期末試験1
浅く草木の茂る荒野を、オリーブドラブのマントを纏った死が赤茶の尾を揺らし疾駆する。
寸分の停滞もなしに走り抜けたその途上で、立て続けに3本の血柱が吹き上がった。
赤雨降り注ぐ草むらから薄らと黒い靄が滲み出る。
魔種の命の灯火そのものである、澱み爛れた濃密な魔力だ。
それを遠目に確認したアズルトは、低位の短距離探知術を周囲に放つ。
探知域にある超高密度魔力構造体は親しんだ反響がひとつあるばかり。
――
脳裏に浮かんだ文言に、アズルトはそうではないだろうと頭を振る。
「俺たちに課せられているのは輜重隊の護衛任務であって、魔物の殲滅任務ではなかったと思うんだけどな」
予科1年の候補生は現在、試験の開始地点となるアメノ大森林の監視砦のひとつへと向けて行軍の途にある。
道中も半ば試験扱いで、砦への補給物資を満載した輜重隊の護衛を任されているわけなのだが。
位格騎士も使う第8階梯の広域探知術――その省力型を乱発しながら、クトとそのお供と化したアズルトは街道近傍の魔物を片っ端から駆逐していた。
隊列先頭の護衛を担当する1組の警戒網の前方、更には外側までも偵察の名目で闊歩している。
深く考えるまでもなく想定されている領分は逸脱している。
アズルトとて望んでやっているわけではない。
クトに付き合っていたらこうなったというだけの話である。
なにせ彼女ときたら、魔種を見つけるが早いか、吸い寄せられるように近づいていき刃の露にしてしまう。
さりとてアズルトには止める理由がない。
軍規の範囲内であり、なにより4組の本隊は最後尾で手本通りの護衛任務を遂行中である。
無駄ではないというのも大きい。
この世界はゲームではないが、実にゲーム的な部分がひとつだけある。
魔種を倒せば倒しただけ、宝珠が経験値を得てレベルアップするのだ。
まあ実際に蓄積されるのは魔種を構成していた魔力だが。
大衆は浄化なんていう耳触りの良い言葉で欺いているが、宝珠とは魔種を構成する穢れた魔力を喰らい自己を強化する、悪魔の術式なのである。
人をして騎士という魔術機関に作り変える発想といい、絶滅戦争に勤しむ人類は実に常軌を逸している。
騎士の強さを表す指標として最高階梯が用いられる、という話はしたことがあったと思う。これには明確な理由があって、大多数の騎士が宝珠の浄化指数、すなわち蓄積魔力量によって最高階梯に限界を生じるからだ。
ただ、その原理は公にはされていない。
他のシリーズでその辺りに踏み込んでいたためアズルトは知っているが、現実に目の当たりにしてみればなんとも胸の悪くなる話である。
先に述べた大多数というのが鍵で、極一部とはクトのような魔力汚染症患者を指す。
この汚染症患者であるが、末期のものとなると異常発達した魔力能と共に魔種に近い形質を示す傾向にある。
宝珠に仕込まれた魔術はこれを逆転させたものだ。
魔種の魔力を蓄積・運用することで機械的に魔種の形質を与え、器の魔力能を限界以上に引き出す。
どれだけえげつない代物であるかお分かりいただけただろうか。
だが話はこれで終らない。
学園の予科生は、原則として魔力蓄積のない宝珠を支給される。
ただ世には育った宝珠というものが数多く存在し、本科に進み騎士号を得るに至ると、約半数余りが育った宝珠の継承を受け、騎士としての地位を上げることになる。
『ムグラノの水紋』の主人公たちが与えられるような国宝級の宝珠ともなれば、継承することで一足飛びに上級騎士の仲間入りをする、なんてことも珍しくはない。
ならば地位と権力を利用し強力な宝珠を、となるほど事は単純ではない。
ここで入学に際し測定された適合係数といった、宝珠との相性が絡んでくる。
含有魔力量の膨大な、けれど適合係数の低い宝珠を取り込むと最悪、急性魔力汚染症を引き起こし人格の崩壊を招く。
残るのは魔種に似た人型の化け物と、使い物にならなくなった宝珠のみ。
だからこそ宝珠の管理と運用を教会は独占し、俗世の権力の専横を監視している。
定められた運用を行う限りにおいて宝珠は、人類種をこの絶滅戦争の勝利者へと導く鍵であるに違いないのだから。
さて、なぜ宝珠の話などしたのかと言えば、アズルトの今回の試験の目的が、組の面々にこの宝珠の経験値を稼がせることにあるからだ。
そのため、評価項目の『魔種の浄化指数』を稼ぐことに特化したプランを用意している。
試験の評価で上位を狙うのはそのついでと言って構わない。
手にする三日月斧の石突を地面に突き刺し、次々回の大規模魔術の準備をしながら待つ。
間もなく土木系魔術で死骸を埋めたクトが引き返してきた。
膝丈のマントの裾からは今しがた妖魔の首を刎ねた片手斧の、無骨な斧頭が覗いている。
