不老不死

堀 むつみ

第1話天災

 今日はいい天気だ。雲一つない空。風も無い。山の中をこのあたり見回せる頂までもう少しだ。急に傾斜がきつくなり岩の崖を、岩を掴みながら上を目指す。足を乗せている岩が崩れた。掴んでいた手も滑り空の青さが急に眼に入ってくる。体が重さを感じなくなった。『長い』そう思った。山肌はめまぐるしく変わる。

 凄まじく大きな音がおきて、体に衝撃が走った。地面に到達して叩きつけられたことが分かった。体のあちこちが痛い。赤い血が体のあちこちから出ていて足が変な方向に曲がっている。

 「やってしもたぁ」声が出た。

 息が荒い。一息ごとに赤い血が引いていき傷口が塞がる。足もまともな方向に向いた。

 目をふさぎ大きく息を吸い全身に力を入れて立ち上がった。まだ体中がヒリヒリする。少しずつ手足を動かしていく。血が出ていた傷口も塞がり元通りだ。子供の頃から怪我をしても痛みは多少あるが直ぐに治った。お父からオイラは皆とは違うと言われた。皆にはバレないようにしろとも言われた。自然に皆を避けるようになった。

 もう一度岩の崖を見上げた。どうやら3分の2位の所から落ちたようだ。他に道が無いか探してみる。正面右側から人が通った跡が有る。時間はかかりそうだが、落ちそうな場所は無い。『最初からこの道で行けば良かった』

 これまで道なき場所を頂に向かい真っ直ぐに来た。この岩の崖以外は上手く来られたのだが。状況を見て回り道も必要なのだと理解した。

 道を見つけたら、そんなに力を使わずに頂に着いた。先ずは水筒を腰の袋から出して喉を潤す。岩に腰かけ村の方を見た。

 何時も村からこの山の頂を見ていた。村の何処からでも見えた。この辺りで一番高い山、街道からでも頂が見えたのを覚えている。村から煙が幾筋か上っている。家が小さく道も細い。何処がオイラの家か分かった。よく見てみるとお父とお母が庭で仕事をしている。刈り入れも終わってひと段落付いたのに働きもんだ。

 オイラの住んでいる上村(一番高い所にある)西村と東村3村合わせて三成村。西村と東村の真ん中に村長の家と神社。平地はみな田や畑になっている。ここに来た目的は、新しい田や畑にできる土地を探すことだった。オイラの村から沢を少し登って西に行くと緩やかな傾斜の場所がある。今の村の田んぼの3倍はありそうだ。水も沢から引けそうだ。来年の田植えまでの仕事が沢山できた。何年もかかりそうだ。帰ってお父に相談して村長に口聞いてもらおう。


 明日は村人が楽しみにしている、秋の収穫祭りだ。あまり乗り気じゃないが14歳になったオイラは相撲に出ないといけない。14歳から嫁をもらうまで三成村のしきたりだ。昨年一番札の東村の人は、正月には西村から嫁を貰ったと聞いた。オイラは当分嫁を貰う気は無い。開墾が楽しみでならない。開墾した田の横には自分の家を建てたい。嫁を貰うのはそれからだ。

 村に着いた。山を降りるのは早い。お父とお母だ。米を干していたのを取り込んでいる。こっちに気が付いた手を振った。向こうも手を振ってくれた。走ってオイラも手伝う。

 村の収穫祭り。

 マイ姉が家に来て一緒に神社まで行こうと言ってきた。オイラの家は村の一番奥だ。マイ姉は一つ年上で家は2軒隣で子供の頃から毎日一緒に居る。オイラの体が特別なのも知っている。お父お母以外で知っているのはマイ姉だけだ。よく見ると何時ものマイ姉とは違って奇麗な着物を着ている。

