番外編二「シロリンゴの樹の上で」

#うちの子お題SS というTwitter上の企画で、

シチュエーション:人気のない場所

表情:戸惑った表情

ポイント:お姫様抱っこ、お互いに同意の上でのキス

というお題の元に執筆しました。

時系列はエピローグ後です。


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「――というわけで、今日は勇者ナオトさんが遊びに来てくれました」

「……よお。元・勇者のナオト様だぞ。ひれ伏せ」


 ゆりの紹介に、仁王立ちした“元・勇者”ナオトはにらみを効かせた。



 ゆりの勤務先の孤児院の一室に集められた子供達。

「ゆうしゃさまにあいたい」という可愛らしいリクエストに応え、今日は非番だったナオトが特別ゲストとして施設にやって来たのだが。


「モトユーシャってなに?  おにいさんはゆうしゃさまじゃないの??」


 のっけからの空気を読まない発言に、子供達はざわついた。


「あたししってるよ。ゆうしゃさまはゆうしゃをクビになったんだって」

「ちがうよ!  ゆうしゃさまはゆりせんせいとけっこんしてマニンゲンになったんだって院長せんせいがゆってた」

「えっと……えっと、あのね」


 ゆりがどう場をまとめようか思案していると、床に座っていた子供達の中から二人の男女が立ち上がった。

 それは以前、ナオトが不死者アンデッドの溢れ返った北の村から救い出したフィオルムとフィアナの兄妹だった。


「ゆうしゃさまはホンモノのゆうしゃさまよ!  わたしとおにいちゃんをたくさんのまものからすくってくれだもん」

「そうだぞ!  ゆうしゃさまはとってもつよいんだ!  それにとってもゆうかんなんだ!」


 長らく教会の擁する“勇者”として魔物退治を担っていたナオト。紆余曲折あり、現在は教会を離れ“勇者”の称号を返還している。

 だが職務だったとはいえ、彼が“勇者”として多くの人々を救った事実が失われることはない。その萌芽を確かに感じ取り、ゆりは胸がじんと熱くなった。


「せんせいはね、“勇者”っていうのはお仕事の名前じゃなくて、誰かを助ける勇気ある人のことを言うんだと思ってる。だからフィオルムとフィアナにとっては、この人は勇者なのよ。……せんせいにとってもね」


 ゆりが少し照れたようにはにかむと、隣のナオトは満更でも無さそうに得意顔で尻尾を揺らす。そんな二人の姿に、子供達も自然と笑顔になった。


「ええと、じゃあ元勇者さんに質問のある人はいるかな?」


 ゆりが子供達を見回しながら問いかけると、はい!はい!と元気良く手が上がる。


「ゆうしゃさまのすきなたべものはなんですか?」

「ゆり」


 ナオトがにべもなく即答したので、ゆりは固まった。


「!!!!  ……え、えーと……せんせいの作る手料理ってことかな?  あはは……」

「ゆうしゃさまは何かとくいなことはありますか?」

「この場にいるオマエら全員を三秒以内に泣かせられる」

「それは特技じゃないでしょ!!  ……え、えーとね、ナオトは獣人だからとっても耳や鼻がいいのよ」


 思わずつっこんでからのフォローになってしまったが、子供達はおおー、と素直に感心したようなのでゆりは胸を撫で下ろす。


「じゃあ、ゆうしゃさまはおにごっこやかくれんぼがじょうず?」

「……あ?  なめんなよ?  オレは鬼ごっこもかくれんぼも負けたことねーし」


 少女の無邪気な問いかけに、何故かドスを利かせて返すナオト。彼が非常に負けず嫌いなのは承知だが、まさか子供相手に優位を取ろうとするなど……。流石のゆりも、思わず拳をぐっと握った。


「……そう!  そうなの!!  ナオトは鬼ごっこもかくれんぼも大の得意よ!  じゃあみんな、元勇者さんと一緒にお庭で遊びましょう!」


 これ以上はフォローしきれない。

 そう判断し、ゆりは早々に質問タイムを打ち切ると子供達を庭へ連れ出すのだった。



 *



 庭に出てからのナオトは大人気だった。

 鬼ごっこもかくれんぼも、ナオトは全く手を抜かずあっという間に全ての子供を捕まえてしまった。更にきゃあきゃあとじゃれつく子供達を引き剥がしては投げ、掴んでは放り。ゆりはその扱いの危なっかしさにハラハラしっぱなしだったが、子供達はむしろそれが気に入ったようで。皆飽きもせず、ナオトの身体によじ登っては捨てられる遊びを延々と繰り返していた。

 そもそも、この施設は慢性的に男手が足りていない。最近常設議会の議員も兼ねるようになったアラスターが今でも時折視察と称して顔を出してくれるのだが、彼もその度にもみくちゃにされる程大人気なのだ。


「ゆうしゃさま~、もう一回かくれんぼしようよー!  こんどはゆうしゃさまがかくれるの」

「ハア?」

「このこじいんのことはぼくたちのほうがくわしいんだから、ゆうしゃさまがどこにかくれてもぜったい見つけるよ!」


 やろう、やろう!と子供達が合唱しだし、ナオトはあっという間に子供達に取り囲まれる。



 ――ナオトが本気を出しすぎて日暮れまで見つからない、なんてことがなければいいんだけど……。



 隣に立つゆりが苦笑いしながら状況を見守っていると、ついにナオトも観念したのか耳を掻いた。


「わーった、わーった。――じゃ、ハンデやるから。これでいいだろっ……と」

「きゃあっ!?」


 そう言うと、突然ナオトは傍観者を決め込み油断していたゆりの膝を抱えて横抱きにする。


「いいか?  ちゃんと二十数えろよ。あと敷地からは出ないから勝手に外行くなよ」

「はーい」

「ちょ、え、ちょっ待っ……」


 ゆりの困惑に全く聞く耳持たず、ナオトはさっさと玄関のひさしに飛び乗る。そして彼女を抱えたまま、あっという間に施設の屋根の上まで駆け上がってしまった。



 いーち、にーい、さーん……



 先程の面倒そうな態度はただのポーズだったのか。声を揃えて数を数える子供達を眼下に見ながら、屋根の上のナオトはニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべている。


