第2話
———仕方がない。望み通り、貴様の息子を返してやる。
国王はそう言い、その場で彼の息子を返した。
確かに、返した。
だがそれは、彼の望んだ姿ではなく。
———聞いてないぞ、国王。儂の息子を返せとは言ったがな、息子を傷つけて返せなどと願った覚えはねえ!!
彼を怒らせるには十分過ぎた。
———だからどうした。この我に逆らったのだ、相応の罰は必要だろう。
———・・・・・そうかい。
彼は、ひどく傷だらけの息子を優しく横に寝かせ。立ち上がって、国王に視線を向けた。
そして。
激情を心に秘めたまま。彼は静かに、ポケットに仕舞っていたものを取り出す。
短剣。
もしものためにとっておいた予備の剣。
あいにくにも、もしもの可能性は当たってしまった。
なので彼は、それを、
冷静さの欠片もなく、考えなしにありったけの力を込め。
国王目がけて、投げた。
短剣は風を切って、顔へ向かってどうにか押し進む。
が、しかし。
———ちっ、外したか。
どうにか国王の頰を掠った程度で、致命傷になど到底ならなかった。
———・・・・・っ!?
国王は突然の行動に反応出来ず、唖然としている。
彼は、この場で国王を殺しきれなかった事実に瞬間顔を歪めた後。
すぐに、行動に出た。
彼、ウィリアム・ビルは息子を抱えると。
逃亡などという、この状況下で最も不可能に近いであろう選択を選んだのだ。
※※※※※
「いや、爺さんホントすげぇと思うよ 」
「・・・・儂のような老いぼれを褒めたところで、何も出んぞ? 」
「いやいや。反逆して捕らえられた息子を返してくれ、って王に直談判してさ。ライオン倒したら返してやるって冗談半分で言われて。本当に倒した挙げ句の果てに、あの王の顔に傷をつけたらしいじゃんか! そんな偉業を成し遂げた奴なんてそう多くないよ 」
「本当は首を取りたかったんだかなあ。やっぱり、短剣は性に合わん。剣なんぞ、肉を剥ぎ取りナイフくらいしか使ったことがないもんでな。結局、討ちもらしちまった 」
「いや、それでも十分凄いことだって。だってライオンを短剣投げて倒したんだろ? 」
「剥ぎ取りナイフを投げて、獲物を獲ったこともあったからな。それの応用だ 」
「応用・・・・・? 」
「さて、そろそろ通るはずだ。あとは爺さん、任したよ 」
「おう 」
弓と矢を取り出し、状態を確認。
問題なし。
「・・・・・ 」
長年やってきた構えを取る。
ギチリギチリと弦が唸るが、気が早い。まだ、標的は現れてすらいないのだ。
落ち着け、落ち着け。
彼は、強く波打つ心臓に言い聞かせる。
冷静に。
いつもの通りに屠るだけ。
だから落ち着け。
時間の流れが、妙に短く感じられる。1秒1秒が引き伸ばされたかのよう。
そうして。
どれほど、その体勢を維持していたのか。
「む 」
標的の姿が見えた。
・・・・・。
まだだ。まだ、射程圏内には入っていない。
はやる気持ちを必死に抑え。
時を待つ。
「・・・・・ 」
ふと、息子の顔が浮かんだ。
この国は遅れていると。王が頂点に立つ時代はもう終わったのだ、と。
真剣に、この国の未来を憂いていた息子を思い出す。
彼は息子と違って、学がない。
だから、息子の言うことはよく分からなかったし。どうして息子がそうまで熱心に動いているのかも、分からない。
「・・・・・ 」
射程圏内にそろそろ入るのに、あと10秒もかからない。
だから彼は一層、気を引き締める。
憎き国王の隙を逃さぬよう、暗殺を成功させるために。
風向きは今のところ、悪くない。だから、風に邪魔をさせることはなさそうだ。
本当に今日は、運が付いているらしい。彼にとって、それはありがたいことこの上なかった。
「・・・・・ 」
正義の味方、というのに彼は憧れたことがあった。
結局、彼はその幻想を捨てて。獣を狩る猟師になり。その後運命の出会いがあり、たった一人の子供も授かった。
幻想を捨てたために彼は、大勢を救う、大それた正義など彼は持っていない。
だからこれは、正義ではない。
家族というかけがいのない宝を守ろうする、小さな正義だ。
そして、その正義に反する時こそ彼は牙を剥き。
小さな正義の矢は放たれたのだった。
※※※※※
そうして。
国王の暗殺を皮切りに革命が起こり、その後一つの国は変化の時を迎えたという。
※※※※※
「ん、うんん 」
夢を見た。
ひどく矛盾した夢。
本当に実在したのかは定かではなく。しかし、一部の地域では伝説として信じられているという。
私はというと、後の時代に作られた作り話のように思えてならないが。
それでも、これはこれで夢があるのかもしれない。
小さな正義の矢は 菅原十人 @Karinton
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