 「何で今日はおめかししている」

 「そら、そろそろ良い男探さんと。今回はカイも相撲出るんやね。あんたなら一番札間違い無しやわ」

 「本気出さん」

 「何でや」マイ姉は、怖い顔してこっちを睨んできた。

 「未だ、嫁貰いたないで」オイラは答えた。

 「そうか、つまらんな」下を向いて寂しそうにしている。黙ってマイ姉はオイラの前を足早に神社に向かって行く。坂を下りて東村と西村間の道に入ると人も増えてくる。マイ姉はこの三村では評判の美人だ。嫁にもらいたい男は沢山いると聞いている。

東村のナリとワタが此の方に近寄ってきた。

急にマイ姉が「ワシはカイの事、好いちょう。カイの嫁になりたい」

ビックリした。顔が真っ赤になった。子供の頃からいつも近くに居た。親同士も姉弟みたいで家族同然だと思っていた。

ナリとワタが「どうした赤い顔して。酒でも飲んだか」良かったマイ姉がさっき言ったことは聞いてないようだ。

ナリがマイ姉に「西村のクキが一番札取ったらマイを嫁にすると言っていたで」からかうように声をかけた。

ナリはマイ姉より二つ上でワタはナリの弟でオイラと同じ年だ。ナリと西村のクキは同じ年だ。

急にマイ姉が大声で泣きだして家の方に走り出した。ナリとワタは驚いて固まっている。仕方がなくオイラは後を追う。地蔵さんの前で追いつく。肩を掴んで目を見て。

「分かったよ。一番札取るよ。でもまだ嫁は取らん。マイ姉と正月にいっぱい餅食うで」

一番札の褒美は餅米だ。マイ姉は半分泣きながら笑い出して、オイラの胸を叩いた。

「さて神社に行こうか」

もう三成村の人達は殆ど神社に集っている。上村は家が少なくお父とお母も上村の人達と来ている。

村長が今年の収穫に感謝して皆にねぎらの言葉を言っている。皆が待っている相撲の始まりだ。決まり事は簡単。土俵の俵から先に出たもの、足の裏以外を地面に付いた方が負け。使ってはならないのは拳と肘・膝、危ないからだ。上村から3人しか出ないが、西と東の村からは10人ずつ出る。総当たりで一番勝ちが多い者が一番札。勝ち数が同じなら、同じ者同士が総当たりで人数を絞っていき最終的に一人になった者が一番札。途中で止める者は相手が不戦勝になる。

今年の一番札の評判は西村のクキだ。体も大きく体当たりされたら並みの者は飛ばされる。昨年も5番札の中に入っていた。

相撲が始まった。相手をよく見ていなしたら面白いほど相手は倒れてくれた。オイラは負けなしで最後まで来た。最後の相手はクキだ。クキも全勝だ。この勝負に勝った方が一番札だ。全勝同士で最後の勝負で一番札が決まるのは初めてらしい。どうやらクキはマイ姉といつも一緒に居るオイラを気に入らないようだ。睨みつけてくる。周りの皆は凄く盛り上がっている。特に西村の者はクキに気合を入れている。オイラの応援は少ないが、お父とお母・マイ姉で充分だ。

クキとの相撲が始まった。他の者とは違って張り手が顔面目掛けて飛んできた。少し腰を落としてクキの帯を掴んで力を入れたらクキは一回転して土俵の外に飛んでいた。勝った。

上村の皆は大喜びだ。上村からの一番札は初めてらしい。お父も3番札にしかなったことがないと後から聞いた。

一番札の勝ち名乗りだ。やりたくなかったけど「エイエイオー」「エイエイオー」繰り返した。土俵の前には三成村中の女子がいる。マイ姉は後ろの方にいる。確かに何時もこんな時は控えめだ。

上村の皆の所に帰ってきた。「正月に皆で餅喰うぞ」と言うと村の皆が盛り上がる。

「カイ。人が良いな。家だけで食べれば沢山食えるのに」マイ姉が話しかけてきた。「さっき言ったことは忘れてや。これからも今まで通り仲良くしよう」

オイラの隣にマイ姉が座ろうとしたら西村と東村の女子たちが周りに寄ってきた。皆がいろいろ聞いてくる「家にはオイラ一人か」「子供は何人欲しいのか」「好きな女子はいるか」「嫁にしたいのならどんな女子が良いか」何も答えられなかった。怖い女子たち。クキがやってきた。クキが女子どもを追い払ってくれた。助かったクキに感謝した。

