真様が「多いのう。よし。男と女子と分けよう。女子は中で政子から字を習ってくれ。男は吉虎から剣技を」
境内に男達は集まった。一人ずつ木刀で吉虎様に打ち込む。皆は上手くあしらわれ倒されていく。クキは健闘したが倒された。オイラの番が来た。木刀の使い方は、よう知らん。
来る。打ち込まれた。木刀で受けたと思ったら次は首をめがけて突いてくる。上手く避けられ木刀を放した。お互いの体が触れるか触れない所でお互いの動きが停まった。
「流石じゃの。ワシの負けじゃ。お主には剣術を教える必要はないようじゃ。中で勉学してまいれ」
よく分からないが社の中に入ったら政子さまが女子10人ほどに字を教えている。道真様は一番後ろで座っていた。オイラは自然に紙に目が行った。紙は高級品だ。この紙の束は何だ。中には字が沢山書いてある。
道真様が「流石じゃ。それは書物だ。中には知恵が沢山書いてある。カイには皆が勉強する紙や筆・墨の作り方を教えてやる」
「それはありがたい。冬の間に作るものがあれば産物になる」村の発展にもなる。
道真様が「ワシはここに京以上に書を集め知識の源にしたいんじゃ」先の事を語っている。
明日は道真様と山に行く事になった。探し物が有るらしい。ふと道真様を見てみると胸に黒い影が有る。病だ。気になった。
道真様たちが暮らしている神社からの帰り道、マイ姉とハルが今日習った字を指で顔の前に書く真似をしながら歩いている。ハルが「カイにも教えてあげる」と言っている。オイラは紙や筆の作り方を道真様から教わるから、マイ姉とハルがいっぱい字が書けて覚えられるといいと思いながら坂道を登って行く。
次の日、道真様と吉虎様・オイラで山に登った。道真様は大方の目星は付けていたようで、麓から「あのあたりに行きたい」と言ってきた。何もない山の中腹だ。オイラは目的の場所まで道なきところを進んでいる。下の方から吉虎様がオイラを呼んでいる。道真様と吉虎様の所まで戻る。「カイ。人が通れる道はないか。お前の道は通れん」二人とも怒っている。昨年木を切り出した時の道がある。あの道を使えば近くまで行ける。今度は3人で固まって登って行く。山の中腹まで来た。雑木をかき分けて生えている木を見た。「これだ」と一言。「この木が紙の原料じゃ」同じ木が群生している。オイラと吉虎様で枝を切り適当な大きさでまとめ背中に背負い山を下り始める。今度は山道を歩き麓に近い所に来た。道真様が「待ってくれ」と言ったので止まって様子を見ている。木の葉を触っている。何だろう聞いてみた。「桑の木じゃ。蚕のエサになる」オイラは何が何だか分からんかった。昼までに神社に帰ってきた。
今日は、クキや皆が外で蹴鞠をしている。なぜか時成が仲間に入っている。政子様とも気が合うみたいだ。
「カイ。凄い、皆が習い事や、武道の鍛錬をしている。きっと三成村は寿の国で一番大きくなるぞ」時成が珍しく興奮している。
道真様が「国司の跡継ぎか。どうじゃ国が良くなることは。米だけじゃなく産物も他国に売り国が潤う。まだまだ産物は増えるぞ」時成はさらに興奮して笑っている。
稲刈りが終わった。
マイ姉やハル、村の女子は文が読めたり書けたりするぐらいまで字が分かるようになった。男たちは鍛錬をする者と読み書き算術をする者に分かれた。オイラは道真様付きで教わってはいないがいつの間にか読み書きはできるようになった。ハルに字を教わっているのもある。オイラは紙すき・養蚕の準備だ。
紙つくりは上村の皆で行う。水と山が近いから。養蚕は西村・東村で行う。すでに蚕は手に入れた。試作の生糸はすでにでき、後は皆で沢山作れば三成村の収益になる。
オイラの開墾はハル、時々マイ姉で細々とやっている。やっと溜池ができて水を流し始めた。小屋も大きくなって、紙すきもできる。その気になれば寝られる事もできるし、飯も炊ける。ハルはここが好きみたいだ。ハルの好きなように竈を作ったし水も通した。オイラも此処ではよく眠れる。
秋の収穫祭りが3日後だ。
道真様一行は初めてだ。ハルも初めてで、正月の餅を楽しみにしている。
あれから1年。お父お母と村の皆に可愛がられ奇麗になっていく。今日も開墾場所でオイラを手伝ってくれている。
「何故オイラに付いてくる」初めてハルに聞いてみた。
「お父を悪いことする前に救ってくれて極楽に連れて行ってくれた。カイは恩人じゃ。もうお母もアニィやオネェおらん。恩人のカイとおるのはあかんか」ハルが目を潤ませながらオイラを見ている。ひどいことを聞いてしもたと思った。そしてハルの心の傷と思いも。オイラと居る事で癒されるのであれば居てもらいたい。
