エピローグ・アンコール
「って、くっつかんのかーい!」
勢いよくドアが開き、梨子の大音声が響いた。
急な来訪に、琴吹さんは腰を抜かしたみたいにベッドにへたりこみ、俺は仮○ライダーみたいなポーズをとっていた。
「黙って聞いてりゃ、お互い遠くからジャブの応酬ばっかり!」
「『聞いてりゃ』ってお前、聞き耳立ててたのか!?」
「ドアに耳をつけてたら聞こえてきた」
「そりゃ聞こえるだろ!?」
「いまそこは問題じゃない!」
「そこが問題では……?」
憤然とする梨子は、俺の疑義にとりあうつもりはないようだ。じろりと琴吹さんを
「コ~ト~。いまのお兄の言動をよくスルーできたね」
「す、スルーって……?」
「マカダミアもロコペリもボージョボーもお札も違うんなら、残ってるのはコトしかいないでしょうが!」
ぼん、と爆発するみたいに俺の顔が熱くなった。琴吹さんの顔もゆでたカニの色になっている。
「ちょ、梨子、なに言いだしてんだ!」
「あとお兄! 告白が分かりづらい! 迂遠! バカ!」
「オブラート導入しろお前!」
「ふたりはオブラートが分厚すぎる!」
梨子はつぎにお土産を指さした。
「コトも分かりづらい! ピンクのロコペリは恋愛運の上昇、ボージョボー人形の手足を結ぶのは片思いが実るおまじない、出雲大社は縁結びの神様で有名!」
「り、リリちゃん、もうやめて……!」
琴吹さんは梨子にすがりついた。完全に涙目だ。
しかし梨子はやめない。
「お兄もお兄! 教科書しか読まないからこうなるの! もっと社会に目を向ける! ロコペリとボージョボーはともかく、出雲大社はさすがに気づくでしょ!」
「うう……」
ぐうの音も出ない。
「あと一番大事なこと! わたしに遠慮はいらない! ふたりがどうなってもお兄はお兄だし、コトは友達! 分かった!?」
「はい」「はい」
俺と琴吹さんの声がハモった。
梨子はメガネをくいっと上げた。
「というかもう、さんざん焦れ焦れなふたりを見せつけられて、こっちはストレスで限界なの」
「さんざんって、お前ずっと盗み聞きを!?」
「人聞きの悪い。聞いてたんじゃない、聞こえてくるの」
「似たようなもんだろ!?」
「うるさい! 覚悟を決めろ! 以上!」
ドアを勢いよく閉めて、梨子は行ってしまった。
嵐が過ぎ去ったあとも、俺たちはしばらく呆然としていた。
しばらくすると梨子の余韻もすっかり消え失せて、俺たちが黙っている理由は羞恥や気まずさに変わった。
琴吹さんはそわそわもじもじして落ち着かない。
「琴吹さん、あのさ……」
「は、はい」
「好きだ」
「はい。――え!?」
琴吹さんは俺を二度見した。
俺は立ちあがり、戸口へ向かう。
「のど渇いたでしょ? お茶でも持ってくるよ」
「ま、待ってください!」
と、俺のシャツの裾をつまむ。
「い、いまの」
「あ、うん。そのままの意味」
俺は顔をそむけたまま答える。
「じゃあ、お茶を持ってくるから」
「お茶はいいです」
琴吹さんは立ちあがり、俺の顔を手ではさんで正面に向けた。
「もう一回、言ってください」
「も、もういいだろ」
目だけそらす。
「ダメです。不意打ちだったので。覚悟を決めてください」
「……」
俺は目を正面に向けた。
「好きだよ」
「!!!」
琴吹さんは、どん、と体当たりするみたいに俺の身体に抱きついた。
「ぐふぅ!」
「わたしもです!」
いまだかつてない密着度。やわらかさ、身体のライン、体温が手にとるように分かる。
俺は彼女の背中に手を回し、ぽんぽんと叩いた。そして肩に手を置き、そっと引き剥がす。
『そういうのはまだ早い!』とは言わない。
「そういうのは……、ゆっくり、時間をかけて、な?」
琴吹さんは俺の顔を見あげる。
「『そういうの』ってなんですか?」
ぽかんとしている。
――この期に及んでこれかよ……!
驚き、呆れ、愛おしくなる。
ああ、やっぱり琴吹さんは琴吹さんだ。変わる必要なんてない。俺はこんな彼女が好きなんだから。
でもこれは確認しておかないと。
「これからも遊びに来てくれる?」
「もちろんです。わたしは先輩のカノジョですから」
琴吹さんは大きな八重歯を見せて笑った。
「先輩、これからもわたしと楽しいことしましょうね」
散らかった部屋で、俺たちは微笑みあった。
明日も、これからもずっと、妹の友だち――そして俺のカノジョは、俺の部屋に遊びに来ます。
妹の友だちがなぜか俺の部屋に遊びに来ます 藤井論理 @fuzylonely
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