「お前、強いな。何処で鍛錬した」

「何も」オイラは答えた。

「これから一緒に鍛錬せんか」

「オイラは田と畑をするのが楽しいき。鍛錬はせんけど、皆で仲ようして米沢山作らんか」

オイラの家とマイ姉の家は仲良くて家族同士で助け合い良い米を沢山作ることができた。そう思い皆で協力すると良いとクキに言った。

「お前凄いな。ホントに14か。俺はお前には勝てんな。何時か俺の主になってくれ」オイラにはもったいない。

一晩中神社は賑わった。


 次の日、朝早くからオイラは山から見た開墾場所の場所にやってきた。思ったより木が多い。切り倒して根っこを起こすのが大変そうだ。沢の様子を見に行ってみると、水量は十分だが、今の時期のわりに水が冷たい。池を作るか流すか考えて山を歩いてみるとちょうどいい窪地があった。これで構想はできた。先ずは水路と池だ。忘れていたここに家を建てよう。楽しくてたまらない。

 試しに家を作る予定の場所の雑木を倒してみた。平地ができた。雨が降った時に水がどう流れるか不安だが、思ったより早くできそうだ。

 日が西に傾いてきた。そろそろ家に帰ろう。村に着いたらマイ姉が近づいて来た。なにやら少し怒っているようだ。開墾場所はまだマイ姉には言っていない。やっぱりオイラが居ないと気になるようだ。

 あれは4年前くらいのことだった。

 上村の子供は短命で10歳まで生きられる子供は少なかった。やっぱりマイ姉も動けなくなった。マイ姉と一緒に居たかった。居なくなってほしくなかった。マイ姉のお父とお母は何年か前に子供を3人も亡くしている。僅かな蓄えの米を祈祷師に渡しマイ姉だけは助けてもらえるように嘆願した。

 マイ姉の家には祈祷師とマイ姉だけになっている。家の中からは祈祷の音が聞こえてくる。オイラは裏に回り家の隙間から中を覗き込んだ。マイ姉は白い布を被されて水をかけられていて、祈祷の言葉に合わせ板で体を叩かれている。苦しそうだ。暫く見ていたが見ていられなかった。壁を外してそっと中に入り祈祷師の後ろから首筋を殴って気絶させた。マイ姉は意識朦朧としてもう動くことすらできない。

 深く息を吸った。良くマイ姉の体を見た。腹のあたりが黒い。何だ?ここが悪いのか。目に集中して黒い所見てみる。小さな黄色い粒が沢山ある。これが何なのか分からなかったが「毒」だと感じた。「体から出そう」そう思った。黒くなっている腹の所に手を当てた。手がマイ姉の体の中に入っていく黄色い粒を吸い取った。手がマイ姉の中に入っているところをマイ姉に見られたみたいだ。でも黒い影みたいなものが消えていく。

「カイありがとう」マイ姉は一言喋ると眠った。

 外に出た。祈祷師も外に出てきて何か喋りながら村を出て行った。マイ姉のお父とお母が慌てて中に入って眠っているマイ姉を見て安心したようだ。

 手の上に黄色い粉がある。マイ姉の体から出した「毒」だ。何処かに毒がある。皆が触れる場所に。何処だ?もしかして村の真ん中にある井戸だ。水をくみ上げた。水をよく見ると濁っている。何か皆に分かるような方法は無いかと考えてみる。沢の水を汲んできた。両方を鍋の中に入れ火にかけて水分を飛ばしてみる。井戸の水に黄色い粉が出た。お父にこのことを話しした。井戸は使われなくなって、沢の水を村まで引いた。

