何故だろう、彼の姿を見つけた途端、視界が歪んでぼやけた。ファミレスの窓際の席、私を待つ横顔。いちばん近い筈なのに、届かない人。

こちらに気づいていないのを良いことに、店を出て駐車場でしゃがみ込んだ。まだ昼食には早い時間帯だ、人が少なくて助かった。

大丈夫、大丈夫、大丈夫。

深呼吸を3回して、涙を拭う。泣けてしまえばいいなんて思っていたけれど、気持ちなんてそう簡単に吐き出せるものじゃない。吐き出した所で、消える訳でもない。

鼓動を落ち着かせて、ふと視線を投げた先に桜の木があった。はらり、花びらが落ちる。立ち上がって数歩、その幹に歩み寄った。浮遊する花びらに手を伸ばすと、スルリと指の間を通って逃げてゆく。願いは、そう簡単に叶ってしまうものではないのだ。容易だったら意味がないのだ。それでも叶えたいことがあって、手を伸ばし続けるのだ。

……と、それは不意打ちであった。


彼の声がした。

私の名を、呼ぶ声が。


「こんなところにいたの?」

優しい声色。きっと、おだやかな表情をしているのだろう。

振り返ってその顔を見る勇気はない。

「桜の花びらキャッチかぁ、懐かしいね」

彼は私の隣に並ぶ。そして長い腕を伸ばすと、器用に花びらを捕らえた。1枚、2枚、3枚。

「ほら、願い事」

顔を見ようとしない私の右手に触れ、開いて、と優しい声が言う。

「悲しい事でもあったの?」

触れられた部分がじんわりとして、また喉元から熱いものが込み上げる。ぎゅっと目を閉じた。

「ううん、大丈夫。ありがとう」

顔を上げて笑って見せると、彼はまだ不安げな顔をしながら、ほほえんでくれた。

「願い事、しないの?」

「もうしたよ」

「じゃあこれ、持ってたほうが……」

花びらを差し出してくる彼に、私はやんわりと首を横に振った。

「むしろあなたに持ってて欲しいの」

「そうなの?」

「うん」

彼は少しだけ首を傾げ、わかったと頷いた。

「待たせてごめんね。行こうか」

私は桜に背を向け、そっと桜色のシュシュを取った。

「道にでも迷ってるのかと思ったよ」

彼はいつもと変わらない。

けれど私は、変わらなくちゃいけない。

まだ彼の笑顔に胸が痛くなる。いつか、桜色が‘’記憶‘’になるが来るのだろうか。

桜色のシュシュは、いつか彼と純粋に“友達”として付き合える日が来るまで、どこかに仕舞っておこう。そんな日が来たら、桜に込めた願いを打ち明けても良いかもしれない。


――どうか君が、幸せでありますように。



fin

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桜色症候群 雨の弓 @ameyumi

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