人の心が覗けない世界

34

俺は他人が心で思っていることが分かる。


いや、「俺は」ではない。この星に住む人間は全員そうだ。


もちろんこれは忖度するとかそういう類いのものじゃなくて本当に思っていることが頭に入ってくるのだ。


まあこれを聞いた他の星に住む人間に聞けば、いいと思う人も、最悪だ!と思う人もどっちもいると思う。


とはいえこの星の人間に聞けば...全員が




「最悪だ!」




と答える。


だろう、と付けないレベルだ。なんならビックリマークが足りない!とお叱りを受けるかもしれない。


実際そのことが原因で自殺する人は年間10万人を越えるし、その未遂者で言ったら1億万人を越えるとか。


まあそんな星でもなんとか文明を発展させてきたわけだ。


そして、今世紀最大、いや人類史上最大の二大発明と呼ばれているのが...




インターネットと電話だ!




何がすごいか。もちろん一瞬で離れた人とやりとりできるだとかそういうものもあるがそんなのは二の次だ。




一番は...




相手の心の声が聞こえない!




ということだ!!!(ビックリマークが三つでも足りないかもしれないレベル)


もちろん真横にいる人と電話なりインターネットで話をすれば心の声も聞こえてくるが、相手の声が聞こえないくらいまで離れれば全く心の声は聞こえない。


というわけで全世界の老若男女がこの二つを利用し、今でも発明した人は《崇め奉られている》。


もちろん俺もその一人だ。最近はSNSを使うことが多い。まあ正直依存のレベルだ。


そしてずっと使っていれば仲良くなる人というのが出てくる。


その内の一人である女性と最近電話するようになったのだが...




惚れた。




声だけで!?と言われそうだが全くその通り。声だけである(もちろん話し方とか性格とかそういうのもあるけど)。


全く、これが距離が離れていて良かったと思う。彼女が住んでいる場所とは600キロほど離れているのでそうそう会うこともない。


もしすぐ会える場所だったら...


ひえええ......


会ったその瞬間に俺が惚れていることがバレてしまう...。




全くもって恐ろしい世界だ。




ただ、もし彼女も俺のことを想ってくれていたら...。




ああ、二十数年間の人生で初めて思った。




心の声が届いたら。そして心の声が聞けたら。




そんなことは自分にとって都合が良すぎることは重々承知だ。でもそんなことを驚くほどあっさり考えて、謎の自信を持ってしまうのは男の良くないところだ(これもまた「男をひとまとめにするな!」と怒られそうだけど)。






いつものようにそんなことを考えていた夜、また彼女と電話をしていると、




「今度そっちに行く用事ができたからさ、会おうよ!」




と言われた!


正直心は大分舞い上がっていたが、電話を切った後、これは大変なことだと気づいた。


会うということはつまり、お互いの心の声が聞こえるということ。




つまり...




俺の想いは、俺の意思に関係なく伝わってしまう。




ちょ、ちょっと待って欲しい...。


もちろん会えるのは嬉しい。ただ、


会ったその瞬間、引かれて終わることだって考えられる。


そんなのは嫌だ。


なにか解決法はないか。そう思ってインターネットで検索してみてもまともなものは何もなかった(怪しいものはいくらでもあった)。


スマホの検索履歴に


相手に心の声を伝えない方法


という文字が表示される度、無駄だと知ってはいてもそれをタップして代わり映えしない検索結果に落胆する日々が続いた。


そうしていよいよ来てしまった彼女と会う日。


もういっそ自分が事故にでもあってしまわないか、なんて思ったけれどヒヤッとすることすらなく無事に空港に着いてしまった。


まだお互いの顔すら知らないので、タクシー乗り場近くに生えている一本の桜の木の前で待ち合わせをすることにした。


もう初夏なので桜らしくはなく、緑の葉によって出来た影の中に入って、地面と空と出口を順番に見ては深呼吸をしていた。


もし彼女と付き合えたら、そんなことを考えそうになって慌てて頭を振る。


こんなときでもそんな妄想をしてしまうなんて、一体どれだけポジティブな人間なんだと呆れてしまいそうになる。


遠くから飛行機の音がして、その方向を見ると白い機体と強い光が見える。


あれだ。彼女が乗っているのはあの飛行機だ。


小さな空港だからすぐに分かる。そして小さな空港だからすぐに彼女が出てくるだろう。


深呼吸のペースが早くなり、軽く跳んでみたりする、


もし、彼女と付き合ったら


そんなことを考えながら桜の木の周りをぐるぐると歩き回る。


視界の隅に空港から続々と出てくる旅行客が見えた。

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