今年の収穫祭もオイラが一番札だった。
クキは全力で向かってきた「カイには勝てんは」きっとオイラが居らんかったらクキが一番札だろう。クキに生まれて初めて酒をごちそうになった。暫くして「あれー」天と地が分からんようになって後の事はよう分からん。朝起きたら軒下に蓆をひかれ、寝かされていた。マイ姉とハルがおった。
「何があったんや」オイラがマイ姉に聞いた。
「カイはあほや。酒飲めんのに飲んで」マイ姉は少し怒っている。ハルが水を持って来てくれた。こんな旨い水は初めてだ。
マイ姉が「ハルも凄かったの。カイに毒飲ましたと思ってクキに大声出して体当たりしてクキ倒しちゃうんだから。皆が今年の一番札はハルだって」
そんな事があったのか。道真様村長と政子が来た。
「昨夜は楽しかった。ようわろたは。ハルは強いの」楽しそうに笑っている。
「ハルは字を覚えるのも早うて、巻物まで読んでおる。優秀よの」政子様が。
道真様がまた「村長と今年の収穫量を聞いていた。昨年の2割り増しらしいじゃないか。領主様に生糸を収める算段もしたぞよ。実りの季節はいいのう」道真様も三成村の仲間だ。
良き方に導きください。
今年も家老様と時成が年貢収めの荷車隊を迎えに来た。やっぱり昨年の事もある、護衛の者が増えている。家老様時成入れて10名。しかも、家老様と時成は馬に乗っている。
時成は「今回は念には念を入れて絶対に年貢は守り抜くからな」
安心した。噂では、盗賊をなりわいしている者は10人前後が多いらしい。だいたい村から外れた無宿者だ。峠や山道で襲撃してくる。その近くに寝倉があるようだ。
出発の日。
ハルがオイラと離れるのが嫌で泣きじゃくった。お父とお母、マイ姉が無理やり上村の家まで連れて帰った。皆がオイラを冷やかしたが、オイラも淋しくなって今年は早く帰ってこようと思った。
無事、日が暮れる前に領主様の砦に入った。何もないと早い。
夕食の時に領主様に呼ばれた「糸なかなか良い。隣の由の国に商人が居るからそこを通じて売れるようにしてみたいと思う」西村と東村の皆が喜んでいる。来年は沢山糸が作れるだろうな。上村も紙すきが上手くいけばきっと三成村は大きくなる。皆が潤えば。
帰りの道中護衛はいない。時成が土産を準備してくれて荷車は空じゃない。でも米に比べればぜんぜん軽い。オイラの背にはマイ姉とハルに菓子を持って行くように時成から頼まれている。
昨年、一晩泊った村で休むことになった。オイラ一人だけ村寺の本堂にやってきた。仏様の前で坐した。道真様から習ったお経を唱えた。短いお経が終わった。仏様の顔を見た。優しい顔だ。ハルの顔思い出した。ハルの笑った顔でオイラも救われている。心の中でハルに感謝した。
クキが本堂にオイラを迎えに来た。もう出発するそうだ。さあ帰ろう。
三成村の村長の所には思ったより早く着いた。村長に文を渡して土産を分けたり片付けているとハルが駆け寄ってきた。
「留守、守ってくれたか」
「ん。でも淋しかった」
後からお父とお母から聞いた話では、泣きじゃくってやっと家まで連れ帰って夜まで仕事しながら泣いていた。涙が枯れて一晩中外で星を見て起きていたらしい。朝からオイラが返ってくるまで一言も喋らずに淡々と洗い物したり洗濯したりして、逆におかしくなったみたいだったとの事だった。
今、横に居るハルは何時ものハルだ。
秋が終わり、強いが風が吹いた後だった。
開墾場所でハルと木を切っていたらマイ姉が慌てて駆け寄ってきた。何かあったのか直ぐに分かった。
「道真様が倒れた」マイ姉が叫んだ
オイラはハルに「神社まで行ってくる」と言い神社まで走った。
後に残されたマイ姉とハルは。
「ハル。今、カイ飛んだよね」
「そやな」
二人はオイラが力を持っているのは知っていたが、空まで飛ぶとは思わんかったみたいで驚いとった。
神社に着いた。道真様の寝所に入ると、思っていたより顔色はいい。オイラが入ると上半身を起こして「大丈夫だ」と一言。
オイラは胸を見た。やはり黒い影が大きくなっている。そして濃くもなっている。暫く考えて、道真様と二人だけにしてもらう。
「道真様。オイラは物心ついた時から皆とは違う力を持っとった。オイラも何ができるかよう分からんけど」小刀を出して左腕を切った。血が出たと同時に傷口が塞がり傷口の後は何も残っていない。
「これはいったいどうなっとる」流石の道真様も驚いているし、理解できない様だ。
