第1話 嵐の海戦 上

「合衆国海軍は、沖縄沖海戦において日本海軍を侮っていた」


 戦後、多くの日米戦史研究家達は、苛烈を極めた太平洋における日米海軍の激突、その最後の海戦を、そう評した。

 ……が、これは合衆国海軍からすれば、言いがかりにも等しい。

 日本本土から、最後の水上打撃部隊が出撃したことを知った合衆国海軍の反応は、戦後の研究家達の考えとは裏腹に極めて迅速かつ慎重だった。

 近付きつつある超大型台風を避け、強大極まる機動部隊と、九州地区の日本軍基地航空隊との戦闘によって損害が多発していた護衛空母群は退避を開始していた。

 同時に――機動部隊の護衛艦艇から、戦艦、大型巡洋艦、重巡を根こそぎ分離。旧式戦艦群と合わせ、臨時の水上打撃部隊を編成したのだ。

 その戦力は以下の通り。


第34任務群

戦艦:『アイオワ』『ミズーリ』『ウィスコンシン』『インディアナ』『マサチューセッツ』『アラバマ』『ノースカロライナ』

大型巡洋艦:『アラスカ』『グアム』

重巡:六隻


第54任務群

戦艦:『コロラド』『ニューメキシコ』『ミシシッピ』『アイダホ』『テキサス』

重巡:三隻


 合計で戦艦:十二 大型巡洋艦:二 重巡:九

 稼働新鋭戦艦と大型巡洋艦、旧式戦艦の全てを集結させ、日第二艦隊を待ち構える布陣を取っていたのだ。真珠湾、ソロモン、レイテで、多数の水上艦艇を喪った合衆国海軍は、決して日本海軍を舐めてなどいなかった。

 

 ――問題は、総力を尽くしてなお事態が奇怪な方向へひた走ったことにある。


※※※


 呉を出港した日第二艦隊の行動は明快だった。

 台風に乗じて、沖縄へ突入。目につく敵部隊をとにかく吹き飛ばして回る。ただ、それだけ。

 無論、そんなことが可能だとは将兵一同、誰も考えておらず『死に花を派手に散らせるか』だけだったとも言える。

 九州地区に展開し、戦史に燦然と輝く奮戦を継続していた第五航空艦隊から『可能な限りの援護』を約されていたものの、荒天下に航空機が活動出来るとは考えられず、精神的な意味合いでしかなかった(※5AF司令は本気だった)。

 

 それでも――最後の出撃であっても、日本海軍の戦技は衰えてなどいなかった。 

 荒天下、沖縄近海へ艦隊を平然と進めた第二艦隊は、敵艦隊への先制を果たすことに成功したのだ。

 

※※※


 大兵力を集めた合衆国海軍にとって最初の誤算だったのは、機動部隊の護衛任務についていた『本命』――新鋭戦艦群の集結が遅れたことだった。

 レイテでの戦訓から『ヤマト』が相当な実力を秘めた戦艦であることは明らかであり、大兵力での運用を重視するのか、戦闘海面への展開を優先するのか、司令部内で意見が割れたのだ。

 結果――戦後『典型的な戦力の逐次投入の失敗例』と酷評される決断を合衆国第五艦隊司令部は決定する。

 全艦艇の集結よりも、速度を優先。戦隊単位で準備出来次第の集結を命令したのだ。

 結果、戦闘海面へ真っ先に到着したのは、皮肉なことに、最も戦闘速力が遅い、旧式戦艦群。次いで、中途半端な戦闘力しか持たない大型巡洋艦だった。


 ――そして、日米最後の戦艦同士の水上戦闘が、嵐の下で開始された。

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