彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら

枕木きのこ

たぴおか

「私も正直驚いています。Twitterで募集したところ、まさかこれほどの皆様が私と同じ経験をしているなんて――」


 四列に並べられた長机にそれぞれ五名ずつ座っている。上座に据えられたホワイトボードには「タピオカしか愛せない彼」とカクカクした字で書かれており、その下には「講師・鈴木鈴蘭」と名前が並んでいる。


「#タピオカ」で調べていた時は、まさかこんなことになるとは、私だって思っていなかった。

 付き合って七年、結婚もしなければ別れるわけでもなくだらだらと同棲を続けていた彼氏に「いやあ、俺、タピオカしか愛せないかも」と言われてしまった。肉豆腐を作っている台所の私に、視線さえ向けず。テレビに映る若い女性タレントが、極太のストローを艶めかしく咥えるように口に含んでいるのをじっと見ていた。

 

 そんな馬鹿な話はない。私はこの七年で彼のためにどれだけのことをしてきたか。

 こうしてテレビに夢中になってまったく手伝いをしなくても、一度だって文句を言ったことはない。洗い物くらい――と思いはしたけれど、絶対に口にしたことなんて――それなのに、私よりタピオカがいいってこと?


「タピオカしか愛せない男性に対してどういうアプローチをするのが正解なのか、恋愛評論家の私がこれからお話しさせていただくわけですが、——どうですか? 皆さん、タピオカは好きですか?」


 受講料四万円。それでもきっと価値があるんだわ。

 だって、こんなに人数もいるし。


「——なるほどなるほど。私も、タピオカは好きなんですけどね。決して彼より上になることなんてない。そうなのに。ナタデココの時もそう、トルコ風アイスの時もそう」


 つらつらと前説を終えると、鈴木鈴蘭はホワイトボードを真っ白に戻し、いくつかのことを書いた。


 ①別れる――タピオカしか愛せない男なんてナンセンス! もう思いっきり振って忘れましょう!

 ②タピオカで尽くす――タピオカしか愛せない男を理解してあげる……。あなたのためなら毎日タピオカ料理、作ってあげる。

 ③タピオカになる――愛せないなら、もう、いっそ。


 それぞれの項目についていくつかのステップで話が続いた。


「そしてこの③になりますが、実際、私も彼氏に対してやったことがあるんです」


 照れ笑いを隠すように右手を口元にもっていくと、少しだけ肩をすくめてから、鈴木鈴蘭はまたサッと腕を上下する。それから新たに、


 ・血液……200ml

 ・砂糖……小匙1

 ・ゼラチン……適量

 ・

 ・

 ・

 

「血液については毎日少しずつ抽出しましょう。可能であれば少し弱火で熱して凝縮させると私を感じてもらいやすく——」


 ——なるほどなるほど。



 ■



 家に帰る前に業務スーパーに向かいタピオカを大量に買い込んだ。ひとまず②で攻めてみる戦法だ。


 仕事から帰ってきた彼は、ダイニングテーブルに並んだタピオカ料理たちを見て、顔をしかめた。

「何? これ」


「タピオカ酢豚と、タピオカチャーハンと、タピオカスープと、タピオカミルクティーと――」


「いや……、えー?」


 ——何だろう。

 タピオカしか愛せないっていうから、四万円も払って講義を受けてきたのに、彼のこのリアクションは。タピオカだってわざわざ。

 我ながら料理はうまくできたと思うのに。


「マジ? 飯というか……、えー?」


「もう、何その煮え切らない態度! イラっとする! あんたがタピオカタピオカ言うから作ったんじゃん! もう知らない!」


 ずっと顔をしかめ続けるものだから、つい癪に障って大声を出してしまう。

 そしてそのままの勢いで、エプロンをはずすのさえ忘れて家を飛び出した。

 向かう当てなんてないのに、私これからどうしよう――?



 ■



「私も正直驚いています。Twitterで募集したところ、まさかこれほどの皆様が私と同じ経験をしているなんて――」

 

 四列に並べられた長机にそれぞれ五名ずつ座っている。上座に据えられたホワイトボードには「タピオカしか愛せない彼しか愛せない彼女」とカクカクした字で書かれており、その下には「講師・竹田竹林」と名前が並んでいる。


 ——待ってろよ、必ず迎えに行くから。

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