マッシュアップ 3
夕方、林の中の廃墟の前。そこには三十人ほどの高校生が集まっていた。整列しているわけではなかったが、ある一人の方向を向いてその人が話し始めるのを待っているようだった。
「今日、この場所から世界をより良くする、その活動をしようと思う。まずは深森高校にの生徒にもっと協力してもらう必要がある。とにかく、人手が必要だ。そして、その方法は難しいものじゃない」
そこで一旦、言葉を区切り話している人物は掌から何かをとるような動作をし、その取ったものを掲げる。
「これを人に植えるだけだ。これを一人十個渡す。知り合いでも顔見知りでも、誰でもいい。とにかく、これを人に植える。皆、頼んだ」
この言葉にそこに集まる皆が頷いて、それぞれ林の中から出た。
(俺はきっと今日、この場所で倒れるだろうな。だが、俺の蒔いた種は消えない。例え、あの影にだって消させやしない)
(あの人数、言ってた通り思ったよりも早かったわ。最終的に目的はわかったけれど、あの種にそんな力があるようには思えない)
廃墟から距離を取りつつ、草木の影に隠れるようにうつ伏せになっていた薄雪はばれていないことが彼女自身も驚いていた。彼にとってこの作戦は重要なものであるから、周囲には警戒しているかと考えていたが、彼の声が聞こえるこの場所でも見つかってはいないようである。
夕方の深森高校。夕方と言っても、日が傾き始めたばかりで、まだ片付けをしていない部活も多い。つまり、まだ校内に生徒が多くいる。そうやって活動している中にいつものような気軽さで、ライト・マイ・ファイアの頼み事を受けたものたちが部活に参加する。彼らはいつも通りに部活動をしながら、隙を見ては種を植え付ける。種が見えるものなどいないので、それを止められる人もいるわけがない。ライト・マイ・ファイアの勢力は簡単に拡大していく。
その頃、章はふらふらと町の中を歩いていた。止める方法を考え続け、本人は気づいていないが、心が耐えられる限界を迎えていた。何度も彼を止めるか、影を止めるかと堂々巡りで、考えることには意味がない。
(俺は、どうすれば……)
それでも彼は考えなくてはいけなかった。
ぼうっとしながらも足は前に進む。しかし、その先に何があるのかはわからなかった。
「あんたも行ってくれ。ここにいても意味がない」
朱羽は皆がばらばらになった後も、彼の近くに残っていた男子生徒にそう言った。男子生徒は彼に向けていた目線をそのままに何となく不安そうな表情をした。
「なんか嫌な予感がするんだ」
「何か起こるって?」
彼はゆっくりと頷く。
「僕なら盾になれる。あなたのくれた炎の盾が」
彼はそんな覚えはなかった。そもそも心に火をつけたように無理矢理やる気を引き出すと言った力であって何らかの超能力を引き出すことはできないはずだった。
朱羽は少しの間黙って考える。超能力者がこちらに増えるということは影にも対抗できるかもしれない。もし本当に種の力の一部に超能力を目覚めさせるなんて力があったら、活用したいところだが、今はそうも言っていられない。とにかく、この作戦を終わらせなければならない。
「……わかった。ここに居てくれ」
彼はあの影がこの場所に来ることを理解していた。また、きっとこの男子の炎の盾とやらも影には意味がないだろうとも考えていた。彼の能力によって得たものであれば、ライト・マイ・ファイアの力が効かない相手には全く歯が立たないと考えている。
(早く来いよ)
(何もしない。廃墟で何を待ってるって言うの。あの影を待っているのだとしたら、勝算がある? それとも友人でも待っているの)
薄雪は初めの場所から動かず、廃墟を監視していた。廃墟の状況は全く変わらないが、それこそが変だと思った。彼が皆と一緒に学校へ行けば種の補充も簡単に済む。近くにいれば、それだけ指示がしやすく、何か不測の事態になってもすぐに修正できるはずだ。これだけでもこの場所に彼が留まるのはあまりいい手段とは思えない。
様々な部活がその活動を終了して、片付けていた。その中の部活の一部はすでに帰り支度まで終わっている者もいた。
部活に参加していたほとんどの人には、すでに種が植え終わっていた。その種がいつ芽吹くのか。
廃墟を照らしていた日は夕方という時間を終えようとしていた。夜の藍色が少しずつ少しずつ橙色を侵食していく。そんな中、彼らの前にそれはいた。
「こんにちは。それともこんばんはかしら」
朱羽はその声にその姿に驚くことはなかった。
「どちらかと言えば、こんばんはだろうな」
「そうかしら。なんとも言い難い時間よね」
「夕方ってのはそういうものだ」
「曖昧なのに、どれでもない。どれだけ美しくても儚い」
「で、用があるから来たんだろ」
「さて、その夕方もそろそろ終わる。この時間が終わったとき、あなたはどうするのかしらね」
「どうもしない。俺はこの時間が終わってもライト・マイ・ファイアなんだと思う」
「そう。きっと、そうよね。ここで貴方を倒そうとも倒さなくとも貴方は何も変わらない」
「だが、変わらないからと言って見逃してはくれないんだろう」
この作戦の前、種を植えた人間に声をかけたあのとき、そして、今。彼のその覚悟の炎が大きくなっているのを自覚していた。普段は無口だったが、今もこうして話してしまう。彼はすでに自覚があった。強大な力には大きなリスクがあると。だから、準備の整っていない状態でこの作戦を始めなくてはいけなくなっていた。
「私が手を出すまでも無さそうだけれど」
