第3話 嵐の海戦 下
「いったい、いったい、何があったんだ……⁉」
米海軍の本命、第三十四任務群の先駆けとして到着した大型巡洋艦『アラスカ』の艦橋にはその時、呻き声が響いたという。
彼等の前方では、今まで各戦場において生意気な黄色い猿共を吹き飛ばして来た旧式戦艦群が嵐の中、大炎上を起こし洋上に停止していた。既に数隻は沈みつつあり、残りの艦も到底助かりそうにはなかった。
生きている艦艇自体が減少した為、無線状態は改善されており、生き残り、退避していく巡洋艦群からは次々と報告が届く。
『敵は『ヤマト』と『ナガト』』
『全力で当たらなければ、抗し得ない』
『敵水雷戦隊に厳重注意』
『今すぐ後退せよ』
此処で、後退を命じていれば二隻の大型巡洋艦は逃げきれただろう。
細長く、安定性に欠く船体は嵐の影響をもろに受けていたが、30ノットを超える高速性を持ってすれば逃げ切ることは可能。
――が、『アラスカ』艦長はその決断をしなかった。
戦意を漲らせながら戦闘準備を命じ、僚艦の『グァム』にも伝達された。
この時、彼が何故この決断を下したかは不明である。
一説には大型巡洋艦なぞという中途半端な艦の艦長職への不満があった、というが、今となっては誰にも分からない。ただし、彼や『グァム』艦長にも水上戦闘の実戦経験はなかった。
無電だけでなく、発光信号を煌めかせながら後退していく巡洋艦群を無視し、彼は二隻に『準備次第、敵一番艦に射撃開始』を告げた。
「相手は戦艦といっても、一隻は旧式に過ぎない。ならば、新鋭艦である我等だけで本隊到着まで喰い止めることも――」
数少ない生き残りによれば『アラスカ』艦長の訓令が終わる前に、敵主砲弾が降り注ぎ、艦を大きく揺らした。
艦の前後に水柱――
レーダーによれば距離は未だ30000超。米海軍の大型艦艇の実質射程距離外だ。
続けざまに、悲鳴じみた報告が届く。
「『グァム』、狭叉された模様っ!」「敵艦多数、此方に向かって来るっ! 巡洋艦及び、水雷戦隊の模様っ!!」「その後方に、大型艦二の反応ありっ!!」
艦橋内が凍ったような空気になる中、『アラスカ』と『グァム』は砲撃を放った。
目標は敵一番艦。
敵に出来たのだ。新鋭艦たる我等とて、命中弾を送り込むことも――レーダー員が着弾を告げ、結果を報告する。その声は、最早悲鳴だった。
「全弾、遠! 『グァム』も同様ですっ!!」
※※※
米第三十四任務群を始末した、日第二艦隊は休む暇もなかった。
未だ稼働している三十二号電探と逆探が敵の新手を捉えたからだ。
敵旧式戦艦を『嵐の下の統制雷撃』という近代海戦史上空前絶後の戦技で片付けた第二水雷戦隊旗艦『能代』座上の見張員も目視する。
『敵は戦艦二。新鋭らしい』
この報を受けた、『大和』及び『長門』の艦橋は色めき立った。敵さん、随分と舐めているじゃないか。俺達をたった二隻で止めるだと?
彼等には自信と誇りがあった。
『大和』は対個艦性能において世界最強であり、『長門』は大改装により新鋭戦艦とも渡り合える。
――何より、実戦経験の厚みが違う。
第二艦隊司令は即座に『砲撃開始』と『全軍突撃』を下令した。
とにかく目の前に存在する敵艦全てを撃滅し、沖縄に辿り着く。
たとえ、それがどんな無理難題であっても、故国を敗亡へと導いた自分達に何も言う権利はないのだ。
一番艦の『長門』と『大和』が先制射撃を開始――初弾狭叉。
本射に移る間に敵弾が飛来したものの、艦橋内の人間は一言も論評しなかった。
それは二戦艦から遠く離れた海面に落下。問題外だ。
準備を終え、『大和』は第二射を放った。
目の前の敵をとっとと片付けなければ、敵本隊が到着するだろう。各個撃破は如何なる時でも正しいのだ。
「弾着――今っ!!!」
敵艦に閃光と激しい炎が立ち昇った。
『長門』も命中弾を与えたらしく、一番艦は黒煙を吐き出している。
――いける。勝てる。
戦後、生き残った『大和』と『長門』の乗組員達は口々にこう証言を遺している。
この時点まで日第二艦隊は全艦無傷だったし、巡洋艦群と水雷戦隊も一会戦分の魚雷を保持していた。
目の前の二隻を潰せば、敵本隊との戦力差は更に縮まる。そうなれば。
……が、第二艦隊の一方的な戦いは此処までだった。
まず、味方電探が敵艦多数を補足。
更には『長門』『大和』近くの海面に、数十本の大水柱が立ち昇った。
それらは、二戦艦に一切の打撃を与えなかったものの――彼等は悟った。
奴等が遂に到着したのだ。
※※※
小癪な……否、『狂戦士』の群れと形容すべき日本海軍最後の水上部隊へ砲弾を放ったのは、米第34任務群本隊だった。
彼等は第54任務群があっさりと葬られ、先遣させた『アラスカ』『グァム』が洋上で大破炎上している信じ難い状況に戦慄していた。
ソロモン、レイテでの経験から『ヤマト』の個艦戦闘能力が、自分達の新鋭戦艦をも上回っていることは察していたものの、まさか、これ程とは。数で勝っている以上、必ず沈められようが犠牲は出るかもしれない。
――だが、どんなに強敵であろうとも彼等は退くことを許されていなかった。
台風で機動部隊は退避させているし、沖縄を守ることが出来るのは自分達しかいない。レイテの惨劇を二度も繰り返させるわけにはいかないのだ。
米第34任務群司令は、各艦に突撃を命じた。
距離を詰め、恐るべき『ヤマト』と、かつての世界最強の内ただ一隻だけ生き残った『ナガト』を葬る為に。
最後の艦隊 七野りく @yukinagi
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