「一度、道真様の胸の病も消せるかやってみたい」道真様に頼んだ。
オイラは道真様を寝かせ、胸に手を当てた。何故だか分からないがオイラの手が光っている。終わった。黒い影が小さくなっているが、消えていない。病が消えない。
オイラは正直に道真様に「治し切れない」といった。
道真様は「寿命は、カイの力でも変えられんかもしれんな。しかし、だいぶ楽になったぞ」起きて皆が待っている所に行った。
オイラは、道真様を治し切らんかったことに、自らの力をみじめに思った。
マイ姉とハルが来た。
マイ姉が「済んだかえ」と聞いてきた。
「いや。治しきれんかった」答えた
二人とも寂しげな顔になった。
次の日から道真様は良くなったと聞いた。ただオイラ達は、病は治っていないと知っている。
暫くして開墾場所に道真様が来た。
「わしはあとどのくらい生きられる」会うなり聞いてきた。
「分からん。治せへんのは確かや」正直に答えた。
「ワシは寿の国が好きじゃ。カイや皆が好きじゃ。ここに来る前ワシは、学問にはげみ皆の為に政治を行い。帝に名を貰い、意見するまでになった。だがワシは人の欲と言うものが分からなかった。良かれと思い改革を行ったが、欲あるものから恨まれ嫉妬され、ついには身に覚えのない罪で流刑だ。寂しい世になった。こんなことカイに言ってもどうにもならんが。ワシは、カイや皆が前しか見ん事を教えてもろた。良い所よの」
「頼みがある。大阪でワシの知り合いの商人に会ってきてくれんか。吉虎と政子も一緒にじゃ。文も頼む」
「ハルが心配じゃ。オイラから離れたないみたいで。オイラから離れると病になる」あまり気が進まない。
「それではハルも一緒にじゃ。早い方が良い。頼むでな」
道真様は頭がいい。すでに村長やお父お母には話が済んで、大阪まで買い出しの手伝いになっていた。
流石にお父お母はハルが心配のようであったが、吉虎様がご一緒に行くとなり安心したみたいだ。マイ姉はオイラとハル、政子様が一緒に行く事が気に入らないようで機嫌が悪い。正月までに村に帰りたいので2日後に出発予定だ。
ハルだけは機嫌が良いし、何の心配もないようだ。マイ姉が「途中で盗賊が出る」と脅しても「カイがやっつけてくれる。カイは鬼様より強いんや」動じない。
まだ暗いうちから三成村を出た。街道筋に着いたくらいから周りが明るくなってきた。道真様や村の皆が見送りに来てくれた。
その時、道真様がお父お母に話した「カイはもっとこの世を見聞してもらいたい。力がいつか災いを招きいれる事もあるじゃろう。よき知識やよき心があれば、きっと災いも跳ね除けてくれるじゃろ。良い子に育てたな。すまぬな、カイに試練を与えて」涙ながらに言った。
出発して何日かたった。道は吉虎様がよく知っておられる。この旅で初めて宿場に宿を取っている。砦のような宿は、オイラとハルは大きな部屋に他の旅の人達と一緒に寝る。寝る場所もない。身分の差と言うものだ。
その日は小さな宿だった。小さな部屋に8人と我々4人。横になって寝ることができないので政子様とハルは部屋の角で、オイラと吉虎様は二人で囲むように寝ることにした。オイラは箱に入った道真様の文を抱えて寝る。吉虎様は旅の金子を持っている。用心して何か所かに忍ばせている。オイラ達以外の8人は仲間のようだ。夜中、静まった時に女子二人が動き出した。一人の女子が吉虎様に近寄る。もう一人がオイラに近づいて来た。盗人だ。懐から小さな小石を出すと、親指で弾き吉虎様に手を伸ばしている女子の手の甲に当てた。吉虎様も気が付いていたみたいだ。そのまま朝まで女子たちは静かになった。
旅路に着いて、人のいない所に来た。朝、分かれた8人組がオイラ達を囲んだ。殺気がする。よく見ると見たことの無い武具だ。隠し武器。身近な物が凶器になっている。刃物の切っ先には毒が塗ってある。
一番奥に居る初老の男が「あんたたちに恨みは無いが正体がバレては生かしてはおけぬ」
喋り終わったと同時に7人が攻撃してきた。
7人とも攻撃を流して初老の男の喉に手刀を突き立てた。
吉虎様が「これは凄い」一言。
「ここであんたを成敗したら残りの人達も殺さないといけなくなる。無駄な殺生はしたないんや。あんたらの事は人に言わん。もう堪忍してや」
「分かった」初老の男が答えると、他の者たちも殺気が亡くなった。
「先を急がな」オイラが言うと皆が歩き出した。
暫くこの8人はオイラ達の後を付いてきた。数人は荷車を引いている。「逃げている」何故だかそう思った。