「もう、ナオトったら!  大人げないんだから」


 腕の中でゆりが口を尖らせると、ナオトはフンと得意げに鼻を鳴らした。


「世間の厳しさを教えてやってんだよ」

「そもそも屋根の上じゃ子供達も見つけようがないでしょ?  隠れるにしてももう少しわかりやすい場所にしてあげないと……」

「わかりやすい場所ねえ」


 ナオトはきょろきょろと周囲を見渡す。そして施設の裏手側へ向けて耳を立てたかと思うと、ゆりを横抱きにしたまま屋根の上を駆け出した。


「え!?  ちょっとまさか」


 進行方向へ視線をったゆりの先にあるのは、裏庭に生えた一際大きな一本の樹木。この施設のシンボルツリーでもあるシロリンゴの樹だ。二階建ての屋根より高く、裏庭の半分を覆う程の見事な枝張りのその樹に、屋根の傾斜を滑ったナオトはそのままゆりごと飛び込んだ。


「~~~!!」


 ばさばさと盛大に常緑の葉を落とし、二人は樹冠に滑り込む。枝葉で傷つかないよう抱き込まれていたゆりの叫びは、ナオトの胸板に押し潰されて声にはならなかった。


「ハイ到着。鬼は来るかな?」


 ナオトは軽快に太い枝のひとつに着地を決めると、ヤドリギの生えた幹との間にしゃがみこんだ。彼が片足をぶらぶらと動かすとその度に枝が揺れるので、ゆりは動けるはずもなくただしがみつくしかない。

 やがて遠くで捜索を始めた子供達が声が聞こえ、前庭の方へ向かったのか次第に遠ざかっていった。



「もー。……ふふ、でもなんだか意外」



 ようやく目の眩む高さに慣れたのか、相変わらず横抱きにされたままのゆりが小さく笑みを零す。


「何が?」

「ナオトって、あんまり子供が好きそうに見えなかったから」

「ガキは嫌いだけど?  ぴーぴーうるせーし」

「でも、とってもたのしそうに遊んでた」

「別にそんなんじゃ……」


 言いかけて、ナオトは口をつぐんだ。腕の中のゆりが、本当にうれしそうに笑ったから。


「……まあ、ガキはめんどくせーけど……」


 しばらくじっとゆりを見つめていたナオトは、何かに気付いたように耳を動かし始める。


「――でも、子供なら悪くないかも」


 そのままぐりぐりとゆりの胸元に顔を押し付け匂いを嗅ぎだしたので、ゆりはあわててそれを押しとどめた。


「ちょ……ちょっとナオト」 

「んー?」

「そ、そういうことは……ここではやめてね。私の職場なんだから」

「誰も見てないって」

「だからそういう問題じゃ!」


 ゆりが思わず声を荒げると、ナオトはしぃ、と意地悪く微笑む。


「大きな声出さないで。今かくれんぼ中」

「…………!」

「ねっ、いいでしょ。キスだけだから」


 ゆりは口をぱくぱくとさせたまま黙り込んでしまう。

 こんな状況、子供達に見られたら恥ずかしい上に教育に悪い。女神に愛を捧げて生きる院長先生や他の修道女スール達が知ったなら卒倒してしまうかもしれない、と思いつつ。しかし逃れようにもここは樹上で、更にナオトに抱え込まれてしまっている。

 ゆりはハア、とひとつ息を吐いた。


「もう……一度だけよ……?」


 そう言って、ゆりは観念したようにぎゅっと目を瞑った。ナオトは嬉しそうに尻尾を振ると、閉じられた目蓋に優しいキスを落とす。

 心地好い風が通り過ぎ、羞恥に染まったゆりの頬を撫でる。枝に生えたヤドリギ達が二人の逢瀬おうせを覆い隠すようにざわめいた。


 左の目蓋に、右の頬に、真っ赤になった耳に。彼女を彩る全てに唇で愛しさを伝えれば、閉じられたままの瞳が戸惑ったように睫毛を震わせる。


「ちょっと、一度だけって」

「口以外はノーカン」


 そう言ってくすりと笑い、いよいよ唇を奪う前に。

 ナオトは脚の間から遥か地面を見下ろすと、こちらを見上げる幼い視線達に、しぃ、と人差し指で合図を送るのだった。



 *



「ゆりせんせいって……おしによわいね」

「でも、まんざらイヤでもなさそうだったよね」

「しばらくうらにわにはちかづかないほうがよさそうだし、ボールあそびでもしよー」


 妙に達観した感想を言い合いながら。

 二人の隠れたシロリンゴの樹の根元から、子供達がそっと離れていったことをゆりは知らないだろう。



「ゆり……。世界一かわいいオレの奥さん」



 何故なら彼女はその時、既に目の前の男がくれる世界一甘いキスの虜だったのだから。


 頭上で揺れるシロリンゴの丸い葉と、ヤドリギの緑の天蓋。その隙間から木漏れ日が射し込み、重なる二つの影を優しく包んでいた。

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