 お父は村の皆から感謝された。オイラも嬉しかった。マイ姉は祈祷師に殴られている所をオイラに助けられたと言ったみたいで祈祷師はまがい物だった。皆に喜ばれることをしてオイラも幸せを感じた。

 マイ姉には「オイラの人と違うところは皆に言わんといてくれ」と言った。お父とお母も「人は、人と違う所があれば怯えて近づかなくなる。知らん人には力を見せん方が良い」それから奇妙な力は人前では使わんようにしている。


 祭りから7日が過ぎた。

 我が領土は「寿の国」小さな国だ。村長の所に領主様からの使いが来た。年貢を領主様の所まで運ぶためだ。毎年、4人ほどの武人が来て村から荷車を引く者を8人出して荷車隊を作って年貢を運ぶ。今年の相撲で一番札のオイラは荷車を引く筆頭だ。

 出発は明日。往復何も無かったら2日ほどの旅だ。街道までは行ったことはあるが、そこから何処かに行くのは生まれて初めてだ。稀に盗賊が出て年貢を奪われる事もあり、一行の責任は重大だ。お父が護身用にと小刀を渡してくれた。ありがたい。

 出発前に武人を紹介された。領主様の家来で領地の重役している家老様と、その部下二人、領主様の息子で名を時成。時成はオイラより二つ上だ。

時成が話しかけてきた。

「凄いな。相撲で村一番だって、しかも完勝らしいじゃないか」

「ありがとうございます」

年下はオイラだけのようで仲良くしたいみたい。真面目で細いけどいい男だ。オイラも気に入った。

 日が昇った。出発だ。

 荷車は2台。オイラは先頭の荷車の前、3人が荷車の左右と後ろ。クキが2台目の前と残りの3人。オイラの前を家老様と時成。一番後ろを2人の武人だ。

街道に出た。東に向かう。昼過ぎに山道に差し掛かり、峠道になる。この季節山を登っていくと周りの景色が赤い葉に包まれていく。荷車を引いている者は、皆、汗をかいて景色どころでは無いようだ。オイラはそれなりに荷車を引いている。

荷車が峠の中腹。両側が少し高くなって道が谷になっているところに入った。何か嫌な予感がする。荷車を引くのをやめた。

「皆。危ない。伏せろ」

 矢が飛んできた。俵に矢が刺さる。一本が家老様に当たる。左右の丘の上に矢を射る者が2人ずつ。前から5人。後ろから5人。右側の矢を射る者たちに向かう。2人を気絶させ今度は左側の矢を射る者たちを倒した。荷車の方を見てみると。分が悪い、此方は素人12人、向こうは武装した10人押されている。時成が倒され刀で切られそうだ。お父からもらった小刀を切りつけている男の方に投げつけた。額に小刀が刺さった。相手が死んだと思った。乱戦の中にオイラは入った。残りの盗賊を全員倒した。でも気絶させただけだ。

皆の様子を見た。此方で怪我をしたのは家老様だけだ。矢は肩を射抜かれているようだが致命傷じゃない。時成は震えている。他の皆もクキ以外は腰を抜かしたみたいだ。

 家老様の所に行き、矢を刀で折り抜いて傷口を持っていた水で洗い、手ぬぐいで覆った。

 相手方を見てみる。まだ気絶している。やっぱりオイラが小刀を当てた男は死んでいた。小刀を抜いて顔を布で覆った。残りの男たちを縄で動けないようにした。

武人の2人近くの村に助けを求めてもらうようにお願いした。2人は峠向こうに走り出した。でも時間はかかりそうだ。

 クキが話しかけてきた。「やっぱりお前は凄いな。全部お前がやっつけた」

 家老様も「助かった。すまぬ」肩は痛そうだ。

 縄をかけた一人の男が、気が付いた。家老様が尋問をしだした。この者たちは盗賊ではない様だ。由の国領主様の民らしい。家老様が「由の国では大きな水害があったと聞く。今年の収穫も無く人も大勢死んだと」