次の宿場を出た。
峠道を越えている途中。盗賊らしき者たちに囲まれた。数が多い。囲まれた中には8人と荷車もあった。
相手方の長らしき者が「元司。里から逃れると思ったか。掟は知っているな。やれ」
初老の男が3人の男に刺された。それぞれが致命傷だ。
吉虎様が「カイ。こやつらは命の価値が分かっておりませぬ。成敗しても良かろう。わしは政子様とハルを守る」
それを聞いたと同時に四方から矢が放れた。それを全部、放ったものに戻した。刀や武器を抜いている者を次々に倒していく。唯一武器を持っていない相手方の長だけが残った。
「何。何者だ、おぬしたちは。一瞬で我ら35人衆を・・・化け物か」恐怖に満ちた顔。
「元じいの敵」二人の男が相手方の長を刀で刺した。終わったと思った。
吉虎様と政子様ハルの所に戻った。「みな無事だったか」声をかけた。
吉虎様が「おぬしは阿修羅様か」と一言。
政子様はまだ怯えている。
ハルは気が抜けたのかオイラに抱き着き泣き出した。ハルを抱こうとした時、自分の手が血で染まっている事に気づいた。水の流れる音がする。ハルは泣きながら付いてきた。沢で血を洗い落とす。ハルと一緒に皆の所に戻った。政子様は正気に戻って状況が分かってきたみたいだ。吉虎様は政子様の横についている。
吉虎様に「この人たちを埋めてやりたい」声をかけた。
「そうじゃな。野犬に食われるか、鳥のエサじゃ。あっちの者たちにも手伝ってもらおう」吉虎様は答えてくれた。
残った7人は言葉無く、ただその場を動かずにいた。皆、生きているのか死んでいるのか分からない。一人の女子が筒に入った物を飲んだ。毒だと思いその女子腹を殴り吐きださした。
「生きろ」とオイラは一言。
皆に「すまんがこの人たちを埋めてやりたいんだ手伝ってくれないか」声をかけた。
男が立ち、穴を掘り始めた。オイラも掘り始めると他の者たちも男も女子も穴を掘り始めた。その日は日が暮れ野宿することになった。
夜になってオイラは穴を掘り続けている。周りにまた殺気が、何だ。オオカミの群れだ。ハルが起きた。オオカミの群れに向かって「私たちを襲ったら、あなた達皆殺されちゃうから逃げた方が良いよ」とオオカミの群れに話しかけた。オオカミたちが消えた。ハルはオオカミたちと喋れるのかと思った。政子様も吉虎様も起きていた。
「ハルおまえは優しいの」政子様がハルを誉めて下さった。「不思議よの」独り言だ。
日が昇り始めた。朝は寒い。最後の亡骸を埋めハルが持ってきた石を盛り土の上に置いた。
「吉虎様、終わりました。先を急ぎましょう」吉虎様、政子様は立ち上がり道を歩み始めた。
7人は追って来ない。最後に見た時、抜け殻のように「元じい」と呼ばれた者の墓の前で動かなかった。
朝から歩いて三つめの宿場で早めの宿を取った。珍しく空いている。
「昨日はいろいろあった、今日は早めに休もうぞ」吉虎様が。「そうやね」政子様が答えた。オイラは横になって布団で寝られるのが嬉しかった。
次の日。一番会いたくない者たちが目の前にいる。例の7人だ。
一番年長者の者が「お供させてくださいませ」
「人殺しや盗人を生業とする者と供が出来やんな」政子様が。
「確かにじゃ」吉虎様が。
また、年長者が「われらの生業は里を出てから軽業一座です」
「そうですね。暫く様子を見ような」政子様が言われた。
「欲や嫉妬で生きてはならぬ。人の為、仲間や友の為に生きるんじゃ」吉虎様が言われた。道真様の言葉に聞こえた。二人は道真様が主だけれど、それ以上のものは以前から感じていた。
向こうの7人がそれぞれ名乗った。
ショウ・シュウ・キョウ男男女の三人兄弟、クモ・アシ男二人、サヤ・キク女子二人。
それぞれに事情があるようだ。ハルと同じように親を失った者。売られた者。子供のころに拾われた者。「元じい」と言う軽業師に育てられいろんな技を仕込まれた。小さな隠れ村に居たのだが、元じいと村の長老達と意見が合わずに村を出た。隠れ村の決まりで村を出るとその代償は死になる。この者達は長老達からの追っ手から1年以上逃続けていた。オイラが倒した35人衆は村の男たち全部で、子供の頃から親しい者も多かった。毒を飲んだキョウの許嫁もおった。すまん事をした。
人を成敗する事は憎しみと悲しみを作る。
寂しくなってきた。
年長者のショウは隠れ村が心配のようだ。近隣の村に敵対する所があり、35人が居なくなると攻められると太刀打ちできない。
