「伝説の戦士の息子だった」という血統覚醒フラグが欲しいとの理由で、息子が俺のことを強制的に鍛えようとしてくる

榎本快晴

「伝説の戦士の息子だった」という血統覚醒フラグが欲しいとの理由で、息子が俺のことを強制的に鍛えようとしてくる


「ただいま帰りました、父さん」

「おう。本当にお疲れ様だったな。魔王を倒すなんて、父さんはお前が誇らしいよ」


 魔王を倒して伝説の勇者になった息子が、十年ぶりに帰ってきた。

 平凡な木こりである俺は、ただ息子の無事を遠くから祈っているだけだったが、こうして無事に帰って来てくれた。

 これほどめでたく、そして嬉しいことはなかった。


「さ。今日は存分にくつろいでいってくれ。母さんも今日はご馳走にするって張り切ってたからな。今は買い物に行ってる」

「いえ……父さん。実は今日帰ったのは、単なる里帰りではなく、重大な相談があったからなんです」

「相談? 俺にか?」

「はい」


 何事か、と思う。

 今や息子は救国の英雄である。周りには優秀な人材もたくさんいるはずで、どんな悩みがあるにせよ、そちらに相談した方がよいのではないかと思う。


 だがしかし、息子が悩んでいるなら受け止めるのが親の務めだ。


「いいぞ。父さんが何でも聞いてやる。話してみろ」

「実は魔王を倒したとき、奴が今わの際にこう言い残したんです。『我は滅びぬ。十数年の後に、遥かに強くなって復活するだろう』と」

「魔王が復活? おい、そりゃあ重大すぎる問題じゃないか。いくらなんでも俺の手には余る。早く王様や将軍に伝えないと……!」

「それはもう伝えてあります。父さんに相談したいのは、復活した後の備えについてです」

「備え?」


 息子は頷いた。


「魔王は『遥かに強くなって復活する』と予言していました。となれば、僕もそれ以上に強くなって奴を迎え撃たねばなりません。しかし、僕はこれまでにありとあらゆる修行を試し尽くしてしまいました。もはや普通のやり方ではこれ以上強くなれる気がしないんです」

「そうか……大変だったんだな。だけど父さんは普通の木こりでな、悪いけど修行についてアドバイスなんかはできそうにないよ」

「それです、父さん」


 息子はこちらに向けてびしりと指を差した。


「それ?」

「僕は考えたんです。今以上に強くなるために何が必要か――どんな覚醒要素があるか。それを突き詰めたときに閃いたんです。最も代表的な『父が伝説の戦士で、その血統に目覚める』という覚醒要素に」


 そう言われて俺ははっとなった。


「つまり、自分の出自を確認しに来たんだな。すまないが、お前は間違いなく俺の息子だ。伝説の戦士の息子を拾ったとか、そういう経緯はないんだ。お前がそこまで強くなったのは、正真正銘努力の賜物だよ」

「いいえ、わざわざそんなことを確認しにきたわけではありません。僕が父さんの息子だということは分かっていましたから。普通に顔が似てますし」

「じゃあ、他に何があるんだ?」

「今からでも父さんに『伝説の戦士』になってもらおうと思いまして」

「は?」


 意味が分からない、と俺は口を半開きにする。

 しかし息子は淡々とした態度のまま、大荷物を居間のテーブルにどんと置く。


「僕の勇者式トレーニングで父さんを伝説級に完璧な戦士に鍛え上げます。そうすれば晴れて僕は『伝説の戦士の息子』ということになります」

「いいのか? 順序があべこべな気がするけど本当にそれでいいのか?」

「というわけで、手っ取り早く父さんを鍛えるための道具を勇者のコネで集めてきました」


 そう言って息子は荷物の中からあるものを取り出した。


 ――緑色の薬液が詰まった注射器だった。


「これを打てば父さんは手っ取り早く莫大な力を得ることができます。さあ、腕を出してください」

「おかしいだろ。仮にそれで強くなっても、それは薬が凄いんだろ。俺がすごいわけじゃないだろ。血統に対してなんらプラス要素が増えないだろ」

「言われてみればそうですね」


 息子はあっさりと注射器をしまった。あの薬がどんな類のものだったかは聞きたくない。


「となると、やはり王道は修行ですね」

「だけど父さんな、実は最近腰の調子が悪いんだ。そんなハードな修行には耐えられそうもないよ」

「安心してください。普通の修行ではどうせ間に合わないでしょうから、お手軽かつ効果的な修行を用意してきました」


 そう言って息子は一枚の紙を取り出した。

 紙に描かれているイラストは、詳細な人体の模式図である。


 息子はその模式図にペンで点を突いていく。


「ここと、ここと、ここ。三か所のツボを同時かつ強力に刺激することで、父さんのリミッターをすべて破壊することができます。そうすれば人知を超えた圧倒的パワーが手に入ります」

「俺のリミッター破壊されるの?」

「ええ、もちろん多大なリスクが伴いますが」

「俺はどんな気持ちでそのリスクを受け容れればいいんだよ。だいたい、リミッター破壊して得た力で俺は何をすればいいんだ。人知を超えた圧倒的パワーで木こり仕事すりゃいいのか」

「一帯の山林をあっという間に禿山にできることを保証します」

「すんな。森は生きてるんだよ。木こりには計画性が大事なんだよ」

「では却下ですね」


 没を受けて、息子は人体模式図を丸めてゴミ箱に捨てた。後できちんと焼いておこうと思う。

 次に息子が取り出したのは紫色に輝く水晶玉だった。


「父さん。この水晶の中には悪魔が封じられています」

「これまた唐突だなおい」

「彼と契約して魂を引き渡すことで、父さんは闇の力を自在に操れるようになります」

「だから悪魔がすごいんだろそれも。俺がすごくなるわけじゃないだろ」

「いえ。一度魂に憑りついた悪魔を強い精神力で振り払うことができれば、父さんは悪魔の力を借りずに闇を支配することができるようになります。その強い精神力こそが父さんの力なんです」

「俺にそんな精神力はないぞ。禁煙だって失敗したばかりだしな」

「大丈夫です。悪魔を事前に調教して父さんに対して凄まじい恐怖心を抱くようにしてありますから。『出ていけ』と一言いえば逃げていくはずです」

「もう悪魔よりもお前の方が恐ろしいよ」


 俺は長いため息をついてテーブルを叩いた。


「さっきからいろいろと案を出すけどな……どれも危ない香りがプンプンじゃねえか! やってられるかそんなもん!」

「しかし父さん! ノーリスクで莫大な力を得たいというのはあまりにも虫がよすぎます!」

「そもそも莫大な力も欲しくねえんだよ! だいたい俺がいまから強くなったところで、お前の中に流れる血は何も変わらんだろうが!」


 究極の本末転倒である。

 真っ向から正論をぶつけられた息子は、テーブルに俯いてわなわなと震えている。


「だけどこの方法しかないんです……新しい魔王を倒すには……」


 少しだけ申し訳なくなった俺は、ふと思いついたアイデアを口に出す。


「なあ。そんなに親の血統が大事だっていうなら、いっそのこと勇者であるお前が結婚して、その子供に期待したらどうだ」

「ははっ。馬鹿言わないでくださいよ父さん」


 けろりとした顔で息子は笑う。


「実の親にこんな鬼畜な相談をするこの僕が、結婚なんてできると思いますか?」

「なんでそんなところだけ客観的分析が完璧なんだよ」


 十数年後。

 復活した魔王は、独身勇者とその父親である伝説的木こりの二人組によって討伐されることとなったのだが、詳しい経緯はまた別の話である。

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