その言葉が終わると同時に彼の周りに火柱が上がった。決して高くはない。しかし、目映い光を伴って現れたそれは他者を火の恐怖に陥れるほどに神々しい。火柱はやがて収まり、その場には大きな木が生えた。その木は驚くほど早く天に伸びていく。やがて、廃墟の屋根を越し、辺りに生える木々よりも大きくなる。幹もどんどん太くなる。やがて廃墟を飲み込んだ巨大な木となった。マグマのような粘性の流動体が中に流れていて、その葉は青色である。自らを輝かせ、初めて太陽を見たときのような、見たものの心を揺るがすきらびやかな大木。
「成長というには無理矢理過ぎるわね」
影はそれを見ても驚かない。それどころか影の濃さが増しているようにすら見える。
青い葉がヒラヒラと辺りを舞っている。触れたものを燃やし、焦がしている。大木の下は焼けて炎の臭いが充満していた。
「俺は、燃える。最初から燃えている」
影はその場から動かない。じっと大木の下、青い葉に照らされるライト・マイ・ファイアを見つめている。
「俺、は」
彼の力は彼を焦がしていた。青い葉は彼をも焼いていた。彼はそれには気づかない。足元も炎に包まれている。靴はボロボロで靴下も焼けている。
「お、れ、は」
夕方も終わろうとしている。彼は町を歩き続け、住宅街をふらふらと歩いていた。行く宛なんかはもうない。思考回路も切れている。
「朱羽、朱羽は、いや、影が」
意味のない文字列が彼の口から出続ける。ふと、顔をあげたとき、大きな木が見えた。青い葉の赤い木だ。青い葉が空を舞いとても綺麗な光景だった。
「あ、あそこだ」
震えた声で、切れた思考回路を繋げる。歩き続け、疲労の溜まった足を素早く前に動かして、あの廃墟へと向かう。
「朱羽っ!」
燃えるかと思った。死ぬかと思った。薄雪は木が大きくなるのに見とれて、危うく焼け死ぬところだった。木が大きくなった時点で、うつ伏せをやめて立ち上がって見つめていた。あまりにも綺麗だった。イルミネーションはよく見るが、そんなものではなかった。科学では到底到達できない事なんだろう。この場所から見てもとても神々しい。
薄雪はこれまでここまで見とれるほど美しいものを見たことはなかった。感動するほど綺麗と言われた桜の道も、高い山から見える雲海も彼女にとってどれも感動するほどではなく、何となく損させられた気分ななっていた。しかし、この赤と青の大木は違った。彼女の心を惹くだけの何かがある。
(消えるまで見ていよう)
安全な場所だけあって、遠くから見るしかないが、そこからでも十分に綺麗だった。
(消えてゆく、心が。燃えて、焦げて、固まって、また燃えて。そんな心が燃え尽きて)
「せめて、苦しまないように」
(ありがとな、神様)
「朱羽っ!」
廃墟には誰もいない。大木もない。あるのは焦げた地面だけ。
「しゅ、う……」
彼は廃墟の中を見る。前に入ったときと何も変わってない。埃っぽい空気に崩れた壁や天井。ドアもボロボロで、何も変わってない。それがひどく彼が最初からいなかったような証拠を突きつけられている気がして、泣きそうだった。あのとき、落ちた階段を見た。穴はあったが、周りの崩れ落ちた風景と同化して元からそうなっていたような気がする。
廃墟から出て、辺りを見回す。
「朱羽、出てきてくれ」
声は小さく、誰にも届かない。
「朱羽っ!」
叫んでも、木々の間をすり抜けて木霊するだけだった。
彼はまだ朱羽が生きていると考えている。この場所にいなかっただけで、まだどこかで生きていると。
廃墟の近くの草が揺れた。草が掻き分けられて、人が出てきた。その人は男のようだった。服は焼け焦げ、全身煤まみれである。
「あんた、朱羽の?」
「……うん」
「朱羽は?」
「彼は、死んでしまった。守れなかったんだ」
「そ、そう、か。……。」
実感は未だにない。それでも、心には親友を亡くした痛みが焼き付いた。
翌日、新聞の小さな欄には首なしの焼死体が取り上げられていたが、この記事をどれだけの人が気づいたのかわからない。気づいたとして、それにどれだけの人が興味を持つだろう。ほとんどの人が燃えた人がどういう人だったのか気にする人はいないだろう。
章は学校に行かずに、街を歩いていた。朱羽がいなくなってから、三日が経ったが彼にはどうしても朱羽がいなくなったことが信じられずにいた。彼がどこに居るのか、毎日場所を変えて探している。彼は二度と今までの一般的な生活に戻ることはないだろう。
薄雪はあの大木をなぜあそこまで綺麗と思ったのかが気になっていた。しかし、もう二度とあれを見ることが出来ないというのは理解していた。彼がいなくなったのはあの大木がゆっくりと崩れていく様子で分かった。
何がきっかけでそう思ったのか、彼女には一切分からなかったが、純粋な心からの願いを形にしたのがああいうものだったのかもしれないと結論付けた。しかし、彼女はそれについてはまだ考えるようである。その結論に至ってからは少し他人の感じるものについて考えるようになった。その試みはあまり成功とはいえないようで、今度は何を始めたんだと思われ、避けられているらしい。
「さて、一難は去ったわね」
深森高校の屋上。それ以外には何もない。
「今回だけじゃない。どんな生物だって、敵になりうる」
今日は風が吹いているが、影の身に着ける物は風に揺れることはない。
「しかし、また、願いや信念がなければ、彼らは何もできない」
「矛盾しているようだけど」
影はいつの間にかその場所にはいない。
「だからと言って、一緒に在れないわけではないのね」
ハートに火をつけて bittergrass @ReCruit
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