ショウは長老達が嫌いだが、村人は好きなようだ。力になれればと思った。
もうすぐ目的地の大阪に着く。
道沿いに並んだ家が増えだした。人も多くなる。人が多いのはあまり好きではない。商人が増えてきて活気があった。
ここまで一緒に来た7人の内キクだけ我らと同行し、商人の所で用を済まし、キクに案内してもらいオイラとハルは隠れ村に行く事になった。6人とはここで別れた。
大阪の町は迷路だ。目印になる物が何処にもないからどこに向かっているかも分からない。自分が何処にいるか不安で汗が出てきた。ハルがこっちを見て不思議そうにしている。
「カイ様どうしたのか」キクが聞いてきた。
正直に「自分が何処に居るのが分からんと不安で」汗をぬぐった。
吉虎様が「もうすぐじゃ。辨屋と言う店を訪ねる」
ハルとキクがオイラの話をしだして会話を始めだした。キクがハルの一つ年上で話が合う。キクは捨て子だった。元じいに拾われた横に黄色い菊があったから、キクと名付けられた。ハルが道端に咲いている黄色い菊の花を見つけた。一輪摘むとキクの髪にそっとさして「綺麗だね」一言。
キクが言葉を失っている。よっぽど嬉しかったのだろう。
オイラはキクに「カイ様の様はいらんき、呼ぶときはカイでいいんや」
「はい。カイ様」また言った。
ハルが「違う。カイ」しっかり言ってくれて、皆が笑っている。
辨屋と言う店に来た。大きな屋敷だ。まるで砦だ。吉虎様と政子様がのれんをくぐった。オイラ達も後に続く。
吉虎様が対峙した者に。
「辨屋庄兵衛殿は居られるか。この方は菅原道真様娘政子様面会したく参じた」
相手の者が
「ただいま主は留守にしておりますが、間もなくお帰りになります。お待ちになりますか」
「待とうぞ」吉虎様が言った。
「それではお二人はこちらへ」相手の者が二人を案内している。オイラ達は小さな子供に案内され裏から庭に案内された。庭から見える座敷に政子様と吉虎様が坐している。庭は広かった。一本の紅葉の木が赤く庭全体を引き立てている。
どれだけ時が経ったか。一羽の雀が飛んできてハルの肩に止まった。「お腹空いたの」懐から米粒を出して紅葉の木の下に。3羽か4羽の雀が飛んできてハルの手から米粒を食べている。
「雅よの」さっきの相手してくれた人と、商人らしい人がハルに見とれていた。
政子様と吉虎様と商人の人が座敷に対面で座り話をし始めた。
「懐かしゅうございます。政子様」
「久しいの。父より文を授かりました。先ずはこれを読んで下され。カイ、父の文をここへ」
オイラが縁側まで道真様の文が入った箱を持って行くと吉虎様が取りに来てくれた。
長い時、商人は文を読んでいた。
「これは誠か。カイと言う方は」政子様に問うた。
「あの者です」と政子様がオイラ見て。
「それは済まぬ。座敷に通せ」
オイラとハルとキクも座敷に座らせてもらった。中から見た庭は目に焼き付けておきたい位で部屋の中も豪華だ。
「ワシは辨屋庄兵衛。見ての通り商いを手広くやっておる。以前は道真様に世話になった。ワシもカイの仲間にしてもらえんか」
「こちらこそ頼みます」
商人は損得勘定が上手いと聞く。少し不安だけど道真様の友なら間違いなかろう。
吉虎様が、ここに来るまで道中の話しをしてくれた。他の6人の事も。
庄兵衛さまが「私も裏の世界で聴いたことがあります。詳しい者を呼びます。出発は明日に。政子様と吉虎様はごゆっくりしてください。文にいろいろ面白い注文がありまして相談しとうございます」笑って話している。
離れ家に通された。政子様と吉虎様はここで暫くお泊りになる。オイラ達は明日の朝にはここを出る。
日が沈みかけたころ、一人の男が尋ねてきた。ショウ達が居た村から人が居なくなった噂が広がり、もう遅いかも知れないと言われた。キクが震えている。ハルが慰めてはいるもののハルも心配そうだ。男から相手方の村も人数は50名ほど。名の通った強者が5人ほどいるが特に幻術使いは手ごわい。幻術で仲間同士を戦わせて適当な所で相手を討つ。手ごわいぞ。もっとも数名では命を捨てに行くようなものだ。止めておくように言われた。
キクはその夜は眠れなかったようだ。日が昇る前に出発した。キクは少しでも早く里に着きたくて歩いた。ハルもその気持ちに応え歩いた。大阪から2日ほどの山の中、道無き道をキクの後を付いて進む。
煙の臭いがする。「何だ」と思った。焼かれた家が幾つかあった。石段を登る。登りきったところに神社があった。先を行くキクが叫んだ。ショウ・シュウ・クモ・アシが倒れている。近づいた。目を疑った。キクに「ハルを向こうに連れて行ってくれ」と頼んだ。4人は人の形を成していなかった。しかし、皆生きている。生かして苦しみを与え、死の恐怖を与え屍にする。