 男が話し始めた。もう水害があった土地は作物が作れなくなった。水害で人が死に、飢えで人が死んでいく。気の毒で話を聞けなかったオイラは離れたところに移動した。

 そこでもう一つの現実を感じ始めた。人を殺してしまった。仕方がないとはいえ、オイラはこんな事はしたくはなかった。手が震えてきた。オイラの中に悲しみと後悔が込み上げてきた。クキが「カイ、お前は優しいな」

 やっと近くの村から応援が来てくれた。家老様にこの人たちはどうなるか聞いてみた。「死罪」になるらしい。もうこれ以上の殺生はしてほしくなかった。ましてや好きで盗賊になったわけではない。オイラは家老様に「オイラが殺した人を生まれ故郷に連れ帰って葬ってほしい」とお願いした。家老様は武人たちと話をして「峠向こうの村に宿を取り明日この者たちに裁きを言い渡す。心配するな。今回のお主の働き素晴らしいものがある。今日は峠向こうの村でゆっくり休め」

 峠向こうの村に着いた。皆へとへとだ。寺に案内され家老様たちは離れで、オイラ達は本堂で寝ることになった。罪人たちは小屋で縄に繋がれたまま村人が見張り番をするらしい。

 眠れなかった。本堂の仏さまをずっと見ていた。奇麗な顔だ。仏さまが人なら惚れてしまったかもしれん。ただ自分の中の悪しきものを癒してくれた。

 日が昇ってきた。

 皆が境内に集った。罪人たちに裁きが言い渡された。「全員に我が領土への立ち入り禁止。亡くなったものを家まで連れていき葬る」罪人たちは解き放たれた。皆の背中は後悔と悲しさで見られたものではなかった。

 出発だ。昼過ぎに領主様の所に着いた。

 休んでいると領主様の所に呼び出された。領主様の横には肩の怪我を治療した家老様と時成が居た。

「今回の働き大変ご苦労であった。特にカイの働きは目にみはるものがあったと聞く。時成を助けてくれたそうだな。礼を言う」

「いえ滅相も無い」

「褒美を取らす。米じゃ」皆は自分の事のように喜んだ。

「お願いがあります。由の国に行きたいのですが」由の国とは罪人達の国だ。

「お主が行ってどうする」

「これからの為、水害の惨状を見聞したいと思っております」

「分かった。よう見てまいれ」

 領主様は家老様に道案内の手配をするように言っていたが、オイラは断って一人で行きたいと言った。街道の道筋を教わった。ここから4日くらいの距離らしい。

時成がやってきた「明日朝出るのか」

「カイはワシより年下やのにしっかりしているしものすごく強い。人にやさしいし良かったらこれから友で居てくれへんか」

「ああ」オイラのようなものと思いながら。

出発だ。

 オイラは米を担ぎ、他の7人は空になった荷車を引いている。家老様と時成が見送ってくれた。街道筋の分かれ道。オイラは左、皆は右だ。クキには荷車の事と、暫く帰れないかもと、褒美の米は諦めてくれと言った。クキは絶対に帰ってきてくれ、無理はするなと。


 休みなしで歩いて2日で由の国着いた。「水害があった里」と人に聞いたら場所は直ぐに分かった。

 目を疑った。何も無い。有るのは大きな石と瓦礫。ここに村があったとは思えない。人伝で村の生き残った者は高台の神社と寺に移ったと聞いた。高台の開けた場所に来た。罪人の一人を見つけた。逃げようとしたが直ぐに捕まえて別れてからの事を聞いた。オイラが殺した相手は墓に入ったらしい。

 小さな家の座敷に通された。オイラが捕まえた罪人たちと幾人かの村人が集まった。一番前に村長らしき人が。オイラは殺した家族の事を聞いてみた。10歳の娘がいるが、他の家族は水害で亡くなったらしい。父親も死んで身内はおらんようになった。後ろに居る女の人が「可哀そうにこのままじゃ飢え死にするだけや」そんな会話が聞こえた。村長からはオイラの情けで罪人たちが返って来られて感謝してくれた。褒美でもらった米を村人に渡し「大切にしてください」と言った。

