第2話 嵐の海戦 中
先制したのは、第二艦隊だった。
何を持って探知したのかは未だ不明なれど、距離31500から初弾を放ったのは『大和』――ではなく、主隊の先頭を航行していた『長門』だった。
第二艦隊司令部は、本作戦において成功確率が絶無なことは百も承知だった。
何しろ『一億総特攻の魁』なのだ。死ぬことが任務。
しかし……だからといって、自暴自棄になどなっていなかった。
第二艦隊の優位点は唯一つ、『大和』の火力及び防御力のみ。
出来る限り『大和』に主砲を放たせることを考えれば、主隊の一番艦は『長門』であるべきだった。
その結果、『長門』は敵戦艦をいち早く発見し、初弾を放つ栄誉を得た。
しかも――
※※※
この段階で、戦闘海面に到着していたのは合衆国海軍、第54任務群。
真珠湾、レイテで壊滅した最後の旧式戦艦群であった。
彼等は、『ヤマト』の戦闘力が自分達よりも優越すること知っていたから、出来得ることならば、単独で挑むことは避けたかった。
しかも、自軍の駆逐艦群は過剰な対空装備により復元性が低下。荒天下で活動出来ず退避している為、四隻の旧式戦艦を守るのは、これまた旧式重巡が三隻だけ。
片や、日本海軍の水雷戦隊は、荒天を気にしないかのように速度を上げつつある。
一旦、後退すべき局面だった。
――その命令を旗艦『コロラド』が発する直前、『長門』の初弾が直撃した。
戦後の研究において、命中弾は二発だとされている。
……交互射撃なので、四発中二発、である。
16インチ砲防御を持つ『コロラド』は二発程度で沈むような軍艦ではなかったが、直撃した場所が場所だった。
あろうことか、艦橋を直撃。最後の水上戦闘だから、と、この一戦に限り艦橋で指揮を執っていた第54任務群司令部を葬りさってしまったのだ。
……合衆国海軍の混乱が始まった。
※※※
「『長門』初弾命中!」
その情報を確認した、第二艦隊の戦意はいやおうにも上がった。
敵の反撃がないことを訝しく思いながらも『長門』は本斉射へ移行。
荒天下を無視し、突撃を開始した第五戦隊と第八戦隊そして二水戦に流れているものは、ソロモン、レイテで満天下に知らしめたものと、最後の海戦となっても何一つとして変わらなかった。
『先手必勝』『見敵必戦』。
まして、獲物は――戦艦。
今や、遥か昔のこととなってしまった、戦前の漸減作戦時に想定された状況。突撃を躊躇う状況ではなかった。
目の前の敵を、全力で潰す。それ以外、何の戦術があろうか。
先頭をひた走る、第五戦隊旗艦『羽黒』が距離を詰め、遂に敵重巡へ射撃を開始した際、『羽黒』の見張り長は後方より、凄まじい落雷の如き音を聴いた、と戦後証言している。
――『長門』から射撃情報を受け取っていた『大和』が、遂に射撃を開始したのだ。
※※※
司令部崩壊に混乱する合衆国第54任務群の各艦――特に戦艦群は混乱していた。 各艦は、長く大西洋で行動しており、本格的な水上戦闘の経験はなかった。まして、距離30000以上での初弾命中である。合衆国海軍の戦闘ドクトリンに遠距離射撃のそれはない。この距離で命中弾を出してくる敵なぞ想定外なのだ。
――対して、旧式重巡の行動は素早かった。
『ペンサコラ』『ソルトレイクシティ』『チェスター』の三艦は、激戦しかなかったソロモン海域の戦闘を生き残った数少ない条約型重巡であり、その乗組員もまた、日本海軍の恐ろしさを理解している者達が多かったのだ。敵重巡と水雷戦隊を接近させてはならない。
『ナガト』が斉射へ切り替え、『コロラド』が痛打をされつつある中、三艦の動きは、流石、と称賛されるに足るものだった。このことは、戦後、第五、第七戦隊の乗組員達も証言している。あいつ等なら、俺達と一緒にもやれた。
混乱する中、ようやく、二番艦『ニューメキシコ』も指揮権継承し反撃を下令――その瞬間、『ヤマト』の砲撃が開始された。
交互射撃ではなくいきなりの斉射。未だ距離が30000前後あることもあれば、当たる筈もない。
――が、直撃した。
第三次ソロモン、トラック、レイテ、と三度の水上戦闘を経験し、幾度も地上砲撃を経験してきた『ヤマト』の主要乗組員達の技量は、戦後の合衆国海軍の記録をして『ヤマト、ナガトには魔弾の射手が乗り込んでいた』と表現される程、極まっていたのだ。
『ニューメキシコ』に直撃したのは、四発。
一発は増設された右舷両用砲群を壊滅させつつ、主要防御区画を紙の如く貫通。大損害をもたらし、二発目は第二主砲を吹き飛ばした。三発目は後部艦尾に水中弾となり、大浸水を発生させた。
そして、四発目――最も重厚に防御が施されている司令塔に直撃。あっさりと貫通。艦の主要人員を全滅させ、再び指揮命令系統に混乱を惹起させたのだ。この時点で『ニューメキシコ』は洋上に停止。戦闘力を喪失した。
残された三艦『アイダホ』『ミシシッピ』『テキサス』乗組員によると、この時点で、各艦は独断で退避をする予定だったという。
先制され、しかも瞬く間に二戦艦が大損害。炎上しつつある現状は、彼等の戦意を怯ますに足るものだったからだ。
……しかし、レーダー員の絶叫がそれを妨げた。
「敵水雷戦隊、急速接近!!!!!!」
――未だ『日本海軍最強』の看板を下ろしていない、日第二水雷戦隊が統制雷撃戦を開始したのだ。
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