第1話 荷物持ち、捨てられる



「レイ、すまないが、君とはここでお別れだ」


 目の前の、青い甲冑をと赤いマントをたなびかせた青年——勇者のパースがそういった。

 俺はその言葉を理解出来ず、眼を瞬くしかできなかった。

 どういうことだ?


 周りを見渡すと、いつの間にかさっきまで新装備を手にして談笑していたパーティメンバーがいなくなっていた。

 魔術師のメイ。

 戦士のガッソン。

 治癒師のエリー。

 その姿を探しても、路地裏の、視界の悪い道では見つからなかった。


「お別れ……ですか?」

「ああ、僕たちが『無限インベントリのギア』を手に入れた以上、君の役目である荷物運びは終わった」


 俺はとっさに腰布から吊してあるものを見る。『ギア』と呼ばれる、精緻な時計盤を思わせる意匠が特徴的なアクセサリだ。

 無限インベントリのギア。異世界転移転生チート物で良くある、無限収納と収納した物の時間停止を可能にするアイテムだ。

 古代叡智の結晶であり、最強の武器と言われる『聖剣』を納めることが出来る、唯一のアイテム。

 つまり、魔王と戦う勇者にとって必須のギアだ。


「に、荷物運び以外にも、料理とか、小間使いとかいろいろ、、してましたよね……?」


 俺はパーティ内での自分の価値を確認するように、能面のように感情がない表情を顔に貼り付けた勇者に尋ねる。

 一ヶ月ほどの旅を思い出し、反芻する。荷物運びはもとより、料理はかなり頑張ったはずだ。


 パーティに飛び込んだときの料理、あれは料理とは言えなかった。

 塩の味しかしない干し肉と火を通したジャガイモを交互にかじるのが料理とは言えないだろ?


 メイは『炎の契約スキル』のせいで全てのものを焦がすし、エリーは味音痴。

 ガッソンは味を見ない大食らいだ。パースは単純に不器用だった。

 ナイフで皮むき出来ないなら料理担当なんてどだい無理な話だ。


 必然的に俺が料理をするしかなかった。

 洋食屋の厨房バイトをしていた俺は、昔取った杵柄を生かして勇者パーティに食事革命を起こした。

 あの料理を食べたとき、パース、お前泣いてたよな?

 俺は期待を込めて勇者の顔を見るが、表情は冷たいまま、変わらなかった。


「もう必要無いんだ。料理なんてこの街で買いだめをして無限インベントリに入れればいいし、他の必需品も同じだ」

「それでも、私……」

「無理なんだ。スキルが使えない上、防具を装備出来ない君をパーティに加えたまま、この先にある『試練の地』を越えられない」


 事実上の使えないヤツ宣言をしつつ、首を振る勇者。確かにそれはそうだ、と俺は頭では納得する。

 スキル至上主義のこの世界で、ノースキルはタダの役立たずだし、町娘衣装から装備を変えられないという謎仕様では、防御力も高められない。

 そんなお荷物を抱えたまま、この先の『試練の地』と呼ばれる、魔王城突入最終ダンジョン前のレベリングスポットを駆け抜けるなんてことは出来ない。


 だけど、不安に駆られた感情が先走る心では納得できなかった。

 なぜなら、俺はこの世界へと転移させられた、究極の根無し草だからだ。

 もし、勇者パーティという最強レベルの庇護を受けられる居場所から追放されたら、一体全体、どうやってこの世界を生きていけば良いのか。


「そんな! こんな右も左も分からない土地で、独りで生きていけるわけが……」

「……そのギアを売れば、一生遊べるほどの金が手に入るだろう。

 使いようによっては、誰にも出来ない仕事も出来る」

「そういうことじゃなくて!」


 縋ろうとした俺の前に、大人二人が入るほど大きい中身が詰まった麻袋と、両手で抱えるほどの革袋が現れる。

 金属音を響かせながら、石畳の道に落ちるそれら。衝撃で革紐でくくっていた中身が見えた。

 麻袋には、薄汚れた装備たち。革袋からは黄金色がチラリと見えた。


「これまで荷物持ちとして働いてくれた報酬だ。

 あと、使わなくなった装備もある。いらない物は売ってくれ。

 防具は身につけられなくても、武器は持てるだろう?」


 手切れ金、と言うヤツだろうか。

 俺は、その場でへたりと座り込む。

 冬が近いのだろうか、陽が当たらない路地裏の石畳は冷たかった。


「さようなら、レイ。——不躾ですまないが、旅の無事を祈ってくれると嬉しい」


 そういって勇者のバカ野郎は、俺の前から去って行った。

 彼が見えなくなってから、俺は大声で叫んだ。


「誰が祈るかバカ————!!!」


 こうして、俺——春日屋令人は、バ美肉中に異世界転移され、縋っていた勇者パーティからも追放された。

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バ美肉異世界転移 犬ガオ @thewanko

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