できるか分からなかったが力を使った。体が人の形に戻っていく。良かった。皆なんとか動けるようになった。でも体力が無くなって立つことさえできない。
ショウが「あなた様は仏様でございますか」
オイラは「キョウとサヤは」と聞いた。
「連れ去られました」悔しさが分かる。
ハルにショウ達を面倒見るように言った。
キクに「キョウとサヤを助けに行く。案内してくれ。急ぐぞ」と言った。
キクは走った。助けたい一心だ。
キクが停まった「ここから先、罠が」
「分かった。ここから先は一本道やな。オイラ一人で行く。夜までに二人を連れて帰る。帰って皆の世話を、ハルを頼む」
オイラは相手の罠を潰しながら進む。
相手の砦の前まで来た。狭い入り口の門があった。自然を利用した砦だ。向こうからこちらの様子はよく分かるが、此方からは何処に人がいるか分からない。見張りが此方に気が付いたようだ。
「何者だ。すぐ消えろ。死ぬぞ」見張りが言った。構わずに進んだ。
四方から矢が飛んできた。全部の矢を放ったものに返した。一気に門まで走り、閉まっていた門をぶち破った。周りに爆音と粉塵がまった。
人が10人ほど集まってきた。この人たちは下人のようだ。殺気が無い。近くには寄ってこなかった。
一番近くに居た男に、女子らが二人連れてこられたはずだ、何処にいる」
「櫓に居る」櫓に向かった。
櫓の入り口の前は広くなっている。櫓の木戸が開き男5人出てきた。
「お前たちがこの砦の主か」オイラが聞いた。
「親父は奥にいる。俺達が相手になってやる」黒い着物を着た男3人がかかってきた。威嚇だと思った。次々繰り出される攻撃をすべて避けた。向こうは早さと連係に自信があるみたいで次々に仕掛けてくる。攻撃が停まった。それぞれが武器を変え切りかかってくる。今度はオイラを殺す気だ。オイラは一気に3人を倒した、と言うより粉々にした。
それを見た残りの男二人の赤い着物を着た者は櫓の奥に入って行った。
白い着物を着た男はその場に残った。棒を振り回し変な音を立てている「ハァ」大きな奇声をあげた。急に周りが暗くなる。何やら虫のようなものがオイラの周りを飛び回る。異形のものがオイラに絡みついてくる。絡み付いた場所が痛い。体が動かない。地面が盛り上がり土の中から人が出てくる。ハルのお父やオイラが命を絶った者達だ。動けないオイラに刀で切り付けられ血が噴き出し意識が遠のく。何か波動を感じた。
「そう言う事か」白い着物を着た者からの波動をそのまま受け流し発した者に返した。周りの風景が元に戻った。男が叫びだし動きが停まった。醜い形相で息絶えていた。
砦の中に入ると、部屋が薄暗い。赤い着物の男が目隠しをしたキョウの首に刀を突き立てていた。そして、奥にはサヤの後ろにおそらく「親父」と呼ばれた奴だと思った。
親父と言う男が「お前何者だ。明王か」
「オイラは三成村のカイ」名乗った。
どうやらオイラを有無を言わさず成敗したいようだ。赤い着物の男がキョウに刃物を突き立てようとした。刃物ごと手を吹き飛ばした。キョウを手放し、向かってきた。先ず足の先に刃物を仕込み、蹴りを入れきたが軽く避けた。次は口から針を飛ばしてきた。膝・肩至る所から武器が出てくる。キョウは倒れたままだったが、落ちた小刀を「親父」に投げた。二人が怯んだすきに一気に仕掛けて二人とも絶命した。終わったと思った。
キョウとサヤは逃げないように足の腱を切られていた。オイラは二人の腱を元通りにした。まだ奥に何人か囚われている人が居るらしい。キョウとサヤに案内され奥に行くと、20人ほどの女子が居った。何人か腹が大きかった。小さな子供も。何てことを。
オイラは一人ずつ足の腱を直していく。
外に出ると30人ほどの男が居た。どうやら囚われた女子の家族のようだ。
キョウが「奥におられます」と言うと、男たちは我先に中へ入って行った。
壊した門の前で10人ほどの男が居た。彼らは、親父と5人衆に恐怖で従っていた。この砦も終わりのようだ。
キョウとサヤと隠れ里に向かった。
神社に皆が居た。7人がしっかり抱き合い喜んでいる。
ハルがオイラに抱き着いてきた。ハルを見ていたら疲れが出てきた。そのまま寝てしまい次の日の昼に目が覚めた。ハルはこんな時いつも横に居てくれる。起きた時にハルの顔を見ると嫌な事全てを忘れられる。