手を振り所在を示すと、クトは分厚い篭手に覆われた左腕を掲げ応える。
それぞれが腰に下げる2本の剣と言い、組の訓練では見せたことのない重戦闘の構えである。
継戦能力を優先させているため、武器に反して身に帯びている戦闘服は取り立てて目立つところがない。
急所の周辺にミスリルの小札が裏打ちされているが、これも支給される戦着の一般的な仕様である。
「解析は任せるぞ」
「ん、いつでもいい」
差し出した手を握り頷く。
逆の掌を地に押し当てつつクトとの
第8階梯の広域探知術が起動し、大地を舐めるようにして魔力波が放射される。
ただし著しい省力化が施されたこの改造術式が送って寄越すのは、情報ではなく
クトはそこから己の魔力感覚だけで求める情報を拾い上げていく。
「限界ぎりぎりに微弱な魔種の反応、それと……誰か来るな」
幾らか経ってやってきたのは4組の担当教官バッテシュメヘだった。
「おいクソ餓鬼」
開口一番に罵声が飛んでくる。
いや、そもそもバッテシュメヘがアズルトらに放る言葉は大部分が罵倒で、皮肉と説教がそれに混じるくらいなものであった。
「こんな遠くまで見回りとはご苦労サマだ。仕事熱心なのには感心するが限度を考えろ阿呆。他の奴らの仕事を根こそぎ奪ってんじゃねーよ。うちだけならまだしもな、他の組に累が及ぶと下らん愚痴で拘束されるのはオレなわけ」
「外圧から生徒を守るのも教官の務めなんじゃないんですか」
「内地の坊主かよ。そもそも、てめえらの都合で問題を起す屑のためにオレが身を切るわけねえだろ」
「それもそうですね」
ぐうの音が出ないほど当然の論理。
「命令だ、後方に下がれ。それからお前ら偵察禁止な」
どうやら目溢しもここまでらしい。
アズルトとしてはそれで一向に構わないのだが、納得できない者もいる。
「文句なら最後尾まで討ち漏らす無能な教え子に言えって」
これはバッテシュメヘ『が』ではなく、バッテシュメヘ『に』であろう。
文句がある奴らはそうすべきという意味で不平を溢している。
まあ、そう言い返してやれよというバッテシュメヘに対する抗議でもあるわけだが。
「まだ初年の前期だぞ。第8階梯をばかすか撃つクソ餓鬼が他にいてたまるか」
「なに当たり前のこと言ってるんだ」
索敵範囲がおかしいと指摘するバッテシュメヘ。対するクトの応えは、極限まで個人に特化させることで使用回数を稼いでいるのに、真似できる奴がいてたまるかという趣旨のもの。
見事に噛み合っていない。しかし煽り文句として見るなら上出来だ。
これは、来るな。そう思うが早いか名を呼ばれる。
「アズルト。監督責任」
「近頃それ濫用しすぎじゃありませんかね」
不都合があるとすぐこれだ。
使った後しばらくはクトが大人しくなるのでなおさら多用される。
「飼い主だろう、犬の躾が行き届いていないなら責任を取るのは当たり前だ」
「おいあんた仮にも教官だろう。教え子のこと目の前で犬呼ばわりするなよ」
「教え子だぁ? お前らオレの授業ろくすっぽ聞いてねえだろうが」
「チャクと一緒にしないでください。俺とこいつは真面目に受けています」
「裏で術使って戯れてた件は」
「呼吸していたから不真面目と言われた気分ですね」
「てめえら帰ったら反省室な」
運命を変えることは叶わなかった。
けれどアズルトに落胆はない。と言うか、本気で抗議しているわけではなかった。
なぜならここで反省室送りを免れたとしても、試験が終わったら間違いなく放り込まれるであろうことを確信しているからである。
「ともかく、なんだ。殲滅任務なんておっぱじめたら疲労困憊で試験にならん。そもそも。誰が街道の周囲4キロあまりを掃除しろと言った」
「やれるのにやらないのか?」
クトの双眸が不信に染まる。
「やらない。そういうのは余所の担当だからな。それが組織というもんだ。不満があるなら天位にでもなれ」
口答えは聞かないとバッテシュメヘは踵を返す。
それは突き放すような物言いであったが、アズルトにはバッテシュメヘが発破をかけているようにも見えた。
バッテシュメヘが口にしたのは公然の秘密というやつだ。
天位は法に縛られない。教会の法すら彼らを縛れない。
なにせ天位殺しで名の知られるパルオゥが平然と国家に所属しているのだ。そして教会がそれを承認している。
彼らを縛ることができるのは純然たる暴力のみ。
「分かった」
遠くなった背中を睨みクトがぽつりと零したのが、アズルトの耳にだけ届いた。
ラケルの虚 狐娘と行く異世界攻略 ~ゲーム世界らしいので裏ボスから攻略してみる~ 風間 秋 @yanoyura
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