 そう言えば、年頃の娘は誰一人いなかった。村長に聞いてみると、皆近くの町に奉公に行っている。男たちは盗賊まがいの事をしている。年寄りは食い扶ちを減らすため自ら命を絶ったらしい。

 生きながらえる為に媚を売り。生きる為に尊厳を捨て。生かす為に自ら命を絶つ。これはいったい人の世だろうか。悲しくなった。

 村長に案内され墓の前に来た。子供がいた。墓は盛り土の上に石が置いてある質素な物だった。しかも周りに他の人の墓は無い。罪人としての扱いだ。もうこの子も此処では生きることはできまい。

子供に話しかけた「名前は」

「ハル」子供らしい返事だ。

オイラはその子に「お前のお父を殺したのはオイラだ。恨むのなら恨んでくれ」

「いいや。お父は家出る前に悪いことすると言っていた。死んだのはお父の定めや。あんたは悪うない」小さな子供から思いがけない言葉が返ってきた。

天を見上げた。目から涙が溢れてきた。心が洗われた。その子供を抱きしめた。細い。

「ハル。飯食ったか」ハルは首を横に振った。オイラは握り飯を出してハルに渡した。ハルは握り飯をあっという間に平らげた「ありがとう」と言ってきた。

高台から水害があった場所を見ている。ハルがやってきた。「あそこに家があった。水害の時、うちはあそこに流れ着いて助かった。姉ちゃんだけ骸で見つかった。お父は岸に上がれたみたいで助かった。お母と他の兄弟達は何処に行ったか分からん」ハルは水害の日の事を話してくれた。下に降りてみる少し砂を掘ってみる。土が出てきた。この土地はまだ死んではいない。希望が見えた。また、いつの間にかハルが居る。今度は山の中腹にある石の塊が気になった。登っていく。後ろを見るとハルがオイラを追ってくる。登りは小さな体では無理がある。ハルが居る所まで降りて、背に背負い落ちないように縄で結んだ。

 石の塊の上まで上がってきた。池ができている。ハルに聞いてみるが、こんな所には池は無かったようだ。水が溜まれば決壊してどうなるか。でも、水が奇麗に流れれば表面にある砂をどければまたこの土地は使える。先ずは水の流れる道を作らんと。石を積み上げ、砂を掘り山の中腹にある沢につないだ。3日かかった。並みの者なら100日でもできにだろう。ハルは小さい体でオイラを手伝ってくれた。もうオイラから離れようとしなくなっている。

 村長に「この土地はまだ死んでない。溜池を壊して水路を作る」やりたいことを説明した。村長も同じことを考えていたらしいが、今の人手では到底できない。溜池の決壊を待って運が良ければこの土地に残るか他の土地に移る算段をしとったと言った。

 村長と村人が溜池の見える丘の上に来た。

オイラは「あれが要石だ。あれをどければ壁が崩れ水路を下り沢に流れる」オイラは説明した。

「どうやってたった一人で水路を作った」村の者が言った。

「一人じゃなか、ハルも手伝ってくれた」隣にいるハルの頭をなでた。

「しかし、どうやってあの要石を。要石と言うよりあれは岩だ」村長が

「やれるだけやってみる」オイラは今まで諦めたことが無い。

岩の一番弱いと思う所を拳で殴り始めた。拳から血が噴き出し、幾度拳で叩いてもびくともしない。叩き続けた、日が西に傾いてきた。ハルが「止めて。止めて」と叫んでいる。村人たちは手を合わせ祈っている。

 ついに岩にひびが入った。「おお」村人たちが一斉に声が上がった。オイラはもう少しと力が入る。岩が割れ、割れ目から水が噴き出しその量が増え、岩の壁が崩れだした。水は作った水路を下っていく。その光景を見て、オイラは力が抜けた。