ショウ達も歩けるまで回復したようだ。でも大阪までは行けそうにない。本当は皆で行きたいようだがキョウとキクが行く事になった。ショウはこの村の立て直しをするみたいだ。
話によれば5人衆たちもこの村で鍛錬していた仲間だった。それが8年前に村長の座を奪い合い争いが起きた。5人衆の「親父」と呼ばれた者は実力があったが仲間が少なかった。村長になった者は親父を締め付け彼らは村を出て好き勝手するようになった。そして、元じいも村長と考えが合わずこのままでは命の危険があると思いショウ達と村を出た。間違った主を選ぶと皆が不幸になる。
オイラ達が隠れ村を出る時、残った村のものが皆神社に集った。
ショウが「私たちは間違った主を選んでしまった。新しい主はカイ様。いやカイあなたに決まりました。我村の者皆の決め事です。我らをお導き下さい」
驚いた。何をしてやればいいのか分からなかった。ただ道真様から聞いたことを話すことにした「欲で自らを導くな、自らの信念で行動しろ。今は、力を蓄え鍛錬しろ。ショウ頼むぞ」そう言い残し出発した。
ハルが「カイは真っ直ぐやな。ありがと」
「私からも礼を言う。助かった」キョウが言ってくれた。
大阪に着いた。辨屋に着く前に裏の世界に詳しい者と偶然出くわした。相手は驚いた様子で「なぜ生きておる」聞いてきた。
「もう村の者は、殺生を生業とせえへんからな。もし何かしたらオイラが許さんから」どのような身分の方か分からなかったが一言忠告だけしておいた。
辨屋では政子様は暇を持て余していたようだ。書物を沢山目を通したらしい。
辨屋庄兵衛様が来られた。政子様、吉虎様を交え道中の話をした。
「それはご苦労様でした。私からも隠れ村の件は根回ししておきます」辨屋庄兵衛が言ってくれた。
「どうだろう、商売をしていると人より早く噂を聞くというのは大切でございます。キョウさん達は国中を旅しながら見世物をしておられると聞く。どうですかな噂を集める事を生業としてみては。噂と言うものは面白うございます。ある者では何の価値もない物が、少し土地を離れただけでものすごい価値を生み出します。どうですかな」キョウに助言してくれた。
キョウは「名案です。早速村に帰って皆に相談してみます」乗り気なようだ。
次の日、辨屋庄兵衛様は店の外まで見送に出てきてくれた。キョウとキクともここでお別れだ。
キョウが礼を言ってくれた。キクが「もう一度会いとうございます。いつか三成村に芸を披露しに行きます。この感謝、一生忘れませぬ」目を潤ませていた。
帰りは、平穏だった。宿場での人は多かったが。この時期は刈り入れも終わって物が移動してそれに合わせて人も移動する。混雑は当たり前かもしれない。
帰りはゆっくり景色を楽しんでいる。政子様は毎日調子が変わらなくゆっくりだ。吉虎様は威厳を振り撒いてくれて人を寄せ付けない。頼もしい護衛だ。ハルは政子様の良き話し相手だ。オイラは一番後ろで皆を見守っている。雲がかかってきた厚い雲だ。もうすぐ雪が降る。雪が積もる前までに村には着きそうだ。
三成村に着いた。マイ姉が神社に走ってきた。クキも来てくれた。
クキが「旅で良い女子に会ったか」と聞いてきた。キョウ・サヤ・キクを思い出した。
「居ったんやな」クキが笑う。
「マイ。カイのやつ女子に移り気しとる」マイ姉をクキが冷やかす。
ハルが「皆いい子やったけど、カイが助けただけや、なんもあらへん安心してマイ姉」良かったホントの事を言ってくれて。
道真様の所に。すでに政子様と吉虎様が坐していた。オイラとハルが座った。
「皆、ご苦労じゃった」道真様が。
オイラは辨屋庄兵衛様からの文とお届け物の箱を与かっていた。背中から箱を下ろすと道真様の前に持って行く。
「カイ・ハル今日は帰ってゆっくり休め」道真様が気を使ってくれた。
オイラ達が帰った後、道真様は辨屋正衛様からの文を見ながら政子様・吉虎様と話していた。
「カイの力は一国に匹敵いたすと推測しますぞ。このまま京に行き時平を討つことなどた安いこと」吉虎様が。
「京に帰ってどうする。もうワシも長くない。世を乱すより、木を育て大樹に。蕾を大輪の華にしたいんじゃ。カイやハルこの村の皆に教わった。ここが好きじゃ」
「私もここが好きです。この旅でハルとも仲良うなりました。可愛うございます」政子様が恥ずかしそうに答えた。
「決まりですな。この村は裕福になります、きっと周りから嫉妬されましょうぞ。我らは欲ある者からこの村を守りましょう」吉虎様が言った。
政子様・吉虎様は道真様の病だけが気になっていた。
村に返って来たらオイラ達の生活は毎日が単調だ。冬の間は山に入り木を伐り、紙を作る材料を取ってくる。オイラとハルだけは時間を見つけて開墾地に行って田を広げている。今年は少し米ができたらと思っている。
時々、道真様の所に行き、体の具合を見てみる。相変わらず胸の影は変わらないが、他でも影が見えるようになってきた。もう抑えようがない。しかし、道真様は元気だ。最近は京の都の事をよく話してくれる。何処かに未練はあるのかもしれない。
梅が咲き、田植えが始まり、稲刈りが終わった。今年も収穫祭りの季節だ。今年は開墾地の米も取れた。オイラとハル、お父お母マイ姉と5人だけで収穫した。割に沢山取れて上村の収穫は昨年より2割り増しだ。
米を村長の所に運んでいると向こうから知った顔が来た。ショウとキクだ。
神社で吉虎様と政子様に会い、村長に挨拶に来たところ、丁度オイラ達と出くわした。困ったことに、ショウ達はオイラを主扱いで喋る。村の皆が変な勘繰りをして噂が立った。
ハルが話を聞いて上村から駆け下りてきた。キクと話をしようとするが、息が切れ喋れない。皆が笑った。
水を飲んで一息ついたハルはキクに矢の様に喋りかけた「元気やった・・・」話足りないみたいで今晩はキクが我が家に泊ることになった。今夜は早めに寝よう。
ショウからあれからどうなったか話があった。隠れ村の人は半分になった。道半ばだが自給自足までもう少しらしい。キョウは嫁に行き、新しい生業を成功するために東国で商いをしている。そして、シュウは里に残り田を作っている。クモとアシは国中を走り回って噂を集めている。ショウはサヤを嫁にもらい年明けに子が生まれる。めでたいことだ。キクだけは浮いた話は無く自ら芸を磨き、皆に芸を仕込んでいる。辨屋庄兵衛様には良くしてもらっている。ありがたい。
夜はやっぱり賑やかになった。お母は食べ物を沢山作ってもてなした。
明くる日の朝キクが話しかけてきた「カイ様があのような所で寝ておられるとは驚きました」
普段お父お母ハルは奥の座敷で寝ているオイラは土間から上がった小さな小部屋で一人寝ている。
「様をつけやんといてくれ」何度もキクには言っている。
「ハルとは血が繋がっておられないのですね」寂しそうに。
「今日から神社で芝居をします。祭りに華やかにしますから」今度は微笑みながら。
この年から収穫祭の祭りには相撲と彼らの芸が祭りの名物となった。隣近所の村からも人も集まるようになった。
祭りが終わった。今年の相撲にはオイラは他の者に譲って不参加にした。クキが張り切る。やっぱりクキが一番札だ。ただ今年も年貢を納める荷車隊には参加しなくてはいけない様だ。領主様や時成はオイラを信用されている。祭りが終わってもキクは残った。京の都についてや、流行の芸の事を道真様より聞くためだ。寝るのはハルと一緒に我が家で寝ている。
今回の年貢も無事収めた。砦は米と人でいっぱいだ。行商人が居た。女子たちが集まっていた。見ると女物の飾りだ。そこに、梅の花と菊の花の髪飾りがあった。家にいるハルとキクに土産だ。紙を売った銭で買った。マイ姉には帯を買った。
三成村に着いた。マイ姉とハルが迎えに来た。早速土産を渡した。キクは道真様の所に行っている。ハルにキクの分も土産を渡しておいてくれと渡した。ハルはお揃いだと喜んでいた。後になってハルが髪飾りを渡したとき涙を流していたと。キクはオイラに会わずに村から居なくなっていた。
道真様の病は酷くなってきた。殆ど寝たきりで、政子様は付きっきりだ。オイラも毎日様子を見に行く。
ある日道真様がオイラに語ってくれた。
「京の都はこれから先、衰退していくだろう。唐の国を見ているようだ。何時かは力が国を治める時代が来る。戦乱になれば力の弱い農民が苦しめられる。カイとカイの仲間で良き方にこの国を導いてくれ。それとカイの力は計り知れん、自ら苦しむ事もあるだろうが自分の信じることに使え。後を頼む」
そう言われ3日後に亡くなられた。
政子様の悲しむ顔は見たくなかった。吉虎様から京の都の道真様ゆかりがある者へ文を頼まれた。今度は、政子様一人にはできずにオイラとハル二人で京の都に行く事になった。
途中、道案内役にキクが合流してくれる。ありがたい、街道以外の道はよく分からない。
京の都。この国の真ん中。
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