ハルがきて泣きながらオイラの手をさすっている。村人はオイラの周りに跪きお経を唱えていたり感謝の言葉を繰り返している。

 オイラは疲れた。何時も一休みしている所で丸一日眠った。気が付いたら横でハルが転寝をしていた。なぜか嬉しく感謝の気持ちが湧いてきている。大事にしたい。

 家に帰ろう。村人が居る寺に来た。ハルは何時までもオイラに付いてくる。村長に「明日帰る」と言った。村長は礼をしたいと夕食を準備してくれるそうだ。それとハルの事、この村では世話ができんから連れて行ってくれと。それにオイラしか懐かないようだ。

 夕食をごちそうになった。恐らくオイラが持ってきた米と川に居る魚と干したキノコ・暖かい汁だ。精一杯の感謝のようだ。この村の女子も話し相手になってくれて、今できる最高のもてなしだろう。

 次の日、村を出ようとしたとき村人たちが見送ってくれた。

罪人で捕まえた一人の男が「俺はツゲ村のシン。お主は」

「三成村のカイ」

「この恩、生涯忘れん。ハル元気でな」シンが言ってくれた。

 別れを言い街道への道をハルと歩み始めた。

村人たちは何時までも跪き頭を下げてくれていた。

横にはハルが居る。僅かな着物を背中に背負い、狭い歩幅でオイラに付いてくる。お父とお母には何て言うかな。正直に話すか。

 道中は長い、やっと街道に出た。来た道とは違う。村の者に聞いたらオイラの村には、この道が近いらしい。途中、小さな町に入った。人が多いし活気がある。金の持ち合わせは無いから早めに通り過ぎようとする。前から牛車が来た。貴族が乗っているらしい。牛車の前に子供が飛び出した。いかんと思った。やはり武人が子供に刀を振り上げていた。オイラは間に入り刀を持っている武人の手を押さえ刀を使えない状態にいた。相手がこれ以上やるならとことんやるつもりでいた。牛車の中から「無用な殺生はすんでない」と声がして武人が刀をおさめた。牛車の中から視線を感じた。

 暫く歩いたら、白い砂の畑のようなところが、でも何も植えていない。そこにいた人に聞いてみた。大きな池は「海」と言う物らしい。初めて見た、水は塩辛かった。ハルも初めてらしい。何処までも水で真っ直ぐで青い色が続いている。遠くから水が盛り上がり白い砂に登ってきたては帰る。水から心地いい音がする。これは「波」と言うものと聞いた。それとここに居る人から、旨い魚が沢山いるとも聞いた。海は大きいものだ。何処までも続いている。


 先を急いだ。街道から村に入る道に入った。村にオイラが返ってきたと噂が流れ、お父とお母・マイ姉・クキが村への筋道に迎えに来てくれた。マイ姉がオイラの所に駆けてきて。

「心配したんやから」泣きながら抱き着いてきた。お父とお母も安心したようだ。

皆がハルに気が付いた。

「オイラが殺した男の娘だ。もう身内は誰もおらん。名前はハルだ。オイラが面倒を見る」皆驚いている。

 村長の所に挨拶に行った。

 村長は「えらい目にあったな。暫く開墾に専念してくれ。その子は?」

「ハルと言います。オイラが殺した男の娘だ。これからこの子の面倒をオイラが見ます。どうか許してくれ」オイラは嘆願した。

「分かった。カイがしっかり面倒を見ろ」許してもらった。

村長の屋敷を出てからハルに「良かったな、一緒に住める」

上村に向かった。何時も見た風景だ。真っ直ぐの道に突き当たりにお地蔵さん。ハルと二人片手で拝んだ。坂道を上る、村を出る前は山の頂付近だけが赤くなってきたが、もうオイラの村の近くまで葉っぱが赤くなってきている。上村に上がったら、皆が迎えに来てくれた。マイ姉が「今日の夕食は皆で喰うで」大切な仲間たちだ。

 家の前まで来た。横にはハルが居る。大きく息を吸い、戸を開けて「ただいま」家の中に入った。

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